闘神vs闘神
キングアーサーの内部で雄大がユイに追いつき、ブリジットと六郎がレムスと一進一退の攻防を繰り広げている時──
キングアーサーから発進する艦載爆撃機ワスプは機動性と射程に勝る201、202航空隊のシュライクに徐々に押し込まれていく。キングアーサーの対空砲は木星艦隊の無人民間船の特攻でまともに機能していない。遂にシュライクの対艦魚雷が四本のフォトンブレードの一本を破壊する。戦闘開始から1時間12分、空母三隻からの航空戦力を集中されキングアーサーの陥落は時間の問題となっていた。
円卓の騎士達の救援は敵に阻まれた。
ギャラハッドは土星守備艦隊から魚雷の集中攻撃を受けてあえなく撃沈、パーシヴァルは宮城大将の戦艦タイダルウェーブ、モエラ少将の重巡ミノタウロス、リクセン大佐のシャイニーロッドの三隻からの粒子砲を一身に受け防戦一方となっていた。
唯一、無人艦のコントロールをしている魚住艦長の駆るアラミス支店号をガウェインが執拗に追い回して騎士の気概を示していた。 迫るガウェインに対して苛烈な粒子砲の集中砲火を浴びせてアラミス支店号の撤退を助ける船団の姿があった。所属不明のこの四隻の小型艦は積極的に連邦宇宙軍に助勢するでもなく、遠巻きにアラミス支店号をサポートする。左舷に受けた粒子砲のダメージから立ち直る事なくガウェインは無人の大型客船と正面衝突、運悪く内部機関にダメージを受け、その動きを止めてしまった。
そして遂にシャイニーロッドの艦首粒子砲がパーシヴァルに命中、ウェポンベイごと艦体の右舷を吹き飛ばす。続けてミノタウロスが三本角の衝角にシールドを集中、態勢を立て直そうと転舵するパーシヴァルの艦首側面へ突撃する。角の一本が深々と騎士の胸に突き刺さり折れる。ミノタウロスは衝角をもぎ取られながらもタフな騎士を弾き飛ばし猛進、そのまま突き抜けていった。
フェニックス級巡洋艦の長くスマートな船体がねじ曲がる、制御を失い敵に不様に腹を晒すパーシヴァル。砲身が焼き切れんばかりの間断ない砲撃がパーシヴァルを襲う。
宮城大将はかつて自分が艦長を務めた巡洋艦の最後に軽く敬礼をし、黙祷を捧げた。
ここに第二次ガニメデ沖海戦は土星木星連合艦隊の勝利という形で終結を迎えつつあった。
◇
優性遺伝子的怪物ミュータントレムスとの戦いの場所は、広い蓄電変電施設キャパシタルームへと移っていた。
この区画は闘技場のような円形をしており、柱の合間に蓄電池を守るような格好で槍と剣を持った甲冑が立てかけられていた。
剣でスカウティングアーマーごと切断されたのか、無惨な姿で倒れているファイネックス社の傭兵の傍に六郎は駆け寄った。彼が所持している火薬式実弾銃サブマシンガンを拾い上げて、ショックガンのバッテリーを充電しながらレムスへ攻撃する。
天然超人類スーパーナチュラルブリジットは、レムスから受ける牽制のような細かい打撃で体力を奪われていた。その身体の痺れはブリジットの拳からキレを奪う。
「おい、足がフラついてるぞ? 大丈夫か!」
六郎がブリジットを気遣う。エグザスの装甲はほぼ無傷な事から、レムスのやっている攻撃が何か特別な物で、それがエグザス内部のブリジットに目に見えないダメージを与えている事は六郎にも理解出来る。
「だ、大丈夫──相手も疲れてるはずだし!」
(ブリジットはそろそろ限界みてえだな)
言葉とは裏腹にブリジットの膝がカクカクと細かく震える。反対にレムスは調子が出て来たように感じられる。
(コイツ、弾が怖くねえのか?)
使う銃をサブマシンガンに替えてからのレムスは、より大胆に六郎の弾をギリギリでかわすようになった。
(──ショックガンを嫌がってる?)
クソっ、役に立たねえな! と充電器のメーターを叩くが『充電37%』の数字は変わらない。よくよく見るとカーキ色のジャケットを付けた傭兵達の傍にはへし折られたショックガンが転がっている。
「うわこりゃ確定だわ、ならば最後の手段──」六郎は意を決してレムスに向かって走り出す。
「ブリジット、そいつ少し止められるか?」
「わ、わかった──ウオオオ!」
ブリジットは腹の底から大声を出すとレムスに向かって突進する。
レムスが前蹴りを繰り出して牽制し、ブリジットの突進を止めようとするがブリジットは避けることなくその蹴りを腹で受けながらレムスの右足をつかむ。
「ムッ?」
動きの止まったレムスの背中目掛けて駆け寄る六郎。
レムスは掴まれた右足を軸にして身体を浮かすと左足刀でブリジットの右側頭部を強打した。揺らぐ巨体、しかしブリジットはレムスの足を離さない。
「ぎゃっ──!?」
「離さんか、女ァ!」
ようやくブリジットを振り解いたレムスは背面から迫ってくる六郎に裏拳を浴びせる。腰を落とし、足から滑り込む事でその拳の一撃をかいくぐった六郎はレムスの背中と顔面に程近い左肩に何かを叩き付けた。
「貴様、何をしたかっ?」
「吸着爆弾だよ──!」
六郎は丸まって爆発の衝撃に備えた。
「おのれ──!」
ピッ──02、01、00
レムスは皮膚ごと左肩の爆弾を引きちぎり投げ捨てるが背中の爆弾が炸裂する。
「ガアアアア!!」
爆煙に包まれるレムス。
「やったあああ! 六郎スゴいスゴい! やったじゃ~ん!」
ブリジットが両手を上げて大喜びするが六郎の顔は恐怖で引きつったままだ。
「いや──やってねえ、みたいだぜ?」
肉が焼ける音、苦悶に満ちた顔、震えながらも美丈夫は立ち上がる。
「か、下等──下等生物! 何千年もの間、進化する事なくただ安穏と過ごしてきた──この生きた化石どもがッ!」
右の掌は潰れ、背中から黒煙が上がり血と何かが混ざったような黒い粘性のある液体がベタッと零れ落ちる。
「よくも次世代の人類を導く宰相、このレムスにこのような真似を──! 志も理想も持たず! 地位もなく! 民を導く覚悟も無く! ただ太陽系辺境に巣くい生を貪る者どもの分際で、何故この私の邪魔をするのか? 微生物以下のゴミクズ! 皮を剥ぎ、眼の玉をくり抜いてもこの怒り治まらぬわ!」
元々赤みを帯びたレムスの赤銅色の皮膚が怒りで真っ赤に染まり、その身体は小刻みに震える。震えは痛みか、それとも怒りから来るものなのか。
大きく息を吸い込むレムス。
「不死身かよコイツ!?」
(な、長生きはするもんじゃねえな──こんな怖え思いしたのは久々だぜ)
「──おい、ブリジット、逃げろ!」
「え?」
「逃げろ!」
六郎の手が震えている。
(か、勝てる気が、しねえ──とんでもねえ)
「ま、まだ負けてないよう、あたしまだやれるから」
(蓄電変電施設キャパシタルームごと、吹っ飛ばすっきゃねえ)
六郎は怯えた演技をしながら蓄電池に近寄る。
レムスは怒りに我を忘れ、爆弾を貼り付けたとるに足らないネズミ、甲賀六郎を八つ裂きにしようとにじり寄った。最早ブリジットなど眼中にない。
(コイツのタフさと特殊な打撃は──呼吸する事で胎内で何か特殊なエネルギーを生成してるとみた。おそらく、その呼吸は過度の電気で乱れる──ショックガンに当たりたくないのはそれだ)
「そんな事言ってもブリジット! おめーもそろそろエグザスが活動限界だろ? コイツは今、俺しか見えてねえ、早く今のうちに逃げるんだよ!」
「六郎~!」
涙声で名前を呼びながらこちらに走ってくるブリジット。
「バカやろうが──」
六郎はレムスに見えないように後ろ手に爆弾を準備する。
「ホントにバカね──六郎」
コロシアムのように広がった空間にレムス、六郎、ブリジット、三人以外の声がする。
どんな弾丸よりも速く。レムスの首、足、腕に直径5㎝の野太い蛇が巻き付く。
「───ッ?」
咄嗟にその蛇のような黒い縄を振り解こうとするが、骨まで砕けた右の指先と、自ら肩の肉ごと爆弾を引きちぎり、未だ痺れが取れない左腕では思うようにそれを掴む事が出来ない。
呼吸が出来ない──レムスの顔に焦りが浮かぶ。
「ガ? グォ──!?」
まるで爆薬で吹き飛ばされたかのような勢いで通路側へと引き摺られていくレムス。
その先には無骨な鈍色の装甲服を身にまとい、金髪をたなびかせた見目麗しい戦士が立っていた。長いケーブルをまるで身体の一部のように手繰り寄せてレムスの身体の動きを封じていく。
「マーガレット様っ!」
「うわああん、マーガレット様ぁ!」
二百五十年ほど前。
木星帝国の皇帝が身にまとうために作られた王者のための鎧。禁忌技術で鍛え上げられた鎧、強化装甲服アクバル。
その怪力で喉を締めあげられ呼吸が出来なくなったレムスの顔面の色が酸欠からかみるみるうちに変色していく。
「グォ──ゴ──ゴポ」
獣のように暴れ、のたうつレムスを容赦なく締める、レムスの涙腺から涙、口元から涎が流れ、遂に泡を吐く。
レムスの顔が怒りから悶絶に変わっていく様を睫毛一本も動かさずに眺める美しい少女伯爵。
彼女は炎すら凍り付かせるような冷徹な瞳で、手の内にある獲物の状態を観察し、的確にケーブルを引いて絞め上げる力を強めていく。
「この──出来損ないのダビデ像みたいなミュータント一人に、あんた達2人がかりでこのざまだとでも言うの?」
ギロリ、と六郎を睨み付ける眼光。
命拾いして気が弛んだ六郎は心臓を冷たい氷の刃で刺されたような恐怖を味わった。
「め、面目次第も、なく──閣下のお手を煩わせまして──」
「六郎あんた、いまこの『下等なミュータント』を殺すために、ブリジットまで巻き添えにして自爆して死ぬ気だったわね?」
「は、はい──」
「愚か者!」
「ひえっ──」
「それは絶対に許さない。あの日、あの時からお前の命はこのわたくし、マーガレット・ワイズ伯爵の所有物となったのです。物の分際で主人の許しなく勝手に死ぬ事、断じてまかりなりません。死にたければもう少し後にしなさい、私が殺して差し上げます」
六郎の背中を悪寒が走る。
マーガレットは有言実行、追い出したい奴は必ず追い出し、欲しい物はどんな手を尽くしても奪いとる。自分やブリジットを半ば強引に部下に引き入れた時のように──そのマーガレットが真剣な顔で「殺す」と言う──この言葉の本当の恐ろしさはぬるま湯のような世界に生きてきた雄大や小田島先生のような連中には決してわかるまい……六郎は改めて恐怖に震えた。怖い者がいないように振る舞っている魚住も常にマーガレットの機嫌を損ねないように意識しているのだ。
六郎の知る限りでも、雄大はたまにマーガレットに対して暴言を吐くが、マーガレットのこういう苛烈な一面を知らないから、ああも自然体で付き合えるのだ。
「ろ、六郎はあたしを助けようと──」
「あんたは黙らっしゃいブリジット!」
「ヒィィ!?」
ひと睨みで4mの赤鬼が縮みあがり、かしこまる。
「お前、六郎の言う事を聞かず一人で突っ走ったそうね? そういうのは戦士のやる事じゃありません! しばらくはくだらぬ店舗業務にうつつを抜かす事は許さぬ、みっちりと、例のアレで──直々に鍛え直してあげます」
「ギャアアアア?」
心底嫌そうな悲鳴を上げるブリジット。
六郎は、安堵と恐怖がない交ぜになった複雑な顔でヘヘッと引きつった笑いをこぼす。
(そ、そうだった──俺、一番怖いお人の存在、コロッと忘れてたわ──)
皇帝からアクバルを賜り、木星戦争で活躍し『銀河最強闘士チャンピオンオブギャラクシー』の名を欲しいままにしたアレキサンダー・ワイズ伯爵。
その後継者として武芸を仕込まれた孫娘、マーガレット・ワイズ伯爵は、超優性遺伝子的怪物を文字通り秒殺してしまったのだった。
◇
「呆気ないわね」
動きが止まったレムスからケーブルを外し、巻き取るマーガレット。
「まったく、ユイ様を助けに行くつもりがあんた達のお守りだなんて──つくづく私がついてないとダメね、あんた達は」
六郎とブリジットはしょんぼりと肩を落としてマーガレットの説教を聞く。
(だったら最初からマーガレット様がこのスカシ金髪と闘ってくれたら苦労しなくて良かったんじゃん──後から出て来て美味しいとこだけ持っていってさ──少しはあたしと六郎の事、褒めてくれてもいいのにね)
(ば、馬鹿お前ブリジット、なんつー事を……)小声でごちゃごちゃと話すブリジット達を睨むマーガレット。
「スカシ──金髪?」
「ほら馬鹿! 聞こえちゃってるだろ!?」
「あっ、いえ、スカシ金髪ってのはマーガレット閣下のお美しいブロンドの御髪の事ではなくてですねえ、そこでノビてるデカい野郎の事ですゥ!」
ブリジットはわたわたしながら必死で弁明する。
「ま、何はともあれ……あんた達が無事で良かった」
マーガレットは、ふぅ、と安堵の溜め息を漏らす。
「ラフタから報告があったけど、一旦敵方に拉致されたユイ様は宮城が確保してくれたらしいわ──もう、まったく──私、ユイ様と宮城にどう顔向けすればいいのかしら」
「へえ、宮城の奴がねえ。最初見た時はこりゃ見込み無いわと思ったけど」
「あたしはなかなか骨のある奴だと思ったよ! レジも打ち間違えないしさ!」
「いや、違算を出す方がおかしいんだよ──普通!」
マーガレットは多少呆れながら蓄電変電施設キャパシタルームの装置に爆弾を仕掛ける。
「誰かさんが爆弾を使い過ぎたせいで計画が狂ったわね。半端な爆薬を使ってワープドライブを暴走させたくありませんからキャパシタの破壊に留めて動力部の破壊は中止ね。じゃ敵のブリッジ近くでハダム大尉達を待たせてあるから急いで合流するわよ?」
「あ、あー──あたしのエグザス、そろそろ活動限界が来そうなんですけど──」
「はぁ、まったく! いいわブリジット。あとはわたくしと宮城、ハダム達で何とかします。六郎はこの大きな世話のかかる子を連れてぎゃらくしぃ号に戻りなさい。このオバケ戦艦から無事に脱出出来るようにラフタと一緒に準備をしておいて頂戴」
「はい」
三人が広場を後にしようとした時、今までピクリとも動かなかったレムスが起き上がる。
音も無く吸気して肺を膨らませると壁に居並ぶ戦士の像から手投槍を引き抜いた。
ギャリッという金属が擦れる音。
油断していた六郎は反応が遅れた。悪寒を感じて振り返ると、今正にレムスが渾身の力を込めてマーガレット目掛けて槍を投擲する瞬間だった。
反射的に六郎はマーガレットを庇おうとするが、反対にマーガレットは六郎を突き飛ばしながらレムスの元へ跳躍する。
ターマイト鋼すら貫通する恐ろしい手投槍の一撃をケーブルで叩き落とす。ブリジットが驚いてあんぐりと口を開けた。
これはもう達人対達人、超越者同士、神々の戦闘だ。
ブリジットや六郎はまだその域には達していないし、これから鍛錬して同じ芸当が出来るかどうかすら怪しい。
「わたくしね──」
「ウガアアアア!!」
最早レムスの瞳に知性の光は無かった。
闘争本能のみで起き上がり、自らを仕留めた敵への復讐を果たす。ただその目的のみを持って蘇生した。
「しつこいのと──」
レムスの放つ蹴り、突き、激しい連撃を物ともせず的確にレムスの関節に打撃を加えていくマーガレット。
「筋肉質マッチョは苦手なのよ」
レムスの動きは一段と冴え渡っている。一撃一撃に必殺の気合いが込められており、アクバルの薄い装甲とマーガレットの華奢な身体ではひとたまりも無いだろう。
しかし、少女伯爵は顔を軽くしかめつつも難なく避け続けた。
蹴りを放ったレムスの足を取ると両足を使って挟み込んで膝関節を完全に砕いてしまう。如何に化け物じみた強さでも、敵が人間の形をしている以上、マーガレットが受け継いだ戦闘術は存分に機能する。予備動作から攻撃を予測して避け、首を絞め、腹を打ちすえ呼吸を乱し、関節を破壊する──その技術に六郎とブリジットはただ声もなく感服する事しか出来なかった。
「フェイントも駆け引きも何もない。ただ単調な、獣が暴れるが如き攻撃──残念ね、ブリジットや六郎とやり合う前の完全な状態ならわたくしと互角以上にも闘えた事でしょう」
強化装甲服アクバルの性能がどうこういう問題ではなく、マーガレットの身に着けた技術は完全にレムスを圧倒していた。
声にならない獣の雄叫びを上げるレムス、足を引きずりながらもなお、マーガレットの首をへし折らんと攻撃の手を弛めない。
「──わたくしの腕力じゃトドメは無理のようね。ブリジット! お前に名誉回復のチャンスをあげます。エグザスの一撃でこの猛り狂う獣をしとめてみなさい!」
ブリジットは先程レムスが投げた手投槍を手に取る。助走をつけ一回、二回と回転しながら力強く左足で床を踏み抜いた。
「食らええっ!」
エグザスの手から槍が放たれる。周囲の空気を裂きながら高速で回転する槍は唸りを上げて飛び、レムスの胸に命中する。。
10mほど吹き飛んだ巨体は壁に激突し、動きを止める。
禁忌として研究が凍結された優性遺伝子を持つ究極の人間、その最高傑作となるはずの男、リオルが地球と人類の行く末を託そうとした超人、レムスは遂に倒れた。
「おっしゃあ!」
散々やられた仕返し──いや、マーガレットの期待に応える事が出来たブリジットはガッツポーズをして喜んだ。胸をど突かれた六郎は倒れ込んだままで、表情一つ変えない自分の主君を見詰める。
(──強い、強い、とは思ってたけど、これほどとはなぁ)
真の天才、闘神ってのはこういう人の事を言うんだろうなと六郎は感心し、益々マーガレットへの忠誠を厚くするのだった。
 




