計画の全貌
エグザスを使用した白兵戦に砲撃戦、一方の軍艦が大破するほどの激しい戦闘が行われた割にガレス号の人的損害は死者1名、重傷24名、軽傷17名という比較的少ないものだった。ぎゃらくしぃ号側は─ブリジットを重傷者にカウントしてもよいのなら─重傷2名、軽傷28名であった。
ぎゃらくしぃ号側の船体被害は主にガレス号との近接砲撃戦時に戦闘艇の衝角によるラム・アタックを受けた時、近接魚雷の至近弾炸裂による衝撃で船体が吹き飛ばされた時のものである。
ユイ皇女の「犠牲者を一人も出さぬように」との厳命に加えてガレス号側の極端に少ない操船クルー数がもたらした奇跡的な数字である。
『フーム、なかなか興味深いデータだ。しかもよくまとまってる。素晴らしい』
雄大の父、宮城裕太郎大将は息子から送られてきたガレス号関連の報告書を食い入るように眺める。
『お前は軍艦に乗せず、内勤で憲兵総監あたりか参謀本部入りのコースを仕立ててやれば50歳頃までには何とか一人前になれたのかも知れんな、まあ今更だが』
「軍には戻りませんよ?」
『惜しんでいる訳ではない。勇敢な宮城家の男子にしてはせせこましい官吏の手腕しか褒める所がなく軍人として不出来で情け無い、と暗に責めているのだ。相変わらず自身の事となると察しが悪くなるな』
愛想の欠片もないどころか、どこか小馬鹿にしたような物言い。実の父親ではないのかも知れない、と雄大は本気で思うようになっていた。
『実行前に計画が露見したクーデターなど最早失敗したも同然ではあるが……此方も関係者らしき人物を18名ほど拘束しているがなかなかその「キャメロット」の正体がよく掴めないまま悪戯に時間ばかり浪費してしまった。正直なところ捕虜を受け入れてから尋問するまでの時間すら惜しい。お前にはマクトフ少佐かハダム大尉からキャメロットの情報を引き出して欲しい』
「そういうのは軍の仕事でしょうし俺は専門のスキルなんて持ってませんよ。それぐらい知ってるでしょ?」
『……ウム、そうしたいのは山々だが。ルナベース幕僚の面々ですら誰を信用して良いかわからぬ有り様でな、利害の絡む軍の関係者を尋問役にはしたくない。まあお前もどうせ何もやることがなく暇なのだろう。人類国家の一員として治安維持に貢献出来る良い機会だぞ?』
雄大は怒鳴り散らしたいのを必死で堪えていた。父親・宮城裕太郎ではなく、ルナベース駐留艦隊司令宮城大将として話を続けていく事にでもしないと腹が立って仕方がない。
『マクトフなる艦長はあまり記憶に無いが、28部隊のハダムとフレドはなかなか優秀なレンジャーだったと記憶している。それ故に彼等が裏切り行為を働くとは俄に信じがたくもあるが……ハダムとフレドに当方に協力する利を説け。なんなら私の名前を出して身分の保障を約束してやると良い』
「名前を出すと逆効果になるんじゃないですかね、誰かさん結構、影では嫌われてるみたいだから」
終始ポーカーフェイスだった裕太郎の顔色が少し歪み、一つ二つ咳払いをする。
『……さて捕虜引き渡しの件だがパトロール艦シャイニーロッドが木星宇宙港に向かっている。リクセンなら間違いは無かろう。お前の事も知っているだろうから色々と話が早い。困った事があればリクセンと相談しろ、私の名代として権限を与えてある』
シャイニーロッドは雄大が訓練航海時に乗っていた船で艦長のリクセンは当時の恩師である。宮城家とは縁が深い模範的な船乗りで一兵卒から叩き上げで大佐まで出世した才覚の持ち主だ。軍の中でも階級以上に信頼が置かれている人格者で現在は士官学校の教導艦隊副司令を任され後進の育成に力を注いでいる。
「リクセン中佐はまだお元気で」
『今は大佐だ馬鹿者。頭は随分と白くなったが今も元気に走り回ってるよ。小狡いだけのお前と違って愚直ながら気持ちのよい律儀な男さ。そういえばお前に会いたがっていたぞ。連絡先ぐらいは教えてやるといい』
雄大はごく最近の恩師の昇進すら知らなかった。軍から離れるとこういう情報に疎くなる。
「………」
雄大が無言のままなので裕太郎が話を進める。
『此方から送ったリストにも記載しておいたがギャラハッド、パーシヴァル、モルドレッド、ランスロットなどフェニックス級が九隻、大型補給艦二隻、駆逐艦六隻が消息不明となっていて、これに非正規の艦艇を5から10加えたものが奴らの戦力だと想定されている。一応頭に入れておけ……ああ、ガレス号は大破したから残るフェニックス級は八隻だな。まあハイドラ級の実戦データとして民間の武装商船を登録せねばならんのは少々心外ではある……そういえばガレスとの交戦時、ハイドラ級を操舵していたのはお前か?』
「まあ一応はね」
『そうか』
雄大は気がつかなかったが裕太郎の表情はいつになく少し弛んでいた。
「それがどうかしたのかよ?」
『いや、それより最後に、お前の雇い主に是非とも伝えてもらわねばならんが事がある。今後、リストに乗っているフェニックス級や所属不明艦からのランデブー要請があった場合、先ず速やかにその旨をシャイニーロッド及び幕僚本部に報告、ぎゃらくしぃ号はその要請を無視してどこにも立ち寄らず真っ直ぐアラミス星系に帰還するよう強く要請するものである。この通達を無視した場合は連邦政府に叛意あるものとみなして警告なしに撃沈する』
「そういう脅しめいた命令の仕方はどうかな。ユイ社長は政府への好意と社会的貢献の観点から治安維持に協力してるだけで軍の手下になったわけじゃない」
『滑稽だな、だからお前は馬鹿だと言うのだ。少しは年相応の知性を身につけろ。ではそろそろ切る、尋問の件も忘れるなよ?』
裕太郎は言うだけ言うと一方的に回線を切る。
現在、ぎゃらくしぃ号は木星宇宙港に寄港して軍が指定する捕虜引き渡し相手を待っている状態だった、捕虜達は怪我人とはいえ民間商船を襲撃した容疑者であり、重要参考人でもある。入院させたくてもセキュリティー的な不安のある一般の病院に入れるのを幕僚本部は望んでいなかった。何よりニュース屋に情報が洩れるのを嫌っているようでもある。
「俺はあんたら幕僚本部子飼いの情報屋や潜入捜査官じゃねえっての」
雄大は自分の口座から引き落とされた利用料金を見て
舌打ちする。
光速通信の料金は長々と話し込んだせいで27万ギルダにまでなっていた。普通の勤め人なら頭が真っ白になって軽く立ち眩みがするほどの金額だ、一般に普及するのはまだまだ先の話だろう、確かに雄大の他に利用していたのは一人。年配の如何にも……という感じの成金経営者風の派手な出で立ちの女性だけ、しかも三分程度で通話は終了している。
(しかし、俺の格好……この服は浮いてるなぁ)
ふと周囲を見るとどこかの企業の役員風の紳士やらモデルのような長身美女、風格のある大物芸能人達のような連中がたむろする宇宙港の中でも特別な場所のようで、雄大の平凡なファッションは妙に浮いていた。
(マーガレットみたいな格好してるのが沢山いるけど……)
こうやってみるといつもは周囲から浮いてるマーガレットのファッションが断然センス良くまとまっていてこういうセレブリティ達の集う場所でも最先端である事が雄大にも理解出来た。木星宇宙港の有料VIPエリア、一等待合室は月一等市民用高級住宅街の清潔感のあるモノトーンファッションや金星のビビッドな色使いのいいとこ取りをしたような雰囲気で溢れていた。
(なるほどこれが最先端のジュピター・モードって奴か? 自分で言っててよくわかんないけど。芸能界は地球プラス金星、マルチタレントは火星西半球系だよな)
出口へ向かう足取りを緩め、雄大は芸能人らしい女性達を物色していくが男性タレントの方のファッションもなかなか奇抜で少しカルチャーショックを受ける。
(ふーん、肩口や襟、腰回りを多面構造の立体的パーツでデコレーションして、後はタイトな作りで筋肉や骨格のラインを出して男性らしさを象徴する……と。男のファッションは正直、出来損ないの正義の味方みたいな感じでどうにも慣れないな。むしろこれに近いのを女性が着た方が良くないか?)
ホロデータを弄るのが趣味の雄大は今後の参考にと思い、足を止めPPを操作する。PPのカメラを起動させ数回シャッターを押した。
(うん、なかなか面白い写真が撮れたかな)
顔を上げるといつの間にか青地に金の縁取り、長めの帽子を被った男たちに周囲を取り囲まれていた。肩幅がやたら広い。
「どうぞお客様、お写真でしたら外でお願い致します」
「失礼ですが速やかなご退出を」
歩兵部隊の指揮官や軍事教練の教官たちと比べると幾分かマイルドではあるが、強面のガードマン達の威圧感はかなりのもので、両腕を掴まれた雄大は何も出来ぬままあっという間に待合室から追い出されてしまった。著名人を撮影しに来たニュース屋と間違われたのかも知れない。PPを取り上げられなかったのは不幸中の幸いだろう。
(大人しく帰るか……)
なるべく早く、裕太郎との通話内容を持ち帰って社長のユイに伝える義務があるのだが、雄大はガレス号との戦闘が無事終了してすっかり気が弛んでいた。
『実行前に計画が露見したクーデターなど失敗したも同然』という裕太郎の言葉に雄大も大いに同意していたのだった。
停泊中のぎゃらくしぃ号の横にはふた回りほど小さめの船の姿があった。魚住が艦長を務めるぎゃらくしぃアラミス支店こと『アラミス北極ポート号』である。
雄大が社長室に入るとユイ、魚住、マーガレットの三名が待っていた。社長室はそこそこ広く、四人いてもあまり窮屈には感じない。
「魚住さん、お久しぶりです」
「宮城さん、ご活躍だったみたいですね。先程まで社長とその話で盛り上がってましたよ」
白のブラウス、グレーのジャケットにタイトスカート、黒ストッキングに革靴、という伝統的な地球ビジネススタイルの魚住。ごく普通のスーツ姿を見るのは正直ひさしぶりでかえって新鮮だった。
「あ、いやぁ……」
ユイやマーガレットのような華やかさこそないが魚住は知的で口も上手い。ちょっと冷酷そうな雰囲気を漂わせている涼しい目元が特徴的な女性だった。雄大はタイプの違う綺麗どころに囲まれて自然と顔が弛む。
「宮城さんの操船技術、お見事でしたよ」
ウフフ、と微笑むユイ。
「そ、そうでもないですよー」
「鏑木さんと一緒にいたところを偶然スカウト出来てラッキーでしたわね、社長」
「ホントに。私達は幸運ですね」
「あー、そうねぇ。魚住があと二日早く太陽系航路に戻って来られたのなら? 二隻がかりで戦闘出来てガレス号との戦闘も楽に片付いてたでしょうね? そうしたら宮城が危機一髪の操船技術を披露する機会も無かったし? ホント、この程度の損害で済んで幸運だったんじゃない?」
今まで黙っていたマーガレット、口を開くとほんわかした空気を一気に冷え込ませてしまった。痛烈な嫌味を受けた魚住はちょうど胃の辺りを押さえて青ざめた。
「ま、マーガレット様~、それはもういいじゃないですか。私も好きで遅れた訳では……」
雄大と魚住が仲良く話をしているのが気に入らないのかツーン、とした態度のまま、マーガレットはそっぽを向いてしまった。
「ひええ……」
「メグちゃん……! 魚住をあまりいじめないで! 魚住は支店で店長さんしながら操舵もやって新人スカウトもやって、本店の仕入れ値交渉とかも全部やってくれてるんだから」
「私だって魚住が良くやってくれているのはわかってますわ、魚住の忠義と下支え無くして我々の悲願成就はあり得ませんもの。いやごとを言って悪かったわね魚住」
ホッと魚住は胸を撫で下ろす。魚住もマーガレットには頭が上がらないようだ。
「で? 宮城。いい加減に本題に入りなさいよ。幕僚本部は何と言ってるの?」
ご機嫌斜めのマーガレット。
「あ、そうですね。じゃ報告しますね」
雄大は父、裕太郎との通話内容について報告をした。途中、マーガレットの顔色があからさまに悪くなり怒気をはらんだ雰囲気になった。
「なんかわたくし達の事を便利に使う割には感謝の言葉やいたわりの気持ちも無いのね。あんたの父親、実の息子の事を便利な部下ぐらいにしか思ってないんじゃない? ちょっと同情するわ」
「そうなんだよ、ウチの親父は人間性にちょっと問題アリでなー……」
「あら、珍しく意見があうわね……あんたが軍を辞めたくなる理由も何となくわかったわ」マーガレットはクスクスと笑う。
「色々とあるんだよ、父親がこんなだと……察してくれ」
「いえ、私はそうは思いませんよ?」
ユイは雄大にニッコリと笑いかける。
「素っ気ないように聞こえますけど、宮城さんのお父様、私達にこれ以上迷惑がかからないように色々と気遣ってくれていると思います」
「そ、そうなんです?」
「人使いが荒いようにも感じられますが、軍内部の人間よりも誰よりも、息子さんである宮城さんに最大級の信頼を寄せている証拠ですわ」
マーガレットも魚住も、雄大もきょとんとしてユイの言葉を聞いていた。魚住が雄大に小声で耳打ちしてくる。
「殿下は有りもしない発言の裏を読んで、何でも好意的に受け取り過ぎるとこ、あるんですよ。自分が好意を持った人間にはとことん甘いというか、脳がお天気というか……」
雄大にはそういう、何でもプラス方向に考える思考回路が備わっていないのでユイのそういうポジティブな考え方がいまいち理解出来ない。
「聞こえてますよ、魚住」
頬をぷうと膨らせて怒ってみせるユイ。
「まあ本店で営業しようにも看板はズタボロだし、店舗エリアの内装も修理中で見栄えが悪いし。軍の言う通り一度アラミスに直行してドックでオーバーホールするのもいいかも」
マーガレットは六郎達から受けた船体の損害報告を見ながらそう呟いた。これには魚住も頷く。
「…………」
ユイだけが何となく不満そうな顔で他の三人の顔色をうかがっていた。
「社長?」
「ユイ様? どうかされました?」
「あ、いえ別に……一応、幕僚本部の要望通り、ハダム大尉に尋問する事にしましょう。私と宮城さんでお話します」
「ではわたくしも同席いたしますわ」
「メグちゃんはダメです」
マーガレットがびっくりした顔で立ち上がる。
「ユイ様!?」
「メグちゃんがいると尋問が拷問になりかねません」
一瞬、何か言いかけたがマーガレットはしゅんとしてうなだれると大人しく椅子に座り直した。何か過去にやらかした事でもあるのだろうか。
「むしろメグちゃんにはマクトフ少佐の方の尋問をお願いしたいのです」
「え?」
マーガレットが首を傾げる。
「ガレスの船長さんに私の事を『女狐』って呼んだ事をたっぷり後悔させてあげてください」
割と細かい事を根に持つタイプらしい、雄大とマーガレットは顔を見合わせて呆れた。店舗エリアに軟禁されていたハダム大尉が六郎に連れられて社長室にやってきた。六郎がハダムに何やら耳打ちをしている。雄大に微かに聞こえた限りでは「機嫌を損ねるな、殿下と呼べ」という内容だった。
「殿下、捕虜のハダム・ラクシャラ大尉を連行しました。では、聴取が終わるまで自分は外で待機します」
「はいご苦労様でした」
ユイに促され、ハダムは着席する。
六郎は手招きで雄大を自分のそばに寄せると社長室の隅に連れて行き小声で何事か呟いてくる。
「おい宮城、あのオッサンな。何とか俺の部下に欲しいんだわ」
「は?」
「ありゃあ良い軍人さんだけど今の宇宙軍じゃちょっと異質な、世渡り下手で古風な武人タイプだ。ウチの警備主任に再就職するようにお前から皇女殿下に口添えしてやってくれよ」
「えー? 俺がですか?」
「頼むよ、あんないい人材、普通に雇うと相当な年俸になるんだし。恩を売っとけば安く雇えるだろ?」
「だ、だいたい本人にその気があるんですかね」
「それとなく聞いてみたら今後の身の振り方で少し悩んでる風だったし、何より木星辺境コロニー出身なんだよ、縁がある」
ユイがわざとらしく「えー、コホンコホン、ンッンー」と咳払いの真似をし始めたので六郎はサッと直立不動の体勢になおり、うやうやしく敬礼をして社長室を退室した。
ハダムの方は目を瞑って尋問が始まるのを待っている。
「はい、では聴取を始めますね。はじめまして大尉、私がユイ・ファルシナです。単刀直入に行きますね……クーデター計画について聞きたい事があります、キャメロットとは何の事ですか?」
「商船の船長殿が……木星の姫君がそれを聞いてどうなさるのか。軍の手先として動いておられるのか」
「私は一般市民のためにいたずらに争乱が起きぬよう治安維持に貢献しているだけです。特定の組織のために肩入れするつもりはありません」
ホウ、そうですか、とハダムは少し感心したような口振りになる。この値踏みするような態度、マーガレットや魚住が居たらハダムを殴りつけかねない……雄大は別室で尋問中のマクトフの身が段々心配になってきた、ガレス号からの通信の時のような物言いだと大変な事になりそうな……
「それはご立派な心掛けですが。当方も軍人です、簡単に口を割るつもりはありません」
「はい、こちらもそれは承知の上です。私共が何か良い交換条件を提示出来ればご協力願えますか?」
「……いや、その事とは直接関係ない話で申し訳ないが、実は前々から貴方にお会いする機会があれば聞いてみたい事がありましてな……まず此方の質問に答えていただければ幸いなのですが……」
「大尉、お立場を考えていただきたい」
「いえ宮城さん、よろしいのです……では大尉、少しお話しましょうか」
ありがとうございます、と言うとハダムは、じっ、とユイの手に掛けられた手錠を見つめた。
「フフ、噂には聞いていましたが……皇女殿下も今の自分も立場はだいたい同じようなものですなぁ……」
ロープで縛られた両の手首をグイッと前に突き出すハダム。もっともユイの方は鎖で繋がれていると言っても30㎝以上の長さがあるのでそこまで不自由では無さそうだ。
「その手では日常生活も大変でございましょう。お召し物などはどうなさってらっしゃるのか」
ユイの顔が一瞬強張る、二、三度雄大の方を横目で見やるが一度深呼吸するといつも通りの笑顔を浮かべてハダムの問いに答えた。
「外にガードロボットがいますよね? 実はあれ、政府の認証プログラムが入っておりまして、あのロボットの監視下なら手錠を外す事も、このシールドを解除する事も出来るんですよ」
「……?」
「やはりそうでしたか。悪趣味にも程がありますな」
雄大にはよくわからなかったがハダムは今の会話で皇女の立場を理解した。ユイは着替えをしたいと思ったらあのロボットのカメラの前で手錠を外してもらうための認証手順を踏まないといけないのである。ユイはほぼ毎日のように着替えのためにあのロボットにその白い肌を晒している事になる。そしてその映像記録は数ヶ月に一度査察にやってくる政府の人間が回収していくのである。政府高官や軍の高級将校の間で木星の皇女のストリップ映像が出回っている事を聞いて内心幻滅していたハダムはその確証を得て落胆のあまり嘆息した。
「地球閥議員の年寄りが考えそうな低俗で恥知らずの行いです、殿下のようなうら若き乙女にそのような……」
「いえ、カメラ越しに肌を晒すぐらい恥とも何とも思いません、精神修養の一環と思えばどうという事も」
「彼らの代わりに私から詫びさせていただきたい、この通りです」
ハダムは深々と頭を下げる。
「貴方が気に病む事ではありません、どうぞお顔をあげてください」
ここにいたってようやく話の内容をうっすらと理解した雄大は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。この檻の向こうの笑顔を絶やさない女性は想像していたより随分と精神的にハードな責め苦を受けているのだ。
かつて軍人を志していた雄大は地球閥の悪趣味に幻滅するのと同時に、ユイの裸体を想像して思わず興奮してしまった欲望に正直過ぎる自分の本性にもまた、幻滅してしまっていた。
ユイは雄大が耳まで顔を赤くしてうつむいているのを見ると少し辛そうな顔になり、胸を押さえた。ユイの方も出来れば若い男性である雄大にはあまり知られたくなかったようだ。
「殿下はお強くていらっしゃいますな」
「お褒めにあずかり光栄です」
ユイはショックを受けてうなだれたままの雄大に明るく声をかける。
「宮城さん、大丈夫ですよ。私は何とも思っておりません。宮城さんの好きな金星アイドルのパルなんとかさん達が水着剥ぎデスマッチ? とやらをするのに比べればそんなに恥ずかしいとも思いませんし」
「えっ!? な、な、なんでそれを社長が?」
「あ、はい。先日、面談がてら鏑木リンゴちゃんとお茶をする機会があったのですが……その時に彼女からおうかがいしました」キャッ、と乙女の悲鳴のような、鳥の首を絞めた時に出るようなうらがえった高い声で悲鳴を上げる雄大。
「あ、いやアレはその……あーもう! リンゴのヤツ! 何という事を……!」
雄大は顔から火が出るような思いだった。両手で顔を覆うとバタバタと地団駄を踏む。その様子があまりにも滑稽だったのかハダムは笑いを堪えられず、大声で笑った。
「こちら、宮城大将の御子息にしては随分と人間味のある面白い方ですな」
「……父を知っているのですか?」
「まあ駐留艦隊司令のお父上の事はもとより、宮城家ゆかりのお方が軍内部には多いですし。貴方もそうですよ、よく噂に上ります」
「俺が?」
「士官学校で結構な成績を修められていた宮城大将の御子息が辞められたというのはちょっとしたニュースでしたから」
「なんか面目ない気持ちでいっぱいです……」
雄大は小さく肩を落とす。
ハダムはその様子をみて少し苦笑いした後でユイに向き直ると少しうつむいたまま口を開いた。
「殿下、こちらの質問にお答えいただき感謝します。これで私も軍と訣別する決心がつきました」
「よろしいのですか?」
こくり、とハダムは頷いた。グッと上体を起こし、姿勢を正すと朗々とした口調で皇女の問いに答えた。
「最初のご質問にお答えしましょう……キャメロット、というのは航空戦艦キングアーサーを開発していたグループの俗称だそうです。土星のプロモ42で新兵器開発と円卓の騎士プロジェクトに携わっていた開拓惑星出身の技術将校達が中心になっていると聞き及んでいます。しかしながら……マクトフ少佐の口振りから小官が推測するに、キャメロットという組織のトップは……地球閥の人間、しかも幕僚本部のリオル大将ではないかと」
「それは確かですか?」
ユイは雄大の方をチラリと見るが雄大は首を傾げる。雄大の記憶が確かならばリオル大将と言えば現状においても軍の中核を担う要職にあり、どちらかと言えば革命で打倒されるべき旧体制側の古株である。
「真偽の程はわかりません、中佐の口振りでは幕僚本部の高級将校の中に組織のトップがいるから計画は必ず成功する、と……」
「今回のクーデター計画は地球閥の排除だったのでは? リオル大将と言えば地球出身の……いわば生粋の地球閥じゃないですか、それがどうして」
父親が幕僚本部勤務である都合上、雄大もその辺りの軍内部の大まかな派閥争い事情は把握していた。
「……小官の推測でしかありませんが、これは軍部による地球閥排除の闘争というよりは、地球閥内部の権力闘争、内輪揉めではないかと」
「ロンドンの連邦議長が主導し、軍部がその決定に従う現在の形から、月の基地の軍人リオル大将が軍事政権を打ち立てて人類国家の盟主になる、という事ですか?」
ユイは目を細め微かに眉間に皺を寄せる。なかなか見られない険しい顔。
「最新鋭のキングアーサーや辺境パトロール艦を準備する段階で地球閥に嗅ぎ付けられてもおかしくない、と前々から不審に思っていたのです。並大抵の権力者ではこの準備を進める事は不可能です……しかし憲兵総監の地位にあり、幕僚本部の参謀の一人が首謀者であるならば、それが可能だと思います、その条件にぴたりと当てはまるのが……リオル大将です」
「地球閥のやり方に不満のある人達を扇動して自らの政敵を排除、しかしその計画の首謀者が地球閥の軍人ですか……結局、地球閥の頭がすげ変わるだけで、我々開拓惑星系市民の主権は蔑ろにされ続けるのではありませんか」
「はい殿下、私が今回キャメロットに不審を感じた一番の理由は木星の皇女殿下に対する態度です、地球閥の排除だけでなく惑星開拓移民の復権を望むなら不当に主権を奪われた木星帝国の復興が優先されるべきでしょう。それならば王族の生き残りであるユイ皇女殿下をお迎えするのが筋というもの。それを先日のように騙し打ちで身柄を拘束しようなどと……殿下を手元に置き傀儡にするかもしくは人知れず弑逆する事が目的だったとしか。この発想は木星の影響力を疎ましく思った60年前の地球閥のそれと全く同じです、かつての蛮行の繰り返しでしかない」
ユイは黙って頷き、ハダムに発言を促す。「現在、地球政府の政治家達による辺境域への締め付けや、地球外出身者への風当たりが各所で強くなりるにつれ、それに比例するかのように地球閥への嫌悪、排除の気運が開拓惑星出身者達の間で高まりつつあります。彼ら政治家の首を生贄として捧げれば不満分子の溜飲を下げる事が出来るでしょう。そうして地球閥の根幹は裏に隠れ人知れず再生していくのではないかと」
「地球では樹木が弱った際に、幹まで腐れるのを防ぐため余分な枝を落とすといいますが……そういう『形ばかりの革命』なのですね」
ユイは溜め息を吐く。
「……マクトフ少佐は正体不明のキャメロットなる組織が反地球閥の旗頭であると信じていますが……小官にはそのやり口は地球閥の政治家達と同じように見えるのです」
「感服致しました、大尉には物事の道理がよく見えておられるのですね。そしてよくぞ私達にお話くださいました。これより以後は捕虜としてではなく客人として扱わせていただきます」
ユイは深く頭を下げ感謝の意を示す、そして奥に下がると戸棚からナイフを取り出し雄大を檻の側に呼び寄せた。
「これで大尉の拘束を解いて差し上げてください」
雄大が言われた通りナイフを持ちハダムの元に向かうがハダムは首を大きくゆっくり左右に振っていやいやいや、と言いながら笑った。
「恥ずべき行いは糺されるべきだと思いますが、それでも私の上官はマクトフ少佐です。彼だけでなくフレドにイワタ、部下の手前自分が真っ先に裏切った上に拘束まで解かれては彼等に合わす顔がございません。せっかくですが遠慮させていただきたい。それに……宮城雄大君といったか。レンジャーの私が君からナイフを奪って逃げ出す可能性を考えはしないのか、王族の傍に仕える者はそういう甘さを捨ててかかるべきだろう」
「でも、そんな気は無いのでしょう? それに皇女殿下は檻の向こう、貴方には手出し出来ませんよ」
雄大は笑い返すとナイフでハダムの手を縛るロープを切り自由にした。
ハダムは呆れ顔になると自由になった手でポリポリと頭を掻いた。
「やれやれどうも調子が狂うな、私はあんまり怖くないかね? この船と関わったせいでレンジャー部隊の指揮官としての私の自信はボロボロだよ……」
「まあ身近に人間離れしてる人がいるので。そういう変な安心感はありますね」
「あ~、あの赤いエグザスか……」悪夢を思い出したかのように頭を抱えるハダム。
ブリジットの人間離れした強さを見せられたら誰でも自信を無くすのではないだろうか、雄大も苦笑いして肩を竦めてみせる。
「雄大さん、今のハダム大尉のお話、どう思われますか」
「憲兵総監自ら捜査情報を攪乱しているとすれば、親父にまともな情報が入って来ないのも納得出来ます」
「宮城さんもそう思われるのであれば……そのリオルなる人物がこの騒動の黒幕という推論には説得力がありそうです。このお話、後は宮城さんのお父様にご判断いただきましょう」
雄大とユイは互いに視線を合わせこくり、と頷きあう。自然に意志疎通が出来ていた。
「社長、それでは……」
「はい……いってらっしゃいませ」
「大尉、貴重な情報、お話いただいてありがとうございます」
そう言うなり雄大は社長室から飛び出した。
外で無煙タバコをくわえていた六郎が声をかけたが雄大はハダム大尉を頼みます、とだけ返すと船内の廊下を駆け抜けていった。船内を出てからも雄大は走った。一番早い連絡方法は当然、宇宙港ターミナル一等待合室内部の光速通信端末だ。雄大は人波を縫うように宇宙港の中を走り抜けていく。
(直接、月基地幕僚本部に連絡を入れて父、宮城裕太郎を呼び出してもらおう)
雄大は待合室内部でガードマンにつまみ出されないよう、少し歩調を緩めて前進する。数刻前に自分をつまみ出したガードマンらしき人物が鋭い視線を浴びせてくるがどうにか空いた通信端末ブースにたどり着いた。
(よし……親父、早く出てくれよ?)
光速通信端末のルナベース受付を呼び出す番号を知っている人間は限られていて、かつ至急の場合に限られている。受付の品のよい女性士官が訝しげに雄大を眺める。雄大は宮城裕太郎大将の親族である事を証明するパスコードと網膜認証チェックを経て幕僚本部備え付けの端末に繋いでもらう事に成功した。
10分程の後、マッチングが完了して苛々する雄大の前に裕太郎が姿を表す。
『やけに早いな、もう何かわかったのか』
「時間が惜しい、結論から言うぞ、リオル大将、憲兵総監兼任の参謀長リオル大将が怪しい」裕太郎は心底驚いたような顔で目を丸くしていた。このように表情を崩す父親を見たのは息子の雄大でも初めての経験だった。
『なんという……キャメロット……キャメロットとは?』
「円卓の騎士プロジェクトチームとサターンベースのプロモ42関係の技術将校達のグループだ、これは親父達も当然捜査してるはずだろうけど、憲兵総監のリオルが捜査を指揮してるのだから親父にまともな情報が入るはずもないよ」
『目的は? リオル大将が反乱を起こすなど。彼に何の利がある?』
「ハダム大尉の推測なんだけど……連邦政府高官を更迭して自分が軍事政権を樹立するつもりなんじゃないのか。地球閥内部の権力争いに勝ちつつ、地球閥の議員を粛清する事で開拓惑星の市民達からの支持を得られると考えれば辻褄はあうだろ? それに誰か適当な人物を立てて傀儡とし、リオル大将本人は裏からそれを操る算段なのかも」
『確かに、武力で木星を無理矢理連邦に加盟させた地球閥のやり方には未だに不満を持つ声が大きい。リオルめ、形ばかりの禊ぎで非難の矛先をかわすつもりか。二重、三重の裏切り行為だぞこれは……』
「親父はどう思う? このハダムの推測は正しいかな?」
『ああ、おそらくな……よくやった、よくやった……今回の件に関してお前達の貢献は大きい……』
茫然自失のような状態で裕太郎は左手で目を覆うとがっくりと肩を落とす。ここまで覇気のない父親を見るのは初めてだ。父親の顔が急に年齢以上に老け込んで見え、雄大は心臓を誰かに捕まれたかのような痛みを感じた。
五秒ほど沈黙が続く。口の減らない裕太郎の毒舌に慣らされた雄大には恐ろしく苦痛な時間だった。
「も、もう切るぞ、親父……大変だろうが気をしっかりもてよ」
『ああ、わかっている……協力に感謝するとハダムと……お前の雇い主、木星の皇女にもよろしく伝えておいてくれ。軍はその貢献に厚く酬いるだろう……』
通信は相手側から切断された。
常ならざる狼狽した様子の父親の姿を見て雄大は事の重大さを痛感した。言いようもない不安が靄のように雄大の心を覆っていったのだった。




