皇女と、伯爵と
個人の無責任な噂話から、ニュース屋の有料情報、果ては怪しげなルートで入手できる非合法な裏情報まで。
ユイとマーガレットはありとあらゆる「月のクーデター」の情報をかき集め、それを精査していた。
「ここからサターンベースまではオーバースピードで飛ばしても1日半はかかる航程、出来る事だけでもやっておかないと、ですよね」
ビューワーに投影したホロ映像やニュース記事を弄って拡大したりひっくり返したり、必死になってるユイに対してマーガレットの方は気乗りがしないようだ、有意義そうな情報をピックアップしているがユイと比べると随分と動きが鈍い。
「メグちゃん?」
「え?」
「何か体調でも悪い?」
すいません、と恐縮したマーガレットは髪の毛を払いのけて目の前の資料に意識を集中する。
しかし、ものの数分でその集中は途切れ、ハァと溜め息をついて軽くカールした巻毛をくるくると弄り始める。瞳は虚ろで時折左右に泳ぎ、毛を巻いた指先に視線が移る。
ユイはもう注意するのを諦めて作業に集中する事にした。
それから20分ほど経過した時、特に何の前触れもなくマーガレットが口を開いた。
「あの、ユイ様……」
「はい」
ユイは手を止めていったんホロ映像化された資料を閉じる。
「わたくし達は今、何をやっているのでしょう?」
「……言わずもがな。クーデター計画の阻止でありましょう。不心得者の横暴で宇宙政府の治安が脅かされようとしている時です、有事には矢面に立ち、民と国家の盾となり死ぬるのが高貴な家に生まれ出でた者の使命」
すらすら、とユイの口から王家の心構えの言葉が紡ぎ出される。それはあたかも演説の一節のようであった。
「……それは、守るべき民草と領土がある場合です、殿下」
マーガレットは下を向いてユイと目を合わせようとしない。
その言葉に王族のプライドが傷付いたのか、それとも友人の態度に心を傷めたのか、ユイの顔付きも険しくなる。
「今は、今の私には僅かばかりの資産と小さな船が2隻。そして僅かの臣下しかおりません、それはそうですが」
「わたくし、いえ……ワイズ伯爵家は殿下の正義を信じればこそ殿下に従っておりますが、殿下の正義とは今、どこにあるのでしょう」
「私の正義?」
「殿下が今、懸命になって守ろうとしているのは地球政府の官僚共の支配する世界です、木星帝国を解体した者達が作り出した、彼等に都合の良い世界です。そこに正義はありません」
先程まで虚ろだったマーガレットの瞳が見開かれ、しっかりとユイの瞳を見据える。
「そうですか、ではワイズ伯は私にどうせよとおっしゃるのか?」
不意にユイから他人行儀で冷たい言葉が浴びせかけられる。マーガレットは動揺を隠す為に唇を強く噛んで厳しい表情を保ち続けた。
「軍事クーデターが成功し、地球政府の官僚が粛清されるのなら……我々木星帝国残党にとってこれ以上の喜びはない、と非才の身ながら愚考しております」
「では、此度の争乱の種、摘み取らずに静観せよ、と」
はい、とマーガレットは少し上擦った声で返事をする。
「……伯の考え、もう少し聞きましょうか。続けてよろしい」
マーガレットは椅子から立ち上がると、しゃがみ込んで床に片膝を付いて頭を深々と下げた。
「地球政府に対して何の義理がありましょうや……臣が申し上げるまでもなく地球閥は木星帝国建国の時より我等の不倶戴天の敵なのです。敵国乱れて内紛し味方同士相討ち果てる様を眺めるは、無念の最期を遂げられた皇帝陛下、皇后陛下の御霊の慰めにもなりましょう。そして」
木星帝国の皇帝、皇后両陛下とは紛れもなくユイの両親の事であり、帝国解体の折に反乱の首謀者、戦争を引き起こした大罪人として処刑されている。
「そして?」
「そして……政府が倒れた後に宇宙軍のクーデター首謀者を我等が討ち正義を為すのです。その時こそ殿下が木星帝国の正当性、そしてその再興を天下に知らしめる絶好の機でございましょう。幸いにして我等は黒幕の正体を把握していますし──我々の持ちうる力の限界を冷静に分析すれば……」
「浅はかな」
ユイは殊更に表情を険しくし、眉間に皺を寄せた。
マーガレットは驚いて次の言葉を継げなくなってしまった。
「落ちぶれた身なればこそ、道を誤ってはなりません」
檻の中の皇女は立ち上がり、ひざまずくマーガレットを友人としてではなく現在のところ最高位にある配下としてのマーガレット・ワイズ伯爵として見下ろした。
「奸計を巡らし敵を討ち果たしたとして、邪知に頼り蛮勇を誇る者の言葉に誰が耳を傾けましょう。それこそ地球閥の思う壷という物です」
「ユイ様?」
「下がってよろしい」
ユイはマーガレットに背を向ける。
「ユイ様……わたくしは……」
「私の父上、母上がどうして死罪を受け入れたのか。伯にはお分かりにならないようで──無理もありません、ワイズ伯爵は帝国の在りし日の姿、両陛下のお姿を知らないのですから」
ユイは幼い頃に両親の死と帝国の崩壊を現実に体験したが、マーガレットは帝国解体後に産まれたため帝国崩壊の悲劇を知識として所有しているだけである。
両者の経験には大きな隔たりがあり、特にマーガレットにはユイの抱える闇の深さは理解出来そうにもなかった。
「私のやり方に不満があるなら、いっそ『クーデター』でも起こして伯がこの船を乗っ取り、思うように自己満足のための復讐を実行されても構いません。ただし、私はそのような愚か者を家臣とも、また友人とも思いたくありません」
マーガレットは立ち上がり、自分とユイを隔てる半透明の檻を掴み揺さぶるが強化装甲服を着用していない少女の非力ではピクリとも揺らがなかった。
「そんな! わたくし、ユイ様のために……初めてご尊顔を拝したあの時からずっとユイ様にお仕えするためだけに」
「私のためだというのなら、大人しく部屋に籠もっていなさい。さもなくばこの船を降りて好きにやりなさい。あなたの自由です」
ユイの背中から聞こえてくる冷たい声、顔が見えない事がこんなに不安を駆り立てるとはマーガレットには思いも寄らなかった。
「ユイ様、此方を、此方を向いてください、わたくしの話をちゃんと聞いて」
「見苦しい!」雷で撃たれたような衝撃がマーガレットの脳天から爪先まで貫いた。常にマーガレットを褒め実の妹や親友以上に優しく接してくれた年長の女性から初めて受ける激しい叱責。少女は軽く震えながら無言で、最愛の友にして姉とも慕う女性の部屋を後にした。
残されたユイは一人、頭を抱えるとふらふらとカーテンで仕切られた先にあるベッドまで歩き、倒れ込むように潜り込むと瞑想に入った。それは深い深い瞑想、皇女としての自分の虚像を、未だ少女である自分が見つめ直す時間……追い出したのは自分なのに、何故か自身の方がマーガレットから突き放されたかのような絶望感、それに覆い被さるかのように父の死、母の死という変えられない悲劇的な現実が襲いかかってくる。
「おとうさま、おかあさま……」
激しい胸の痛み、心臓を抉られ肺をまさぐられるような苦しみの感情と、渦を巻く憎悪が皇女の中で荒れ狂うのだった。
◇
ブリッジで操舵をしている雄大は挨拶無しに何者かが入室してくるので出入り口の方へ頭を向けた。
そこにはアンダースーツの上に黄色いジャケットを羽織ったマーガレットがいた。大きなバスタオルを首からかけている。
ボディーソープと香水の入り混ざった微香が雄大の鼻をくすぐる。
(……湯上がりなのか? そういやこいつ、よくトレーニングだのスキンケアだの何だので居なくなる事多いけど、こんな感じでよく風呂にも入るんだろうな。宇宙船の中で水を使い放題、貴族様は優雅な事で。あ、ユイ様って風呂はどうしてるんだろうな?)
「ねえちょっと」
雄大がよからぬ妄想を巡らせている最中もお構いなしにマーガレットは自分の都合でずかずかと踏み込んでくる。少女はトン、と床を蹴って軽く跳躍した。ふわりと浮いた身体は雄大の真横にストンと落着する。高速航行中ワープドライブのブリッジは重力制御が効きにくく少しゆるくなる。骨や筋肉を弱体化させるような人体への影響があるため、ワープドライブは緊急時以外はなるべく控えるのが常だ。
「な、なんだよ?」
「ちょっと相談に乗ってくれる?」
「あのなぁ、そんな個人の相談事に乗っている場合じゃなくてだな。俺は今、別な考え事で忙しいんだよ。第三艦隊がどう──痛っ、いたたたた!?」
あからさまに嫌そうな顔をする雄大に対して、マーガレットは耳の上部を摘まんで引っ張り上げた。
「乗る、相談に乗るから! やめて!」
「ありがとう」
「お前さ、そういうの嫌われるよ?」
「嫌いで結構。わたくしもあんたのこと嫌いだし」
苛々しながらも雄大は操縦桿を固定するとマーガレットに向き直る。
「──そんで、相談って何事でございますか、閣下?」
「わたくし……ユイ様を怒らせちゃったみたい」
再度耳をひねり、つまみ上げながらマーガレットは神妙な声を出した。2、3回引っ張った後、解放する。
「お、お前なぁ!? 俺に何か聞きたいのか、単に虐待して憂さ晴らしをしたいのか、取り敢えずどっちかにしろよ!」
マーガレットは雄大が痛みにおののいたり怒りで目を白黒させたりするのを見てしばらく声を出して笑った。
「笑いすぎだ!」
「ふふ、あんたってさ、案外可愛い顔してるわよね。おどおどしてたり、プンプン怒り出したりさ。面白い」
ツンツンと雄大の頬をつつくマーガレット。雄大は鬱陶しそうにその手を払う。
「俺はお前の玩具じゃないからな」
「玩具みたいなもんじゃないの? 八つ当たり用のお人形」
「パワハラで訴えるぞ?」
「じゃあわたくしは性的嫌がらせを受けた、という事で逆告訴ね」
「えげつねぇ……」マーガレットはニッコリ微笑んだ後で物悲しい顔付きになる。
「あんたとはこうやって自然に喋れるのにね」
それからマーガレットは社長室でのやり取りを雄大に伝えた。
◇
「現状、わたくし達のちっぽけな戦力で何が出来るのか。そう考えたら──こう考えるのが普通だと思わない? 地球閥をやり込めて木星帝国が没収された資産を取り戻し、国際社会での正当な地位を取り戻す最短ルートよ」
マーガレットは士官候補生だった雄大の立場を考えず、ずけずけと物騒な話を続けた。
「──え~、そんな感じで……社長に言っちゃったのか」
「あんたも言ってたじゃない、友達ならちゃんと話し合えって」
「でもお前さ、家臣として皇女殿下に接してるじゃんか」
「えっ?」
マーガレットはきょとんとして雄大の言葉の意味を反芻する。
「友達ってよりか、穏健派の主君に対して武闘派の家臣が強攻策を諌言してるようなもんだろ」
「ふーん……」
「そりゃ社長も機嫌悪くするさ。お前さ、もうちょっと一人の女の子としての社長の気持ちを考えような?」
「ユイ様のお気持ちならずっと考えてるわ」
雄大は大きく首を振った。
「あー、だからな? それが決定的にズレてたからギクシャクしちゃってるんだろ。お前の理想の皇女殿下を押し付けるんじゃなくてもっと社長の身になって、社長の立場で、目一杯想像して考えろよ」
「ユイ様の立場、って木星帝国の正統皇位継承者?」
マーガレットにとっては復讐に燃える亡国の皇女殿下かも知れないが、ユイ本人はそういうイメージを払拭したい節が見え隠れする。必要以上に笑顔を振りまいたり、こんな商売人の真似事をしてみたりするのは、そんな気持ちの表れだろう。雄大はそう分析していた。
「あの人は『そういう肩書きが通用する世界』が理不尽な暴力で崩壊する様子を間近で、その目で見てきてるんだよ。だから、そういう肩書きなんてのは信用してない、多分」
マーガレットは操舵用のパネルにその形のよい引き締まった尻を乗せて雄大の話に聞き入った。雄大はマーガレットが腰掛けた事で何かのスイッチが入ってしまわないか心配になり、一瞬発作的にマーガレットを退かそうと手を伸ばしたが少女の臀部を触る事になるため慌てて手を引っ込めた。
「ねえ、それから? 続けなさいよ」
「そんで、クーデターや不当な暴力で得た権力の座が如何に危ういかを現在進行形で体感してるんだと思う。今回の事件でもそうだけど地球閥の政治家に対する開拓惑星系市民達の不満を見てれば何となくわかるだろ……さあ、そしてお前さん自身、地球閥の連中は死んで当然、と思ってる」
「う、うん」
マーガレットは大きく目を見開いた。
改めて他人から言葉にされるとマーガレット自身の持つ『地球閥への敵視』が異常な物に思えてくるから不思議なものだ。
「これが軍人一家の家系、月で育った俺の視点から見るとさ、マーガレット。お前が社長にけしかけてたやり方ってのはそれ、単なる後先考えてないテロ、自己満足の破壊活動にしか見えないんだよ」
「テロリスト……」
マーガレットにも薄々と自分の見識の浅はかさのような物が見えてきた。ユイが何を言いたかったのかも今更ながら身にしみてきた様子だった。
「多分、社長は本気で木星を『買い戻す』つもりなんだと思う。木星帝国を再興するための土地を、領土をな。土地があれば、そしてその土地に住みたいと思う人達がいれば、皇女だの皇帝だのの肩書きなんてのは後からついてくるさ」
しばらくマーガレットと雄大は真剣な顔で見つめ合っていたが、先に雄大の方が気恥ずかしくなって視線を逸らした。
「……でも、そんなやり方じゃいくら時間があっても、そんな生温いやり方じゃ。手を汚さずに国家を取り戻すなんて不可能よ」
「これは昔、ある人が俺に言った言葉なんだけどな──『綺麗事だけでは生きていけないが、綺麗事を捨てては生きている意味がない』──遠回りでも何でも曲げちゃいけない道理ってのは、どの世界にもあると思うぞ? 王侯貴族、天下、国家の辿るべき道というならなおさら守らなきゃいけない綺麗事、ってのがあるもんさ」
これは士官学校への入学の際に父親、宮城裕太郎から贈られた言葉である。よく意味は分からないが、裕太郎が言うのだからまあ含蓄のある言葉なんだろう、と雄大は思っている。
今のマーガレットに適切な言葉ではないか、と思って言ってみたが、雄大自身も人に説教できるほど偉い立場ではないし、人生経験も少ない。だが少しでも伝われば、ユイとマーガレットの助けになれば……そう思って雄大は必要以上に自信たっぷりな態度で年下の少女伯爵へ年長者ぶって説教をした。
マーガレットは気性の激しい貴族として部下の六郎や魚住にも恐れられている。そんな彼女には仕えてくれる臣下や仕える皇女は存在するが、今回のように雄大と対等の立場で話をしたり、年長者から何か説教される経験は無かった。
「綺麗を捨てては、生きている意味が、ない……」
「あと一つな、お前が全然わかってないみたいだから言っとくけど。多分……社長にとって臣下ではなくて年の頃が近い友達か妹みたいな存在なんだと思うぞ。社長がメグちゃん、メグちゃん、て呼ぶのそういう意味だろ? お前の方は君臣の立場を云々、うるさく言うけどさ」
少女伯爵の顔がぱっと明るくなる。うん、うん、と何度も頷いた。
「うん……なんかわかった気がする」
マーガレットはキラキラした瞳で雄大を凝視する。
「な、何だよ気持ち悪いな」
「AAAライセンスは言う事が凄いわ、説得力が違う」
「何だよ嫌みか? パイロットのライセンスは全然関係ないだろ」
「嫌みじゃないわよ、なんかうまく言葉には出来ないけど、なんかわかるの。綺麗にやれってのは何事もエレガントにやれって意味よね? そうよ、何でも地道に日頃のケアを怠らずエレガントにやらなきゃ滲み出るような真の育ちのよい貴婦人の気品は出せないもの」
「ハァ?」
「わたくしの考えてたやり方は、ユイ様の美学に反する美しくない無粋なやり方だったのね。何事も美しくやらないと生きている意味がない、って事」
マーガレットは一人、身体を大きく揺すりながら雄大の手を握って振り回して喜んでいるが雄大の方はマーガレットが何を言っているのか意味がさっぱりわからなかった。
「うんまあ、何を言っているのか言葉の意味はわからんが、こう、ポジティブなニュアンスは伝わったんじゃないかと思う」
「あんたって見た目より頭良いのね」
「お、おう……まあ25歳成人男性なりの知能だとは思ってるけどな」
雄大が照れて視線を逸らしている隙に、ご褒美をあげるわ、と言うと有無を言わさずマーガレットは雄大の頬、限り無く唇に近い位置のほっぺたに口づけをした。柔らかい感触が雄大の全身を駆け巡り、一気に血流量が増大する。マーガレットの唇が触れていた時間は一秒、二秒間ほどだったが雄大には物凄く長い時間に感じられた。
「えっ? な、何を? 何をした?」
「キスしてあげたのよ、最上級の褒賞でしょ?」
「う、うわあああ!?」
「ありがとう宮城。あんた見直したわ、伯爵家再興の折には執事に取り立ててあげるわ」
「ば、馬鹿、馬鹿やろ! 誰がお前の家来になんか!」
上機嫌のマーガレットは去り際に軽くウインクして見せた。
「あら、平民のあんたにしてみれば大、大、大出世じゃないの。喜びなさい?」
そして──
出入り口には棒立ちで固まってるラフタの姿があった。そういえば交替の時間を随分オーバーしている
「あ、ラフタじゃない。いつもご苦労様ね! じゃあ雄大もラフタも船を頼んだわよ。わたくし、早速ユイ様に色々謝って仲直りしに行くわ。勿論、ユイ様の同志として、友人として、ね!」
足取り軽く退出していくマーガレットを見送るとラフタは信じられない物を見てしまったという顔つきのままで遠慮がちに近付いてくる。
「ええ~、と……交替の、時間……過ぎてるからそろそろ……」
「い、今の見た?」
コクリと頷くラフタ。
「雄大とマーガレット、付き合ってたの知らなかった。驚いた」
「いやいやいや、それは無い、それは無い!」
雄大はラフタに駆け寄ると力の限り首を左右に振って否定した。
「付き合ってるよね? さっき食堂でもそういう噂聞いた」
「ち、違う違う違う!」
昨日、泣いていたマーガレットを慰めに行ってた様子は数人の乗組員に目撃されていたが──
そういう話に興味がなさそうなラフタにまで妙な形で伝わっているとなると結構な人数に不本意な形で知れ渡ってしまったに違いない。
「あんな嬉しそうなマーガレット見るの、僕、初めて。好きな人と接吻したから、嬉しい顔」
「あれはあいつが一方的にだな──それに頬に、軽く、だからな?」
「うん、まぁ、雄大が彼女との関係を秘密にしたいなら、そういう事にしておく。大丈夫、誰にも言わないから」
ラフタは親指を心臓に押し当てて火星流の友愛を示すジェスチャーをして微笑んだ。
「えっと……誤解だからな?」
「大丈夫、大丈夫。2人はお似合いだよ」
(か、会話が成立しねぇぞ……)
雄大は軽い眩暈を感じてよろめきながらブリッジを退出した。
(この船の乗組員逹、意志疎通に問題ある奴が多過ぎないか……?)
雄大は頬を抑えつつ足早に自分の部屋に向かって歩き出した。




