北極ポート沖海戦③
第一艦隊と改装特務艦隊及び第二艦隊の戦闘が開始されてから約二時間が経過した。
フェニックス級巡洋艦と連携して第一艦隊の後背を突いた第二艦隊だったが、どうやら宮城大将率いる第一艦隊本隊がこれをしのぎ切り、戦闘は第一艦隊の勝利に大きく傾いたようだった。
第二艦隊の各巡洋艦は戦闘機シュライクにウェポンベイごと主砲を破壊され遠距離での攻撃手段を失った。元々、士気が低かったせいもあり、交戦開始から二時間、遂に第二艦隊は後退、第一艦隊に背面を晒して戦闘宙域から全速力で離脱するコースを取った。
空母三隻分のシュライク航空隊、全74機をフェニックス級に向ける事が出来るようになった第一艦隊はここで一気に攻勢をかける。
巡洋艦モルドレットはシュライクの爆撃に対処するのが手一杯で大回りしてきた駆逐艦に何の牽制も出来なかった。悠々と最適な攻撃ポジションを取った駆逐艦からモルドレットの右舷に近接魚雷3発が浴びせられる。
撃沈こそ免れたものの、大破し正常なコントロールを失ったモルドレットはゆっくりと戦闘宙域から離脱するように月基地方向へ後退していった。
タイダルウェーブと粒子砲の激しい撃ち合いをしていた巡洋艦ランスロットの右舷ウェポンベイにタイダルウェーブの主砲がクリーンヒットし、二連装粒子砲の片方を破壊した。
第一艦隊本隊8隻に対し僅か一隻、この苦境にランスロットはシールドを強化し、急速に前進を開始する。
「自棄になって突っ込む気か?」
ランスロットの艦首が発光する。
宮城大将は慌ててランスロットへの集中攻撃を命じたがランスロットの馬上槍突撃ランスチャージを止める事は出来なかった。
空母フィラデルフィアが突撃を回避出来ずにランスロットの艦首フォトンブレードで腹を食い破られた。近くで空母を護衛していたベイジンとノイシュタットの2隻の駆逐艦に艦底に装備された四つの戦闘モジュールが分離、戦闘艇となって襲いかかる。
戦闘艇は護衛のシュライク数機を文字通り体当たりで凪払い、近接魚雷を四方から打ち込んだ。ベイジンはエンジン誘爆の末に轟沈、ノイシュタットは戦闘艇のクローと体当たりでブリッジと主砲を潰されてしまい完全に沈黙した。
ランスロットは爆発炎上し黒煙とプラズマ発光を撒き散らしながらフィラデルフィアを道連れに地球の引力に引きずられるように落ちて行った。
「近付き過ぎた──」
勝利を急ぐあまり焦って最後の詰めを誤った。ハイドラ級ぎゃらくしぃ号とフェニックス級ガレス号との戦闘データを雄大から受け取っていたにも関わらず、それを活かす事が出来なかった、空母を寄せて勝負を決めようとした迂闊な判断で一度に三隻の船と多くの乗組員を失ってしまった。
こういう玉砕紛いの戦法が気兼ねなく行えるのがロボット艦の特徴である。長年の演習で身に染み付いた裕太郎の持つ常識から外れた、破壊に重点を置いた合理的な戦法である。
(悔やみきれない失態はあったがこれでネイサン少将の分隊と連携してキングアーサーを追い詰める事が出来るはず)
「タイダルウェーブ以外の艦は味方の乗組員救出作業とダメージコントロールを優先、本艦は敵本隊に向かい、分隊を支援するぞ」
宮城裕太郎はブリッジクルーを押しのけて、自身でレーダーの範囲を調整し立体のホログラム海図を投影した。
しかし、俄には信じられない状況が裕太郎の目に飛び込んでくる。ネイサン少将が指揮する第一艦隊分隊は残り三隻、しかも散り散りに潰走状態で艦隊としては崩壊していた。
何より驚愕したのはレイジング・ブルの識別コードが表示されない事だ。
「馬鹿な、レイジング・ブルほどの戦艦がこんな短時間で撃沈されただと?」
「閣下、録画が……レイジング・ブルの映像出ます……」
レーダー担当の士官の声が震えている、もうそれだけで裕太郎にはレイジング・ブルの身に起きた悲劇がどれほどのものか理解できた。
偵察機が拾っていた映像が再生される。
それは異形の船が闇から現れ、光の剣でレイジング・ブルを真っ二つにする様子だった。その後もキングアーサーはその腕を振るって船体を切り刻んだ。
「何が起こっているんだ? あれは、あんな兵器が実在するのか……」
「第三艦隊が敗走したのも……こんな常識外の化物が相手では艦隊戦どころではありません」
(ネイサン、少将……ムナカタ艦長……)
裕太郎は気がおかしくなりそうだった。
この20年間で積み上げてきた絆と価値観が粉々に打ち砕かれるような衝撃。
レイジングブルの完膚なき破壊。
「なるほどな、今までまともに艦隊戦に付き合ってくれていたのは──リオルの気まぐれ、自己満足のためか」
愛弟子と苦楽を共にしてきた友人、そして自分を慕ってくれた部下達を失った。そして最強の軍艦、裕太郎の誇りであり自らの分身のように感じていたレイジング・ブルの最後に立ち会えなかった。
(ん? なんだあれは?)
ふと、動揺する裕太郎の視線の先に何か流れる河のような、光の瞬きが見える。
裕太郎はスキャニングの範囲を広域に切り替えた。
「──艦長、聞こえているか?」
「はい閣下、いつでも行けます。弔い合戦ですね!」
「撤退……」
「は?」
「撤退だ、聞こえなかったのか艦長、全艦、敵艦隊進行方向の真逆に反転。救助が終了次第、空母から順にこの宙域から撤退するのだ」「しかし、この場を離れては敵のクーデターをみすみす容認する事に……玉砕してでもネイサン少将の仇を討ちましょう! 一隻でも多く敵艦を──」
タイダルウェーブ艦長の言葉は痛い程わかる。すぐにでも怒りを敵にぶつけたいのは裕太郎も同じだった。
「負けて、尻尾をまいて逃げるのではないぞ。勝負には天の時、行くべきタイミングという物がある」
「閣下?」
タイダルウェーブの艦長は司令官の顔を覗き込む。不思議と裕太郎の顔に失意の色は無い。
「この北極ポート沖海戦で第一艦隊は敗れはしたが、敗北したのはリオルの方だ──無駄では無かった、いや無駄にはせんぞ絶対にだ。この多くの抗議の声を上げた者達のためにも」
裕太郎が広域レーダーの捉えた情報をメインビューワー、そして艦内各セクションのモニターに投影する。
レーダーには地球へ向けて流れる光の河が映し出されていた。
その河は無数の点、一隻一隻の民間船の放つ光で構成されていた。航路一杯に溢れ返る船の光が何条もの大河のようになって押し寄せ、地球に流れ込もうとしていた。
地球辺境域から
火星から
金星コロニーから
水星観測事業団から
宇宙海賊の駆逐艦から
木星宇宙港停泊中の銀河公社所属の客船まで
ユイ・ファルシナのスピーチに賛同した民間船が太陽系各地の各航路から北極ポートに押し寄せて来ていた。
「この光が──全部、宇宙船?」
「どうもそうらしい」
何百隻、いやその数は数千に及ぶだろう。
誰も見た事のない大船団が声無き抗議を上げている。戒厳令を無視して、戦闘が行われている危険な宙域に集う無数の宇宙船。
宮城裕太郎の胸の奥底から暖かい感情が沸き立ってくる。
第一艦隊を救うために、クーデターを阻止するために集まって来たと思われる大船団は、誰が率いるでもなく、見返りを求めるでもなく、自分達の意志でここに集まってきた者達の姿だった。
ユイの船は第一艦隊救援に間に合わなかった。
しかし、ユイの想いはここ、決戦の場所にしっかりと届けられた。十分、間に合った。
「私は常々、人間というものは駄目な生き物だと思ってきた。宇宙に出るようになっても他人と分かり合えない、どうしようもない自分勝手な生き物だと思っていたが──フフ、なかなかどうして……」
自然と裕太郎の瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。
「私もそろそろ内勤に移る時期か、涙を流すなど何十年ぶりか知れん──家が、家族が恋しくなった」
◇
「リオル、この光は──」
キングアーサーのブリッジでもレーダーを埋め尽くす無数の大船団を確認していた。
どう考えてもこれはリオル達の味方ではない。
リオルには確認せずとも一目で理解できた、これはユイの賛同者達だ。
(我等がロンドンを焼き払うのを阻止するべく、デモ行進でもやるつもりか──)
流石のリオル老人もこれには言葉を失い、ただ天を仰ぐように顔を上に向けて瞑想していた。
太陽系惑星連邦の大多数の市民からの拒絶の感情をこのような形でぶつけられて憤慨するレムス、それとは対照的に老人は落ち着き払っていた。
「な、なんだと言うのだ──これが全てあのユイ・ファルシナの賛同者で、我々を拒絶する者達だと言うのか!?」
レムスの手が怒りで震える。
「……戦う前から、我々は負けていたのかも知れんな。あのスピーチが流された時点で敗北していたのだ」
リオル老人はビューワーに映し出される光の河の動きを虚ろな瞳で眺めていた。今まさに最初の船団が北極ポート沖に到着したところだった。
「リオル、計画を遂行しましょう。アーサーを、この宮殿アヴァロンを地上に降ろして、古く濁った地球の大気を清浄化して、人類のステージを新たな高みに押し上げるのです──我等の理想を知れば民の気持ちは変わります、あんなユイ・ファルシナのような小娘如きの中身のない言葉よりももっと崇高な──」
熱っぽく語るレムスの言葉を手で制してリオルはゆっくりと首を振った。
「我々が浅はかだった。大衆を、民の心を知らな過ぎた──」
「ではどうするのです? このまま引き下がれとでも?」
「わからん。私にも彼等のように自らの意志で立ち上がった市民をどうしたら良いのかは皆目見当がつかん」
「わからない? 今更、今になってあなたは何を悩んでいる?」「……私は開拓移民は地球を憎んでいるのだと思っていた。ロンドンを焼き払い、地球という古い統治者から彼等を解放し、太陽系一丸となってアラミスを足掛かりに太陽系の外へと人類国家の版図を拡大していくつもりだった。だがどうだ現実は、開拓移民共はロンドンを守ろうとしておるではないか──理屈では無い、大衆は理屈では動かない……人間というものは感情に支配される動物だ。もう、こうなってしまっては誰も我々の言う事を聞いてはくれん」
新たなる人類の指導者であれ、とリオルに育てられてきたレムスにとって、今のリオルの弱気な態度は到底許せるものではなかった。激しく歯軋りして全身の筋肉を膨張させるレムス。
「たかが、たかがこれだけの船如き! 何千隻、何十万人から拒絶されようとも人類国家数百億人から拒絶された訳ではない! リオル、あなたはこれしきの逆境、批判の声に屈するのか!? 軽蔑する、軽蔑するぞ! その弱々しい精神を!」
激昂するレムス、まさに怒髪天を衝くが如き鬼の形相。
「──暴力と恐怖で統治する事も出来よう。だがそれでは人類は次のステージには上がれない。それでは今まで私が裏から操ってきた地球閥の統治、経済発展と基盤整備を最優先にしてきたマグバレッジ親子の統治にも劣る──」
「貴様、まだ言うかァ!」
レムスの怒りは頂点に達し、それまで父とも慕っていたリオル老人の胸ぐらを掴み持ち上げる。2.5mの巨人の太い腕がリオルの首を締め上げる。
「リオルを離せ!」
十三番目サーティーンのニースがレムスの側頭部に激しい蹴りを浴びせた。レムスは上半身を軽く揺らし、その拍子にリオルはレムスの手から逃れた。
「ニース、サー、ティーン? 貴様──」
見開かれたレムスの瞳に仄暗い炎が宿る。
「禁忌タブーとされ、研究が禁止されてから長らく、運良く廃棄を免れてきた私達、優性遺伝子人類のニースやレムスを目覚めさせて大切に育ててくれたのはリオルだよ? どうしてそんな優しいリオルに酷いことが出来るの? レムスの馬鹿! 恩知らず!」
ニースの言葉に反論出来ないレムス。
そんな時、玉座から少年の怯えた声がする。
「あの船に乗っておる民達は皆、余を要らぬと申しておるのか?」
少年は肩を震わせて今にも泣き出しそうだった。
「へ、陛下──」
駆け寄ろうとするリオルの前にレムスが立ちはだかりその太い腕を鞭のような勢いで打ちつけ、払いのける。ニースは悲鳴を上げ吹き飛ばされたリオルを抱えて共に倒れ込んだ。
「最早、貴様のような者は陛下のお側には不要! その弱気、負け犬の如き思想を陛下の耳に入れる事はこのレムスが許さん! 目障りだ、消え失せろ」
「わ、わかった……レムス。私はもう心折れたが──お前のその熱き心と崇高な理想があれば、私の思い描いた物とは違う形の強い人類国家が作れるかも知れんな。微力ながら協力させてくれ」
リオル老人は引き止めるニースの手を振り払い立ち上がると、レムスに握手を求める。
レムスは固い表情をゆるめる事なくその手を握り返した。
「ではリオル、どうすればよい。助言してくれ」
「──奴らの希望の光を消す。土星・木星連合艦隊を迎え撃ち、ユイ・ファルシナを捕らえ、大罪人として公開処刑する。そして──ユイ・ファルシナ亡き後も抗議を続ける愚かな『反乱分子』共がいたのなら、全員処分しておくのが良いだろう」
レムスは歪な顔をして笑う。
「それでこそリオルだ」
ニースはあまりの事にショックを隠せず、一人ブリッジを退出した。
「ニースにはリオルの考えてる事がわからなくなったよ、どうしてレムスなんかの好きにやらせるの?」
ニースはクジナの頼りなくも優しい顔と声を思い出す。
『動物の沢山いる、楽しいところ』
『一緒に逃げよう』
彼女の体色は青紫と黒、そして薄桃色が交錯する複雑な模様となっていた。
「もう嫌だよ、こんなの……ニースは人間に嫌われたくない、アヴァロンで動物達やリオルと一緒に楽しく過ごしたいだけ……クジナ、クジナに会いたいよ」
ニースはクジナを探して駆け出した。
(逃げよう、こんなところは楽園アヴァロンなんかじゃない)




