狙われた雄大③
「………拙者は売り子をするつもりなどないのだが」
陣馬は口を尖らせる。
雄大はちびっこふたり──陣馬と林檎を連れて店舗エリアにやってきていた。
陣馬と雄大は店員用のエプロン、リンゴはスタッフジャンパーを着用していた。そして陣馬は青々とした『レジ研修中』の腕章をはめていた。白い軍服に赤いエプロンと青い腕章、なんともカラフルな出で立ちだ。
「そうじゃ、拙者の故郷には『男子レジ研修に入らず』ということわざがあってな……」
往生際の悪いことを言い始める陣馬に雄大が大きな声で「そんなもんは無い」と一喝する。
「無いの?」
首を傾げるリンゴに雄大は無い、と断言しながら大きく頷く。
「お前にその気が無くてもこの『コンビニエンスストア・ぎゃらくしぃ』に滞在するということは店舗クルーになるのと同義なんだぞ」
「ふん、商人の真似事などする気は無いでな。ガッサ将軍の名代である拙者に対してかかる無礼な仕打ちをするとは。セレスティン大公殿下に報告するからその辺は皇配どのといえど、お小言のひとつやふたつは覚悟しておくように」
「ほう、それじゃ例のスパイの件、ユイさんとマーガレットに尾鰭を付けて告げ口してやるからな」
ンゴゴ、と声にならない呻き声を上げて固まる陣馬。
「スパイ? 陣馬くんが?」
「そうだぞリンゴ、こいつはな──」
「リンゴどのが誤解するから不用意な発言はお控え願いたいのですがっ?」
「控えて欲しかったら俺の言うことを聞け。お前のためにやってることなんだぞ」
「今度は何を企んでおるやら。まったく悪辣なやつめ──」
ぶつぶつと不平を漏らしつつ、陣馬は雄大に渡されたマニュアルを読みはじめる。
「働かざる者食うべからず、という古くからの教えがあってな。だいたいお前もガッサ将軍も惑星連邦における常識が無さ過ぎる、先ずは実地で貨幣経済を学べ」
ガッサにしてもこの小さな剣士にしても『イチゴ大福』を知らず『サンドイッチの包装紙』の開け方を知らなかった。陣馬にいたってはギルダを持っていないし商店のレジに並ぶ意味もわかっていなかった。いったいどこでどういう生活を送ってきたのだろうか。
「木星戦争後の50年近く、セレス大公さんとその父親のオーウェン大公はどこでなにやってたんだ?」
「ノーコメント、ノーコメントでござるよ」
大公一派はとにかく謎が多過ぎる、その最大の謎は大公本人で、一向にぎゃらくしぃ号のクルーの前に姿を現そうとしない。雄大はガッサ将軍のでっち上げた架空の存在だと疑ってるぐらいだ。
次に謎なのは彼らの乗ってきた船、神風号とその同型艦三隻の存在だ。これら四隻の巡洋艦は現在の人類社会から失われて久しい『エーテル帆船型推進機能』付きの『多目的宇宙船マルチシップ』という、かなりマイナーかつ珍しいシロモノだ。暴走させた時の被害が大きいワープドライブコア搭載艦と比べれば、危険のほどは小なりといえども、神風号も禁忌技術ロストテクノロジーには違いない。
「そもそも拙者が仕官したのはおよそ二年ほど前のこと。その前のことなど知る由もない」
陣馬は平静を装って答えるが目はキョロキョロと泳いでいる。
「ふぅーん」
「もうその話はいいだろう、おぬしもしつこい男だな~」
「むしろなんで隠そうとするのか、興味津々なワケさ──おっ『買い物客役』も到着したみたいだな、そろそろ研修始めるか」
雄大が企画した今回のレジ研修会、リンゴがお手本を示し、陣馬がその真似をして流れを覚えるというパターンの学習法である。買い物客役を引き受けてくれたのは医務室で暇そうにしていた元レンジャー28部隊の面々である。
エルロイ少尉、ユーリ少尉、そしてたまたまふたりに会いにぎゃらくしぃ号を訪れていたハダム大尉の三人。
「……なあ皇配どの、あのハダムという人も拙者と同じように店舗クルーとやらの研修を受けたのか」
「ばか、そんなわけないだろ」
ハダム大尉は正統木星帝国の幹部、陸軍大将候補である。レジ打ちなんてやらせるわけにはいかない。
「ほかのふたりは?」
「ユーリ少尉には医務室付きの保安部員兼看護士やってもらってるし、エルロイ少尉には教官としてレンジャー流の調練を──」
「なんと! それは変だな。先刻おぬしは『ぎゃらくしぃに滞在してる以上は店舗クルー』だと言っていたではないか」
「うわ、陣馬のクセにあげ足取りか」
「拙者が商人の真似をさせられる理由に納得できん、と言っているのだ。どうせなら得意分野でこの船の営業に貢献したいのだが」
むくれる陣馬に対してハダムが優しく声をかけた。
「太刀風君といったね、この宮城雄大君は別に意地悪でこの研修を企画したわけではないと思うよ」
「は、はぁ──」
「取り敢えず彼に任せてみてはどうかな? まあ、だまされたと思って少しだけ」
陣馬はずっと口を尖らせたまま、みるからに不満げではあったが一応コクリと頷いた。
「さすがハダム大尉、ありがとうございます──じゃはじめましょうか。まずはリンゴがお手本を見せるぞ」
がっしりした体躯、貫禄たっぷりのベテラン機動歩兵ハダムは接客シミュレーションにおいても妥協をしない堅実な男だ。手にもった商品を乱暴にリンゴの前に置くと普段の礼儀正しい態度とはうってかわったチンピラ風の愛想の悪い客を演じてみせる。
「なんじゃこの店、タバコの品揃え悪いな、ホントしけた店やのぉ」
「いらっしゃいませ! おはようございます!」
リンゴの元気はつらつな声が辺りに響く。商品の陳列棚をチェックして品出しを行っている通常勤務中の店舗クルーたちも思わず雄大たちのいる端っこの研修用レジに注目する。
「お求めのタバコの銘柄などお教え願いますか? 在庫を調べてまいります」
きびきびした動き、丁寧な言葉遣い。どこからどうみても「仕事のできる店員」として応対していくリンゴ。ハダムが演じる終始横柄な態度の客に対して気持ち良く会計まで終えた。
エルロイは拍手で、ユーリは口笛で、少女の接客態度と手際の良さを褒め称えた。
「どうだった?」
そう聞いてくるリンゴに対して雄大とハダムは笑顔で親指を立てた。
それを見ていた陣馬は口をあけ、ほう、と感嘆の吐息を漏らした。
「客の難癖にも卑屈になりすぎることなく、誇りに満ちた応対でござるなぁ、素晴らしい。しかも無駄のない美しい所作、剣の形に通じるものがある」
「そだろ? リンゴは今でこそこんだけテキパキやってるけどほんの少し前までは緊張してうまく声が出ないぐらいだったんだぞ」
「おら、そろそろいちにんまえ、かな?」
リンゴはでへへと照れ笑いをする。
「機械の扱いや伝票の処理、商品の名前覚えるのはもうひとつだけどな。その辺は俺のほうが上」
「だども雄大さ、よぐお客と喧嘩すっからなぁフフ」
リンゴは珍しく意地の悪そうな顔をして雄大を見る。
「お、おいそれをいま言うなよ」
「そうなの? 雄大君って、僕のみる限りではさすが月駐留軍司令官のご子息って感じで如才ないイメージだけど」
エルロイは意外そうな顔で雄大を見る。
「い、いやぁ、理不尽なクレームつけられるとついカッとなって──あ、たまに、ごくたまにですから、ハハ」
雄大は態度の横柄な客に上から目線で正論をぶつけて説教をたれてしまい、それが口論に発展するケースがある。
「宮城大将と言えば孤高の仕事人間マイペース、口下手で愛想が悪い事で有名だ──雄大君はそんなお父上にはあまり似てないかな。取っつきやすくて私は好きだよ、うん」
ハダムは雄大のフォローをしたつもりだったが、裕太郎をことさらにこき下ろすような形になる。
一同が咳払いをしたり苦笑いを始めると、ハダムはようやく自分の失言に気付いたらしい、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「これはご子息の前で言い過ぎたかな、失礼した……」
「いいんですよ事実ですから」
雄大の父、裕太郎は確かに愛想が悪い。
「ま、まあ俺や俺の親父の話はさておいて──なあ陣馬」
雄大は脱線した話を本筋に戻すべく、陣馬の肩に手を置いて真剣な顔で語り始める。
「商人の真似といって軽く見ていたかも知れないがな、これで案外接客というのは奥が深いんだぞ。労働の対価として賃金も出るから、俺に気兼ねすることなく飲み食いもできるようになる。それに何より、お前さんにとっては現在の連邦の価値観やら常識やらを手っ取り早く学べるというメリットがある」
「ふむふむ、一理あるのう」
「──お前さんたちがどこから来たのかは問わないが、これから先のことを考えれば、遅かれ早かれ、連邦のことを勉強する必要がある。これも修業の一環だと思って研修をうけて立派なレジ打ちの達人になってみないか」
「達人──ほ、ほおお~……皇配どの、おぬし拙者のことをそこまで真面目に考えてくれておったのか」
陣馬は瞳をキラキラ輝かせて雄大を見上げる。
ユーリとエルロイが笑いをこらえきれないという感じで顔を歪め始めた。その様子が陣馬に見えないように身体を割り込ませて視界を遮る。
(レジ打ちの達人、ってよく言うよ宮城、修業ってのは──要するにお前の代わりにレジ打ちをやらせようって事だろ? チビ助ダマして働かせようなんざ意外と悪知恵まわる奴だねぇあんた)
ユーリはクスクスと笑いながら雄大に耳打ちしてくる。雄大は後の研修をリンゴに任せ、ユーリが余計なことを言い出して陣馬が機嫌を悪くしないようにレジから遠ざけた。
「いや、さっき陣馬に言ったこと、半分ぐらいは本気ですよ。だいたいからしてガッサ将軍を筆頭に、海軍の連中って客商売をバカにしてるでしょ? コンビニ業務に触れることで少しはこっちの苦労とかユイさんの考えとかを理解してもらえるかと思うんです」
これを聞いたユーリは少し驚いたように目を見開いた。
「なにそれ、お姫様と大公一派の仲を取り持とうってこと?」
「そうですね。ガッサや陣馬は未だに武力行使での復讐にこだわってて──ユイさんのやろうとしている『武器を使わない闘い』のことを理解するためには細かいところからコツコツやるしかないだろう、って思ってます」
「あんたそういう周囲の人間関係に気が回るんだ、これまた意外」
「俺なりに気を遣ってるつもりです」
「お姫様があんたを気にいってるわけ、なんとなく理解できたわ。んでもって、メグちゃんはそんなあんたと姫様を見てる内に羨ましくなったのかねぇ……」
「なっ……」
突然、マーガレットの話をふられて雄大は心臓が飛び上がったのかと思うほど動揺した。先ほどまでよく回っていた舌も空回りする。
「まあ端から見てる分には退屈しないけど。眼帯チビ助とか他人の面倒をみる前に先ずは自分自身の問題にしっかり向き合ってみたら? 取り敢えずそのよく回る舌先は、あんたのことを想って泣いてる女のフォローにもっと活用すべきだと思うけどね。その気にさせちゃった男の責任だよ」
ユーリはその酷薄そうな涼しげな瞳で雄大を睨み付け、真顔で忠告してきた。忠告が想像以上に雄大の痛いところを突いてしまったのを察した彼女は厳しい表情をゆるめた。
意地の悪い笑みを浮かべて雄大の頭をポンポンと叩き始める。
「メグちゃんの話は禁忌タブーなのかな? ごめんねえ、空気読めなくて」
「ゆ、ユーリさんには関係無いでしょ? 心配されなくても十分骨身に染みてますし、色々考えてます」
雄大はその手を払いのけて陣馬たちのほうへ向き直る。
「心配ご無用ってか。んじゃレジ研修のお手伝いに戻りますか。私こういう憎まれ役とか犯人役とかけっこう燃えるのよね」
「嫌な客の役をやるのいいですけどあくまで研修なんでやり過ぎ無いでくださいね?」
「はいはいわかってるって」
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雄大はまったく気がついていなかったが、品出しをしているクルーの中に紛れて、このユーリと雄大のやり取りの様子を注意深くうかがう影があった。
その人物は雄大たちの賑やかな様子を見て大きく舌打ちをするのだった──




