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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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粛清の始まり

通信を終えた裕太郎は駐留艦隊次席、副官の若武者、ネイサン少将を伴ってルナベース駐留第一艦隊の栄えある旗艦に乗り込んだ。


 型は古く見た目も悪い、速度も出ないが戦闘能力だけは最高峰。これこそ質実剛健、宮城大将自慢の戦艦『レイジングブル』は主人を迎え入れて機嫌は上々のようであった。


「ネイサン君、第三艦隊の動きは?」


 浅黒い肌、海兵隊の猛者かと見紛うような精悍な顔立ちをした美丈夫ネイサン・スウィフト少将は最年少で現在の地位に就いた英才で、50代までに宇宙軍元帥の地位に就くのが確実、とまで言われている。宮城裕太郎の下に付くまではサターンベースで海賊退治に辣腕を奮いモエラ中将の任務を助けてきた。近年、土星近辺のアステロイドパイレーツの活動が激化してきたのはネイサンが幕僚本部へ栄転した事にも関係があるだろう。


 現在は名将の誉れ高い宮城裕太郎の下で艦隊司令官の任務について見識を深めつつ人脈作りの最中である。士官学校時代から宮城家と交流があり雄大の妹にあたる宮城家長女、由利恵と婚約した。木星辺境コロニー出身で家柄に問題があったネイサンにとって裕太郎は父や師を超えた、それ以上の大恩人である。


「ヒル少将麾下の第三艦隊、八隻が緊急召集に間に合いました。現在は第二警戒ラインで待機」


「八隻か」


「緊急召集に応じて八隻を運用出来るのはヒル少将の日頃の調練のなせるわざですね」


 裕太郎はネイサンの目つきから侮りと余裕を感じとっていた。


「ネイサン君、多少緊張感が足りんようだな」


「提督だから本音を言いますが。小官にはこれは大掛かりな訓練としか思えないのです、憲兵総監が首謀者で辺境パトロール艦隊がロンドンを急襲するという筋は有り得なくもないですが……いや実際には無理筋ですね。我々第一艦隊、第三艦隊のニ個艦隊、最大23隻を圧倒するほどの戦力を秘密裏に準備するなど……」


 ネイサンは長い両腕を広げて上体を反らして年相応の若者のようにおどけてみせた。


「そうかね、それが君の見解か」


「ヒル少将は間違いなく演習だと思っておられます」


「ヒルの奴め」


 裕太郎は舌打ちする。


「いえ、リオル大将のような人格識見優れた御方が反乱の首謀者などと……連邦宇宙軍の創設に尽力した高級官僚が今更反乱だなんだ、とは……およそマトモじゃありませんね。出来の悪いデマですよ」


「君もそう思うか。そう判断されるぐらいなのだから、今回のは大変優れた計画だ、いや……計画だったという事だ。実は私も未だに半信半疑だが……万が一にもリオル大将であった場合の事を考えて動かなければならん。それが我々の使命だ」


 ネイサンは足を止めたが裕太郎はずかずかと迷いなく歩き続け、戦艦レイジングブルのブリッジに入室した。艦長以下、ブリッジクルーが裕太郎を直立不動の姿勢で出迎える。


「提督、本当に演習では無いので?」


「くどいな、君も」


 首を傾げつつネイサンは裕太郎の右後方のシートに着席した。


 レイジングブルのブリッジは広く、二層、三層構造の立体的な作りになっている。戦時下には参謀、提督達が集い作戦の立案と艦隊運用が出来る司令部用の設備だ。艦長を眼下に見下ろす高い司令官用のシートに腰をおろすと、裕太郎はネイサンを睨みつける。


「演習ごときで海兵隊員と諜報部員をリオルの邸宅とオフィスに踏み込ませたりはせん」


「えっ」


 ネイサンはギョッとして師である司令官の険しい顔を見つめた。その双眸には老練な狼を思わせる薄暗い微かな光が灯っていて、真正面から直視していると背筋が凍る。


 現在のネイサンに圧倒的に不足しているのは危険を察知する動物的な嗅覚である、と常々裕太郎から指摘されていた。察しの悪いネイサンはここでようやく、事態が想像以上に悪化している事に気が付いた。


「間違いでした─では、済みませんよ? 提督といえども司令官解任程度では収まらないかと……我々は罠に嵌められていて、提督に謀叛の嫌疑をかける事それ自体が目的の分断工作では?」


「誰の? どの組織の分断工作だと思うかね?」


「それは……木星帝国の残党、アラミス星系に逃げ込んだ反政府ゲリラあたりですか」


「私が失脚し、リオルが消えたところで賊連中に勝機など来ないよ、永遠にね」


 ネイサンは久方振りに心底肝を冷やしていた、この状況を客観的に見るとリオル大将の謀叛を阻止するための緊急出動、というより宮城大将が首謀者の軍事クーデターにしか見えない。直属の艦隊を持たないリオル老人より月駐留艦隊司令長官の裕太郎の方が余程危険な存在だ。


「そもそもリオル大将が怪しいなどというとんでもない情報は一体どこから? 落ち着いてもう一度その情報を精査しませんか?」


「情報源か?」


 これまで険しい顔つきだった裕太郎が苦笑いする。


「この間まで冷凍されていた木星の皇女だ」


「な、あ!? え?」


 色黒の若き秀才が頭を抱えて絶句する。常識的に考えて、ユイ・ファルシナは比較的大人しいテロリストでしかない。


 自らの一番弟子が口をパクパクさせているのを無視して裕太郎は殊更厳しい口調で命令を下す。


「繰り返すがこれは演習ではないぞ。第一艦隊旗艦レイジングブル、出港する」


「レイジングブル、出港」艦長、操舵士が裕太郎の命令を復唱する。


 40を超える防御用の対空砲と実体弾副砲、高出力の粒子砲三基九門、長距離レールカノン一門、大型対艦ミサイル八発うち熱核弾頭四発、大小二つのワープドライブ・コアと標準的な戦艦の2.5倍の装甲を備えた左右非対称の不格好な超大型戦艦は係留アンカーを巻き上げながらゆらり、ゆらりと巨体を揺らして月基地ゲートをくぐっていった。






 その頃、憲兵総監リオル大将のオフィス、軍警察庁舎の正門と裏門、それぞれの門扉に第一艦隊、月の精鋭第七海兵隊32名が押し寄せていた。エグザスよりも軽い青色のスカウティング・アーマーにスタンロッドで装備した屈強な海兵隊員達。それに対するのは対テロ用複合装甲と防盾で武装した黒い制服の憲兵達。彼等は門の前で激しく衝突する。


 第七海兵隊を預かるラドクリフ中尉は憲兵達の盾を無理矢理押しのけながら前進する。それに真っ正面からぶつかってきたのは本日の警備主任、憲兵隊のナカムラ軍曹である。


「何の権限があってレンジャーが軍警察庁舎を包囲するか? 監視する立場にあるのは我々の方だぞ」


「月基地駐留艦隊司令、宮城大将の命で憲兵総監リオル大将の身柄を拘束するものである。儀仗衛兵の諸君、速やかにこの命に従い、リオル大将の身柄を当方に引き渡すのだ」


「ラドクリフとか言ったな。貴様気でもおかしくなったか、それとも貴様ら海兵隊員によるクーデターか?」


「クーデターの首魁はお前たちのボス、憲兵総監の方ではないか」


「何だと?」


 ナカムラはラドクリフの胸を突いた。スカウティング・アーマーはその衝撃を吸収するが、遥かに階級が下の若造に手を出されたラドクリフの怒りまでは吸収できなかった。


「吠えるしか能のない犬が……用があるのはリオルだけだ、どけ!」


 カッとなったラドクリフがナカムラの胸を小突き返す。


 スカウティングアーマーには装着者の筋力を増強する人口筋肉とパワーサポート機能が備わっているため、胸を押されたナカムラはよろめいて数歩後退、倒れかけたところを部下に抱き止められた。


「やったな? 全員確保する!」


「雑魚に構うな、突破するぞ」


 憲兵達が肩から掛けていた制圧用のショートバレルのショックガンを構えると、海兵達はスタンロッドを起動してパワーを最大レベルにまで引き上げた。次の瞬間、憲兵達の射撃が始まり海兵隊の数名が頭部に激しい振動を受けて倒れ昏倒する。


 防盾を地面に据えて防御陣を構築した黒の憲兵達、そこへラドクリフ大尉を先頭に青色の海兵隊員達が飛び込んでいき盾ごと引きずり倒す。騒ぎのあちこちでスタンロッドの火花とプラの焦げた臭いが上がり、地力に勝る海兵隊が憲兵の防御陣を解体しつつあった。


 装備に勝る海兵隊が小競り合いを制するかに見えたが六輪装甲車に搭乗した憲兵隊の増援が続々と現地に到着、背後から海兵隊に攻撃を加えたため、事態は混迷を極めた。




 いつの間にか集団の中心から抜け出ていたナカムラ軍曹は軍警察庁舎の地下から要人警護用の装甲リムジンを出し、地下通用口から本件の争点となる高級官僚、リオル・カフテンスキ大将を脱出させる事に成功した。


「ご苦労だったな軍曹」


「なぁに、レンジャー如きに遅れは取りませんよ」


「頼もしい事だな」


 白髪の老人リオル大将は厳しくも公正な人物で表向きは通っているがその実体は地球閥議員の援助と後ろ盾の下で連邦宇宙軍の舵を地球の権限増大へと向かうように誘導してきた地球閥の操り人形だった。


 外見は70そこそこに見える彼の実年齢は112歳、本来なら高齢故にとっくに退役しているどころか天寿を全うしていてもおかしくはない年齢だった。医療技術の粋を結集したナノマシンを身体中に這わせ、機能不全の臓器を培養臓器と交換して若さを維持し続けていた。


 リオルは援助者の忠実な人形として任務を遂行してきたが、援助者達が年老い代替わりするたびに新しい主人達は次第にリオルを頼るようになり、遂にはリオルに次の一手の指南をあおぐようになっていった。糸で縛られ操られていた単なる人形の力の方が増大し自ら動いて理想の操演者がいるかの如く振る舞うようになっていた。


「軍曹、これからどうするね」


「ひとまずは連邦の要人を警護するためのセーフハウスへ向かいます」


「コペルニクスのヘリポートを経由するつもりか?」


「はい、あそこなら旧陸軍の管轄で海兵共の権限は及びません」


「ふーんそうかね……」


 このナカムラ軍曹が考えそうなルートはとっくに抑えられているだろう、奇をてらい、裏をかく必要がある──白髪の妖怪は軍曹に真逆の方向、宇宙軍の軍港へ向かうよう指示を出した。


「しかしそれでは、閣下。駐留艦隊司令長官による軍事クーデターの可能性があります。そちらの宇宙軍や海兵隊の影響下にある施設は避けられるべきかと……」


「軍曹は何か思い違いをしているようだが」


「思い違い、でありますか?」


「私が逃げていては益々嫌疑が深まるばかりではないか。今一刻も早く逃げ出し、月基地から離れたいのはむしろクーデターの首謀者である宮城大将の方だとは思わないか?」


 なるほど、とナカムラは頷いた。自らの持つ信用と宮城大将が持つ信用を量りに掛ければ重いのは当然、自身の方である──リオルには月基地の面々を説き伏せる自信があった。


「宮城大将とそのシンパは今、駐留艦隊を率いて月を出て地球衛星軌道を目指して動き出している頃だろう。それならば我々は堂々とルナベースに入り一刻も早く事態の収拾をはからねばならない」


「おお……! そうですね閣下、お下知の通りに」


 感心するナカムラ、リオルは若い軍曹と会話しながら内心では全く別の事を考えていた。


(何故、宮城に計画が露見した? 何か失着があったのか……まさか自力でこの私にたどり着いたという訳でもあるまい。地球側の方から私を排除するアクションが起きた可能性の方が高そうだ)


 宮城裕太郎という男は多少洗練されては来たがその本質は柔軟な思考に欠ける「使われる側」の人間である、とリオルは分析していた、自らの敵ではないという評価。


「しかし宮城大将がクーデターの首謀者だったとはな、月基地の艦隊司令が黒幕ならば捜査が遅々として進まなかったのも道理か」


「全くです」


(予定が随分と早まってしまった、先に駐留艦隊と一戦交える事になったのは想定外だが。焦りも慢心もない、計画を微調整して粛々と実行するのみ)


「軍曹、今から臨時の幕僚会議を行う」


「はい閣下」


 リムジンの後部座席が防音シャッターで隔離される。


 リオルは備え付けの電話を起動させるとルナベース幕僚本部の同士に連絡を入れた。


「私だ、王をアヴァロンにお迎えするのは少し延期になった。そうだ、先ずはヒル提督の第三艦隊から」


 無表情のままリオルは手短に用件だけ伝えると通話を切り瞑想を始めた。

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