アヴァロン③
クーデターの首謀者、リオル・カフテンスキ大将は倒れた。
海兵隊第七部隊長ラドクリフ中尉は副隊長のロンに第一艦隊タイダルウェーブとのチャンネルを開くよう指示した。
「何だよラド。自分で報告しないのか? 閣下の注文通りにリオルを逮捕したんだぜ」
「俺達の手柄とは言いにくいだろ」
ラドクリフは薬で眠っているマーガレットや、ユイと看守ロボットを見ながら溜め息をついた。
「ここに乗り込んでからの俺の功績って言えば、お姫様の手枷を外した事ぐらいだぜ」
口を尖らせるラドクリフ、子供が拗ねたような表情。
「んー、でも俺やお前が手伝わなかったら皇女殿下は自分を射殺しようとしていたロボットを制御出来なかった、そうだろ? ホラ十分役に立ってるよ」
「しかしなぁ」
「なんだよ、今になってジジイに手も足も出なかったのが悔しくなってきたのか?」
ロンに図星を突かれたラドクリフは左手で顔を覆う。リオルを殴り倒すだのぶっ殺すだの、威勢の良い事ばかり言っていたが結果は返り討ちに近い。
「リオルに不覚をとっただけならともかくだな、そのリオルをあのかわいこちゃんがやっつけた、というのが……ウウ」
「変なところでプライドが高いというか──面倒くさい奴だな」
「と、取り敢えずオヤジにブリッジの制圧とリオル逮捕を報告したらシステム強制終了だ」
「あいよ、ラドさん仰せのとおりに」
ロンは通信士席に座り計器を弄り始めるが、コントロールパネルが操作を受け付けない。頭を掻きながら様々な入力を試すが反応は皆無だった。
「おいこれロックがかかってるぞ。音声入力って訳でも無さそうだが」
「しゃあないな、制御コンピューターに強制介入。モニカ、クラッキングツールだ」
モニカはエグザスの腰から60㎝×40㎝の筒を取り出すとコネクター・ケーブルを引き出した。コントロールパネル下部の鉄板を引き剥がしてケーブルを突っ込んだ。
「ロック解除開始──あれ?」
モニカが筒状のクラッキングツールの液晶パネルに表示される文字を見て首を傾げる。
「何よこれ? 『悪意のあるプログラムからの攻撃。接続を解除せよ』って」
「はぁ? 攻撃してるのはこっちだろ?」
クラッキングツールは突然ブツッという音を立てた。電源が落ちてしまう。
「やだ気持ち悪い、何なのよ」
モニカはスイッチを何度も押し、筒を叩くが一向に再起動する気配は無い。
「おいラド。なんかヤバい感じだ」
「ヤバい?」
「この船のコンピューターシステム、何も触ってないのに急に動き出した」
めまぐるしく動く数値、ワープドライブコア出力上昇、シールド展開、メインエンジン始動──キングアーサーを制御する人工頭脳ポジトロニック・ノードは予め設定されていたオーダー、リオルからの最後のオーダーを実行する──
◇
木星宇宙港。
各界の著名人や企業の重役、一流芸能人などセレブリティが集う一等待合室でも第二次ガニメデ沖海戦の様子が中継されていた。彼等は宇宙港に程近い宙域で起きている最高のエンターテイメントとしてこの戦いを消費していた。
魔法のように瞬間移動する巨大戦艦、客船やトラックが次々とこれにぶつかりスクラップになる。戦闘機シュライクが光の尾を引いて宇宙空間を高速で飛び爆撃機ワスプを撃墜する。
破壊の愉悦。形ある物が崩れ飛び散る一瞬の芸術。
粒子砲の煌めきと破壊された残骸にまとわりつくプラズマ発光の瞬きはまるで青黒いキャンバスを彩る『壮大な芸術作品』だ。この場に集う彼等太陽系指折りの成功者達は、地球閥リオルと木星残党ユイの戦争を画面の向こう側で起こる筋書きの見えない歌劇として楽しんでいた。
「ユイ・ファルシナが勝ちそうだ。取り敢えず木星関連株は押さえておいたが」
「ギャラクシー・グループ? 聞いた事もないがまさかアラミス新興市場か。チッ、ゴミみたいな評価額だからデータが少ない……コン、ビニエンス、ストア? こんな黴の生えた業態では商いは薄い、中央市場には通用しないな」
「株式でもせいぜい二部組どまりでしょう」
「総資産212兆ギルダ、眉唾でなければ──複合企業体として化けるわよ」
「それよりも周辺への影響だよ。注目は造船、軍需関連株。間違いなく特需が来て一気に伸びる銘柄が出て来る。ターマイト製錬のアルゴン社には2時間前で既に生産能力比400%超の発注が来てるみたいだ、製造業や鉄鋼はこれから目が離せないね」
「採掘も運輸も──戒厳令が解除され取引が再開されたら20年ちょっと前の超新星爆発騒動ノヴァ・ショックの時並に荒れるぞ。製造業にスポットライトが当たるなら火星の東部も息を吹き返すに違いない」
「そうね、このところ公社に圧されて元気がなかったけど、政治の混乱や周囲の景況感に左右されにくいのがマイペースな火星の強みだものね。今回は東部と西部、両輪の歯車が噛み合って火星圏が躍進しそう。月は──軍はトップが交代するかしら」
「この不祥事は前代未聞だ、誰かが責任を取らないと収まらないよ。オービル元帥は政界に転身して地球に降りておくべきだったんだよ、もう二度と表舞台には出られない」
「マグバレッジJr.は続投できますかねえ?」
「議長に落ち度は無いが功績も無い──今後の立ち位置次第かな。おいこれを見たまえよ『開拓惑星移民の希望の星、ユイ・ファルシナ先生を連邦議会の議員に当選させよう』だとさ。もう後援会のフォーラムが出来て──驚いたな、結構な人数と出資額になってる」「若い女性議員は少ない。旗頭代わりに美女を据えて男性の支持を得たい派閥も多いだろう」
「小さな派閥の議員如き。あの気丈そうな皇女が大人しく従う珠か?」
「──そうだ、連邦議員の知り合いから少し前にユイ・ファルシナの盗撮映像ストリップをもらってたんだった。見るかい? 17歳の時の映像らしい。あの名演説の後でこれを見るのもまたオツなもんだと思うが」
「まあ悪趣味だこと」
「お、おいおい! 君、それは処分しておきたまえよ。こうも知名度があがった人物とその取り巻きを敵に回すと君の知り合いの議員だけでなく、付き合いのある君まで身の破滅だぞ」
「大丈夫、大丈夫……まあこれで見納めにしておくか、ハハハ」
「この事件の前と後とでは世界の在り方が変わるぞ、マイナスになりそうな人間関係は早い内に整理しておいた方がいい」
「何だよ、怖い顔するなって。酒が不味くなる」
ワインやカクテルを片手に談笑する声があちらこちらのテーブルから聞こえてくる。彼等資産家連中にとって株式市場が止まっている戒厳令下の『空き時間』は新年祝賀会以来の長い休暇であった。自然と気が弛み酒類に手が伸びようと言うものだ。
ただひとつ。
景況や政治情勢の先読みに長けたはずの彼等はただひとつ大きな読み間違いをしていた。それはガニメデの戦闘宙域と、自分達がいる木星外縁部を覆う大型宇宙港との距離感について、である。
ワープドライブを用いるのならば、この程度の距離は目と鼻の先と言えなくもない……この遠いようで近い感覚というものは船乗りにしかわからないものだろう。
◇
「おい見ろ、敵が逃げていくぞ。ハハハ。そのデカい図体で逃げられるとでも思ってるのか間抜け」
重巡洋艦ミノタウロスのブリッジ。すっかり落ち着いた様子でどっかりと旗艦に備え付けてある艦隊司令官用の豪華な座席に座るモエラ少将はビューワーに映るキングアーサーを見て無邪気に手を叩いて喜んだ。
「タイダルに通達、無防備な尻に追い討ちをかけるぞ。まだ粒子砲は撃てるな?」
「すいません閣下、タイダルウェーブから交信要請です」
「いいぞ繋げ」
「繋いでます」
ビューワーにタイダルウェーブのブリッジ、宮城裕太郎大将が映し出される。
『モエラ、少し不味い事になってる』
「不味い? 何を言うか絶好の機会到来だ! 敵さんは艦載機までほっぽりだして慌てて逃げ出したんだ、ボッコボコのギッタンギッタンのスルメイカにしてやれ」
『忘れたのか、あれの腹のところには木星の皇女のハイドラ級巡洋艦が挟まったままだ』
あ~っ! とモエラ少将は大声で叫んだ後で顔の色を失う。
「そ、そうだった……ゆ、ユイ殿下……」
『レンジャーを突入させているが音沙汰が無い──撤退を始めたと言うことはブリッジの占拠に失敗した可能性が大きい』
「おい、ユイ皇女殿下は、ぎゃらくしぃ号はまだ脱出してないのか?」
モエラは通信士官を呼ぶ。
「ぎゃらくしぃ号の識別シグナルは、あのキングアーサーと共にあります」
『あの船、加速が不安定だが徐々に速度を上げつつある』
「くそ、リオルの奴めどこに逃げる気だ?」
『あまり考えたくはないのだが──』
宮城大将は海図を開いて一点を指し示す。
『コース的に考えて木星宇宙港──自暴自棄になってアレを港にぶつけるかも知れん』
「まさか、そんな馬鹿な真似をして何になる」
『もう損得では動いて無いのかもな。ただ自刃するより死出の道連れを増やすつもり──』
「ゲエッ!? それが宇宙軍大将のやることか?」
『人間追い詰められると何をするかわからんものだ。とにかく動ける艦総出でエンジンを止めるしか無い』
「閣下よろしいですか? アラミス号より交信要請です」
「魚住殿か、よし繋げ。ていうかもうオープンチャンネルで構わん」
「はい」
ビューワーに魚住が映し出され、三者会議のような形になる。
『宮城大将閣下、お初にお目にかかります、こちら木星宰相代理の魚住です。モエラ少将閣下、先ほどようやく本店、ぎゃらくしぃ号と連絡が取れました』
「おお、それで? ユイ殿下はご無事で?」
身を乗り出すモエラ。
『ええもちろんです。我々の上陸部隊は第七海兵隊と合流、協力の上でリオル・カフテンスキ大将の拘束に成功しました。現在意識不明の重体ではありますが』ミノタウロス、タイダルの両ブリッジが俄かに歓声でわいたが宮城大将の顔は強張ったままだ。
『ま、待ってくれ魚住宰相。それでは何故そのデカブツは動きを止めない?』
『はい、ブリッジの占拠には成功したらしいのですがコンピューターシステムの制御が出来ない、という事で──どうにか内部からこの船の動力を止める算段を立てています』
魚住にも焦りがあるのか唇が少し震えている。
『急いでくれたまえよ──いや、最悪ぎゃらくしぃ号だけでも脱出してくれればその戦艦を破壊できる』
『それではひとまず攻撃をお止めいただきたく。我々がキングアーサーに取り付いて、外からぎゃらくしぃ号を引きずり出します』
「ユイを頼みましたぞ?」
まるで自分の恋人か娘の事でも頼むかのようなモエラの口振り。違和感を覚えた一同であったがいちいち細かいことに言及している暇はない、魚住は力強く頷いた。
『はい閣下、それでは急ぎますのでこれにて』
モエラはギリギリと歯噛みを始めた。
「くぁ~あ! リオルの奴め! なんと往生際の悪い──で、どうする宮城、木星宇宙港には避難警告を出した方がいいか?」
『パニック状態にはなるだろうが、背に腹は代えられん。モエラ、頼めるか?』
「わかった、ではキングアーサーを追いつつ木星宇宙港に残る市民への避難指示を……」
『リクセン大佐にも頼んでおこう、シャイニーロッドなら先行して避難誘導が出来る』
足の遅い空母や工作艦を残し、宇宙軍の艦隊は緩やかに加速を続けるキングアーサーを追った。
◇
木星宇宙港の管制室、公社に出向して運行長官をやっている連邦宇宙軍少佐は避難勧告を受けたにも関わらず動きが鈍かった。
土星艦隊の司令官モエラ少将の名前で出された避難勧告が繰り返し出されたが何かの間違いだろうと真偽を確かめるため返信を送った。
10分のタイムラグ。
怒鳴りつけるようなモエラの声とシャイニーロッドの艦影、運行長官は15分近くののやり取りを経てようやく事態の深刻さに気付いた。
「要塞級の質量を持つ巨大な戦艦が木星宇宙港に衝突する!」
運行長官の動揺は木星宇宙港の職員に伝染し、パニックが更に大きな狂騒状態を作り出す。
地球圏で起きているテロだと高をくくり呑気な観戦ムードだった人々はいつの間にかこのクーデターの当事者となってしまったのだ。
 




