銀河パトロールSOS 反乱③
円卓の騎士計画に基づく改装の結果、船の機能の殆どが自動化されたガレス号の操船クルーは整備員3名に艦長、副官、通信士という必要最低限の人員、6名になっていた。もっとも現在は歩兵30名、エグザス装備のレンジャー16名が艦内で待機しているため52名がこの巡洋艦の艦内に乗り込んでいる事になる。
雄大の父、ルナベース駐留艦隊司令である宮城大将が把握していた情報とは異なり、土星の造船所ではコントロール艦キングアーサーが予定より一ヶ月以上早く稼働し、フェニックス級巡洋艦の数隻もそれにあわせてロボット艦としての大幅改修が施されていた。
ガレス号艦長マクトフ少佐は『キャメロット』からの命を受けぎゃらくしぃ号との接触を試みようとしていた。
「まだ正式配備も済んでおらん最新鋭のハイドラ級が我々を差し置いて木星の賊に与えられ……その上、商船として登録されているというのがな。常識では考えられん話だよ、まったく嘆かわしい。何千万、いや何億ギルダぐらい積んだらそういう無法が通るのか」
「地球閥がロンドンを牛耳るようになってから我が軍にもそういう『例外』やら『特別枠』がのさばりはじめましたな。少佐殿どうぞ」
艦長席のマクトフは副官のエミール中尉からカップコーヒーと携帯食のシリアルバーを受け取った。
ブリッジのメインビューワーには20分後にランデブー予定のぎゃらくしぃ号が映し出されている。
「しかしロンドンの連中もいよいよ耄碌したと見えます。木星女狐の妖術にでも化かされましたかな」
「ハハハ、封印されていた狐の妖怪か。自分達を陥れた地球閥の老いぼれどもにへつらい、尻を振るのは何か企んでおるからか、それともただの馬鹿なのか」
サブビューワーにワンピース水着姿で愛想を振りまくユイ皇女の画像が映し出される。
「なかなかの美人ですが『冷凍物』は味が落ちますからね」
「いやいや、中がひんやりして案外具合が良いのかも知れんぞ」
エミールとマクトフはユイの肢体を肴に下卑た軽口を叩きあい、呵々と大笑いした。この場に木星の少女伯爵がいたのなら、この2人は喋られなくなるまでこっぴどい折檻をうけるに違いない。
「では予定通り木星女狐からハイドラ級を取り上げるとしよう。小娘が扱うには過ぎたオモチャだ」
マクトフはぺろりと舌を出し軽く唇を舐めた。
……地球閥とは。
銀河公社の母体となる親会社の総称にして、そこから資金援助を受けて活動する政治家連中の事を指す呼び名でもある。
マクトフもエミールも共に土星圏の出身でありロンドン議事堂に集う政府高官の主流派とは無縁の存在であり、それ故に長期の辺境警備をあてがわれ地球や基地勤務の同期と比べて不自由な暮らしを強いられている。
このように現在でこそロンドン議会や軍上層部に多大な影響力をもつ地球閥だが惑星開拓事業が華やかなりし頃の地球閥は完全に負け組だった。彼等がいくら他惑星出身の者達を二等市民として見下していたとしても、人類の経済活動、文化活動の中心は木星を筆頭に火星、土星及び金星コロニー周辺に移行し、投資家の視線は開発され尽くした地球から離れ太陽系植民惑星やアラミス星系へと注がれていた。
「世界政府」の威光は地球の外には届かなかったが、彼等地球閥は人類発祥の地、母なる地球というノスタルジーや歴史のロマンがどうの、といったカビの生えた地球至上主義にすがり続ける他無かったのである。
地球閥はそんな宇宙開発事業に乗り遅れた企業体と複数の政治団体が集結して出来た特殊な組織で、地球の既得権益を新天地である宇宙にも拡大適用させていくという性格上、移民達からは忌み嫌われていた。
特に地球閥と激しく争ったのは木星だった。
入植がスムーズに進み、他惑星に先駆けて独立した経済圏を作り上げた木星開拓事業団と、採掘事業に無理矢理参入してきた地球閥の複合企業体との採掘権獲得合戦は武力衝突に発展するケースが頻発していた。上前をはねるかのような巨大企業の横暴を嫌ったクレメンス三世──欧州の小国カーダラント王国の王兄にして軍事に精通した年老いたケルト人──は木星のガスの上に浮かぶ巨大なプレートを『地方領』として自国に登録した。その何もないカーダラント王国領を新たに建国した独立国家クレメンス大公国として公告すると、カーダラント陸軍のほぼ全ての兵力に当たる一個師団を駐留させた。主権を持つ国家の領地とする事で法的に世界政府の介入を退けたクレメンスは、開拓事業団に属していた中小企業や個人事業主を国民として迎え入れ、無償で木星の土地を分け与え軍事力の提供を約束した。
どこかペテンめいた成り行きのクレメンス大公国の建国だったが、これは地球閥による寡占化を望まない者達から絶大な支持を集める事となる。この書類上にしか存在しないハリボテの国家は地球閥と敵対する事業主からの膨大な資金援助を背景にたったの65年間で188の農業プラントと24の都市型プレートを完成させ、それを繋ぎ合わせて巨大な木星を更に覆うような球状のスペースコロニーを築き上げてしまった。
129歳になったクレメンスは地球のカーダラント王家や国民達をこの広大な新天地に呼び寄せ、統治を引き継ぐと隠居から数日で眠るように息を引き取ったという。この話に「四大怪獣始末記」という英雄伝的な尾鰭がついた創作物こそ木星建国の礎、聖クレメンスの建国神話である。この話に出てくる四匹の獰猛な木星怪獣にはモデルがいて、歴代のロンドン世界政府議長だと言われている。
その後、地球閥議員を中心とした一派が開いた太陽系惑星連邦政府に組み込まれるまで木星経済圏は強い力を持ち、地球閥と対等の立場でロンドン議事堂や月面株式市場で争い続けてきた。
地球閥は銀河公社による航路整備と宇宙港事業の掌握で力を付けると目の上のこぶであり続けた木星王家に圧力をかけ「人類統一政府の樹立、争乱の根絶」という名目の下に支持を集め、宇宙軍を動かして遂に太陽系惑星を統一したのだった。軍関係者はあくまで政府の決定に従って木星王家と戦っただけであり、高級将校の中にも地球閥の政治家を毛嫌いする者も少数ではあるが存在する。月の宮城裕太郎大将などはその代表格で人事や関連企業の選定で地球関係者をごり押ししてくる地球政府とは幾度となく衝突している。裕太郎本人の資質的に言えば高齢のオービル元帥からその地位を譲り受けていてもおかしくはない功績を上げているのだが、連邦政府議長マグバレッジJr.と不仲であり、地球閥との縁戚関係がない以上、裕太郎が元帥になり宇宙軍全体を統括する事は先ず有り得ない。
軍の中枢、幕僚会議のメンバーは基本的に地球閥と縁戚関係にある者が多い。オービル元帥はもちろんのこと、元帥の片腕的存在の老将リオル大将、財界に顔が利く社交家カンダハル大将、部下の信望厚いマダック中将、艦隊運用で非凡な才能を発揮する前線指揮官ヒル少将──彼等の配偶者は例外なく地球閥関係者の子女である。
土星の海賊退治で勇名を馳せた最年少のネイサン少将はまだ独身であるが彼は宮城裕太郎大将の弟子のような存在である。政府関係者はこのネイサンを裕太郎から引き剥がすべく、地球閥絡みの縁談を持ち込むが彼はのらりくらりとこれをかわしている。
マクトフは士官学校を上位の成績で卒業した英才であったが軍内部での出世は絶望的だ。
少佐より上の地位を望むなら、大人しく地球閥議員に身も心も売り渡すか、さもなければネイサン少将のように宮城裕太郎大将のお気に入りになるしかない。
マクトフより能力も実績も劣る連中がより良い勤務地に配属されていく。月基地勤務への希望は通らず中佐への昇進は何順も据え置かれている。このままでは一生、巡洋艦で辺境警備をやり続ける羽目になるだろう。
とある人物から今回の計画を持ち掛けられた時は、クーデターなど到底実現不可能だと思っていたがキングアーサーのスペックをもってすればルナベース駐留艦隊の撃破、ロンドン議事堂占拠、地球閥議員の更迭、粛正は容易い。
「実行フェイズの第一段階だからな。しくじるわけにはいかん。ではミッションスタートだ、中尉」
エミール中尉は無言で頷くとぎゃらくしぃ号へ光短信メッセージを送った。
一方のぎゃらくしぃ号ブリッジには雄大、ラフタ、そしてユイのホログラム・ドローンが集まっていた。
「ガレスからメッセージ。速度同期、ドッキングベイの開放要求」
ブリッジのメインビューワーに映し出されたガレス号は右回りに30度回頭すると艦左舷部のハッチを開き始めた。折り畳み式の通路とドッキングアームが伸びる。
「ラフタ、ワーフドライブコアの波長は検知できたか?」
「無い」
「じゃあヤツが腹に積んでるモジュールのスキャンと引き続き熱量感知を感度最大で頼む」
ラフタは無言で頷くとガレスの兵装の画像解析を始めた。
「……いないね。軍艦らしきエンジンパルスは1つだけだよ」
雄大はあらかじめ放出しておいた10基の有線式偵察ドローンが送ってきた画像を早回しでチェックする。
「よし、此方にも他の船影は確認できない。良かった、ガレス一隻だけなら楽に事が運べる」
雄大の報告にユイの顔が曇る。
『待ち伏せや罠でないのなら穏便に済ませることは出来ませんか?』
「それこそ相手の出方次第でしょう、ガレスを撃沈する覚悟であたらないと此方が危険ですから」
雄大はフェニックス級巡洋艦ないしクーデターに荷担する軍艦がこの近辺で待ち伏せている可能性を考慮していた。
(他に船影が見当たらないとするとガレス号は本当に物資の補給と嗜好品の調達をするだけなのか、それともこのハイドラ級巡洋艦を一隻で圧倒するだけの何かを用意しているから、なのか)
ユイ皇女の立場を考えれば此方から先制攻撃を加えたり逃走をするわけにもいかない。
(誘いに乗るしかない)
雄大はぎゃらくしぃの速度をガレスに合わせてドッキングアームを此方からも伸ばす。
二つの巡洋艦は寄り添うように結合した。




