表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
75/186

欲望の城③

物々しい警備体制のおかげか特にトラブルも無いまま戦没者慰霊式典はそのプログラムを終えようとしていたが──


 壇上でを行っていたハロルド・マグバレッジJr.が式典の段取りにない行動をとったため式典はどんどんおかしな方向へと転がり出した。


 地球の顔役である議長が木星の姫に急遽登壇を促したのである。ざわめきが起こる中、呼ばれた当人であるユイ皇女は首を傾げながらも立ち上がる。


 軍関係者席に座る宮城裕太郎大将は司会進行役のネイサン少将の脇腹を小突いてジュニアという名の中年親父の悪ふざけを制止するよう促した。


(何を呆けているんだネイサン君、いくら発起人が議長ヤツでも慰霊祭は軍の式典だ、個人的な政治パフォーマンスの場にさせるな──変な事を言い出す前に止めなければ我々は死んでいった者達にどう詫びて良いやら)


(そうおっしゃいますが提督、今更止められませんよこれは)


 既に会場からはユイに対して大きな拍手が巻き起こっていた。ここに至ってユイの登壇を将校服のネイサンが止めるというのは『議会と軍部の確執の縮図』にみえて絵面的によろしくない。


 軍部というものはあくまで文民政府の命令で動く外部組織に過ぎない、宮城大将は軽く舌打ちをして目を瞑ると弟子の腕をポンと軽く叩いた。


(あんまり酷いようなら無理矢理締めるように)


(はい提督)


 ネイサンは頷くと足早にマグバレッジJr.の元へと向かった。


 ユイ皇女も首を傾げたり後ろの連れの方を向いたり、と落ち着かない様子だったがマグバレッジJr.の待つ壇上へとおっかなびっくり歩を進めた。


 突然、マグバレッジJr.が動いた。


「やあどうも! どうも! 是非とも直接御礼を申し上げたかったのですよ、木星帝国第一皇女様プリンセス!」


 ゆっくり歩くユイの動作に業を煮やしたのか、マグバレッジJr.は小走りにユイの元に駆け寄ってきた。


 半ば無理矢理に握手を交わし、その手を掴んだまま講壇のある中央までエスコートする。集音マイク付ドローンは議長の声だけを拾い強調した。


「連邦政府議長として、そして一人の平和を愛する市民としてどうしても御礼したかった。ありがとうユイファルシナ殿下! ありがとう木星の美しき姫君よ!」


 人懐っこい笑顔と貫禄のある低い声は内に秘めた敵意を完全に隠蔽していた。


 さすがはベテラン議員にして地球閥の盟主というところだろうか──マグバレッジJr.はユイの高貴さ美しさに気圧される様子もなく、賛辞の弾丸を立て続けに浴びせかけて若く勢いのある皇女を抑えて主導権を握ってしまっていた。議長はそのやや脂っこい笑顔と貫禄のある壮年男性特有の低い声をスピーカーを通じて広場全体にバラまいた。


「あの、議長閣下? 何を……」


「いやぁ、本当に酷い事をしますなぁ。殿下の如き平和の使徒、博愛主義者をよりにもよって連邦政府転覆を謀る思想犯罪者として軟禁していたとは。いやぁ本当に! 頭の固い年寄りの政治家連中には困った物ですな! お恥ずかしい限りです」


 先ほどまで沈痛な面持ちだった議長の顔も今ではカラッと晴れ晴れとした笑顔に変わっていた。カメラ・ドローンが議長とユイの顔をそれぞれアップに映し出す。ユイの方は議長の顔色をうかがい、地球閥のトップである男の真意を推し量ろうとしていたが、どうにも隙が無く腹の底が見えてこない。


 年長者からこうも下手したてに出られては反撃の仕様もない、ユイはただ彼の導くままに登壇させられてしまった。




 講壇の前ではネイサン少将が眉を釣り上げて議長を睨み牽制していたが、議長の方は悪びれもせずに若き貴公子に近付いてウインクまでして見せた。




 マグバレッジJr.はごくごく自然に左腕を回してユイと肩を組むと右手でしっかりと彼女の右手を握り、ぶんぶんと上下に激しく振った。


 奇しくも衆目の集まる場所で議長と皇女の仲睦まじいツーショットが実現してしまった。カチカチと撮影用のデバイスを作動させるクリック音が会場のそこかしこから聞こえてきた。


 これを『地球と木星の険悪な関係の雪解け』と好意的に受け取るか、それとも『落ち目の議長が皇女人気にすがろうとしている』と見て不快感を覚えるかは人それぞれであろうが、何はともあれ不謹慎すれすれのこの笑顔パフォーマンスはこの時点で既に成功したも同然であった。




 この光景を見せられて不快感を示した人物は少なくない。とりわけ開拓惑星系の議員が中心になって組織した会派である『ユイ・ファルシナ先生を連邦政府議員に推薦する会(仮名称)』の憤りは激しかった。


「議長は慰霊式典を何だと思っているのか!」


「パーティー会場とは違うのだぞ? そんなふざけた認識だから宇宙軍の宿老たるカフテンスキ大将からも愛想を尽かされる!」


「鎮魂のための厳粛な式典を政治ショーにするとは! 連邦の腐敗もここに極まったな!」


 来賓席から次々にヤジが飛ぶ。一際大きな声を出したのは旧木星帝国の支持者が多数派を占めるエウロパ・メガフロートシティの市長。それに火星東部企業連合体イーストマーチャントの事務総長が同調して大声を出し怒りを露わにした。


 しかしその議長への怒りの声は、参列した遺族達が発するユイへの歓声と地球閥議員達の大きな拍手にかき消されてしまう。


「議長、式典はもう終了です。サプライズ演出はこれぐらいにしてください。もともと予定時間を若干オーバーしているのですよ? この後の英国王室主催の晩餐会に支障が──」ネイサンが詰め寄るもマグバレッジJr.は「すぐ済む」と笑顔で一言返すのみで強引にネイサンを押しのけた。


「皆さん! 木星帝国と連邦政府との間には不幸な戦争がありました。両者の間にあったわだかまりはこの皇女殿下の煌めくような笑顔が吹き飛ばしてしまいました」


 まくし立てる議長の勢いに圧倒されっぱなしのユイは状況もわからぬまま、ただ愛想笑いを浮かべる他無かった。


「えー、誠に唐突ではありますがこの場を借りて発表致します。我が惑星連邦政府はユイ殿下に銀河平和勲章、太陽系栄誉市民勲章の授与を検討しております」


「え? は、はい。それはどうもありがとうござ──」


「ありがとう!」


 ユイは首を軽く傾げながらそれに頷く。ユイが喋り終わらない内に言葉尻に被せるように議長がまくし立てる。参列者達には最早議長の声しか聞こえていないだろう。


「ありがとう、快く受け取っていただけるのですな? ありがとう、本当にありがとう!」


 会場の中には議長の敵もそれなりにいたのだが、それ以上にユイの味方が多数派を占めていた。


「殿下! ユイ殿下! ついでに図々しいお願い事があるのですが?」


「はい?」


「実を申しますと我が家の人間は全員揃って殿下の大、大、大ファンでしてな。ウチの家内などは『是非ともウチの息子の嫁に!』と息巻いて大変でしたよ」


 元々ニヤけた顔のマグバレッジJr.の顔が殊更に喜色満面なものへと変化する。


「はい……嫁、ですか?」


 マグバレッジJr.の笑顔に釣られるようにユイも口角が上がる。


「何よりウチのバカ息子がお美しい殿下に一目惚れしておりましてな『殿下の地球滞在中に何としてでも我が家にお招きしろ、親父の政治家生命を賭けてでも!』なんて……殿下は勿論独身でいらっしゃいましょう?」


 アッハッハ! と大声でまくし立てる議長の周囲を握り拳大のマイク・ドローンが複数飛び回る。




 あっ、と叫んで立ち上がったのはエウロパの市長である。


「自分の家族を切り売りしてでも木星にすり寄ろうとは──遂にプライドまで捨てたか下衆めが」


 木星を地球の味方に付けようとあれこれ画策してくるだろう、という事までは市長も予想していたが、まさか衆目集まる式典の最中に『結婚話』を持ち掛けるとは思いもよらなかった。




 ユイの方もようやく議長の思惑を察した。


(あの──もしかして……閣下のご子息と私とで、結婚を前提としたお付き合いを?)


 議長の笑顔とは裏腹に肩に回された手の握力の強さは常軌を逸しており、けっしてこの場から逃がさないという議長の決意が軽い痛みとともにユイに伝わってくる。


(どうです殿下? 地球の男は女性に優しい紳士ばかり。しかも私の息子、長男のウィルはグレードワンのGPレーサーで『銀河の荒鷲』と呼ばれてご婦人方にも大人気の──)


(あの議長閣下? 誠に申し上げにくいのですが私にはもう好きな人が……婚約者がおります。折角のお話ですが──え?)


 雄大の事を思い浮かべ恥じらうように笑い、やんわりと断りを入れるユイ。議長の笑顔は崩れなかったがユイの肩を掴む力は更に強くなる。肩の関節が軋むような痛みに、ユイは驚く。


(ハハハ、そんなものは破棄しなさい破棄。あなたが本気で地球と和議を結びたいのなら用意した婚姻話に乗るべきでしょう)


(え──それではまるで──)


 平和を人質にした脅迫。


 議長は内密の話まで拾おうとしたニュース屋のドローンを鷲掴みにすると足元に叩きつけて踏み付ける。残っているのは政府が手配したドローンのみ。


(ウィルの妻になれば地球閥の中枢で好き放題出来る。商売がしたければ銀河公社の重役に納まれば良いし、木星が恋しいなら今の総督をクビにして貴女が統治すれば良い。よく考えなさい国を持たない放浪の姫よ、ウィルとの結婚話は貴女が我々地球閥から引き出せる最大級の戦利品だ)


(そんな事は望んでいません、とにかくお断り致します)


「そうですか殿下、ご心配無く。今宵は晩餐会も控えておりますし、明日の昼などどうでしょう?」


 小声でユイに餌をちらつかせていた議長だったが、今度は参列者達に向けて声を発する。


(議長閣下──木星帝国の再興をあきらめろとおっしゃるので?)


(荒唐無稽な夢を追うのはおよしなさい、誰も幸せにならぬ)このドローンは先程から『議長の伝えたいメッセージ』だけを拾い、他の音声を完全に遮断している。これは何らかの方法で議長が操作しているとしか思えない。


「そうでしょう、そうでしょう! 殿下は12年間も狭苦しい宇宙船に軟禁されていたのですから! これぞホントの箱入り娘ですな! そんな御方が我が家にお越しいただけるとは、いやはや光栄ですな」


 ユイの顔が青ざめる、いつの間にか勝手に話が進んでいく。カメラとマイクは事実を中継するために飛び回っているのではなく、地球閥に都合が良い映像を作るための素材集めをやっているに違いない。


(私はまんまと罠に嵌まった?)


 議長を甘く見ていた、ユイは登壇した事を後悔する。




「テメエはァ! 聞こえてねえと思って好き勝手言ってんじゃあねえぞォ!」




 ドカッと言う大きな音と共に数人の兵士が地面に這いつくばる。


 地獄耳にして千里眼、来賓席から身長2m近い大女が猛烈な勢いで飛び出してくる。警備に当たっていたテランガードの兵士三人を文字通り腕一本でなぎ倒した赤毛の女、ブリジットは上着を脱いでふりまわしながら議長目掛けて突き進む。遠巻きに見ていたガード達は血相を変えて壇上に駆け上がろうとする暴漢に照準を合わせた。


「な、なんだ?」


「ブリジットさん!?」


 ユイが悲鳴を上げる、ガード達のショックライフルは麻痺にセットされているとは言え、まともに喰らえば無事には済まない。


「構わん撃て」


 十数丁のライフルから伸びる数条の光がブリジットを襲う。


 怯んで足を止めればかえって被弾が多くなると瞬時に判断した彼女はわざと一発の光弾に飛び込むように跳躍する。手にした上着のジャケットをショックライフルの一斉射に叩きつける。革を鞭で打つような着弾音と参列した未亡人達の悲鳴。帯電して焦げ付いたジャケットが噴水に落ちる前にブリジットは獲物を狙う鷹のような速度で議長のすぐそばに着地する。


「おい地球閥! 殿下に喋らせないなんて卑怯じゃないか。公の場所で変な言質取ろうなんてこのあたしが許さないかんな──ってぇなクソ、当たってんじゃん!」


 ブリジットは帯電して動きの鈍くなった左腕をニ、三回軽く振る──しっかり一発、ショックライフルが命中しているはずなのだが一向に倒れる気配がない──人間離れした身体能力と耐久力にガード達は驚愕した。


 もうこの距離になっては危険過ぎて射撃は出来ない、ガードの隊長は部下に射撃を禁じた。万が一ユイに当たりでもすれば、今度は開拓惑星系移民と地球閥の間で戦争が起きかねない。


「な、離せ、離さないかキミ!」


 大女は慌てる議長の襟首を掴んで持ち上げると駆け寄ってきたネイサン少将の方へと子猫でもあしらうかのように放り投げた。


「悪いけどさ、殿下のお加減が優れないみたいだから席に戻らせてもらうよ。文句は無いだろう?」


「そんな勝手が通るか、大体何なんだキミは? 何の権限があってこんな」


「あたしは木星皇女親衛隊ブリジット! オッサンこそ何だよ偉そうに」


「わ、私を知らない? ふざけた事を──」


「あたしはバカだから政治の事はよく知らないけどアンタがウチの殿下に意地悪してた事だけはわかるんだよ! あたしにはぜーんぶ聞こえてたの!」


 スピーカーで声を大きくする必要もない。ブリジットの一喝はトラファルガー広場全体に響き渡った。


「ちょ、ちょっとキミ──?」


 鼓膜の震えがおさまらない、耳を押さえ目を丸くしたままうずくまる議長とネイサンを置き去りにして、皇女を小脇に抱えたブリジットはのっしのっしと来賓席に向かって歩き出す。


 途中で戦闘ロボットを連れたガード達がブリジットの前に立ちはだかると、ブリジットはユイを降ろしてから右拳を強く握りしめ胸の前でバシンと左の手のひらに打ちつけた。


「大人しくしてないと怪我するよ? まあ死なない程度にしとくけど」


 ペロリと舌なめずりをするブリジットの前にユイは出ようとするがブリジットはそれを制した。


「殿下、ここは私にお任せを。良い機会だから今後木星が舐められないようにバシバシっとかましときます」


「ブリジットさん、私のために怒ってくださるのは有り難いのですけどいくら何でもやり方が乱暴過ぎます!」


「殿下は甘過ぎ、マーガレット様や魚住さんみたく怒るときはしっかり怒っておかないから舐められる! もしマーガレット様と魚住さんがここにいたら今頃この噴水はあのアホ議員とこいつらの血で真っ赤っ赤の血の池地獄ですよ」


 ゾゾゾッと総毛立つテランガードの兵士達、この大女より気性の激しいバケモノ女が木星にはいるのだろうか、とガード達の腰が引けてしまう。


「め、メグちゃんも魚住もそんな乱暴はしません!」


 ユイはポカポカとブリジットの背中を叩く。


「え~? まあそりゃあの2人はいっつもユイ様の前ではお澄まししてるから本性知らないだけですよォ、怖いの何の」ブリジットが視線を逸らした隙にスタンスティックを起動させたガード達が10人がかりでブリジットに飛びかかろうと距離を詰める。 


「まあまあ、その辺でどうですか皆さん、ねえ? ホラ、ブリジットさんも落ち着いて」


 そこへ六本足の黒い蟹のようなロボット、牛島が音も立てずにブリジットとガード達の間に割って入ってきた。


 スルリと湯気でも滑り込んできたかと思うほどの静かな動き。


 まったく気配を感じさせない暗殺者のように滑らかな動きをする怪ロボット。ガード達は底知れない薄気味悪さを覚えて木星一行から距離を取った。


「ぁんだよー、牛島さん止めないでよ! 悪いのこいつらじゃん!」


「ブリジットさん、殿下を困らせてはいけませんよ。臣下の恥は主君の恥です。ていうか皆さんアナタの事怖がってんですよ、ホラ、ブリジットさん超強いオーラ出してるから」


「オーラ?」


「そうそう、ブリジットさんは銀河最強のワイズ伯爵閣下の一番弟子ですからねぇ。警戒態勢を解くに解けないで困ってんですよ、ねえテランガードの皆さん?」


 牛島は落ち着いた壮年の紳士を彷彿とさせるような声で双方をなだめようとする。


「ふーん? びびらせ過ぎちゃってたかな? まあ地球に引きこもってる軍隊なんてろくにドンパチやった事無いだろうし」


「ですよ~、みだりに力を誇示して回るのは強者の行いとは言えませんよ?」


「…………強者のたしなみ! そうね、わかる。マーガレット様もたまにそういう事言うよ」


「そうそう、仔羊の群れの中にライオンがいたら仔羊さん達落ち着かないでしょ? たからブリジットさんはちょっと外で待っててくださいな」


「そっか、そういう事か」


 大女は納得したように微笑むと、両手を頭の後ろに組んでゆっくりゆっくり来賓席からも遠ざかっていく。その後ろをガード達がおっかなびっくり追いかけていった。


 ほぅと安堵の溜め息を吐くユイ。


「ブリジットさん、取りあえず式典が終わるまでの辛抱ですよ」


「あーい、待ってまーす」


 爆弾が炸裂したような騒ぎを引き起こした張本人のブリジットが式典の会場から去ると参列者達は近場の人達と口々に雑談し始めた、安堵感からか、乾いた笑いがトラファルガー広場には溢れかえっていた。


 牛島が気疲れしたようなユイの身体を支える。


「大変でしたね」


「助かりました牛島さん。ブリジットさんにはああいうなだめ方が効くのですね」


「ブタもおだてれば空ぐらい飛びますからね、ハハハ!」


「え!?」


 聞こえてなければ良いけど、とユイはブリジットの大きな背中を見送った。







 ブリジットの大立ち回りのせいで一時的に騒然した式典をどうにか和やかな空気に戻したのは現ローマ教皇アレッシオ・フランチェスコーニだった。


 現教皇は齢四十後半にして既に好々爺のような柔和さと気さくさに溢れた、やや飄々とした雰囲気を持った人物である。


「ええ、実はですね。この後、英国領の女王陛下がホスト役でユイ殿下を囲んだディナーの席が設けられてまして。もう時間がおしているそうなのですが、このまま終わるのもよろしくないとあちらの席の司会の美男子から頼まれましたので、まあ最後に締め括りになりそうな少々退屈な説教をば……ええ~、抜け駆けして美しい女性を口説くと何かと角が立つものです──先ほどもまるでパンドラの箱を開けたみたいな騒ぎでしたね。議長、プリンセスを口説く前に猛獣使いを雇っておくべきでしたね」


 自らまとめ役を買って出た教皇はにっこりと笑う。


 振られたマグバレッジJr.の方も大袈裟に肩をすくめて苦笑いしてみせる。


「まあ、誰がこの後のディナーの席で皇女殿下の隣に座るかは後でくじ引きでもして決めましょう──議長に当たるとよいのですが。赤い印が付いているヒモが当たりですね。では早速私から引きましょうか」教皇は懐中から十本程度の白い紐の束を取り出した。そしてその内から一本、ヒモを引く。


 一発で赤い印を引き当てた教皇は大袈裟に驚いて見せた。


「やった! 当たりです! では皇女殿下どうぞよろしく。今宵はじっくりと信仰について語り合いましょうね」


 教皇が仰々しく頭を下げるのでユイは思わず失笑した。


「あのう──私、立食形式だと伺っておりますが」


「おや残念初耳です」


 教皇は残念そうにヒモを講壇の上に垂らすように置く。そのヒモ全てに赤い印が付いているのを見た参列者から軽い笑い声がこぼれる。


「まあ、何ですね。私達は神の愛によって生かされているのですが、天に召された魂はどうなのでしょう。むしろ我々以上に神を近くに感じてその愛を受けているような気がしませんか? こんな事を私はよく考えます──一番に神の愛を得るのは誰か? 生者なのか、それとも召された魂か? どんな死に方をした者が? どんな生き方をした者が?」


 参列者達は押し黙って教皇の話に聞き入った。


「神は、私達の信仰の中にいらっしゃいます。近くにあるようでそして遠い。神の愛とは過剰に求めようとすれば遠ざかりますが、今この時、最愛の人を失った悲しみに包まれた時には寄り添って私達を勇気づけてくれるものです」


 教皇はヒモの束を手にとって一本一本、赤い印を確認する。


「このくじ引きのヒモすべてに当たりの赤い印が付いているように、信仰を必要とするすべての人に等しく与えられるもの、それが神の愛なのです。信仰とは──美しい皇女殿下の愛を勝ち取るために奔走するのとは違って、抜け駆けまでして競いあう必要は無いのです。私は皆さんよりも多くの時間を神の愛と信仰について考える事に費やしていますが、だからといって神の愛を他の人達より多く受ける訳ではありません。何故ならば、私達は父なる神の前では皆等しい存在なのですから。神の催すディナーパーティーもきっと立食形式、上座も下座もありません。神という寛大なるホストは分け隔てなく信仰を持つものすべてを招き入れてくれるでしょう。この慰霊碑に名を連ねた方々もまた等しく神の招待客、信仰を介する事で私達は再び愛する人達と温かなディナーを囲む事が出来るのです──さてさて長くなりました、小腹も空いてきた事ですからお開きにしましょう──というわけで、パーティー会場を間違えて夕食にありつけない迷える魂のためにも、皆さん食事の前のお祈りを忘れずに。お腹が減っていると安らかに眠れないものです」


 軽妙な調子で説教を終えた教皇に惜しみない拍手が贈られた。




 こうして波乱含みの慰霊式典は終了したが、エウロパ市長率いる開拓惑星系議員団と、マグバレッジJr.が取りまとめる地球閥議員団、両者間の空気は重苦しかった。この場は何とかおさまったものの、この後にバッキンガム宮殿で催される晩餐会においてユイをめぐって本格的に衝突するのではないかと危ぶまれていた。





 


 ふざけ半分のくだけた語り口と落ち着いた外見とのギャップ──教徒以外にも結構な人気がある現在のローマ教皇は祝福を求める参列者の一人一人と抱擁を交わしていた。


 その様子を見つめつつユイは来賓席に残り、牛島が装甲リムジンを近くまで寄せるのを待っていた。地球閥議員や開拓惑星系の議員達と距離を置くために教皇と行動を共にしよう、とユイは考えていた。特にマグバレッジJr.と話をする時は細心の注意を払う必要があるだろう。




 教皇の前にできた人だかりよりももっと注目を浴びるのではないかと思われていた木星からの賓客ユイ皇女であったが、彼女と話をしたくて集まってきた人達も、戻ってきたブリジットの姿を見て回れ右をして遠ざかる。こんな調子でユイの周囲半径5mには武装したテランガードの歩兵達ばかりになっていた。なんと言っても『ショックガンが当たっても倒れない大女』である、皇女のお供とは言え虎か何かの大型肉食獣より危険度が高い。テランガードの歩兵達はもともとテロリストから皇女を守るのが任務だったのだが、今となっては皇女のお供の暴力から地球閥議員を守るような形になってしまっていた。


「この後メシなんですよね? どおなんだろ、地球のメシって旨いのかなぁ」ブリジットは訝しげに口を曲げ、くしゃみが出る前にチーンと鼻をかむ。


「食事が口に合うかどうか心配してるのか? 大物だなコイツは」


 痺れてない右手で鼻をかんでいる『大物』を見ながらリタは溜め息を吐く。するとブリジットは『大物』と呼ばれたのを褒め言葉として受け止めて照れたように頭を掻いた。


「へへ~」


「大物と言えば──あっちも大概だな、聖職者ヅラが良く続く」


 嫌な顔一つ見せずにこやかに人々と応対する教皇アレッシオ。その様子を見てリタはフンと侮蔑するように鼻を鳴らすが、ユイの方は素直に教皇の人柄に感心していた。


「ええ本当に。あの方は大人物のようですね、あのような御方とお近付きになれて良かったです!」


「は?」


「え?」


 ユイとリタは互いに顔を見合わせて首を捻った。


「おい……もしかしてアレッシオとお前──互いに素知らぬ振りをしていた訳ではなくて、本当に面識がなかったのか?」


 苦虫を噛み潰したような渋面を作ったリタはまるで醜悪なものを指し示すかのようにローマ教皇を指差した。


「ええ、初めてお会いします」


「呆れた──奴は禁忌技術管理委員会の親玉だぞ?」


「は、はい……そ、そうなんですか? 勉強になります」


「お前の牢屋に使われてた透明のエナジーフィールドにしろ、そこの牛島実篤博士の知識を備えたロボットにしろ、禁忌技術関係であやつの感知していない物などない、許可権者の長に情報が集まるのは当然の話だからな。そもそもこのメアリー・ジーンの身体を受け取ったり、陛下をどこぞに監禁したり、十三番目サーティーンを匿ったり──そこまでやるならヤツから直接許可を得ないといかんはずだが?」


「あなたが王と呼んでいたあの金髪の少年や、ニースさん達の事、あの教皇さんに何か許可をもらわないといけなかったのですか?」


「──はァ? お前、オービルからは何も言われなかったのか?」


「ええと……さ、さあ……元帥からバチカンが何とか聞いていたような聞かなかったような。バレなければ良い、と言っておられたような──」


 ばつが悪そうにリタから目をそらすユイ。


 リタは──正確にはメアリー・ジーンの身体を間借りしているリオルは絶句した。


「リタ?」


「───し、信じられんほど適当な……オービルもオービルだ、さては面倒事に関わりたくなくて逃げおったな?」


 リオルは常にイタリアのローマ教会、禁忌技術管理委員会と連絡を取り合い、クーデターの準備を進めてきた。


 人類が次なるステージに進むために。


 次世代の王を育てるために。


 リオル・カフテンスキは禁忌技術委員会から必要な技術を引っ張ってきた。研究が凍結された人造生命体達、機械との融合に適した異能体の少年、ワープドライブコア、ポジトロニックノード、戦艦を切断する程のフォトンブレード──これらを使ってリオルが何をするか、その計画の詳細をあの教皇は知っていたのである。


 いわばリオルのクーデター計画を承認した男。




 ──共犯者。




 リオルもローマ教皇も、本来ならばこの式典に参列する資格などない。


 むしろ身内を失った参列者達から怨みの剣つるぎをその身に突き立てられるべき者達だ。


「地球の内情には疎いもので……」


「禁忌技術が何で禁忌と呼ばれているかよく考えなくてもわかるだろうが愚か者め! 事後報告でも構わん、ちゃんと話を通して置かないと面倒だぞ。化石のように頭が固くて融通の効かない連中だからな」


 ユイは急に寒気がしたのか、ぶるぶるっと全身を震わせた。


「も、もしかしてあの教皇さんはああ見えて怖い人なんです? リオル大将だった時の貴方や、あのマグバレッジ議長よりも?」


「教皇本人よりむしろ──取り巻きの教皇庁とマルタ騎士団の連中が、な。奴らの不評を買って関係をこじらせると非常に厄介だぞ──想像を絶するほど狂信的な連中だからな」


 まあどうしましょう、とユイは身を縮めて口を押さえた。


「あの……ねえリタ? あなた、教皇さんと面識があるのでしたらあなたの口からうまく説明をして、ご機嫌伺いをしてもらえないでしょうか?」


「何っ!? 私がか」


「お願いっ──!」

ユイは手を合わせてリタを拝む。リタの頭痛はユイと話せば話すほど酷くなっていった。


 目眩がしてくる。


「ぐぉ……」


 リタは、ユイ達がキングアーサーの開口部に無人艦ごと突っ込んできて無理矢理フォトンブレードを無力化してきた事を思い出していた。


(忘れていた──そう言えばこやつら木星の連中というのは揃いも揃って私の常識の外に居る不確定要素イレギュラーだったな)




 牛島の運転するリムジンが到着した。ユイ達はすっかり暗くなった広場を後にして英国女王が待つバッキンガム宮殿へと向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ