激突!②
防御システムの移動砲台をハルバードで叩き潰したラドクリフはエグザスのヘルメットとバイザーを上げて突如現れた大きな戦闘用ロボットと黒髪の美女を抱えて此方に駆けてくる将校服の男の姿を確認した。
「あれ?」
ラドクリフはそのやたら若い将校の顔に見覚えがあった。
(いや、アイツがこんなところにいるわきゃねーし。敵だと考えた方がいいだろうな。リオルの仲間、クーデター派の将校が俺らに寝返ろうとしてるに違いない)
「助かった! おーい! 助けてくれ! 社長──違う、木星のユイ殿下が今大変なんだよ!」
青年将校が息を切らしながら叫んでいた。彼らを追い掛けるように突進してくる全身黒塗りの看守ロボットは広い場所に出るとバッタのように飛び上がって空中でガトリングガンから実弾を発射する。
「警告、止まらないと射殺します」
「せめて警告してから威嚇射撃しろよ!」
将校の足元に着弾したため、その青年将校は顔を青くして反転、ジグザグに走り回る。
「警告、当システムには逃亡を幇助する第三者を共犯者とみなして廃除する特別権限が認められています」
ロボットを止めようとする海兵隊がストライクハープンを射出する。巨大な銛を身体を伸び縮みさせる事で器用にかわして足に巻き付こうとするチェーン部分をプラズマカッターで焼き切る。
『おいラド! なんだコイツは!? 味方なのか敵なのかよくわからんが、なんかヤバそうなのが出て来たぞ』
なんとかしがみついてロボットの頭部を殴りつけているロンからエグザスを通して通信が入る。
「こ、こりゃヴィシュヌの何倍も厄介そうだわ──」
『そう思うなら助けろよバカ! エンハンスパワーの残弾まだあるんだろ?』
副腕のプラズマカッターを死ぬ思いで避けながら、ロンのエグザスが看守ロボットにしがみついている。
「事情がよくわからんからちょっと待て。いざ壊してみたら超絶頼りになる味方だった、みたいなのは避けたいしエンハンスパワーはあと二回しか使えんから無駄遣いはできん。先ずは追われてる連中と話してどっちが俺達の敵なのかどうか確かめる」
『クソ! これで死んだら毎晩お前のベッドの横で安眠妨害するぞ!』
部下から盾を受け取るとラドクリフは青年将校の方へリアジェットを吹かして跳躍する。
(おっ?)
ラドクリフの目に金星特有の身体のラインが出る煌びやかな帷子鎧をまとった清純そうな黒髪の美女と、あたふたしている将校の姿が映る。
(金星美女! 眩しくて目が潰れるくらいの、太腿! 美脚美女と──雄大!)
「雄大じゃねーか! 俺だよ、ラドだ! わかるか?」
雄大達と看守ロボットの間に割り込むような位置取りで着地点を修正するラドクリフ。青い巨人が大きな音を立てながらダン!と力強く床面を踏みつけた。
「え? ラド、ラドクリフ! マジかオイ!」
「おうよ兄弟! なんだお前驚かせんじゃねーぞ! 変なトコで会ったなぁ!」
ラドクリフは盾で銃弾を弾きながら満面に笑みを浮かべて幼馴染みの青年との再会を喜んだ。ラドクリフは彼なりに雄大に気を遣って連絡するのを控えていた。軍隊が嫌になって辞めていった親友に対して軍隊に染まりきっている自分が何を言っても気を悪くするに違いない。出来ればラドクリフは雄大には軍隊に残って欲しかった。親父と慕う宮城裕太郎や兄弟として育った親友と一緒に誇りある軍人の仕事がしたかったのだ、その気持ちは今でも変わらない。
「で、お前なにしてんの? え、まさか──まさか軍を辞めた本当の理由って──その美女にたぶらかされてクーデター派の手先に!?」
「そんなわけあるか、この服はサターンベースのモエラ少将からの借り物だよ! だいたい何でお前はそんなに呑気なんだ、俺と社長は今、最大のピンチを迎えているんだぞ? 友達のピンチなんだ、わかれよ!」
「社長? その人が? 何のシャチョーなんだ?」
「この人はな、木星の第一皇女、ユイ・ファルシナ殿下──で、一応俺の再就職先のコンビニ店舗のオーナーなんだよ」
「や、よくわからんが? お前の転職先では仕事着の代わりに将校服とそっくりの制服を着るのか? まさかいかがわしいコスプレ風俗店じゃないだろうな?」
『ラド! ラド大明神様! 俺が悪かった! 化けて出たりしないから助けて!』
『隊長ォ!? 何をしゃべりこんでいるんですかァ! 副隊長が! 副隊長が!』
ロンの悲鳴が通信と、肉声、ダブって聞こえてきた。エグザス五体がかりで、暴れ馬のように跳ね回る看守ロボットをどうにか押さえつけている。看守ロボットはエグザスを半分無視してユイの方へ、ユイの方へと動き続ける。
「あー、そういや親父が言ってたな! お姫様からのタレコミでリオルの計画が判明したんだよ、そうそう!」
ラドクリフは大きく頷いて膝を叩くと雄大の腕の中でおっかなびっくり自分を見上げる美女にウインクして見せた。
「それにしても手錠してそんな格好してるとなんか緊縛プレイみたいだな、俺もいつかそんな金星美女とそんなイイ事してぇもんだわ」
遠慮なくユイの太腿から臀部、そしてお腹から胸の膨らみにまで好奇の視線を這わせるラドクリフ。マントが無いとこの金星仕様のフライトスーツはまるでグラビア水着のようにも見える扇情的なデザインだ、若い独身者なら興奮して目が釘付けになるのも仕方がない。
「わ、私は木星産まれです、たまたま私の身体に合うフライトスーツが無かったから仕方無く金星仕様のものを着てるだけで──普段からこんな格好をしているわけでは──」ユイはラドクリフの嫌らしい視線に耐えかね、太腿を手で隠しながら困り顔で抗議する。
「うおお、社長さん、超可愛い声! キュート! 天使の美声!」
「きゃっ?」
鼻息荒くグイグイ前に出てくるラドクリフ、ユイは顔を背けて雄大にしがみつく。急にしがみつくので腕の手錠に付随する鎖が雄大の顔に当たる。
「いてて──あっ、そうかこれだ、手錠だッ!」
雄大は皇女の手と一緒に自分の首に巻き付いている邪魔臭い手錠を見ながら突然思いついたように大声を出すと、しがみつくユイを引き剥がし、ゆっくりと彼女を床に下ろした。ユイは少し足を痛めているらしく立ち上がれず、そのままの状態で雄大の挙動を見守った。
雄大は懐中から自分のPPを取り出す。
「な、なんだ雄大、どうした? 誰かに連絡するのか?」
「ラド、社長の手に着いてるこのでっかい手錠型の機械、お前のエグザスで引き剥がせないか? なるべく壊さないように、慎重に、だぞ。もちろん社長の手を傷つけるのはもってのほかだ」
「コレをか? 鎖を切るんじゃなくて? まあ出来ない事はないけど」
「考えがある、理由は後で説明してやるから急いで頼む! 社長も協力してください!」
◇
「こ、こんな細かい作業でエンハンスパワーを使う羽目になるとは」
ユイの手にピッタリと嵌まった手錠──というより腕輪──を、重火器を使用する際のサポートアームで固定する。0.5㎜単位でマニュピレーターを操作するラドクリフ。二本の指だけではトルクが足りないために、このターマイト鋼で作られた手錠は曲げる事も千切る事も出来なかった。
絶妙な力加減、チョコバーを握り潰さない程度のソフトタッチから一点集中して腕輪を引き伸ばす。
ミチッ、という音と共にユイの手首と腕輪の間に大きな隙間を作り出す。
「やった、壊れてないぞ!」
「と、取れました──」
ユイは腕輪から手を抜き取ると、不思議そうに12年も隠されていた白い手首を感慨深げに眺めた。
「ゆうだ──宮城さん、取れましたホラ!」
外気に触れる手首を嬉しそうに撫でるユイ。
「エグザス最強の切り札、エンハンスパワーを使い切ってしまった、こんなチマチマっとした作業で──神経使うわー!」
ラドクリフ中尉はエグザスに乗ったまま大袈裟にひっくり返る。
雄大は腕輪を防御システムの残骸の強化プラスチックに巻き付け、自分のPPも一緒に引っ掛ける。
「よしやるぞ。まあ見とけって──コマンド、データロード。ユイ・ファルシナ、ファイル27」
たちまちホログラムのユイ皇女がラドクリフと本物のユイの前に現れた。
「あ、あの、これって──」
ファイル27のユイはかなり際どいマイクロビキニを着用して、上から緑色のパーカーを羽織っていた。ビキニの色はもちろん雄大の好みの色、ビビッドなレッドだ。
『ダーリン! やっと会いに来てくれたのね! ユイ、とっても寂しかったよぅ』
ホロデータのユイは雄大に媚びるように指をくわえてちょっと拗ねてみせる。
「うわあああ!? だめ! 違う! ユイ・ファルシナ、ファイル22を上書き再生!」
『あん、もうせっかく会えたのにぃ──』
マイクロビキニのユイの姿は掻き消え、代わりにアイボリーホワイトのカーディガンに黒いタイトスカート、少しだけヒールの高いブーツを履いたユイが現れる。
「な、なんだったんだ──今スッゴいのが──」
「わ、忘れろラドクリフ」
チラッとユイの方を見ると少し血の気が引いて白くなっていた。彼女は目を丸くしてホロデータの自分を見て完全に固まっている。完全なる無表情だ。
(い、いかん、完全にやってもうた──でもファイル28を再生しなくて良かった、マイクロビキニならば、まだ俺が受けた信頼のダメージは少ないはず! 大丈夫、社長なら許してくれる──よな?)弁解している暇はない、雄大はホロデータへ命令を出す。
「ホロのユイさん、走ってくれる? あ、走る格好だけでいいから。再生位置は固定で」
『はい、じゃあ走りますね~?』
とんとんと軽やかな足音を立てながらユイのホロデータはその場で軽めのランニングをするような真似を始める。
雄大はPPと手錠が巻き付けられた残骸を握り締めると助走を付けてから力一杯遠くへ放り投げた。
雄大の思った通り、看守ロボットのメインカメラが移動する手錠に激しく反応する。
「海兵隊の皆さん、もうロボットから離れてオーケーです!」
雄大の叫びを聞いて、助かったとばかりにエグザスはロボットから飛び退いた。疲弊して動きが鈍っていたロンを思いっきり殴りつけて振り払うと、看守ロボットはガトリングガンとヒートガンを準備する。キュラキュラキュラとガトリングガンが回転を始め、数十発の実弾をホロデータのユイに浴びせかける。なかなか消えないホロデータに業を煮やしたのか、ヒートガンを乱射した上に腹からロケット弾を2発、雄大の偽装した残骸に撃ち込む。
見事にPPはぶっ壊れ、ホロデータのユイは手錠共々掻き消えた。
「オービル元帥からのコマンド、ユイ・ファルシナが逃亡した際に許可される略式処刑を実行しました。繰り返し報告します、当システムは逃亡をはかったユイ・ファルシナの射殺を完了。なお、当システムは別命あるまで待機します」
仕事を完遂した看守ロボットはなんとなく満足げにしゃがみこんで動きを止めてしまった。
「ロン、大丈夫か?」
ようやくラドクリフは副隊長のそばに駆け寄る。
「──人間様の身体に張り付いた吸血ヒルが煙草の火で攻撃される気分を存分に味わったぜ──あとついでに荒馬騎乗ロデオもな」
「そりゃ貴重な体験だったな」
「なんで止まったんだ、この凶暴殺人ロボ?」
プラズマカッターの攻撃を何度も受け、ボロボロになったエグザスのヘルメットを上げ、ロンは憔悴したような顔を見せる。
へたり込んで起き上がれない。
「俺もよくわからんが、頭が良くて機械に強い俺のダチが何とかしてくれたよ。なんか凄いパイロットのライセンスまでとってるんだぜ、トリプルエース、スリーエー、かな?」
「トリプルかよ! そりゃ変人の域だ、ありゃ引退した学者向けの名誉称号みたいなもんだろ」
「え? そうなのか──なんかあいつは頑張る方向性が他人と少しズレてるんだよなぁ」
手を貸してロンを起こすラドクリフ。
「そりゃ変人のお前と気が合うなら普通と違って当然か──おい、エンハンスパワー使い切ったのか?」
「成り行き上、仕方無くな。お前も使えって言ってただろ」
「ま、まあそうなんだがなぁ──」
納得出来ない様子のロン。大人しくなったロボットに駆け寄る青年と、彼に抱え上げられている女性の睦まじい姿を眺めて肩を落とす。
「おい、なんだあれ。暴れるロボットを死ぬ気で止めてた俺がまるで道化師ピエロじゃないか。お姫様のキスぐらいもらってもバチは当たんないだろ」
「あれ、ロンさん若い子にモテたいの?」
「当たり前だ、モニカは対象外な」
「でもまー、なんつうか俺らはお呼びじゃないみたいだぜ。美女のキスは諦めなよロンさんや、それより俺らは今から100歳超えの爺様に会いに行かなきゃなぁ」
「ジジイかよ──萎えるなぁ」
ラドクリフとロンは苦笑いしながら2人の姿を見守った。
 




