初恋② マーガレットの決意
アラミス号から発進した小型シャトルが、ぎゃらくしぃ号のランチベイに着艦した。
12人乗りだが乗っているのは、魚住、ラドクリフ、雄大の三人とロボットの牛島だけ。
現在、増産が検討されている最新鋭の高速巡洋艦ハイドラ級には汎用戦闘機シュライクなどの艦載機を6機を搭載、整備するスペースがあるが、ぎゃらくしぃ号にはそんな物はない。
雑然とした駐車場という形容が似合う。
貨物を運ぶボートやシャトル、レジャー用の反重力グライダーに眉唾ものの『小型エーテル帆船』に強襲揚陸艇、中には『海に浮かぶ方の』ヨットやアラミス陸軍ガードも使ってる大気圏内用のジェットヘリなどが並んでいた。
(さすがにこんなもの艦隊戦じゃ使えないよなぁ)
店舗エリアを増設するため艦載機用のスペースをオミットして搬入口として整備し直したらしいが置こうと思えば2機ぐらいならなんとか運用出来そうではある。
(パイロットもまともなカタパルトもないけど)
今回の艦隊戦のログを確認して雄大が感じたのは、想像していた以上に艦載機シュライクや格闘戦仕様の戦闘モジュールが有効な対艦攻撃手段である、という事。今回の作戦のために魚雷発射管の封を解いて規格に合う対艦魚雷をサターンベースで26本も積み込んだのだが使う機会には恵まれなかった、いや、むしろ使う事が無くて良かったと思うべきだろう。
(でもまだコイツを土星に返すのは当分先になりそうだ)
ガッサ将軍との話し合いがこじれると、最悪の場合、二隻で四隻の巡洋艦で構成される木星帝国海軍との戦闘になる。雄大はどう戦うべきかのシミュレーションをしていた。
(粒子砲やシールド出力は此方が上だけどやはり艦載機が無いのは角落ちの将棋みたいなもんか。攻防両面でツラい。あの妙な巡洋艦のスペックがまるでわからないが──シュライク級の艦載機が出て来たら魚雷と粒子砲だけじゃ苦戦するか)
幸いにしてモエラ少将がサターンベースに帰還するのを先延ばしにして土星守備艦隊総勢六隻で木星帝国海軍の動きを牽制してくれているが、いつまでも艦隊と基地指令がサターンベースを空にする訳にはいかない、雄大が予想したよりも状況は厳しい。
(最悪のケースだと──ユイ殿下をめぐって『同士討ち』か)
雄大はシャトルを船内のアームで固定して格納作業を完了するとシャトルの動力をカットした。シートベルトを外しながら窓越しにランチベイの様子を見る。シャトルの外では既にラドクリフが部下の海兵隊員達と大騒ぎを始めていた。
その集団の向こう側にユイと六郎、そしてマーガレットとブリジットが先に降り立った魚住や牛島と何事か言葉を交わしていた。
雄大がシャトルから出てくるとラドクリフとモニカが大声ではやし立てる。
「おい雄大、この色男! ほらあっちあっち! 早くお姫様のところに行ってこい!」
「頑張ってねーん」
口笛を吹き囃したてる海兵隊員達に軽く手を振りながら雄大はユイ達の元へ向かった。
「雄大さん!」
ユイは痛めた右足をかばい前に倒れそうなりながら雄大の方へ向かった。
「只今戻りました」
雄大は足元がおぼつかずふらふらするユイの手を取り自分の方に引き寄せて真っ直ぐ立たせた。自然な様子で胸と胸を合わせる2人を見てラドクリフ達は一層盛り上がって大騒ぎしていたが事情をよく知らない六郎とブリジットは驚きのあまり間抜けな顔になって言葉を失っていた。
ブリッジで雄大とマーガレットが良い雰囲気になっていたのを目撃していたブリジットは、恐る恐るマーガレットの顔色を窺う。しかし当のマーガレットは平然とした顔でユイと雄大を見守っていた。
「雄大さん、社長命令に背いた罰は受けてもらいますからね?」
ユイは意地の悪そうな感じで口角を少しだけ上げる。
「えっ? 少しは褒めてくださいよ」
「私を困らせるからです、もうあんな無茶はおやめになってくださいね」
「はい」
「安心しました──これでようやく終わりなんですね」
ユイは、ホッと息を吐いて柔らかい微笑を作って雄大を見上げた。
(リオル大将のクーデターは終わったけど──)
「──あの」
雄大は魚住の方を見る、魚住は頷くと後ろからユイに近付きその肩を掴んで雄大から引き離した。
「殿下、少しよろしいですか? 急ぎで報告せねばならない事が」
「ちょっと魚住? 私、雄大さんとお話が……」
「その宮城さんに関係のある話なんです」
「魚住さん、それじゃ俺……」
雄大はユイの手を振り解いてマーガレットの方へと歩き出す。雄大と魚住は無言で頷きあう。
歩調を早める雄大、その目が見据える先にマーガレットがいる事に気付いた六郎とブリジットは慌てて道を空けて二人を見守った。
◇
雄大が、自分を真っ直ぐに見据えながらこちらに向かって歩いてくる。マーガレットは動揺が隠せないでいた。
「マーガレット!」
「は、はいっ!?」
「──話の、続き──」
雄大は力強くマーガレットの手を握った。
「あっ」
アンダースーツの上に小田島から借りた上着を羽織ったマーガレットは上着が肩から落ちないように押さえた。
「行こう」
雄大はそのまま早足で歩いてマーガレットを引っ張る。
「宮城、あんたどうしたの、怖い顔よ。まだ何かあるの?」
「──来てくれ、二人に、二人だけになりたい」
「えっ」
マーガレットの胸に短剣が深く食い込んだような衝撃が走った。初めての感覚、こんなに胸の奥深くを大きく揺さぶられた事など少女は経験した事が無かった。
今、目の前の男性は自分を『女』として扱っている。伯爵家の人間でも、戦士でもない、ひとりの女としてのマーガレット・ワイズ。
(──これが、こいつの──男の顔なのね)
マーガレットは自分の手を引いて言葉少なに歩き続ける雄大の横顔を頼もしく感じた。男性のなすがままにされその横顔をじっと眺めていると、なんだか自身が何も出来ないか弱い少女に思えてきた。
「ど、何処に行くの?」
「俺の部屋だ」
「ええっ? な、な、ななな……何で!?」
驚いて思わず立ち止まり、雄大の手を払う。
「変な意味じゃない」
「あ、あの──それなら、どういう……」
「俺とお前、いや──木星の今後の話をするんだ」
雄大は戸惑うマーガレットの手を再び握るとまた歩き出した。
雄大の部屋に入ったマーガレットは益々落ち着かない様子で雄大の顔を遠慮がちにチラチラと見る。年頃の男性の部屋、といっても雄大がこの部屋に暮らし初めてから2ヶ月弱しか経っていない事もあって、特に何もない殺風景な部屋だった。
(そう言えば──コイツと出会ってから半年どころか3ヶ月も経っていない。)
男性の部屋に入る事がこんなに心ざわつかせるとは。
(あのベッドで寝て、あのソファに座るんだ──わたくし、コイツの事、そう言えば何にも知らない……)
マーガレットは身体がふわふわしてどこかに浮き上がってしまうような、そんな錯覚に陥っていた。
「マーガレット、た、単刀直入に言うぞ」
「は、はいっ」
マーガレットは小さく縮こまって上目遣いに雄大を見詰めた。
「俺、たぶん──お前の事、好きだ」
マーガレットの胸の鼓動はかつて無いほど速くなり、身体の芯から熱く、血がたぎる。闘う相手を前にした時とは別種の熱が身のうちに沸き上がる。
「えっ、あ、あのっ? な、何? どういう意味?」
「れ、恋愛の対象って言えばわかるか?」
「え、ほんと? わたくしの事、す、好き?」
「自分でも驚いてるんだ」
「い、色々、叩いたり貶したりしちゃったのに?」
「……俺、女の子とこんな風に話せるような奴じゃないんだよ。リンゴやブリジットさんなんかとはそりゃ話すけどあれは小さい子の面倒を見てるような、そんな感覚でさ。でもなんかお前は別だった、特別だよ。俺達、気が合わないようで案外、すごく気が合うのかもな」
「そ、そうなんだ」
マーガレットの表情がぱあっと明るくなる。
「このリンゴから借りたヒートガンでリオルを撃った俺──ものすごく怖くなった──自分の射撃のヘタクソ加減に愕然としてさ、お前にもし傷を付けたら、って考えると怖くて。今は銃を持ってるだけでも少し怖い、早くリンゴに返したいよ」
「わたくしに誤射するどころかばっちり狙いに命中させてたじゃない、すごいわ」
「俺、射撃には自信なくて。とてもあんな場面で発砲出来るような奴じゃないんだよ。お前が殺されるかも知れない、って感じた時、自然に身体が動いた──ちょっと不思議だったんだけど。今ならどうしてあんな無茶な射撃をしてしまったのかわかる気がするんだ」
雄大はしばらく自分の手のひらを見ていたがマーガレットに向き直るとその肩を掴んだ。
「お前の事、すごく嫌な奴で邪魔くさいと思ってた。でも、この船に来てから、本音で、素の自分をさらけ出して付き合えた相手って──多分お前だけなんだ」雄大は真剣な顔でマーガレットの瞳を見詰め、マーガレットも視線を返す。
「わ、わたくしもそうよ。あんたってなんか喋り易くて。本音でおしゃべり出来るっていうか──」
「そんなお前をさ、あんなプライドを守る為だけのつまらない決闘で失うかも、って思ったら凄く悔しくて。その時思ったんだよ、お前となら誰よりも深い関係が築けるんじゃないかな、って」
見つめられて照れくさくなったマーガレットは瞳を伏せた。
「あのね、わたくし、あんたが──ずっと傍にいてくれたら、いいなぁって──執事とか家来とかじゃなくて、その──対等な、関係で」
「俺もだ。お前とこんな風に対等な関係で思ってる事をズバズバ言える間柄でいられたらいいな、って心の底から思ってるよ。ラドクリフ──俺の小さい頃からの友達なんだけど──あいつには悪いけど男友達より信頼してるよ。守ってあげたいとか素敵だなとか思った女の子はいたけど、こんな風に、パートナーとして頼りになって尊敬出来るって思えた相手はお前だけだ」
「わ、わたくしもっ……! わたくしも、あんたが、初めて……」
「だからさマーガレット。あの時、俺がはぐらかして先延ばしにさせちゃった話の続き、今ここでしてくれないかな?」
「そ、それは──」
「駄目か?」
「ま、待ってよ、そんな急に言われても、急には覚悟出来ないっていうか」
マーガレットは頬を上気させ微かに身をよじり太腿を擦り合わせながら逡巡した。
「い、言うわよ?」
「ああ」
「み、宮城……あ、あんたを──わたくしの恋人にしてあげ──あ、いや──ちが──違うのよその、そういうんじゃなくて──あ、あんたの、あんたのこい、びとに──伯爵とかそういうんじゃなくて、ひとりの女の子として。あんたは確か25でわたくしは17歳、あんたからみたら子供で、色気も少なくて色々不満かも知れないけど」
赤面し、どもりながら、たどたどしい口振りで必死で言葉を紡ぐマーガレットを雄大は優しい瞳で見守った。
「あんたといると落ち着くの、素直になれる。なんだかこう──あんたのためにもっと綺麗になろう、頑張ろう~って思えるの。だ、だからこの先、ずっと……ずうっとわたくしの傍らで」
「傍らで?」
「わ、わかるでしょ? ここまで言ってるのに」
雄大は少し涙目になっているマーガレットの瞳に指を当てて雫を払う。
「お前の口から、聞いておきたいんだ」
「あんたと──結ばれたいの、男と女の関係に、なりたい」
マーガレットは過呼吸気味に肩を上下させながら告白した。
「ありがとう。こんなの初めてだ、女の子から求められるなんて。今まで生きてきた中で一番嬉しいよ、俺は今この瞬間の事、絶対に忘れない」
雄大は優しくマーガレットを抱き締めた。
「やっ、み、宮城──! は、恥ずかしい、わたくし、こんな変な格好でセットも少し乱れて、汗もかいてるし」
「おまえ本当に可愛い奴だよな、しなやかで強くて──最高に素敵な女性だよ。俺なんかじゃ到底釣り合わない」
今までしっかりしていた雄大の声が微かに震え、鼻をすするような音が聞こえてくる。がっしりと抱き締められ、近過ぎるせいで雄大の顔がよく見えない。
「そんな事無い、わたくし、嫌な奴だって自覚あるもの──それを言うならあんたの方が素敵よ? こんなかっこいい正義の味方、わたくし初めて見た。どんな男より魅力的。あんた以外──目に入らなくなるくらいに」
「嬉しいよマーガレット。俺──お前の事いつの間にかこんなに好きになってたんだな、意外だった。俺もお前の事が好きだ──俺の彼女だ、愛し合ってるんだぞ、って皆に自慢して見せつけてやりたいよ」雄大はいよいよ本格的に泣き出していた。
嗚咽が聞こえてくる。
「な、何よそんなに、泣くほど嬉しいの?」
「ごめんな」
「何で謝るのよ、もう──バカなんだから……」
マーガレットは啜り泣く雄大の後頭部と背中をさすった。
「本当に、ごめんな……」
「──宮城? な、なんなのよ、何で、謝るの?」
「決心が揺らがない内に言うよ──」
雄大はゆっくりとマーガレットを引き剥がして距離を取る。
「な、何よ──い、嫌よ、ねえ、そんな怖い顔しないでよ」
マーガレットは逃げるように離れる雄大の手を掴んだ。
予感のような物があった。
雄大のつらそうな顔、言葉にされなくてもなんとなくわかる。
脳裏に過ぎるユイの笑顔、雄大を見るあの瞳の輝き、睦まじく寄り添う姿、いつの間にか『雄大さん』とファーストネームで呼ぶようになったユイの小さいようで大きな変化。
「いやよ、もう何も言わないでよ」
「俺、ユイに結婚を申し込む」
「は? あ、あんたバカでしょ、ゆ、ユイ様が、あのユイ様があんたなんか相手にするわけないじゃない、ば、バカな冗談はやめてよ」
「冗談じゃないんだ。俺が守ってやらないと、あの人は多分──」
「う、自惚れてんじゃないわよ、あ、あんたなんかユイ様とは釣り合わない、絶対に。笑えないわよ」
「お前は強いけど、あの人は──あんな風に明るくて気丈な人だけど本当は」
マーガレットは凍えるようにガタガタと肩を震わせた。
キングアーサーの中で目撃した、雄大に身体を預けるユイの姿。
雄大を真っ直ぐ見据えるあの瞳。
信頼しきったようなあの表情。
自分がユイの一番の理解者でいたつもりだった。しかし、ユイの真意はいつも霧の向こう側にあるような、そんな気がしていた。
(こうなることは薄々、わかっていたはずでしょ、メグ?)
救難信号をキャッチした時の対応にしても、連邦政府へのテロ計画を察知した時の対応にしても。
ユイの理解者はこの一見頼り無げな男だった。
(コイツは、この人は──ユイ様と、一緒に歩いていける人だ)
今になって思えばこの男はユイを皇女殿下と知りながら臆する事なく一人の女性として見ていたように感じる。
(単なる礼儀知らずで、ユイ様をいやらしい目で見るつまらないヤツだと思ってた)
こういう存在がユイには不足していたのかも知れない、亡国の王族唯一の生き残りとして強いカリスマを発揮するユイではなく、どこにでもいる一人の年頃の女性として見てくれる誰かの存在。
木星の皇女としての立場を第一に考えてしまう侍女や伯爵では無く、木星とは縁の薄い部外者。
(わたくし達の船にやってきた時から既にコイツはユイ様のお気に入り──わたくし、それが気に入らなくて──)
散々と雄大にキツくあたってきた、最初は本気で追い出そうと思っていた。そんな間柄だった二人が愛の告白をしたからって急に上手くいくものじゃない。
「ねえ、わたくし──あんたに気持ちを伝えるのが遅かったの? あの時わたくしがハッキリとあんたへの気持ちを言葉にしてたら良かったの?」
「そ、そうかも知れない。あの時の俺に、お前の気持ちを断る理由なんてなかったよ」
「じゃあどうしてよ、どうして今は駄目なの? わけわかんない!」
「でもこうするのが多分、みんなにとって一番なんだ。俺がユイからお前を奪っちゃったら──ユイはひとりぼっちになっちゃうだろ」
「はぁ? 何を変な理屈こねてるの? わたくしを切り捨てたいならはっきり言えば? ユイ様の方が優しくて美人だからあっちを選ぶのは当然よね。こんな乱暴な性格ブスに言い寄られてさぞや迷惑だったでしょう」
怒りで声を震わせる。
(怒りたくなんてない、当然の話でしょ、メグ。あんたカッコ悪いよ──完全にあんたの負けよ、見苦しい)
感情とは裏腹にキツい言葉が口をついて飛び出てくる。
「気分いいでしょうね。スーッとした? いけ好かない高慢知己なブスが自分にベタ惚れなのわかって面白かったでしょ。喜ばせておいて頂点からどん底に落とすなんてホント趣味が良いわね」
マーガレットは雄大の胸を両の手のひらで突いた。
よろめく雄大。
「はぐらかして、お前を無視し続ければこんな風にお前を怒らせる事も無かった。でも俺、どうしても言いたかった。遅かれ早かれ、どうせお前を傷付ける事になるなら、しっかり自分の口で伝えたかった」8歳も年下の少女に涙ながらに言い訳する雄大を見て、マーガレットは自分が惨めになってきた。自分のせいで好きな人が苦しんでるなんて。
「わたくしが困らせてるの? ねえ宮城ハッキリ言ってよ。わたくしが邪魔だって言ってよ。迷惑だから消えろ、って」
「ば、バカ、迷惑だなんて──ただ、今回の件でユイと仲違いするのだけはやめてくれ──それだけは駄目だ」
「ほらね、それが本音よね! あんた、そう言えば後腐れなくわたくしを黙ると思ってるんでしょ? お生憎様ね、わたくしのプライドをズタズタに引き裂いて、今まで通り一緒にいるなんて無理よ。ユイ様とあんたが仲良くしてるのを見て横でヘラヘラ笑ってろっていうの?」
(フラれちゃったのに、いつまでも未練たらしく。好きな人なのに、初めて好きになった大切な人を困らせて。わたくし何でこんな事してるの?)
「ユイにはお前が必要なんだ」
「わたくし、もうぎゃらくしぃ号には居られない」
マーガレットは上着を脱ぎ捨てるとアンダースーツのジッパーを下ろした。
「ま、マーガレット!?」
「ねえ最後に──わたくしを愛して。そうしたらもう、あんたの邪魔をしないから」
「や、やめろよ! お前おかしいぞ!」
「この部屋に連れ込まれた時、すごく期待したの。恋が、実ったって思ったわ──こんなに惨めな事になるなんて想像してなかった。ねえ明日からあんたとユイ様にどんな顔して会えばいいの? わたくしがこの船から出て行くしか無いでしょ?」
「出て行くなんて、悲しいこと言うなよ」
ポロポロとマーガレットの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「せめて、今だけでもあんたの最愛の人になりたい──嫌なの? 触りたくもない?」
「らしくないぞ、お前、そんな事言う奴じゃないだろ?」
「好きな人に抱かれたいと思うのがそんなに変? わたくしらしい、って何なの? ねえ!」
「お前、偉そうだけど十分それに見合う努力してるだろ? おしゃれにも余念が無くて──魚住さんが支店に移ったから宇宙船の操舵も勉強してたんだろ? 俺、そういうストイックで真っ直ぐなかっこいいマーガレットが好きなんだ。自棄になって自分を安売りしたり、どこかへ逃げ出すなんて、そんなのは俺の好きなマーガレットじゃないよ」
雄大はマーガレットの乱れた着衣を直す。
「マーガレット、出て行くなんて言うな。俺の事は恨んでいい、だけどユイのためにここに残ってくれ」
「どうして、どうしてよ──ずるいよ、この船を出ていけって言ってよ。魚住の代わりに支店に引っ込むかどこか遠くへ消えろって言ってよ」
雄大は少女の涙を拭うと、乱れた髪を梳いて額を出す。
「駄目だ──やっぱり俺、俺の事をこんなに思ってくれている人を、嫌いになんてなれない」
ゆっくりと顔を寄せてマーガレットの唇を塞いだ、離れようともがくマーガレットを雄大は力強く抱き締めて離さない。
目を瞑り、互いの唇の感触を確かめ合うように、二人は口づけを続けた。
雄大が顔を上げ唇を離そうとすると、マーガレットはその頭を押さえ雄大の下唇を噛んだ。
二人は幾度となく口づけを交わした。
マーガレットは胸の内が暖かい感情で満たされていくのを感じていた。マーガレットは雄大の唇を強く求め、ぐいぐいと身体を押す。
雄大がソファに倒れ込み、マーガレットは雄大に馬乗りになった。それでもなお、マーガレットはキスを止めなかった。
「好き、大好きよ」
「こ、ここまでにしよう。もう限界だ──頭が沸騰して、爆発しそう」
言葉とは裏腹に、雄大は思わずマーガレットの太腿を撫でてしまう。
「ねえ、止めちゃうの? それとも続けたいの?」
マーガレットの表情に余裕が出て来た。
艶っぽい目で誘い、雄大の胸板を撫でる。雄大の顔面は紅潮し、心臓の鼓動はマーガレットと同調していた。
「だ、駄目だ、こんな事、駄目だ──な、流されないぞ」
「我慢しないで」
二人はもう止まらなくなってきた。
雄大は言葉とは全く逆の行動をしていた。マーガレットの背中を優しく撫でるとアンダースーツに手をかけ、乱暴に引きずり下ろす。
「あ、ダメよ──破れちゃう。もう、言ってる事とやってる事が逆なんだから」
マーガレットは急に大胆になった雄大の手つきに慌てた、露わになった肌を隠すがその腕を強い力ではねのけられる。
「待って、こんな乱暴なのはイヤ──」
「お前が悪いんだぞ」
「あれ? ゴメン、ちょっとストップ! 大変!」
雄大を押し倒していたマーガレットは目を丸くして雄大から飛び退く。バスルームの前に掛けてあるフェイスタオルを手に取った。
「大変?」
「ちょっと! ジッとして!」
マーガレットはガシッと雄大の頭を掴むと顔を上に向け、タオルで雄大の鼻を拭った。
少女はすっかり落ち着いていた。クスリ、と笑いながらタオルで丁寧に雄大の顔を拭く。
「ほら、鼻血。しばらく動かないで」
「げっ!?」
タオルにはベットリ血がついていた。
◇
マーガレットはすっかり憑き物が落ちたようになってお腹を押さえてクックッと笑い転げていた。
「わ、笑うなよ……」
「ねえ、わたくしの肌を見て、興奮して鼻血を出したの?」
「お、お前がしつこくキスしてくるからだろ」
「もう、こんな肝心な時に鼻血出すなんて──でもなんかこういう情けないとこ、ちょっとあんたらしいかも。なんか宮城、って感じ」
「俺らしいって何だよ!」
「女の子の裸を見て鼻血出すなんてね、フフフ、なんか可愛いのね」
鼻を押さえる雄大の頭を撫でながらマーガレットは笑った。
「悪かったな──でもまあ、おかげでお前と間違いを起こさずに済んだ」
「まだ鼻血が止まらないの? そんなんでユイ様のお相手が務まるのかしら。小田島先生を呼ぶ?」
マーガレットは穏やかな声で呟く。
「なあマーガレット。俺とお前とでユイを支えていこう──いてっ?」
「ねえ、さっきから何でユイ様を呼び捨てなのかしら。殿下でしょ、殿下。最悪でも『様』を付けなさいよ」
マーガレットは雄大の頭を猛烈な勢いで叩く。
「ゆ、ユイ、社長じゃなくてユイさん?」
雄大は苦笑いしながら呟いた。それを聞いたマーガレットは「よろしい」と言いながら雄大の頭を撫でる。
「出て行くなんて──もう言わないわ。あんた達のいちゃつくとこ見せられるのは嫌だけど、ユイ様と離れるのはもっと嫌だと思うから」
「そうしてくれると助かるよ」
「でもね。わたくし、あんたを好きでいる事は止めないから。そこだけは譲らないわ」
「な、何だって──!」
「何よその顔。困るの? そこは喜ぶところでしょ?」
「そりゃ困るさ。さっきみたいな事になったらその──俺、もう止める自信無いぞ」
「何で困るのよ。後腐れなく浮気出来るなんてあんたには良いことだらけじゃないの?」
「お、お互いキッパリ諦めないと。そこはしっかりけじめを付けてだな」
「イヤよ、ユイ様には『初恋の人』を取られて、あんたには『最愛の主君』を取られちゃうのよ? わたくしから大切な物を一度に二つも奪う気なの?」
雄大は呆れて大きく溜め息を吐いた。
「マジで言ってるのかそれ──」
「マーガレット・ワイズ伯爵はね、欲しい物はどんな事をしてでも手に入れるのよ。お祖父様以外に負けた事なんてないんだから。それはこれからも変わらないわ」
マーガレットは雄大の頬に軽くキスをした。
「ユイ様の一番の友人でありつつ、あんたをもっと好きになって銀河で一番、宮城雄大への愛が深い女の子になるの。あんたが一番好きなのがユイ様でも構わないけど、あんたの事を一番好きなのはわたくしよ? 覚えておいてね」
大量に血が失せたせいなのか雄大は酷い眩暈を覚えた。
「うーん、なんというかこのよくわからない独りよがりでポジティブな感じ──お前らしいって気がする──」
「そうよね、失恋したぐらいで逃げ出すなんてわたくしらしくないわ。勝つまでやるわよ!」
「何に勝つつもりなんだよ!」
ソファの脇でずっと自分を見守る少女の決意は固い。雄大は少し先行きが不安になったが、今は少女に笑顔が戻った事を喜ぶ事にした。




