表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
64/186

皇女の帰還①

木星宇宙港、北天ゲート周辺部。


 学生の団体客を載せた大型客船「さんふらわあ」や精錬前のターマイト鋼の原料を輸送する長距離トラックの集団が長い長い行列を作っていた。


 連邦宇宙軍のパトロール艦が行列に加わろうとする個人用の民間船の間に割って入り、警告の赤ランプを点灯させる。


 止まりなさい、止まりなさい、としつこいぐらいに電信でも警告される。


『木星宇宙港に入港予定の無い船舶が乗合宙域に進駐する事は禁じられています、速やかに元の航路に戻りなさい』


 パトロール艦の艦長は、周囲の船舶にも聞こえるような広域警告を発しながら民間船と交信を開始した。


「そんな馬鹿な話はない、せっかく木星のお姫様がやってる店を見つけたんだ。ちょっとぐらい寄り道しても良いだろう。ちょっと酒とツマミの補充もしておきたいし」


「そうよ『ぎゃらくしぃ号で買い物した』って言ったら会社で自慢出来るし」


「横暴じゃないか、じゃあそこの行列に並んでる船はなんだよ。見逃すのか? もしかしたらユイ皇女に会えるかも知れないんだぞ」


 民間船のオーナーは比較的裕福な人間のようで職場の友人達と個人旅行の最中だと言う。


『とにかくだ、港の管理局からお達しが出たんです。行列は港の正常な運航に支障をきたすから、って。これ以上行列が長くなっては困るんです──だいたいですねえ、そう易々と姫殿下に会えるはずも無いでしょ普通に考えて』


「会えるかどうか、店にはいんなきゃわかんないよ。レジにいるかも知れないだろ? まったく──銀河公社や宇宙軍はお姫様に助けてもらった癖に。お姫様の商売の邪魔をして!」


 流石にレジ打ちなんてやるわけはないだろう、と艦長は言い返そうかと思ったが、ここでこんな話をしても水掛け論になるだけなのでやめておいた。


『邪魔をしてるのはぎゃらくしぃ号の方なんですけどね。ここは港の入り口、所有権は惑星連邦にあって銀河公社が管理する宙域だ。あんまり無法を言うと逮捕する事になりますよ』


「じゃあ少し外で待つよ。そこのガイドビーコンの後ろで待機すればいいんだろ? それなら連邦法のどの条項に違反してない」


『あのですねえ、食品なら木星宇宙港でも購入出来るでしょう?』


「そうやって停泊させて港の使用料を徴収しようってんでしょ? せせこましいなぁ」


 パトロール艦の艦長は返答に詰まった。


 チラリと別モニターに映るぎゃらくしぃ号はホロ映像を投影していた。ユイをディフォルメして四頭身にしたような、エプロンを付けたマスコットキャラクターがペコペコと頭を下げている『ビール在庫僅少のため購入制限中』の文字列が流れる。


(まだ在庫があるのかよ? 早く店仕舞いしてくれよ)


 艦長はぎゃらくしぃ号の後ろにある大きなコンテナ群を発見した。


(まさか──あの中身は商品? わざわざ牽引してきたのか)


 軽い頭痛がしてくる、これは長丁場になりそうだ。




 移動店補型の商船という業態は非常に珍しく、こういう状況は長年宇宙港の警備をやってる艦長にも初めての経験だった。まさか宇宙船の行列が出来て警備の邪魔になるとは。


『勝手にしなさい。何かトラブルがあっても公社は責任を持ちませんからね』


 艦長は遂に折れ、民間船の前からどいた。


(法整備が必要だろ、流石に)


 例のクーデター騒ぎの前はさほど問題にならなかったのだが──それほどここしばらくの『ぎゃらくしぃ号フィーバー』『お姫様人気』は異常だった。


 やったぜ、と言う言葉を最後に民間船は交信を切るとビーコンが指し示すラインのギリギリに船を停泊させた。




 パトロール艦の艦長はぎゃらくしぃ号に交信を申し入れた。


 メインビューワーに、ハイドラ級巡洋艦のブリッジが映し出され──なかった。


 映ったのは店舗内にある通話モニターのようで、店員の制服であるジャンパーを着て、少し背の低い人物が映し出される。


『はいこちら銀河コンビニぎゃらくしぃ号本店です! 皆すごく忙しいだから休憩中のおら、鏑木林檎が御用件をうけたまわっちゃうだよ! 予約はお断りしてっからお店の中で商品を選んでね!』


 10代のやたら元気の良い女の子。


「あー、こ、こちら宇宙港警備隊、パトロール艦ポトヴィクですが……あの、そちらはいつ頃営業終了予定なんでしょうか……」


 艦長が敬礼するとビューワーに映る少女も朗らかな笑顔で返礼してくる。


『ただいま24時間営業中だよ!』


「そ、そんなに営業するつもりなの──ま、まいったなこりゃ」


『あのー、お買い物の用事とか、苦情とは違うだか?』


 艦長は脱力して大きく溜め息を吐いた。


「あ、えーとオジサン達はね、港の安全をパトロールして回ってるんだよね、今」


『ちゃんと三交代制で労働基準法は遵守してっから安心してええだよ。査察ならお客様の邪魔にならないように裏の搬入口から回ってくんろ』


「あ~その、皇女殿下は今、お店にいらっしゃるのかな?」


『あ! ユイ様に用事なんだべ? でも残念だなぁ、皇女殿下は今ぎゃらくしぃ号の中にはいねえよ? お取り次ぎするだか?』


「あ、そうじゃなくてね」


『なんだべか?』


「あのね、この長~い行列なんだけども。お姫様が目当てで並んじゃってる人達もいるみたいなのね? いないならいない、ってちゃんとホロで不在の告知してくれるよう、お店の大人の人に言ってくれる? そしたら少し行列も減ってこの辺りが少し通りやすくなる……とオジサン達は、思うのね?」

ああ、なるほどと林檎はウンウン頷いた。


『うん、わかっただよ。六郎さに伝えとくね! じゃ~そろそろ休憩終わっちまうから切るだよ、いい? そいじゃバイバーイ』


「ば、ばいばーい……」


 毒気を抜かれた艦長は、林檎につられて手を振り返す。


「ぎゃ、ぎゃらくしぃ号との交信、終了──」


 通信士もすっかり脱力してしまっていた。


 管理局から苦情を言われるか、行列の客から総攻撃を食らうかの不本意な二択なら管理局を相手にした方がまだマシだと判断したポトヴィクは伸び続けていく行列に対して見て見ぬ振りを決め込んだ。




「お姫様、どこ行ってんですかね~」


 通信士は少し残念そうに呟いた。


「なんだ、君もファンなのか。ミーハーだなぁ」


「いや、以前までは思想犯として軟禁されてたって聞いてたもんで。長年閉じ込められてた人が真っ先にどこに行きたくなるのか、少し気になりませんか?」


「そうだな。船を港に残してるんだし、やっぱり木星の地表に降りて──里帰りでもしてるんじゃないかな。元々はこの星の人だった訳だし」


「ですかね、里帰りですよね、やっぱ。しかしなぁ、随分昔の話ですからね、帝国があってお姫様がいて、40年も眠ってたなんて。僕からしたら人間が地球でくすぶってた頃のおとぎ話みたいな感覚ですよ」


「私みたいな中年男にしてもな。歴史の授業で一時間の講義やら戦没者慰霊祭の時に流れる記録映像やら、その程度の存在感だったからなぁ、木星帝国」


 艦長はシートに腰掛け、宇宙港の向こう側に見える巨大な惑星、木星の姿を眺めた。


「50年ぶりに故郷に帰る──か」


(待ってる人がいるわけでも、帰る家があるわけでも無いだろうに)


 他人ごとながら、艦長は何やら物悲しくなってきた。


「そう言えば私も墓参り、随分ご無沙汰してるな──明後日辺りに有給申請してみるか」


「まあ、しばらくは無理そうですけどね」


 小型のパトロール艦ポトヴィクは行列から離れて遠巻きにぎゃらくしぃ号と利用客達を見守る事にした。







 ユイは雄大に手を取られてヘリから降りた。


「少し寒いですね」


 コートを着たユイはタラップに足が届かないリタを抱え上げて降ろそうとするがさすがに重たかったのかバランスを崩してよろめく。


 雄大は後ろしっかりとユイを抱きかかえて支えた。


「す、すみませんでした雄大さん」


「いえいえ」


「ふむ、御苦労」


 リタと呼ばれる虚ろな瞳をした幼女は雄大に向かってねぎらいの言葉をかける。


「──」


 雄大は何とも言えない違和感を覚えながら幼子を見た。ユイから説明を受けた時は信じられなかったが、確かにこの言葉遣いと目つきは純真無垢な少女とは思えなかった。


「じろじろ見るな小僧」


 自らの足をヘリポートに付けたリタは雄大を睨み付けるように見上げた。


「リタ? 小僧なんて言わないのよ。ホラ、なんて呼ぶの?」


「宮城」


 リタは憎々しげに吐き捨てた。


「『お兄ちゃん』でしょ?」


「宮城で十分だ」


「困りましたね……もう少し普通の言葉遣いになりませんか? すみません雄大さん」


「そんなユイさんが謝らなくても。妹以外から『お兄ちゃん』なんて呼ばれると調子狂いますし」


「やれやれ、正に地獄ぢごくだな」


 そう毒づくリタの頭を乱暴に掴んで揺さぶる者がいた。


「ポジトロニック・ノードの悪影響か何かなのかしらね、この口の悪さ!」


 ユイとお揃いのコートを着たマーガレットがぐりぐりと拳を押し付ける。


「や、やめんか! 無礼者」


「め、メグちゃんその辺で」


「はい、ユイ様」


 マーガレットはパッと手を離すと何事も無かったかのように澄まし顔になる。


 リタはわなわなと肩を震わせ物凄い形相でマーガレットを睨み付けるがメアリー・ジーンの愛らしい顔で凄まれてもまったく迫力は無く、むしろ微笑ましく見えてくる。


「おのれ」


 リタはマーガレットのすねを蹴飛ばそうと力一杯足を振りあげた。しかし、その一撃はあっさりとかわされてしまう。マーガレットはふわりと身体を浮かせて軽やかにステップを踏んだ。


 寸前で蹴り上げる目標を失いバランスを崩したリタは軸足で自重を支えきれなくなり、ぺたんと尻餅をつく。


「ま、まあ──」


 ユイは驚いて駆け寄るがマーガレットと雄大はリタの見事な転びっぷりに思わず顔を見合わせてケラケラと笑った。


「あ、悪魔共がっ!」


 リタの顔面は羞恥で紅潮し唇はふるふると震えていた。


「わ、悪い悪い、怒り顔があんまり可愛いかったもんでな」


 雄大はリタの脇に手を回して持ち上げてやる。


「気易く触るでない」


「はいはい、わかりましたよ」


 雄大はポンポンと少女の頭に軽く手を置いた。


 怒りが収まらないのかマーガレットの顔を睨み続けるリタ。


「その身体じゃマーガレット相手に勝ち目は無いぞ、諦めろ」


「小僧は黙っておれ」持っていたポーチを振り回してひっぱたこうとするがマーガレットはひょいひょいと紙一重でかわしていく。


「もう! 仲良くしないとここに置いていきますよ?」


 ユイは少女の腰に付いた砂利を払い落とした。


「私を連れまわしてるのはお前達だろう、置き去りにしたければするが良い、ええい逃げるな!」


 マーガレットは少し感心したようにポーチを振り回すリタを見る。


「驚いた、この子結構筋が良いわよ」


「迎えの車が来ましたよ、さあ」


 ユイはリタの手を掴んで無理矢理引き離す。


 雄大が自動運転の巡回車両を止め、自分は運転席に乗り込んだ。


 リタは助手席に押し込まれマーガレットとユイが後部座席に乗り込む。


 すっかり機嫌を悪くしたリタはむくれて無言になっていた。後部座席からマーガレットが何やらリタにちょっかいを出してくるがリタは完全に無視を決め込んでいた。


「なんだよ、マーガレット。やけに機嫌がいいな?」


「ええ! それはもう──フフ。ユイ様が遂に木星にお帰りなされたのだから! これは歴史的快挙よ!」


「ありがとうメグちゃん、それもこれも皆メグちゃんのおかげですよ」


「えへへ……ユイ様」


 マーガレットはユイの真横に座り直し、首にしがみつくと頬を寄せた。


「いやだメグちゃん、ちょっと──」


「わたくし、本当に嬉しいんです。ずっとこの日が来るのを待っていました。ユイ様が大手を振って木星に帰還される日を──」


「私もですよ」


 ユイは自らの半身となって支えてくれた最愛の友の髪を愛おしそうに撫でつける。


「残念ですね、魚住もついてくれば良かったのに」


「魚住はリーサと一緒に回るそうです。お二人の邪魔にならない方がよいでしょう」


「リーサ、ってラメラ・キャラバンのイヴォンヌ会長ですか?」


「はい」


「なおのこと残念ですわ、ラメラ・キャラバンの会長にわたくしのデザインした服を見てもらえたらなぁ」


「そうだ、近い内にリーサを招待してお食事の席を設けましょう」


「やった! ユイ様大好き!」


 仲睦まじい本当の姉妹のように、いやまるで恋人のように、マーガレットはユイに甘えていた。


 雄大はマーガレットの様子を見て安心した。


 自分がどちらを選んでも、この2人の間にわだかまりが出来てこの麗しい絆を壊してしまうのではないか、マーガレットは無理して明るく振る舞ってるんじゃないかと思っていたがそんな心配は杞憂だったらしい。


(まあ、俺如きがちょっかいを出したぐらいで壊れるような、そんなヤワな関係じゃないよな……)


「前を見らんか、前を」


 バックミラーで後部座席の様子を食い入るように凝視している雄大の横っ面をリタは小さなポーチをまるでヌンチャクのように使って叩いた。パン、と乾いた音がする。


「こ、こいつ?」


「後ろの席に混ざりたい、と頬に書いてあるぞ。品性下劣な顔をしおって」


「ま、マーガレットにかなわなかったからって俺に八つ当たりすんのかよ」


「フン、自動運転に切り替えて後ろに行ったらどうだ?」


「邪魔しちゃ悪いだろ」


 現在の木星の首都を一行を乗せた車が走る。


 後部座席でマーガレットが大きな声を出した。


「ねえ、あの山が白くなってるのって雪じゃない?」


「ええ、今はちょうど雪が積もっていますから。雪遊びが出来ますよ──そうでした、メグちゃんはアラミス育ちでしたね」


「はい、雪は初めてです──ねえメアリーのリタちゃん、あんたは雪遊びした事あるのかしら?」


「雪如きで浮かれおって。伯爵はくちゃくなどと言ってもまだ尻の青い子供──」


 マーガレットは腕を伸ばしてリタの耳を抓った。


「────!!?」


「口を慎みなさい平民の子」


「く、車を止めろ小僧! 非礼の数々もう許さんぞ!」


 バックミラーに映るユイは笑いながらじゃれあう2人を眺めていた。







 ユイの指示で、雄大は大きな公立公園の前に車を停めた。


「ここは?」


「リオネルパレス──ここに、帝国の宮殿がありました」


 雄大は新調したPPを弄ってみた。


 現在地情報が表示される。画面越しに見ると在りし日の宮殿の姿が映し出される。


「うわあ──ここには門があったんですね」


「ええ、今や観光地のようになっていますが、私や魚住が此処に住んでいた50年ほど前は正にこの宮殿を中心にまつりごとが行われていたのです。ちょうどその後ろ辺りに衛兵の詰め所がありましてね」


 雄大が其方を見ると、始終はしゃいでいたマーガレットが黙って大きな柱のそばに佇んでいた。雄大がマーガレットに声をかけようと歩きだすがユイから呼び止められた。


「少しそっとしておいてあげましょう」


 ユイは雄大とリタの手を引いて公園の中央広場へと歩を進めた。


「なるほどアレキサンダー伯爵はくちゃく、最後の武勇伝の場所だからな。小娘にも何か感じるところがあるのだろう」


「よくご存知で」


「まあな」


「マーガレットの爺さんって凄かったんだろ」


 雄大はリタに尋ねる。


「随分手こずったと聞いておる。5人の部下達と共にここを守っておったそうだ。連邦の装甲歩兵300人、戦闘ロボット50台以上を投入しても結局、アレキサンダーが守るこの南門を開ける事は出来なかった。二週間以上粘ったそうだがな」


「い、意味がわからん──」ブリジットが10人か20人ぐらい居るようなものか、と雄大は考えた。


(途方もない)


「まあ誇張もあるだろうがな──太陽系全体に勇名を馳せたアレキサンダー伯爵はくちゃくに比べればあの小娘もまだ可愛げがあることよ」


「俺には想像も出来んが──なあ、それってもしかしてまだマーガレットは強くなる余地があるって事か?」


「いや、あの小娘、女の肉体ではあれが限界だろう。アレの祖父の技はあくまで男性の肉体があって成立するもの。小柄でしなやか、機敏である女性の長所を良く理解してアレンジを加えてはいるようだが──これ以上の強さは望めないだろう」


「良かった、あれ以上強くなられたら困る」


 リタは雄大の顔をジッと見る。


「そう言えば私に銃撃を食らわせたのはおぬしであったな、ユウダイ・ミヤギ」


「あ」


 雄大はリタからの報復攻撃を恐れて数歩遠ざかる。


「見事な早撃ちだったな、良い腕だ」


「お、おう──褒められるとは思わなかった」


「それぐらいの腕があるのなら、頭を狙え、と言っているのだよ。脳が駄目になっていればこんな恥辱を受けずに済んだものを」


「……あ、頭を狙ったんだよ、あれでも」


「何だって?」


 ハハッ、と見下すような視線を雄大に投げ掛けるとリタはやれやれと首を振った。






 『平和の塔』と銘打たれた見張り台のような建物があった。


「ここがちょうど、玉座のあった場所ですね」


 そう言って見張り台の上へとユイは登りはじめる。塔とは言うものの、それは小さな建物であっという間に最上階へと到達する。


「──確かに平和だったのでしょうね、私達木星王家が居なくても──いえ、居ない方が」


 ユイが一人呟くのを雄大は聞き逃さなかった。近付いて寄り添うとその手を握り締めた。


「そう卑下する物でも無いですよ、ほら」


 雄大はPPをかざして仮想空間上に構築された宮殿の壁面をユイに見せた。


「これは?」


「見えない落書きですよ。ここを訪れた人達が残していった消えないメッセージです」


 そこには歴史的建造物であるリオネルパレスの解体に反対する人達の署名と、ビルフラムの墓標をここに設置しようとする人々の署名、そして冷凍刑となったユイ・ファルシナとリタ・ファルシナの健康とこの宮殿への帰還を願うコメントが無数に残されていた。


「──俺が言うのもアレですけど木星帝国は最後まで、開拓移民のために戦ってきた。その事は間違ってはいなかったと思いますよ」


 ユイは目頭を押さえて涙が流れるのをこらえた。


「ありがとう、ありがとう皆様。あなた方の祈りのおかげで私は今、此処に立っていられるのかも知れませんね」


 見えないメッセージを書いてくれた人達に礼を述べるユイ。雄大はその声を録音してこの仮想空間上に再生可能なデータとして貼り付けた。


「私の事を待っていてくれた人、その痕跡に触れられただけで今までの苦労が報われる思いです」


 リタは苦々しく雄大とユイの様子を眺めていたが少し大きな声を出して2人の邪魔をした。


「おい、感傷に浸るのはもうその辺で良いだろう。ここは山から吹き下ろす風が直に当たって冷えてかなわん」


 リタはひょこひょこと階段を降りていった。


「そうですね、私達もそろそろ降りましょうか。メグちゃんとも合流しましょう」


 ユイは少し強張っていて顔をゆるめて笑顔を作るとリタの後を追った。


「ユイさん、なんであんな奴を連れてきたんですか──弱みを握ってるから実力行使はして来ないにしても──とんでもない暴言を吐いてせっかくのお里帰りを台無しにしかねませんよ」


「リタの事ですか?」


「リタ、というかリオルですよ」


「連れてきたかったんです、どうしても。雄大さんが不愉快に感じるのもわかりますが……私のわがままに付き合ってはいただけませんか?」


「はあ……ユイさんがいいなら問題無いですけど」


 ユイは寂しげに笑った。


 ユイの気持ちに寄り添う事は出来るようになったが、たまにこういう理解し難い部分がある。どこか自虐的というか客観的に自分自身を観察しているような冷徹さと、自分を卑下して自ら破滅に向かうような様子が見え隠れしている、と雄大は感じていた。


(そういうところが、危なっかしくて放っておけないんだよな)







 ユイとリタは公園内のロボットから何か食べ物を購入していた。


(さてはあの野郎め、腹が減ったんだな?)


 雄大が車の前で待ってるとマーガレットがやってくる。コートを脱いで小脇に抱えている。少し目が赤い。


「なんだマーガレット、泣いてたのか」


 マーガレットは少し驚いたように目元を触る。


「い、いいじゃないの──感激してたのよ。お祖父様やユイ様がいらっしゃったお城に来られて。実物はもう無いけどね」マーガレットは手鏡を熱心に見ながら軽く身繕いすると雄大に尋ねる。


「変じゃない? 泣いてたのまだわかる?」


「変じゃないよ」


「じゃ、じゃあさ、この服──どうかな、変かな? 寒い場所には似合わないと思うんだけど」


 今までコートの下に隠れていたのは極彩色の衣裳だった。斜めに入った格子状のライン、色違いの革で編んだ、革鎧とも何ともつかない下地に色違いのスカーフを重ね合わせたものを纏わせた奇抜な上着に、色の濃淡が異なる雲モチーフの布地を幾重にも組み合わせた複雑な柄のフレアスカート。


「人通りが少ない。俺達以外誰もいないから、大丈夫だって」


「あ、あんたが見てるじゃない」


「──え?」


「ねえ、この服、可愛いかな」


 雄大はドキリとさせられる。こうもストレートに好意を持った視線で見つめられると、つい優しい言葉をかけて抱き締めてしまいたくなる。


「お、おま、お前なぁ……」


「感じたままをハッキリ言って欲しいの」


「……鮮やかで綺麗だけど、上着とスカートのバランスは良くないかな。このスカートなら上はごてごてしてない方が可愛いと思うよ」


 視線を逸らしながら、雄大はマーガレットの肩をポンと叩いた。


「やっぱり!」


「え?」


「わたくしもそうかなーって思ってたの。あんたってわかってるわね! ユイ様にこういう事を聞いても『メグちゃんはどんな格好をしても誰よりも可愛い』としか言ってくれないんだもの」


 まあ、あの人ならそう言うだろうな、と雄大は苦笑いした。


「ほ、ほらコート着ないと風邪引くぞ?」


「そうね。これから少し寒いとこに行くんだものね」




 2人してユイ達を待っているとリタはソフトクリームを手にしていた。


「ええ?」


 ソフトクリームを左手に持ち苦笑いしながら小走りに此方へやってくるユイ、雄大は指差して目を丸くした。


「寒くないんですか?」


「いえ、この子がどうしてもこれが食べたい、と──」


「ユイ様まで付き合う事は無いのに」


 マーガレットも呆れる。


 リタはユイに手を引かれながらも目前のソフトクリームを舐めるのに集中していた。たまに満足そうな溜め息を漏らしている。


「──喋ってないとまあまあ可愛いわね。ずっと何か食べさせておけばいいんじゃない?」


 マーガレットは笑いながら熱心に甘味を食しているリタを眺めていた。




 車で目的地に向かう前にマーケットに立ち寄る事にした。あんな太陽系全域に拡散されるほどのスピーチをした後なのでユイが出て行くと流石に騒ぎになるだろう。


 ──という事で車を停めて雄大とマーガレットだけで何を売っているのかを確認しに行った。




 雄大は珍しそうな古書をラフタへのお土産に購入した。ラフタが何を喜ぶかさっぱりわからないが知識欲のような物はあるだろう、と見越しての判断だ。一方のマーガレットは露天でアクセサリーを物色していた。雄大もマーガレットの横に並んで店主が勧めるままに手にとって眺めてみる。


「へえー」


「面白い形してるのが多いわよ、独創的ね」


 マーガレットは熱心に見入っていた。


 雄大は少し大きめの流れ星のブローチのような物を手に取る、無難なデザインだ。


「ああ、これ。リンゴ副隊長に買っていってやるかな」


「えっ」


「な、何だよ──お前もなんかお土産選んでるんじゃないのか」


「わたくしは月市街の観光で皆には色々買ってあげたから。これは純粋に自分用のアクセサリーを探しているの」


「──あー、そうだな、ハハハ」


「わ、忘れなさいよ恥ずかしい」


 マーガレットは月市街を観光した際に雄大に『月の名物』を数点プレゼントしていた。


「月生まれ、月育ちの俺にあれは無かったよな『うさぎもち』に『アルテミスの御守り銀細工』なんてド定番の月土産。ルナヴェールのネクタイはアレ、なんつうかシニア用だしな」


 雄大はクックッと思い出し笑いを始める。


「も、もう! あんたの出身地、地球と勘違いしてたのよ。要らないなら返して」


「せっかく貰ったんだし、そうだお返しに俺がここの会計持つよ」


「いいの? そういやあんたお金持ってるの?」


「まあね、おおすみまる救助の謝礼で公社から貰った礼金やら何やらがそっくり残ってるし──なんつうか色々忙しくて使う暇無いしな」へ、へえー、とマーガレットは平静を装いながらも目が泳いでいる。何か激しく動揺している様だった。


「こ、これ」


「?」


「これを、買ってよ」


「え? おいこれ」


 カップル用の対になってる指輪を見せてくる。


「いいでしょ?」


「ま、まずいだろそれは流石に」


「なんでよ。ゆ、ゆ、指輪ぐらい良いでしょ? 他意はないんだから。可愛いのを選んだだけよ、ねっ?」


「う、うーん」


 雄大は後ろめたい物を感じながらもマーガレットの分やリンゴの分、当然ながら婚約者であるユイへのプレゼントの分を選び会計を済ませた。


 指輪を受け取るとマーガレットは早速それを指にはめた。


「ありがとう、私これ大切にするね?」


「う、うーん……なんだこれ、なんか恋人同士にしか見えん状況なんだが。いいのかなぁ」


「あんたにはこっちをはめてあげるね」


「え?」


 マーガレットは目をキラキラと輝かせながら雄大の腕を捻って背中に回すと膝を蹴ってひざまずかせる。


「いてて! おい!?」


 マーケットに集まっていた観光客達が一斉に雄大達に視線を注ぐ。


 マーガレットは意地悪そうな笑い声を出して無理矢理にペアリングを雄大の指にはめた。


「じゃ、じゃーん!」


「うわっ!? やっぱりそうくるか!」


「当然じゃない、ペアリングなのよ?」


 マーガレットは指輪を色々な方向から眺めて悦に入っていた。雄大を解放して立たせてやる。


 観光客達はマーガレットの見事な体術に驚き呆気に取られていたが、どうもカップルがイチャイチャしてるだけだとわかってくると興味を失って離れていった。


「ユイ様に悪いと思うのなら外してもいいんだけど。良かったらわたくしの前でだけはそれを着けていて欲しいなぁ、って」


「はあ……う、うん」


 雄大は気疲れしたように溜め息をついた。


 マーガレットは雄大が怒るだろうと思っていたので、こういう困惑したような反応をされて驚いた。


 困らせてしまった、とマーガレットはふざけ過ぎた事を反省する。目の前の男性には婚約者がいるのだ。


「い、いやならいいの……ごめん、なんか一人ではしゃいじゃって。指輪、外すね。これ、ユイ様にあげてよ」


 雄大は指輪を外そうとするその手を取った。


「いいんだよ、気に入ったんだろ? お前が着けててくれ」


「でも──」


「なんか俺、デリカシーが無い、っていうか。最終的にはお前を傷付けるような事ばっかりしてる気がして。アクセサリーをプレゼントしてやろうとか言うの軽率だったかなって」


「何よ落ち込んでるの? 宮城はそのままでいいのよ。わたくしが勝手に好きになって、勝手に失恋して、その上しつこくつきまとってるだけなんだし」


「俺、本当はお前を選んだ方が良かったのかな──」


「ば、馬鹿ね……ユイ様を選んだあんたは正常な神経の持ち主よ、安心しなさいな」


 バンバン、とマーガレットは少し強めに雄大の背中を叩いた。


「それにね、今でも少しでも迷ってくれてて、ちょっと後悔してくれてる、ってわかっただけでわたくしは凄く満足。何よりの贈り物だわ」


「マーガレット」


「ほら、せっかくのユイ様のお里帰りなんだから辛気臭い顔しないの!」


 マーガレットは雄大の手を引いて車まで戻った。今の関係は壊してはいけない、絶対に後悔する──マーガレットは好きな人の手から伝わる体温を感じて胸が満たされていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ