艦隊戦などする気はない!③
正統・木星帝国の象徴であるユイ・ファルシナは、ぎゃらくしぃ号の檻の中から動く事は出来ない。そして木星第一艦隊はぎゃらくしぃ号抜きには艦隊としても機能しない烏合の衆。
敵にとってこれ以上やりやすい相手は無いだろう。
宇宙軍で採用されている長距離ミサイルDBM-12、これの有効射程圏内にキングアーサーは入り込んでいたが木星の船からはまったく撃ってくる気配は無い──そもそも長距離ミサイルを装備している船がサターンベース守備艦隊に一、ニ隻程度しかないという事情もあるだろうが──
「こちらは太陽系惑星連邦宇宙軍、幕僚会議議長直属特務艦隊司令、リオル・カフテンスキ大将である。土星木星連合艦隊の盟主、旧木星帝国第一皇女ユイ・ファルシナ殿下はおられるか。互いに矛を交える前に少々話をされたく」
リオルは間合いを測るかのようにユイとの交信を望んだ。
呼び掛けてから数秒と経たぬ内にキングアーサーのメインビューワーにユイ・ファルシナの姿が映し出される。穏やかな笑みは無く、厳しい顔付き、真っ直ぐ何かを糾弾するような視線。
『リオル提督、先ずはユイから問います。何故地球を離れ此方に兵を進めたのですか? あなた方の目的は連邦政府掌握で、それは達成目前であるように見受けられましたが』
このユイの言葉は士気が落ちていたリオル達の痛いところを的確に突いた。第一艦隊レイジング・ブルを破壊し圧倒する力を持ちながら、特に反抗する力を持たない民間人の抗議に屈して尻尾を巻いて逃げ出した……そう言われても仕方が無い。
「想定外の事態に見舞われましてな。やむを得ず連邦政府への攻撃は中止しました」
『敗北を恥じる事はありませんよ、提督。どんな兵器を用いても勝てぬ相手がいるのです。あなたは髪に白色が混じり皺深くなるほど齢を重ねて初めてその事にお気付きになられた。蛮勇短慮に走らず北極ポートから兵を引いた事はむしろ賢人の、良将の振る舞いでありましょう』
厳しかったユイの顔が緩やかになりその微笑をたたえた口元の艶やかさに目を奪われた。渇ききってささくれ立っていたリオルの心根に恵みの雨のごとく染み入ってくる。
(この女──)
今、リオルは112年の人生で初めて、自分より上手うわての人間に出会っていると感じた。
リオルはユイに両親の死に様が如何に見苦しかったかを語り、木星帝国を侮辱して冷静な判断をさせぬつもりでいたがいつの間にか話の主導権を握っているのはユイの方だった。
(どうやったらこんな怪物が作り出せる? 20分かそこらの短いスピーチで何千という船を呼び寄せ、今もまた、この私から牙を抜き子犬のように頭を撫でつけようとしている)
身震いする思いで目前のユイを見つめる。
(本物の、王の器?)
認めてはならない、認めてしまうとリオルのやってきた事が無意味になる。彼の存在全てが否定されてしまう。
『軍の法律で裁けば死罪は免れますまい。素直に過ちを認めて武装を解けばこのユイが将兵の身の安全を保障致しましょう。提督、もちろんあなた自身も寛大な処分で──』
「フフ、巧言令色。よく口の回る事だな、女狐」
『嘘ではありません。その証拠になるかはわかりませんがそちらから迷い込んだものを手厚く保護しております。安心なさい、籠から逃げた小鳥は無事ですよ』
「小鳥──サーティーンか」
(これ以上、この女と話すのは危険だ。完全に牙を抜かれ、丸め込まれてしまう。人間の強さの象徴であるレムスと、機械すら手足のごとく統べる陛下こそが次代の人間のあるべき姿!)
自分が間違っていると認めてはならない、全力で否定しなければならない、リオルは自らを鼓舞するように叫んだ。
「そろそろその賢しくも煩き口を閉じろ亡霊ゴースト! 確信したよ、やはり木星帝国を討った判断は正しかった。そして私は52年前にやり残した仕事を今ここで、このガニメデ沖で完遂する、あの時の再現だ」
『どうやら諭しても無駄なようですね』
「繰り言、そもそも我らの間に和解などない! 両親と同じく罪人として処断する、木星亡霊を葬るのに相応しい場所で死ねる事、感謝してもらおうか」
『私が亡霊ならばあなたは主人に見捨てられた可哀想な犬ですね。地球の老人達の怯える心を慰めてきた哀れな飼い犬! 吠える相手を間違えなさいますな!』
「──ッ、犬と言ったか!」
リオルの感情が爆発する。
常に冷静を保ってきた怪老の心中に久方振りの怒りの炎が燃え広がる。その様子にレムスの戦意は益々昂揚した。
「リオル、やろう! 陛下と我らの手で諸悪の根源ユイ・ファルシナを成敗するのだ! トゥエルブよ通信を切れ!」
無念そうな顔で目を閉じるユイの姿を最後にぎゃらくしぃ号との交信が終了する。
「陛下、陛下! その剣をもって民をたぶらかす魔物を封じてくださいませ!」
陛下と呼ばれた少年は無言で頷くと目を瞑り、玉座の肘掛けにあるコントローラーと自らの指を挿入する。キングアーサーと自らの精神を同調させる。アーサーを制御する4つのポジトロニックノードは完全に少年の支配下に入り、超短距離跳躍のためのデリケートな出力調整を始める。
四基のワープドライブコアを故意に暴走状態にし、発生した莫大なエネルギーを船体の周囲にシールドを張るように流し込む。シールドで圧縮され凝縮されたエネルギーはその解放先を実空間と並列空間との間にある境界へと求める。境界は破壊され、結果として本来アクセス不可能なはずの並列空間の入り口が開きアーサーを包み込む泡のようなシールドごと、実空間にいるアーサーを並列空間へ吸い込んでしまう。異物が侵入した並列空間と構成する空間を失った実空間との間で強烈な復元力が働き、全く同じ力で、並列空間にとって異物であるアーサーは弾き出されてしまうのだ。
この弾き出された際の微妙な誤差を利用したのがキングアーサーの連続超短距離跳躍である。再出現の位置計算を少しでも間違えると帰還不可能な人類未踏の地へ跳ばされるか、惑星の内部や構造物に重なるように再出現してしまう。そしてワープドライブの出力調整に不都合が生じれば荒れ狂う莫大なエネルギーはアーサーの船体に襲いかかり自分自身を完全に破壊してしまう事だろう。
理論上可能だった技術、人類の手に余る力、並列空間へのアクセスそのものが深刻な災害を引き起こしかねないと永らく封印されてきた禁忌技術の集合体が今、牙を剥く。
◇
掃海用の爆薬をバラまき、その空間へ大出力粒子シールドを展開して飛び込んでいく特殊工作シールド艦ビッグ・マッキントッシュ。航路の外、危険とされる宙域を、残骸を破砕しデブリを掻き分けて力強く突き進む。
木星戦争時の物と思われる大きな船の残骸の脇を抜けて、第一艦隊がガニメデ沖に到着する。
タイダルウェーブのブリッジに飛び込んで来た映像は、黒煙のような物を身にまとい、輪郭がブレ始める跳躍前のキングアーサーの姿だった。
(しまった!)
「2時方向、ぎゃらくしぃ号に警告出せ! 緊急退避を!」
宮城裕太郎大将が叫ぶ。
「ぎゃらくしぃ号上部空間に向かって前進! 敵が出現する兆候が見えたら構わず撃て! 全艦、対艦魚雷準備! 空母、シュライク全機発──」
タイダルウェーブが警告を出す前から、ぎゃらくしぃ号が急制動をかけ大きく艦首を上げる。
「何っ?」
完全に静止していた木星の無人民間船が一斉にぎゃらくしぃ号目掛けて飛び込んでくる。
「ぎ、魚雷、待て! 邪魔をしてはいかん!」
瞬間移動。
文字通り瞬く間にキングアーサーの巨体が数十km先の空間に現れる。羽根を広げ、顎を開けて牙を剥いたクラーケンがハイドラ級巡洋艦をひと呑みにせんと迫り来る。
衝撃で計器類が狂う。逃れる事は不可能な必殺のフォーメーション、今、制御不能で動きを止めているぎゃらくしぃ号をフォトンブレードが両断する───
そのはずだった。
大型の貨物トラックが数隻、ぎゃらくしぃ号を押しのけてクラーケンの口腔内に次々に飛び込んで行く。ぎゃらくしぃ号を切り裂くはずだったフォトンブレードは三隻のトラックを両断する。
破片と共に後続のトラックぎゃらくしぃ号に衝突し、玉突き事故のように折り重なったまま、フォトンブレードの死角、クラーケンの口腔内部奥深くにぎゃらくしぃ号を押し込んでいく。
続いてトラックの後ろに付随した小型船がその隙間を埋めるように飛び込んでくるためフォトンブレードはその根元の部分を埋め尽くされ遂に満足に振り回すどころか収納する事さえ出来なくなってしまった。
民間の大型客船数隻が、アーサーの4つに裂けた顎の隙間に衝突し、船体を崩しながら破片をめり込ませていく。磁石に引き寄せられた砂鉄のように小型艦がキングアーサーが広げた様々な隙間という隙間に集まっていく。
大小合わせて四十数隻の船がキングアーサーにフルスピードで衝突し、その可変羽根と巨大なロボットアームの関節部分が動くのを妨害する。
自らの巨体に張り付き肉を啄む鳥の群れ。キングアーサーの船体は軋み悲鳴を上げていた。
◇「何が、起こってる?」
船体を激しく揺さぶる衝撃の連続、リオルとレムスはブリッジに鳴り響く緊急警報をカットして現状把握に努めた。
「こ、これは──」
フェニックス級から送られてくる外の様子にレムスは愕然とする。
「民間船が、民間船がびっしりと張り付いてアーサーの姿が見えん──ちょ、跳躍だ! 跳躍した衝撃でこの船を振り払わねば! 陛下、急ぎ再度の跳躍を」
「駄目だよ、ノードの計算が追い付かない──今ジャンプしたらアーサーごと余やリオル達は消し飛ぶかもしれんのじゃ。ましてここまでガッチリと張り付かれたら簡単には振り落とせぬ」
青ざめた少年は必死で小型のロボットアームを操作して残骸を取り除いている最中だった。
「偶然か? 狙っておったのか? クソッ、この白亜の宮殿に無粋な真似をッ」
「押すも引くもならん、ギャラハッド達に援護させて急場を凌がねば。レムスはロボット艦の指揮を、サードとエイト、ニース達は陛下を手伝い船の残骸を除去しろ!」
「心得た!」
そんな中、トゥエルブが不思議そうな表情でリオルを呼び止める。
「閣下、ぎゃらくしぃ号から……交信要請が……無視、しますか? 無視しますよね?」
「何だと? いい、繋げ! 時間稼ぎにはなる!」
先ほどとはうって変わって、ニコニコと子供っぽく得意げに笑うユイ・ファルシナの姿とブリッジの様子が映し出される。
操舵士席に少将の服を着込んだ雄大、ホログラムドローンから投影されるユイ、通信士の席で必死に何かのデータを漁っているラフタの姿が見える。
『ふっふーん、驚きましたか?』
「──この無手勝流な、この泥仕合を仕組んだのは、やはりお前の考えか? ユイ・ファルシナ」
『いえいえ、ウチの新入社員さんが──無人民間船の使い道を考えてくれました。宮城さん必殺の「おくちぎゅうぎゅう詰め込み」作戦です!』
「おくち、ぎゅう、ぎゅう?」
リオルのこめかみ付近の血管が太く浮かび上がり、唇が細かく痙攣する。
リオルの心情を察してわざと挑発しているのだろうか、ユイは両の手のひらを開いて雄大の頭の後ろでヒラヒラ~と振るわせて星の煌めきを演出するようなおどけたアクションをする。
『お、おくちぎゅうぎゅう、は社長のセンスでしょ? 俺はその幼稚っぽいネーミングには一切関与してませんから!』
雄大は恥ずかしそうに俯きながらコンソールを操作していたが、咳払いを一つして呼吸を整えると顔を上げてリオルの方へ視線を向けた。
『レイジング・ブルとの交戦映像を見せてもらった。その格闘戦形態はブラックホールみたいに吸い込む力が強くて反対方向に逃げるのは不可能。だったら逆に突っ込めばいいんだ。相手の懐に飛び込んで完全に密着すればフォトンブレードは振れないだろう? だからトラックにわざと追突されて無理矢理ぎゃらくしぃ号ごと押し込んでもらう事にした。まあ俺達も巻き込まれてピクリとも動けないけどね』
『どうやらご自慢の怪物はおくちが閉じられず、まともに動けないご様子。どうやら今回のガニメデ海戦は我々木星の勝ちのようですね。さあ、もう諦めなさい』
こんなに、脆いとは。
こんな子供が考えたようなくだらない戦法に禁忌技術を駆使したキングアーサーのエクスカリバーが無効化されるとは。
リオルは頭の中が真っ白になり、気が遠くなる。
「ぬおおお──! やはりお前の差し金か! ユウダイ・ミヤギ! 貴様が、貴様がいなければこんな! 屈辱! こんな屈辱を!」雄大は初対面のリオルに名前を呼ばれて驚いたのか目を丸くしてリオルの方を見た。
『え? どこかでお会いしましたか?』
「とぼけおって小僧! まだ我らは敗れたわけではないぞ、かくなる上は尋常な艦隊戦にて再戦だ、貴様も一度は将を志した身であろう。この挑戦、受けてもらうぞ!」
自尊心を傷つけられたのか、綺麗にセットされた髪を振り乱し、常ならぬ乱れた形相で雄大を指差し決闘を申し込むリオル。
『リオル提督、残念ですが──俺は軍とか軍人の、そういう武人の名誉とか体育会系でカビ臭い精神論振りかざすところにほとほと嫌気がさしてるんですよ。だからこうやってコンビニ店員兼運転手を年俸プラス出来高制でやってるんだ』
「──コン、ビニ? 何を言ってる? 貴様も宮城家の人間、船乗りの、将校の家系なのだろうが! 誇りは無いのか?」
家系、という言葉に雄大は過敏に反応して一気に不機嫌の頂点に達し渋面を作り上げた。こういう時の雄大の目つきは六郎が怯むほど怖い。
リオルには雄大の思考がまったく理解出来ていなかった。雄大とリオルでは、あまりにも生きている世界、考えている事のレベルが違う、違い過ぎる。天下国家を論じ、人類の更なる飛躍を考える稀代の英雄にして地球閥の黒幕であるリオルと、周囲の期待に押し潰され父親から逃げホログラム内の美女で寂しさを紛らわし、魚住のパワハラに抵抗出来ず、リンゴにすら侮られる事がある小物の雄大。
この2人には別の銀河系の生き物のように、まったく接点がない。それが故に雄大のイレギュラーな行動は彼の計画を躓かせるのに十分なほど異質な存在になり得た。リオルの想定の完全なる外からやってきた最悪の不確定要素、とも言えるのではないだろうか──
『うっさいよ! 親父がどうの、宮城家の長男がどうの! 武家の名誉がどうのこうの! あんたやウチの糞親父みたいな何十年も軍人やって正常な感覚が麻痺した時代錯誤の艦隊戦大好き人間ってさ、自分の価値観ばっかり押し付けてきてホント反吐が出る、だからね──』
雄大は無関係の人間から宮城家の長男の責任について責められたのが余程腹立たしかったのか、柄にもなく挑戦的にリオルを指差して吠えた。
『──あんた達軍人の自己満足に付き合って、艦隊戦なんてする気は無い、って言ってんだよ! ざまあみやがれ!』




