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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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木星の姫君

木星の姫君

 雄大とリンゴは魚住に促されて『ぎゃらくしぃ本店』に「入店」した。


 軍艦のドッキングベイ隔壁の向こう側はそれまでの殺風景さとはうって変わっていた。大型家電量販店のようなエントランス、ロボットによるいらっしゃいませの合成音声の後に個性的な人間の声が続く。


「いらっしゃいま~せ~」神経質そうな、痩せ過ぎたサラリーマン風の中年男性が辛気臭い声を出す。清潔感が有るからか不思議と不快感は感じない。こういう空気みたいな店員も悪くない、と雄大は思った。


「魚住さん、おざまーす!」元気の良さそうな此方は肌が浅黒い赤毛の女性だった。癖っ毛をつむじのあたりで豪快にまとめている。背は雄大より大きくがっしりしていて銛を片手に素潜りしてサメと格闘でもやってそうな雰囲気。


 揃いのエプロンを付けた二人は当然ぎゃらくしぃの店員だ。リンゴは明るい店内の様子と不意の店員の挨拶に混乱していた。


「ぴゃあああ……!」


「おや、この子が」


 名札に「ロクロー」と書いてある男性店員は大股歩きで近づいてきてリンゴを様々な角度から舐め回すように観察すると「ふーん」と一人で何事か納得していた。10秒ほどで興味が無くなったらしく在庫管理の書類束をPPに入力する作業に戻っていった。雄大の存在にはまったく興味が無いらしい。


「あれは六郎さん、ちょっと変わってるけど手先は器用だし仕事は的確で丁寧だし、とにかくベテランだから頼りにしてね。それとこっちが……」


「ブリジット・ヴォン・パルルーザだ! リンジーって呼んでくれよな! お前らの事は聞いてるぜ! リンゴにユウダイだろ、よろしくなっ! 先輩だから何でも聞いてくれ!」


(で、でかい声……そしてここも……ビッグだな)


 リンゴは完全に固まってしまい雄大も面食らって会釈するのが精一杯だった。雄大はリンジーの豊かな胸に目を奪われていた。


「リンジーは……」


 魚住は雄大の視線に気付くと「胸も声も大きい代わりに仕事は雑でミスも多いわね」と大声女の自尊心をバッサリと斬り捨てた。


「そんなー……」


 リンジーと呼ばれた大女は所在なさげに肩を落として唇を尖らせて小さくなった。


「じゃ、社長室に行くわね?」


 歩きながら雄大が観察した感じ、これは完全に軍艦をベースに改造された特殊艦でしかも何年か使いこんだような風合いがある。しかし最新鋭のハイドラ級が何年も前に民間に払い下げさられているなんて有り得ない話だ。


 船体の中央部辺りまで来ただろうか、警備用の全高4メートルはありそうな黒いガードロボットが行く手を阻んでる一角に差し掛かった。コイツが立ち上がって通路いっぱいに手足を広げるともう誰もこの先には進めないだろう。ロボットの後ろには社長室、と手作り看板が掛かっている。魚住支店長がPPをかざすとガードロボットは身体をかがめたまま社長室の前からゆっくりと遠ざかった。


(対装甲ヒートガンと対人機関砲が付いてるんですけど……?)


 ここまでくると嫌な予感しかしない。


「社長、ウオズミです」


「お待ちしておりました、どうぞ」


 社長室の中はどんなに物騒なんだろう、と覚悟していたが意外と普通の部屋……オフィスというよりはマンションの一室のような妙に生活感あふれる空間が広がっていた。


 豪華な調度品の横に洗濯機、高級ティーセットの横にポットと流し台……偉そうな貴人の肖像画の前には洗濯物と玉葱が干してあった。


「こちらがぎゃらくしぃの社長、正統木星帝国第一皇女殿下、ユイ・ファルシナ様です」


 真ん中には艶のある美しい黒髪を持つ女性が椅子に腰掛けていた。ゆるやかなウェーブがかかった黒髪は照明の光を乱反射してキラキラと夜空に星が瞬くようであった。見た目20代前半、タイトスカートの間から肉付きのよい長い美脚が伸びている。服の上からでもわかる形の良い張りのある胸、つやつやとふっくらとした健康的でほんのり赤味を帯びた肌、気品を残しながらも柔らかく親しみ易そうな微笑み。何とも愛らしい女性だった。


「はじめまして、私がぎゃらくしぃ本店号の船長、ユイ・ファルシナです」


 うふふっ、と笑う声は鈴が鳴ったかのような可憐な響き。


「ウオズミや他の者達が殿下とか姫とか呼ぶかも知れませんが、リンゴさんとミヤギさんは社長、とかユイさん、で結構ですよ?」


 お座りくださいと魚住に促され、一同は用意された簡素な椅子に座った。


「め、女神様だべ……」


「ふわぁぁ……」


 恍惚の表情で胸元と太ももと太ももの間を凝視していた雄大だったが、ふと我に帰る。


「ちょ、魚住さん。木星帝国って……?」


「騙し討ちみたいでごめんなさいね、私達は旧木星帝国の残党なのよ。最初は黙ってるつもりだったんだけど、殿下がお話するべきだ、と。怪しい組織ではない事を理解してもらうためには、此方も腹を割って正直にお話しないと信頼関係は築けないでしょう?」


 木星残党……魚住はさらり、と突拍子もない事を言う。かなり特殊な就職先だった。木星帝国、かつて強大な軍事力を誇った国家で連邦への加盟をよしとせず約60年前に地球連邦と武力衝突。52年前に解体され地球連邦に組み込まれた。


「それにしては皆さんお若いですけど」


 魚住の説明によれば、大抵は旧帝国の子孫、子供や孫の代にあたるらしい。そしてユイ・ファルシナ皇女は敗戦当時8歳であったため極刑を免れたが帝国残党にシンボルとして担ぎ上げられ争乱の火種になるおそれがあるとして40年の冷凍刑に処せられていた。


「この間ちょうど20歳のお誕生日でしたの」


 ユイはニッコリと笑う。


「因みに私も冷凍刑明けです」と魚住。


「ぴゃあ……人間も冷凍したり解凍したり出来るだか、たまげたなぁ……」


 目を丸くして話を聞いていたリンゴが素朴な疑問をぶつける。


「でも冷凍されるのは終わったのに、なして姫様だけ手が鎖で繋がれてるだか?」


 確かにその両の手首には金属製の拘束具が付いていて30センチ程の鎖が間に通してあった。


 それだけではなくユイと魚住達の間には何かのエネルギーフィールドが張られていた。


「説明すると長くなりますので要点だけ……実は私は現在も要注意の政治犯として扱われておりまして、基本的には自由なんですけど表向きは牢屋に入ってないといけないのです」


 意味がよくわからない、リンゴはポカーンと口を半開きにして雄大の方を見た。


「ミヤギさんは分かっただか? 今のお話」


「うん、理解は出来てるけど、ちょっと事実かどうか俄には信じられないというか……」


「後でおらにもわかるように説明してけろ」


 魚住が補足説明に入る。


「政府から睨まれてるんだけど政治的取引をして緩い監視付きで何とかお目こぼしをしてもらってるのよ」


 ちょっと俄かには信じられない。


「あの、はっきりしておきたい事があるんですけど」


 雄大はユイの美貌とカリスマで弛んでしまった顔を士官学校時代の厳しい物に戻してからユイを睨み付けながらこう言い放った。


「あの……木星帝国ってまだ残党がいて連邦政府の施設にテロをやったり海賊行為をしてますよね。あなたがやらせてるんですか? 僕達にもそれをやれ、と? 犯罪組織みたいなもんでしょ」


 ユイの笑顔が曇り、肩がビクッと微かに震える。


「犯罪組織?」


 その刹那、魚住の瞳が冷徹な仄暗い蒼い光を宿した。抗議するように立ち上がり、雄大とユイの間に割って入る。


 雄大はわざと怒らせて魚住とユイの反応を見てみようと失礼な物言いをしたのだが、効き過ぎて本気で怒らせたらしい。特に魚住女史の変貌ぶりを見ればユイが亡国の皇女殿下であるという荒唐無稽の話にも納得がいく。


 テロや略奪を行う木星残党の蛮行に対しての怒り、その下郎共と皇女を同一視された事への憤り、魚住の目から発せられた冷たい殺意だけで十分だ。


(目は口より物を言う、ってまさにコレか!)


 魚住の冷たい殺意に比べれば海賊ヴァムダガンの威圧などそよ風だ。リンゴが声にならない悲鳴を上げて雄大にしがみついた。


「魚住、控えなさい」


 ユイの軽やかで透き通った声、場の空気を和らげる不思議な力がある。


「我々の説明が突然な上、いたらないばかりに宮城さん達に不信感を抱かせてしまった事と、魚住の無礼を謝罪します、この通りです」


 ユイが跪き頭を下げる、皇女としての顔、年相応の女子としての顔の使い分けが完璧に出来ている。生まれついての王族ならではの所作だろう。


「この場には軍や政治の世界に触れず過ごしてきた清い少女もおられるのです、場をわきまえなさい」


「す、すみません殿下」


 恥じているのか魚住は赤面して下を向いてしまった。


「身分を伏して堪え忍んできた我々がその程度の挑発に乗って感情を露わにしてはなりません。世に木星の所業を問えばさらに心無い言葉を浴びせられる事があるでしょう。さらに宮城さんのお父上は宇宙軍の重鎮であり御本人も理想に燃えて軍人を志しておられた立派な殿方なのです。騙し討ちのようにこの場に連行して木星の名前を出されればそれは不愉快な気分にもなろうと言うもの」


 ユイは立ち上がり、椅子に座り直す。


「お二方も魚住の事をお許しください、彼女は私の代わりに抗議しようとしたのです、強い愛国心と高潔な精神の裏返しでもあるのです。宮城さんも私達の言葉の真偽を試さんと、やむを得ず嫌ごとをおっしゃったのでありましょう。ねえ魚住?」


 謝罪の意がこもった潤んだ瞳で真っ直ぐに雄大を見つめてくるユイ皇女。


「現在の木星残党を名乗る輩の蛮行のこと、一番心を痛めているのは当の我々、銀河に冠たる木星の名を誇りに思う者達なのです。彼等と我々はむしろ敵対する関係であると申し上げておきます」


 雄大はユイの放つ圧倒的なカリスマに骨抜きにされそうになるのを必死で堪えていた。


(脅したり、なだめたり……こんなの典型的な洗脳話術だろ?)簡単には信じるものか、と気合いを入れ直す雄大。


「宮城さん、どうか私の言葉を信じてください」


 キラキラした瞳の輝きに雄大は屈服した。


(あ……俺、なんかこの子のこと……好きになっちゃいそう……)


「私達は、かつての故郷木星を……連邦政府に不当に併合された木星を自分達の手に取り戻すつもりなのです。可能な限り平和的な手段で合法的に。旧木星帝国は武力で敗れ星を失いました、なればこそ武力以外の力で木星の主権を取り戻すつもりなのです」


「取り戻すって、どうやって?」


「木星を……星を、買うのです」




 話が佳境に差し掛かったところで魚住が素っ頓狂な声を上げた。


「で、殿下っ……! 株! 銀河公社の株!」


「ええっ!?」


 ユイは時計を見て椅子から飛び上がると部屋の後ろにある端末を開いてコンソールを物凄い速さで操作する。


「売れましたか? 売れましたか!?」


「大丈夫! 大丈夫よ! 最高値で売れたはず!」


 魚住は手持ちのPP、姫は奥の端末、雄大達に背を向ける恰好で株式市場のグラフを物凄く真剣な顔で眺めていた。


 ピロッ、と音がして情報が更新された次の瞬間、魚住女史が雄叫びのような歓声を上げた。


「うぉぉぉ! いやったあああ!」


「物凄い利鞘だわ! 上半期一番かも!」


「流石です殿下! 読み通りですよ、やりましたねぇ!」


「銀河公社ざまーみやがれ、ですわ!」


 満面の笑顔で、きゃいきゃいはしゃぐ木星残党系女子。


 気品も殺気も消し飛び、雄大達の事も忘れてぴょんぴょん飛び回っていた。


「ぴょんぴょん♪」


 姫は突然、両手を頭の上にかざしてウサギの真似をはじめた。


「あ、それぴょんぴょん♪」


 それに呼応するように魚住も同じ調子でリズミカルに体を左右に揺らした。


 ユイ皇女がぴょんぴょんやってる分には「可愛い!」という感想しかないんだが魚住がウサギの耳を模して身体をくねらせる姿は正直ちょっと痛かった。


 リンゴは痛いとか寒いとかいう概念をよく理解出来ないらしく「怖い」という感情に置き換えてしまったようだ、怒った魚住を見た時よりも不可解なものを見せられて激しく怯えている。


「お、おらたちコンビニに働きに来たはずだべ? なんか地球さ帰りたくなっただ……この人達が何やってるのかおらまったくわかんないだよ」


 半泣きのリンゴをなだめながら雄大は自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。


「だ、大丈夫……大丈夫。悪い人達ではない……」


「何というか、重ね重ねお見苦しいところお見せ致しまして。敵意剥き出しで詰め寄ったり、人前でぴょんぴょんなどと……無礼極まる振る舞い、改めて謝罪します……リンゴちゃんも、怖がらせてごめんね?」


 社長室を出ると魚住女史は赤面したまま雄大とリンゴに深々と頭を下げた。魚住については冗談が通じないので怒らせない方が良いし、ぴょんぴょんダンスの件には触れない方が良い事だけはよくわかった。


 木星王家に伝わる伝統の勝利の舞い、なのかも知れない。


「あははー、大丈夫っすよー、おかげで状況はだいたい理解出来ましたからー」


(最後のぴょんぴょんダンス以外はな……なんなんだアレ)




 まっとうな商売をする事で名を売り、信頼と資金を得る。遠回りのような気もするが、木星の土地を少しずつ買う、というのは割と現実的なラインかも知れない。途方もない時間がかかる事を考えなければ。


(夢のような、雲をつかむような話だなぁ……氷漬けにされてた世間知らずのお姫様が考えた、平和的祖国奪還作戦か)


 まあ、ぎゃらくしぃが本当に危険な木星帝国残党なら連邦政府がとっくに動いているだろう。馬鹿馬鹿しくて相手にされてない、という線が濃厚だ。




「帝国再興の件に関してのご理解、感謝しています、木星の話は此方の事情であり、お二方には関係のない話なのに快く雇用契約に応じていただいて感謝しております」


「まあ、それだけ期待して……秘密が共有出来る人間だと人格を評価してもらったからこそ、皆さんの秘密を正直に話してもらったのだ、と此方も好意的に解釈してますよ。俺も挑発的な物言いしちゃってすいません。木星帝国の戦争の話も、俺の産まれる前の出来事で連邦政府が発表した一方的な報道しか知らないので……帝国の歴史についてはおいおい勉強する事にします」


「宮城さんはお察しが良くて本当に助かります」


 しかし。


 あそこまで話をさせておいて雇用契約を拒んだらどうなったのか、雄大はちょっと怖くなった。そういや部屋の前にいたガードロボットは雄大達を脅すために出入り口に待機していたのかも知れない。


 はぐれものの自分と世間知らずのリンゴはこのひとくせもふた癖もある魚住に騙されて悪事の片棒を担がされようとしているのかも知れない。


(でもユイ皇女殿下……めっちゃ可愛かったし……)


 どうせ騙されるなら夢のある嘘に騙される方がいい。


 亡国のお姫様を助けるお手伝いの方が断然、夢がある。


「私は支店の事がありますので……宮城さんはこれからは殿下……いえ社長の直属になるので逐一社長の指示に従ってください。リンゴちゃんは直接の上司は六郎さん、お部屋やお食事の事についてはウシジマさんに聞いてね。社員食堂でウシジマさんが待ってるはずです」


「あ、魚住さんはもうあっちの船に行っちゃって帰ってこないんですか?」


「いえいえ、私は社長秘書も人事も兼任してますので……それになんといっても支店は快速、神出鬼没が売りの高速艦ですから。特に宮城さんとは頻繁にお会いする事になるでしょうね」


 魚住はウィンクして去っていった。




 ユイ皇女殿下直属の部下、という響き。


 本当に運が向いてきたのかも、と雄大の心中は不安と期待がない交ぜになっていた。



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