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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
32/186

ルナベース、動乱①

第一艦隊所属、第七海兵隊を預かるラドクリフ中尉は予備戦力の第八海兵隊と合流した。


 24歳、血の気の多い若武者ラドクリフは地球のケンタッキー州ラドクリフの教会前に捨てられていた孤児である。


 孤児救済プログラムの一環で、ラドクリフのような少年は厳格な躾が出来ると認定されたホストファミリーの元へ長期ホームステイさせられる。たまたま最初のホストが月の宮城家だった彼は宮城裕太郎と純子から気に入られて実質上の宮城家の養子のような存在になっていた。


 年齢の近い雄大とは少年時代を共に過ごした友人の間柄である。運動が苦手な雄大とは得意分野こそ違えど、女性に対して純で奥手な部分や年下の面倒見が良いという根っこの部分はお互いによく似ていて気が合った。


 また頑固なところや目上にも食ってかかるプライドの高い難儀な性分も彼等2人の共通の欠点であった。


 ラドクリフはハイスクールを出ると即、海兵隊に志願。裕太郎が後見人になっている関係なのか、人事部が気を利かせてあっという間に中尉に昇進している。最初こそコネでの出世を妬む年上のレンジャー隊員から様々な嫌がらせを受けてきたが彼はそれを全て『腕力』でねじ伏せてきた。


 ここが雄大との大きな違いである、ラドクリフの精神はその腕のように野太く、雄大のように繊細ではない。


「今こそ宮城大将オヤジへの恩返しをする時だ、必ずリオルの首根っこをへし折ってやる」


「背後関係を調査しないといけないんだ。必ず生け捕り、忘れるなよ、ラド?」


「先刻、リオルを取り逃がしたのはな、殺してやるってぐらいの気合いが足りなかったからだ」


 ラドクリフの部下、副隊長のロンは肩をすくめて呆れた。この青年なら本当に確保対象を勢い余って殺しかねない、年長者の彼が暴走する隊長をたしなめねばならないだろう。


 数時間前、憲兵のナカムラ軍曹に出し抜かれてリオルをみすみす幕僚本部ビルに入れてしまった事がラドクリフには悔やんでも悔やみきれない。


「よし、エグザスがようやく到着したぞ!」


 本来はカペタのような小惑星要塞や宇宙港のような施設を占拠するための強襲揚陸艇が4艘、ラドクリフの待つ小高い丘に到着する。


 揚陸艇のハッチが次々に開く。青でペイントされた強化装甲服エグザスがズラリと並ぶ様は正に壮観の一言だった。


 固定していたアームが外れて装甲服の背中が開き、エグザスが海兵隊員の搭乗を促した。


「まさかエグザスで陸軍アーミーとやり合う事になるなんてな。特殊装備のエンハンス・システムがラボに残ってて良かったぜ。不幸中の幸いだ」


「まったくです」


「ラド、こういう天井の無いオープンスペースでやり合うとなると象戦車ヴィシュヌは手強いぞ……あれは文字通り『飛び跳ねる』からな。上から下から撃たれちまう」


 ラドクリフはエグザスに乗り込むとバイザーを下ろし、Eye click入力でリアジェットパックと外部取付ユニットのエンハンスパワー・システムを接続した。ついでにストライクハープンも発射待機状態にする。


「揚陸艇はヴィシュヌのいい標的になっちまうから一応ここに置いていくがエンジンは切るなよ。俺が合図したらオートパイロットで本部ビルに突っ込ませる、最後の手段だがな」


「了解」


「いいか兄弟よく聞け、タイヤ付きやホバータンクと違って不用意に奴に近付くな。脚が残ってる状態でレスリングをするとエグザスじゃ勝ち目はない、主砲も怖いがヴィシュヌ最強の武器は「踏みつけ」と「蹴り」だ。三人以上で取り囲んで遠巻きに脚関節を狙え。副砲のショックガンや対人機銃は効かんから無視していい」


「歩兵部隊への対処はどうしますか?」


 部下が心配しているのは、ルナガード歩兵の身の安全だ。エグザスのパワーでは加減が出来ず白兵戦をすれば、殺さなくて良い相手を殺してしまう事になる。


「味方同士ってのは気を遣うから嫌いだよ、俺は」


 ハープンを外してショックガンに換装、麻痺モードで連射するのが一番だがストライクハープン抜きでヴィシュヌと戦うのは無理だし、換装してる隙も無い。


「ヴィシュヌをあらかた始末すればガード連中も諦めるだろう。取り敢えず歩兵を見掛けたらグレネードを撒いて威嚇するだけでいい」


「了解です」


「いいかお前ら、確認しておくぞ。ルナガードを片付けたら憲兵どもにリベンジだ。そしてリオルをぶん殴る。まあ先ずはヴィシュヌを潰す事だけ考えろ」総勢42体のエグザスが三体一組で散開していく。


「OK、俺からは以上だ、月の憲兵とルナガードの連合軍が相手っていう滅多にない大一番だからな。名実ともに最強のレンジャー部隊は第七、第八部隊だってことをお偉方にも見せつけてやろうぜ」


 ラドクリフが突撃のサインを出すと青い巨人の群れは一斉に走り出す。遠くでルナガードが鳴らしたらしい警戒音が聞こえる。


「隊長、今回は活躍した隊員にボーナスは出ないんですか?」


「象戦車ヴィシュヌ最多撃破、またはリオル大将を捕まえたMVPは隊長から宮城由利恵ちゃんを一晩貸してもらえる、というのはどうですか」


「それイイ!」


「おい、妹分の由利恵は婚約したんだ。無茶言うな」


 ラドクリフの声が若干裏返る。


「だからいいんですよ、後腐れなく一晩だけの関係を楽しめる」


「今喋った奴、後で腹パンな? ゲロ吐くまで腹殴るから覚悟しとけ」


「俺の隊長のシスコンが酷すぎて心配過ぎる件について……」


「男共は由利恵が賞品で良いけど私は嫌よ。私はね、隊長の童貞が欲しい!」


 女性隊員モニカの発言で通信に参加してる全員からドッと笑いが起きた。


「おう、そりゃいいな。MVPは俺の童貞だ、男共も奮起して頑張れ」


「やめろよラド。冗談でも気分悪くなるぜ」


 ラドクリフはゲラゲラ笑いながらエグザスを低く、そして長く跳躍させる、軽くリアジェットを調整しながらの跳躍で、50メートルの距離をどんなアスリートよりも速く通過する。


「ね、マジな話、私がMVP取ったら隊長の童貞、私にくれない?」


「な、なんだって? なあモニカ、お前本気で言ってんのか」


「本気よ。ねえねえねえいいでしょ? 約束してよ」


「か、か、勝手にしろ──!」


 ラドクリフのエグザスは少しバランスを崩す、わかりやすく動揺している。


「ちょっと男共、今の聞いた? 私、超頑張るからサポートお願い」


 第七海兵隊の紅一点、モニカが心底嬉しそうな声を出す。


「モニカっち、隊長の事そんなに好きだったん?」


「あー、それはめでたいな! ラドとモニカ、めんどくさい童貞と処女が一気に片付く」


「俺、全力でモニカをサポートするわ。モニカを狙ってた奴と……隊長の童貞を狙ってた物好きは独自で頑張って阻止しろ」


「お前ら──」


 和んだ空気を切り裂くような轟音と共に稲光のような光弾が先頭のラドクリフのエグザスの脇を掠めていき、遥か後方のビルの柱に命中する。ヴィシュヌの大口径ショックカノンから放たれたエネルギー弾が支柱を一本、易々と砕く。


 ラドクリフは速度を緩めると身をかがめて次弾をかわす。300メートル先に、ルナガードの誇る六本脚の巨象が見える。


「狙いが甘いぜ!」


 ラドクリフは再加速して一気に距離を詰める。 身体を横に寝せて滑り込みながら3発目の主砲をかわすと、待機状態にしていたストライクハープンを多脚戦車の右前足の付け根に撃ち込んだ。股のジョイントが破壊され右前足が使用不能になる。そのままハープンの鎖を巻き上げ急制動をかけたラドクリフのエグザスはヴィシュヌに向かって跳躍、高速で肉薄する。ハルバードを後ろ脚に叩き付けるとバランスを崩したヴィシュヌは尻餅を付いて倒れ込んだ。


「エンハンス・パワーだッ!」


『enhance power activated』エグザスの肩口に装備されたシステムのガスボンベ大の四つの円筒の内の一つが2秒ほど赤く発光し装備者に驚異的な腕力を与える。過熱暴走したエンハンスシステムのパワーバッテリーが自動的に切り離され空の薬莢のように地面に転がり落ちる。


 ラドクリフはエグザスのパワーがブーストされている短い時間でヴィシュヌの砲塔と取っ組み合いを始める。


「曲がれェ!」


 象戦車主砲の砲身を押し上げるようにねじ曲げると、再装填したハープンを砲塔と本体部分の境目に零距離から撃ち込んだ。


 本来、カタログスペック上はヴィシュヌとエグザス歩兵の戦力差は5:1。ヴィシュヌを倒すにはエグザスが5体必要な計算になるのだが、戦闘開始からものの数秒でヴィシュヌはその動きを止めてしまった。


「すげえ、一人だけでヴィシュヌをやっちまった! 最高だぜラド!」


「隊長、愛してるゥ!」


「ウオオオ!」


 ラドクリフは自らが仕留めた獲物の上で雄叫びを上げる。古代ローマの闘技場、敵を倒して命をながらえた事を悦ぶ剣闘奴隷のような雄叫び。


 部下の一人が動けなくなったヴィシュヌからドライバーとガンナーの2人を引きずり出して街路樹の方へ放り投げる。悲壮感溢れる悲鳴と共にルナガードの戦車兵が宙を舞う。死にはしないだろうが無事でも済むまい。




 光弾が四発、ロケット弾が十数発、ラドクリフ達のいる駐車場に猛スピードで迫ってきた。跳躍したヴィシュヌによる高角度からの砲撃がエグザスに襲いかかる。


「『鴨撃ち』だ! ジェットパックは使うな!」


 ラドクリフ達は横っ飛びに光の弾をかわす。


 横からではなく上空からの砲撃に慌てた部下一人がリアジェットを使って上空に跳躍してロケット弾の熱風を回避した。


「馬鹿!」


 ラドクリフが叫ぶと同時に、今度は下から、別のヴィシュヌ数台から放たれたであろう光の弾丸が光の矢の如く飛び上がったエグザスを襲う。咄嗟にエグザスは右腕の盾をかざして防御姿勢を取るが内のニ発がほぼ同時に着弾し、ハンティングの標的となったニックス上等兵のエグザスは黒煙とプラズマの残光を引きずりながら三階建てのブティックの外壁に突っ込んでいく。


 爆音と煙、プラズマ発光現象がもたらす熱のチリチリという周囲の物質を焼き焦がす音が辺りに響く。


「クソッタレが! ロンさん、ニックスをエグザスから出してやってくれ! 処置が遅れると助からん」


 年輩の副隊長が無言でブティック目掛けて走り出し、ラドクリフは逆方向、ニックスを狙い撃ちしたであろうヴィシュヌの位置へ検討を付けて走り出す。


「憲兵も、ルナガードも、幕僚会議の連中も──テロリストの口車に乗っちまうような馬鹿野郎どもはァ! 俺が全員まとめておしおきしてやらァ!」







 連邦宇宙軍オービル元帥、カンダハル大将、マダック中将他二名の高級将校が囲む円卓の中央にホログラムとマップデータが投影される。


 ホロに映っているのはラドクリフ率いる第七、第八混成部隊のエグザスが20台目の多脚戦車ヴィシュヌを破壊し、乗員を引きずり出している様子だった。ドローンで撮影されている事に気付いているらしく、若い隊長ラドクリフがバイザーを上げて素顔をさらし、画面を真っ正面に見据え、両手でドローンを指差すと、歯を剥き出しにして挑発的な態度を取る。


「ルナガードの装備が陸上でもレンジャーに敗北するとはな」


「は、敗北と決まったわけでは……12台のヴィシュヌを本部ビル敷地内に待機させました、コペルニクスからのヘリと地上部隊が間に合えば海兵隊を挟撃できます」


 立派な髭をたくわえたマダックは溜め息を吐いた。


「間に合えば、な」


「閣下、スペック上では野戦、市街地戦闘においてヴィシュヌ1台と随伴歩兵小隊10人はフル装備のエグザス5体を凌駕する戦力でして……いえ、なにぶん、友軍同士ですとなかなか戦意も上がらず、エグザスに有効なヒートライフルの装備も十分でなく……」


 ルナガードの司令官を務める壮年の大佐が汗を拭う。


「大佐もうよろしい。戦意が上がらんのは皆同じ事。もう諦めよう」


 オービル元帥が優しい声を出す。


「大勢は決した。これ以上の抵抗は死傷者が増えるだけだ。あの中尉の要求を聞こうじゃないか」


「やれやれ、宮城の勝ちか……しかしまあ、こんな馬鹿げた反乱を起こしたとはいえ、あの宮城艦隊司令官の事だからな、そこまで道に外れた要求はするまい」ふと、マダックは、カンダハル大将がキョロキョロと何か落ち着かない様子で周囲を見回しているので声をかける。


「大将、如何なされましたか?」


「憲兵総監の姿が見えん──リオルが何処にもおらんのだ! この一大事に奴は何をやっているのだ」


 それを聞いたマダック中将の脳裏に、何か予感めいた閃きがあり、自らの秘書官を呼び、命令した。


「我々はとんでもない勘違いをしていた! リオルを月から出すな! 宇宙港の警備兵にリオルを拘束させろ!」









 本部ビル前で睨み合う海兵隊と憲兵。敷地内で待ち構えるヴィシュヌの位置が分からないとなかなか踏み込めない。


「どうもこうも隙が無い」


 ラドクリフはドローン偵察の結果報告を待つ間、軽い休息をとっていた。エグザスのマニュピレータを使ってシリアルバーの包装紙を剥ぎ取り、慎重に自らの口に運ぶ。力の加減を間違えるとシリアルバーを握り潰して粉微塵にしてしまう。


 もう少しで食べられる。気を抜いた瞬間、力の加減を誤ってシリアルバーが地面に落ちた。潰さなかっただけマシではあるが……


「クソッタレが! 誰か拾ってくれ、俺のシリアル。あとマップだ、ビルの図面は無いか」


 半壊したエグザスから降りた隊員の一人が、ラドクリフの口に落ちたシリアルバーを突っ込み、目前に本部ビルの図面を広げて見せた。


 そうこうしているとドローンからの映像が送られてくる。


「──まったく意味がわからん、ノイズだらけだ」


「ドローンの制空権争いはこっちが劣勢か。憲兵のやつら、さすが粘りやがるな」


「こっちのエグザスも活動限界が近い、もう待てんぞ──どうするラド、一気に突入するか?」


 シリアルバーを咀嚼しながら、ちらりと部下の様子を確認するラドクリフ。


 重傷が15名、軽傷が8名。エグザスの損害も凄まじく、まともに動けるエグザスは16体、ヴィシュヌとの戦闘に有効な装備はもうほとんど残っていない。


「ロンさん、ニックスは?」


「難しそうだ、意識も戻らないらしい」


「……そうか」


 ラドクリフの表情が曇る。


「お前のせいじゃないさラド、ニックスは運が悪かった。だが、この有り様で突撃するとなるとニックスの他にも──」


 副隊長のロンが眉間に皺を寄せる。


「俺の責任で……多分、半分が死ぬ、か」


「ああ、そうだろう。もっと酷いかもな。どうする? お前の判断に任せるよ」


「俺の判断一つか」


 ラドクリフが部下の命と任務遂行を天秤にかけて苦悩しているそこに、見たことのある男が一人、ひょっこりと顔を出す。


 憲兵のナカムラ軍曹が本部ビル前に築かれたバリケードを乗り越えて小走りにラドクリフ達、海兵隊の方へ向かってきていた。


「おーい、イカレ野郎! オービル元帥閣下が貴様の要求をお聞きになるとおっしゃってあるぞ、エグザスを降りてから直ちに本部ビル四階に出頭するんだ」


 ナカムラは拡声器を使ってラドクリフに呼び掛けた。


「何?」


 ラドクリフもエグザスのスピーカーをオンにする。


「何だお前、リオルの犬じゃないか。此方の要求はただ一つだ。リオルを、此方に、引き渡せ。そう伝えればいい」


「──元帥閣下はその事について、何故リオルにこだわるのか、詳しい話を聞きたいそうだ。そして現在、リオル閣下の姿が見当たらない事について、お前は何か知っているのか?」


「おい今、何と言った憲兵」


「ああ、リオル閣下の姿が見えんのだ、引き渡せと言われてもな──俺もどちらに行かれたのか皆目見当がつかず困ってる」


「リオルが、消えた?」


 ラドクリフはがっくりと力無く膝を付いた。


(してやられた──またしても! 奴はもう此処にはいない。一度ならず二度までも。なんとマヌケなのだ、この俺は)







 ラドクリフとナカムラ、そしてマダック中将はレンジャー達の強襲揚陸艇に乗り込んで宇宙軍の軍港に急いでいた。


 ラドクリフの言が正しい場合、リオル大将と宮城大将の立場が完全に逆転する事になる。マダック中将は、無実の宮城大将を叛逆者と認定し、リオルに臨時の兵権を与えた事を後悔した。


「宮城大将は兵権を奪われる前に艦隊を出撃させて地球の連邦政府ビルへの攻撃を防ごうとしたのだな……どうやら我々はリオルという古狸に化かされていたようだ。まだ間に合う、リオルが逃げるのなら奴を捕らえ、直接問いたださねばならん」


 マダックの言葉にラドクリフが頷く。


「ようやくおわかりいただけたようですね、親父も喜びます」


「中尉の奮戦あればこそ、リオルも肝を冷やしあの場から脱出したのであろう。孤立無援のところ、正義を信じて良く戦ってくれた」


 マダックが頭を下げる。


「仮に親父が本当にクーデターの首謀者だったとしても、俺は親父のために働くだけですよ。あんた達お偉方のためや、ましてや正義なんていうあやふやなモンのためにやったんじゃない。だから礼は不要です」


 ラドクリフとマダックのやり取りを見て、この場の誰よりも顔色を悪くしているのは同席している憲兵のナカムラ軍曹である。


「あ? どうした番犬、今頃になって自分がしでかしたどえらい罪に気付いたか?」からかうような口調でラドクリフはナカムラの憲兵帽を取り上げると髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱す。


「もう言わんでくださいよ中尉、俺だって後悔してるんですよ」


 ナカムラはクーデター騒ぎの本当の黒幕かも知れないリオル老人をラドクリフの手から逃がして幕僚本部ビルに送り届け、そしてまたラドクリフを数時間に渡って妨害し、リオルが月から脱出するための時間をたっぷりと稼いでしまった。


 それと気付かず得意満面でルナガードをアゴで使い、有能な軍警察の人間として職務を遂行する自分の姿に酔い、リオル大将を誇らしいとさえ思っていたのだ。


 そうして心底から恐ろしくなり震え上がっているナカムラを見ているとラドクリフの方も怒る気が失せてきた。ナカムラはナカムラなりの信念をもって任務をこなしていたのだ。


「まあ、あんまり自分を責めるな軍曹、リオル大将の言葉にまんまと乗せられた我々……リオルという男の本性に、今の今まで気付かなかった我々幕僚会議の将校にこそ責任があるのだ。申し訳ない事をしたな」


 マダック中将はラドクリフに引き続き、軍曹にも頭を下げた。


「閣下、そんな! 顔をお上げください……!」


「そうだな、おめーは良くやったよ。憲兵にしとくにゃ惜しいクソ度胸とねちっこい指揮だった、おかげでこちとらボロボロだ」


「は、ハハ……怒ってる、っすよね、やっぱり」


「怒ってなんかねーよ」


 ラドクリフは引きつった愛想笑いをするナカムラ軍曹の肩にガシッとその大きな掌を置いた。


「ナカムラさんよ、その警備の手腕とねじ曲がった性格の悪さを活かすために海兵隊のセクションDか、もしくは親父の第一艦隊の作戦参謀に転属してみないか? 割と適性あると思うぜ」


「え、遠慮します」

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