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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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蛙の子は蛙

宮城裕太郎と星野純子。


 生真面目な武家の長男に、名門のはねっかえり娘が恋をした。


 宇宙軍士官学校で知り合ったふたりはめでたく結婚。


 抜きん出た才能をもつふたりの子供はさぞや才気に溢れた子になるだろう、という周囲の予測とは裏腹に、長男として産まれてきた雄大は割と普通の男の子だった。


 彼は父親から平凡な運動神経、地味な容姿、そして偏屈で頑固な性質を受け継いでいたせいであまり異性にはモテなかった。母親から受け継いだ無駄に高い自尊心と正義感のせいで雄大少年は『面倒臭い奴』として幼年学校の教師や同性の学友たちからは認識されていた──つまり、雄大少年は楽しい子供時代を過ごせなかったということになる。


 そんな雄大少年には三歳年下の妹、宮城由梨恵がいた。


 この子は勉学、芸術的素養、運動神経などにおいて特に目立つところのないこれまた割と普通、な女の子だった。


 しかし容姿に関しては美形の母親の研ぎ澄まされた刀剣のような美貌と、地味な父親の地味なテイストがうまく混合されて愛嬌のある可愛いらしい顔立ちになり、性格のほうも父親の凝り性な部分と母親の好奇心旺盛な部分がうまく混合され、適度な積極性をもった明るく素直な子になった──つまり、由梨恵お嬢さまは特に何の苦労もなく周囲から愛でられて楽しい子供時代を過ごしてきたということになる。




 鷹が鳶を産んだ──


 親類縁者の間では雄大と由梨恵の兄妹をこのように低く評価する向きがあったが、母親である純子だけはそれに真っ向から反論して「雄大は宇宙軍元帥、由梨恵は英国王太子妃の器」と言い張っていた。


 雄大が教官を殴って士官学校を辞めた時も「雄大には士官学校は窮屈過ぎた」と息子を弁護したほど。親の贔屓目、溺愛ぶりもここまでくれば立派である。







「お父さん大丈夫? ひょっとしてまだ再生臓器が馴染んでないとか?」


 いつになく険しい顔をして椅子に腰掛けた裕太郎を、娘である由梨恵が気遣った。病み上がりの父親を気遣ってグラスに三分の一程度注がれた水を手渡した。


「酒に香水、葉巻やらの匂いがどうにも。地球の成金連中はよくもまぁ、こんなひどい複合臭が充満している場所に居られるな」


「あー、そっちか。まあ月の会食とは全然雰囲気違うもんね、メニューも高血圧、高脂血症まっしぐらだし……」


「自ら進んで臓器を痛めつけるのを楽しむ連中の思考回路は私には到底理解できん。早死にしたいのか」


「うーん、再生臓器のアテがあるんじゃない?」


 倫理的な問題が多い再生臓器は誰にでも平等に与えられるものではない。厳格な審査にパスしないと移植手術を受けられないのだ。だが地球の富裕層の中には金星の悦楽洞主達ドラッグクイーンから非合法の再生臓器を購入する者たちもいるという。


「なんだこの水──」


 水をひとくち、口腔内に含んだ裕太郎は急に咳き込む。


「由梨恵これは何だ──変な味がする」


「えっ」


「提督、いいですか?」


 となりで親娘の様子を微笑ましく眺めていた軍人が裕太郎のグラスを取り上げた、彼は裕太郎の乗る旗艦の艦長を長年勤めてきたムナカタ少佐だ。裕太郎が違和感を示すと即座にそのグラスを取り上げ成分分析用に使う検査テープを突っ込む。万が一を警戒しての準備だった。太陽系惑星連邦の要人が複数集まる晩餐会、無差別に毒を盛るテロリストがいたとしても不思議はない。


「ユリちゃん、大丈夫だよ。問題ない」


 由梨恵もグラスの水をひとくち含む。ほのかなハーブの香りが鼻に抜けて爽やかな気分になる。


「やだもう、びっくりするじゃない。これってただのフレーバーウォーター。ミント水よ」


「フレーバー? 余計なことをせんでも水には微かながら風味があるだろう。余計な物をいれおって──英国王室のもてなしも地に落ちたな」


「流行ってるのよ、一等市街地ごきんじょさん以外じゃ今はどこもこんなの」


「そうなのかね」


 裕太郎はムナカタ少佐を睨む。


「ウチの家内もまあ、やりますよ。確かに流行してます」裕太郎は溜め息をつきながら首を左右に振る。


「月や土星と比べ、良質の天然水の産地であるはずの地球でこんな──素材の良さを潰すような余計なことをしおって。美味い水は何も手を加える必要など無いのだ、まったくもって無粋だ。地球の連中は如何に自分たちが恵まれた環境で──」


 由梨恵とムナカタはまた始まった、と苦笑いする。裕太郎は典型的な古くからの月市民ルナリアンであり質素倹約や静謐を美徳としており華美な装飾や無意味にゴテゴテしたものを毛嫌いする。


「月と地球、というか一等市街地とロンドンはホント、生活様式が根本から違うよね。まるで火星の西と東みたい」


 物資不足でも心豊かに過ごすことを目標とした禁欲的な引き算の文化が月の伝統的なスタイルである。東洋の閉鎖的な島国ニッポンの生活様式を手本に形成されたもので、英国王室のような豊かさを他者に見せつけていくスタイルの足し算の文化とは真っ向から衝突する。


 確かに33世紀の英国王室は率先して無意味な贅沢をしている。愚かにも見えるが、誰よりも愚かで誰よりも浪費家であることが彼らの存在意義でもある。


「このフォアグラとかいう脂の塊やらなんちゃらのパテやゼリー寄せだのを食うくらいなら火星東部企業連合体イーストマーチャントの缶詰めチリビーンズか戦艦の戦闘糧食のほうがマシだ……緑茶か麦茶は無いのか、口の中が気持ち悪い」


「紅茶とコーヒーならあったかな」


 露骨に嫌そうな顔をして娘を見る裕太郎。救国の英雄扱いを受けた月駐留軍司令官もこうなるとただの偏屈わがまま親父である。


「くそ、モエラのやり方が利口だったな。私も忙しいとか適当に理由をつけて欠席すれば良かった──」


「モエラ少将はユイ皇女殿下の大、大、大ファンですよ。相当悔しがっておられましたから本当に公務です──といいますか提督が『正月に家に遊びに来い』って誘ったんでしょ? 年末年始の休暇を取るためのスケジュール調整で色々大変らしいですよ」


 ムナカタが愚痴る裕太郎をたしなめる。


「なんだムナカタ君、モエラが欠席した原因が私にあるというのか」


「あ、いやそういう意味では……」


「も~お父さん? 英国王室の招待を断る度胸もないクセにわがままばっかり! そんなウジウジした性格だから元帥になれなかったんだよ」


「由梨恵……お前だんだん純子に似てきたな」


「口うるさいお母さんが居なくても私がいますからね。ビシビシいきます」


 由梨恵は父親の残したミント水を飲み干すと何も加えられていない普通の水をもらいに厨房までいくことにした。


 振り向いた由梨恵の視界にこちらのほうを遠慮がちに伺っているひとりの女性がはいる。そのゆるやかなウェーブがかかった豊かな黒髪を見て由梨恵は息を呑んだ。


「あっ──木星のお姫様!」


 由梨恵はテーブルにグラスを置いて父親の背中を叩いた。


「大変! お父さんはやく立って! ユイ皇女殿下がいらっしゃったわ」


「ああ、いえそんな、みなさまそのままで──」


 恐縮した表情のユイ皇女、人だかりに捕まっていたはずの彼女がわざわざこうやって会いに来るとは。裕太郎は驚いて椅子から跳び上がる。


「これは皇女殿下、先程はキャサリン女王陛下の手前、簡単なご挨拶だけで済ませてしまって申し訳ございません。本来ならばこちらからご挨拶に伺わねばならぬところ、とんだご無礼を」


「宮城大将閣下、お二方も頭をお上げください。私などは国も民ももたない小娘に過ぎません。王侯貴族に接するような礼など不要です、それにその──あ、いえすいません、なんでもないです、はい」


 ユイは何かごにょごにょと口ごもって言葉を選んでいるようだった。


「何を申されますか! 殿下の示された勇気によって我々は難局を乗り切ることが出来たのです。宇宙軍全将兵のみならずすべての連邦市民の心の支えとなり希望を示された。その振る舞いこそが王族としての尊敬を得るにまこと必要なものでしょう。我々は生まれや所有する富に敬意を払うのではありません、その高潔なるこころざしにこそ敬意を払うのです」


 裕太郎は先程までのふてくされた態度を一変させてユイ皇女に感謝し、その偉業を褒め称えた。


「そんな褒め過ぎです、怖いくらい」


「なんの褒め過ぎなものですか、孤立していた第一艦隊の将兵がどれだけ勇気づけられたか。本当にありがとうございました」傍らでやり取りを見守っていたムナカタ少佐がにわかに涙ぐみ嗚咽をこぼす。彼の乗艦レイジング・ブルが撃沈された際に多くの乗員が命を落としている。大きな戦いの無い時代に友人以上の存在を一度に失った悲しみはそう簡単には癒えない。


「すいません、こんな場所で取り乱して」


「殿下、彼はレイジングブル艦長のムナカタ少佐。私の友人です」


 ユイ皇女は改めてムナカタに頭を下げ、その手を取った。


「ムナカタ少佐、私がもっとうまく立ち回ることができていれば──」


「いえ、身近にいた我々がリオル大将の心の闇に気付くべきだったのです。あんな立派な人物をこんな凶行に走らせたのは我々が不甲斐ないからだと……」


「もういいだろうムナカタくん。身内の恥を晒しても仕方が無い。月基地ルナベースのことを殿下に話してもお困りになられるだけだ」


「いえ、月のことは私も興味があります。特にリオルという人に。彼はそんなに信用されていたのですか」


「尊敬すべき軍人でした、重厚にして冷静沈着──いや、もう彼の話はやめませんか? どんなに立派な人物でもたとえどんな理由があったとしても自らの都合で罪なき人の命を奪う権利などありません」


「まさしくその通りです閣下。軍人とは国を守る前に人を守らねばなりません、住まう人あっての国、守るべき人あっての軍隊。決してその主従を間違えてはなりませぬ。王家もまた民あってこそ成り立つもの、真に主あるじたるは民衆である、と私も父母や兄から聞かされておりました。軍隊もまたそうでしょう」


「殿下はお美しいだけでなくすこぶる聡明でいらっしゃる」


 裕太郎の血色は見るからに良くなっていた。皇女と月駐留艦隊司令官はかなりウマが合うらしい。


「こら由梨恵、お前も挨拶しないか──これなるは私の娘の由梨恵と申します。甘やかして育てたゆえ不作法が目立ちますが」


「宮城由梨恵と申します! お会いできて光栄です殿下」


「まあ、それではあなた雄大さんの妹さんでしたか、こちらこそ挨拶が遅れまして……」


「きゃあ! 雄大さん、って!」


 ユイの口から『雄大さん』と親しげな呼び方で家族の名前が出たことに一同は驚いた。


「ああ、そういえば今回のお手柄はご子息でしたなぁ。提督からの密命を帯びてクーデター阻止に奔走されていらっしゃった」


 ムナカタは涙を拭いながら嬉々としてしゃべり出した。


 彼やネイサンの頭の中で、雄大は──月駐留軍内部の不穏な動きをいち早く察知した父親からの密命を帯びて土星基地のモエラ少将とユイ皇女を動かした功労者──ということになっている。勿論、これはムナカタとネイサンの勘違いに裕太郎が乗っかったに過ぎない。


 雄大がクーデターに気付いたのは単なる偶然であり、裕太郎のほうも仲違いして勘当した息子からの情報を得るまで憲兵総監に対して何の疑いも抱いていなかった。


「ユイ皇女殿下こそは宇宙軍の支配下にない軍艦を有する希有な存在ですからなぁ。そこに目を付けた提督の知略と見識、小官ごとき凡人には思いもつきません。そういえば殿下と提督はどのような経緯でお知り合いになられたので?」


「は、はぁ、それはそのぅ」


 話の流れが読めずにキョトンとするユイ皇女、裕太郎はその傍によると小声でこういった。


(モエラからの紹介ということにしておいてください)


(はい?)


「ええと、実をもうしますとモエラ少将が──」


「ああ、少将が! そうでしたか」


「そうですね」


 愛想笑いを浮かべるユイ。裕太郎は話がこれ以上おかしな方向に向かわないようにムナカタを何とかこの場から追い出そうとする。


「そうだムナカタ君……殿下に何か食べる物と飲み物を見繕ってきてはもらえないか。あとネイサン君を呼んできて欲しい」


「かしこまりました閣下、それでは何か適当に──あ、何も加えられていないミネラルウォーターも、ですね?」


「そうそう、さすがムナカタ君よくわかってるな」


 機嫌を良くしたムナカタは丁寧にユイに頭を下げてこの場を外した。ネイサンは今、マグバレッジJr.連邦政府議長に対して昼間の式典の件でクレームを付けに行ってる最中だ、これに巻き込まれればムナカタもそんなに早くは帰って来られない。


「お兄ちゃん──じゃなくて兄の雄大はどうしてますか? 元気でやってますか?」


 由梨恵はこれが訊きたくてうずうずしていたらしくムナカタが席を外した瞬間に裕太郎とユイの間に割って入る。


「ああはい、それはもう! 私たち本当に雄大さんのおかげで助かっています」


「そうなんだ、お兄ちゃんすごいなぁ。ここには一緒に来てないんですか?」


「誘ってはみたのですが」


 ユイは苦笑いしながら裕太郎の顔色を伺う。


「まあ、そうでしょうな。私の前に顔を出せるわけもない──アレは甘やかすと図に乗るのでどうぞこき使ってやってください」

裕太郎の眉間に深い皺が寄り、柔和だった顔つきは苦虫を噛み潰したように変貌する。


「え? お父さんとお兄ちゃんが喧嘩してる設定ってまだ続いてるの?」


「喧嘩じゃない、親子の縁を切ったと言っただろう」


「でもさっき、ムナカタのおじさんが言ってたよね? お兄ちゃんが士官学校辞めたのは信用できる連絡役を外部に作るためのお芝居でクーデター派に悟られないためだったとかなんとか……」


「由梨恵──その話は忘れなさい」


「なにそれ、どうなってるのかちゃんと説明して!」


 由梨恵は目の前にユイがいるのを忘れたかのように父親に食ってかかる。


「どうでもいいだろう、雄大のことなど。殿下の前でするような話ではない」


「どうでもよくはないでしょ! お父さんはお兄ちゃんに厳し過ぎ!」


「ふふ、由梨恵さんとおとうさまは仲がよいのですね。羨ましいです」


 親娘のやり取りをみながらユイはクスリと笑う。


「すいません殿下、お見苦しいところを」


「いえ、そんなことは──それはそうと」


 ユイはキョロキョロと周囲を見回すと、ひとつふたつ咳払いする。


「じ、実はそのぅ、ゆ、雄大さんのことでちょっと、閣下にお話がありまして」


「ん? どうしましたか? アレが何かやらかしたのですか」


 ユイは視線を逸らしてボソボソと喋り出す。


「え、えーと……その、私と雄大さんが、そのちょっと」


「え?」


「実はいま、こうして閣下に──いえ『おとうさま』にご挨拶しにきたのは私たちの『交際』を、認めていただくためでして」


 スピーチの時のような歯切れよい感じはなく、白い肌には朱が混じっていた。皇女は縮こまると何度も何かを言いよどんで唇を噛んだり目を白黒させ始める。ようやく絞り出した言葉は小さく、晩餐会の喧騒にかき消されてしまって裕太郎の耳には届いていなかった。


「殿下? もしやお加減が優れないのでは……誰か呼びましょうか」


「あっいえ! 違うのです、そうではなくて──私、そのっ!」


「はい?」


 ユイは姿勢をただすと大きく息を吸ってから宣言をした。


「わ、私ユイ・ファルシナは、宮城雄大さんと、その──けっ、け、ケッコンを前提にした、お、お付き合いをすることになりましたことをここにご報告致しますっ!」


 どもりながらユイが放った言葉があまりに衝撃的だったせいで裕太郎と由梨恵は最初、目前の皇女が何を言っているのか理解できなかった。


「まことに勝手ながら、貴家の大事なご長男と当方の、まことに急な話ではありますが、おとうさまに、こっ、婚約を御承認していただきたく……ぜひともなにとぞ」


「は?」


「──もっと正式な形で、雄大さんと私ふたりで一緒にご報告すべきところではございますが──」


 ユイは深々と頭を下げる、充血して紅潮した耳と首筋が黒髪の間から垣間見える。


「え? 結婚? 婚約──あの負け犬と皇女殿下が」


 裕太郎は背筋が寒くなった。


「えええええええ!! けっ、ケッコンんん? お兄ちゃんが!? ウッソだぁ!?」


 比較的近くにいた中年の紳士が由梨恵の大声に驚いて口に含んだワインを噴いた。


「こら殿下の前でなんだその口の聞き方は」


「でっ、でもお父さんこりゃ~、なんか、え、えらいこっちゃなことになっちゃっ、ちゃちゃ!?」


(お、落ち着け由梨恵。これは何か悪い夢、もしくは私たちの聞き間違いだ)


(そうよね、金星アイドル狂いの変態お兄ちゃんがこんな美女をゲットできるわけないもん! 何かおかしいよ、これ手の込んだウソで後で私たち笑い物にされるんだよ!)


(なるほどそうか)


 宮城親娘は周囲でドローンによる撮影が行われていないかを念入りに確認しだした。


「あの、やっぱり駄目ですか?」


「だ、ダメと申されますと?」


「私はつい先頃まで思想犯罪者として牢に入っておりましたから、そのぅ……宮城家は聞けば由緒正しい月の武家とか。国を持たぬ流浪の身でありながら旧家の跡取りを婿に欲しいなど、虫の良い話なのは重々承知の上で」


(おい由梨恵、ど、どうも様子がおかしいぞ? まさか本当に雄大と皇女殿下が──女の目線から見てどんなものだ、雄大が女にモテても不思議は無いと思うか)


(お兄ちゃん神経質で身綺麗にしてるからそんなに不快感はないし背も高いから割とイケてると思うけど、これ絶対家族の贔屓目だしね。私はそうでも無いけどお兄ちゃんの趣味、結構キモいから普通の女の子は引いちゃうかな)


(キモい? キモいとは具体的になんだ)


(好きな女の子をモデルにして精巧なホロ映像作ってそれとお話するの)


(好きな相手とうまく話すために予行演習するのか)


(ううん違うよ? 生身の女の子よりホロデータを完璧な美女にするのに夢中になっちゃってモデルの子には見向きもしないの)


(──なるほど最悪だな)


(だよね)

聞こえてるんですけどー、とユイが呟くのにも気付かずに親子は筒抜けの内緒話を続けた。


(まさかお兄ちゃん、皇女様の弱みを握っちゃって無理矢理手込めに!?)


(脅されてるのか──いやいやさすがにそんな度胸はあるまい、ヤツは口だけは達者だが結構な小物だからな)


「あ、あの……私は別に脅されて無いですから!」


 想定外の反応を示されてユイのほうも困惑気味だった。


「殿下はアレのことを本気で? 本気で生涯の伴侶に?」


「はい、私は真剣ですよ」


「あ、あの~お兄ちゃんのどこが気に入ったんですか? こんなこと訊くのも変ですけど正直妹の私から見ても欠点が多くて──お兄ちゃんたて、たまに超エラそうでムカつくこと言いません?」


「どんな相手にも臆しないご立派な方だと。弱きをたすけ強きをくじく気高い精神を体現されていらっしゃる殿方で──何より危機に際して勇敢に立ち向かう姿は英雄のようです。我々は随分と雄大さんにピンチを救っていただきまして」


「気高い──」


「英雄──」


「雄大さんの名誉のために言いますが、すごくかっこよかったんですよ! 敵方に拉致された私を助け出して、こう両手で抱えて──リオル大将を銃でこう、バシュッと一撃!」


「ウッソだぁ──それ知らない人だよ」


「俄には信じられません」


 皇女の語る雄大と自分たちの脳内に残っている雄大のイメージを必死ですりあわせようとする親娘だったが余計に混乱してしまったようだ。


「どう言ったら信じてもらえますか──あっ、そうだこれ」


 ユイはPPを取り出してふたりのツーショット写真を再生する。どこか古めかしい装飾の館、暖炉の前で雄大とユイはぴったりと寄り添ってにこやかに微笑んでいた。雄大の手がユイ皇女の腰に回されている。里帰りの際に木星の山荘で記念撮影した写真だった。


「う、わ──本当だ、恋人っぽい」


「なんかこう、生々しくて胸焼けがするな……」


「すごく罰当たりな気がしてきたよ」


 由梨恵は吹き出す生汗を拭う、なんだか自分の兄が畏れ多いことをしているようで怖くなってきた。


(女神様みたいな皇女殿下とあのお兄ちゃんがねえ──この分不相応な幸運の報いがこないといいけど)


(信じられん、あの無鉄砲なだけの半人前がこんな聡明な女性の心を射止めるとは)


「信じていただけましたか」


「いやまあその……あんなのでも気に入ったのであれば幸いです。もらってやってください。あ、いえ是非殿下の好きなようにこき使ってやってください」


 裕太郎は首を傾げながら苦笑いする。


「私は木星王家の生き残りですからお嫁に行くことはできません。雄大さんは当家に入ってもらうことになりますが……それでもよろしいでしょうか」


 裕太郎は少し逡巡したがユイの勢いに押し負けたように頭を掻くと大きく頷いた。




「私と雄大は親子の縁を切っておりますれば──雄大に宮城家当主を名乗る資格はありません。ですから殿下、おふたりの交際についてとやかくいう権利は私には無いのです」




 言葉だけ聞くと冷たい感じもするが、裕太郎の表情はいつになく優しいものになっていた。由梨恵は普段キツい父親もこういう顔をすることがあるのだなぁ、と驚きこっそり写真を撮った。


「お許しをいただけるのですか」


「どうぞ、あんなのでよければ。むしろこちらからお願いしたいくらいで……」


「ありがとうございます!」


 ユイは裕太郎に駆け寄ると首に手を回し、その頬に軽く接吻した。


「おっと、これはまた……」


「おとうさま! 大事な跡取りの雄大さんを当家、木星王家にいただくからには! 帝国の威信にかけても絶対に雄大さんを幸せにしてみせます!」


「皇女様、それじゃなんかお兄ちゃんが女の子みたい」


 由梨恵は滑稽なユイの言い回しに堪えられず、プーッと噴き出した。


「そ、そうでしょうか?」


「お兄ちゃんてさ、ちょっと頑固で嫌みなとこもあるけど基本的には面倒見のよい優しい人だからさ、きっと皇女様を大切にしてくれると思うよ。お兄ちゃんをよろしくお願いしますねっ」

由梨恵はユイ皇女の手を取って軽く上下に振る。


「はい、どうもありがとうございます」


「うわー、どうしよ夢みたい。義理のお姉ちゃんが木星のお姫様だよ! 私たちも仲良くしようねっ、ユイお義姉ちゃん!」


「はい由梨恵さん」


「ユリちゃんでいいよ! 記念に写真撮っていい?」


「ええ勿論です、良かったらPPのアドレス交換なども」


「やったマジすごい、いいんですか? たまに電話してもいい?」


 由梨恵の物怖じしない性格、この押しの強さというか


図々しさは間違い無く母親の純子譲りだなぁ、と裕太郎は無邪気にはしゃいでいるふたりの娘を眺めながら苦笑いした。




(雄大のヤツが皇女殿下の言うとおりの英雄の器なら──昔、鷹が鳶を産んだ、と純子の里の星野家から散々嫌みを言われたもんだが──これは案外、鳶が鷹を産んだのかも知れんな)


 裕太郎は何故だか急に愉快になってくっくっと笑い出した。


(いやいやまさかな、どこまでいっても蛙の子は蛙だよ)




 気難しいことで有名な男は珍しく上機嫌で大笑した。




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