邪竜集う②
イカロスのブリッジ──
通信士が『演習相手』というタグが貼り付けられた敵艦隊との位置相関図をメインビューワーに投影する。海図から不要なデータを除き、見易く調整するのも通信士の仕事である。
「もうこんなに近くに!」
マイナが驚愕した様子で声をあげる。
「やった、間に合ったぞ」
雄大は加速を続けながらホッとひと息つく。敵艦の数そして猶予の無さに慌てるマイナと、まだ少し考える時間があると喜ぶ雄大の姿はブリッジクルーには対照的に見えた。
「──良かったのは良かったけども。でも具体的にどうすればいいんだこれは……」
第一艦隊の先鋒、先行するメトロポリス級駆逐艦マンハッタンと航巡試験運用艦イカロスはこのまま進むと数分と経たずに六隻のドナ級駆逐艦隊と接触する。
「魚雷の再装填をやっているな……」
再装填、とは言うが実質的には「組立」である。この手の駆逐艦の大型魚雷は分解格納された資材をロボットアームで組み立てて発射体勢を整える。
木星帝国と地球連邦では軍艦各種の基本的な運用思想が異なっていて一概にどちらが優れているとは言い難い。
圧倒的な物量を誇るはずの地球側がドナ級駆逐艦の一撃離脱戦法に対応できず敗北する展開も十分あり得ただろう。
雄大はドナ級の後方に居る船団の識別子を見て脳がチリチリと灼けるような感覚を味わった。神風号とぎゃらくしぃ号の姿を見て胸がざわつく。
(JECX−1──神風号。ガッサ将軍、やっぱりあんたか……)
まさか本当にこんな大それたことをしでかすとは……雄大は心の奥底から湧き上がる悔しさを抑えきれず、クソッと悪態をついた。
帝国議会と称して小さな空き船室に集まった際、陣馬とガッサに軽食としてコンビニ飯をごちそうやった事がある。その時いちご大福を食べて笑ったガッサの様子を思い出す。
『──セレスティン殿下に献上してみるか。皇配殿下、これを神風号に持ち帰っても構わんかな』
そのときの柔和な笑顔がチラつく。
どこにでもいる普通の父親のような顔……
「軍人ってヤツはどうして普通に暮らせないんだ──」
(しかし、ぎゃらくしぃ号まで従えている、というのはいったい……?)
現在のぎゃらくしぃ号にはマーガレットが不在とはいえベテランクルー達が居る。人手不足そうな海軍連中がどうにかできるものだろうか。
なんだかんだでブリッジクルーとして経験豊富なラフタ。その辺の軍艦の艦長よりも度胸が座ってそうな魚住。ハダム、ユーリ、エルロイを筆頭にしたレンジャー28部隊の面々。謎の多い怪ロボット牛島調理長。甲賀六郎から手ほどきを受けた親衛隊長クラウスと若い隊員たち。
修羅場を経験してきたメンバー達が揃っている。
(なにより「何回殺しても死なない」みたいな頑丈そうなのがいるんだが?)
雄大はブリジットの事を思い出す。何せ彼女はエグザスのハープーンが太腿に突き刺さったり、ショックガンが腕に当たったりしても『痛い!』で済ませる超人だ──普通は死ぬか気絶かするレベルだ。
マーガレット以外にブリジットが倒される姿が想像できない。
(ぎゃらくしぃの中で何が起こってるんだ。みんな無事だと良いけど……)
イカロスの操作に慣れる前に心を掻き乱される雄大。理解を超える事態に脳はオーバーヒート気味になっていた。
(くそ、陣馬だって居るじゃないか、まったく肝心な時に役に立たないなアイツ)
「あれ? ちょっと待て──」雄大は今更ながらに太刀風陣馬の立場を思い出した。
(──なんか勝手に身内扱いしてたけどアイツはもともとセレスティン大公側の人間じゃないか!)
初対面の時に魚住を斬ろうとしていた危険人物である事などすっかり忘れていた。
まさか、と雄大は思った。
(陣馬がぎゃらくしぃ内部で何らかの破壊工作をしたのなら……)
十分にあり得る──誰も陣馬を疑ったりはしないだろう。最近はそれぐらいぎゃらくしぃ号に馴染んでいた。
手酷い裏切りをされたようなショック──年の離れた弟のように面倒を見ていたつもりだった。
(陣馬……おまえもかよ)
バン──!
「ちょっと宮城代理! ボーッとしている暇は無いはずでしょ!? フリーズしないで!」
艦長のマイナが艦長席のパネルをバンと叩いて雄大に注意する。
「あ、すまん……」
「しっかりやらないのなら指揮権を剥奪するわよ。通信士、各員に通達──本艦はこれより戦闘態勢に入る。相手は演習だと思ってはくれないぞ、実戦以上に厳しい戦いになる。気を抜くな──以上!」
マイナも優秀な士官である。彼女なりの艦の運用方法を確立しているだろう。
(こうやって俺がボケてたときに補助してくれるのは有り難いが──実戦経験に乏しい新米艦長にこの場を任せるわけにはいかないな)
雄大は取り敢えず余計なことを考えるのを止め、如何に『敵艦隊』の被害を最小限に抑えるかを考え始めた。
(…………地の利を活かして補給前提のリソース全解放で先制攻撃か、距離を維持しての差し合い勝負にして時間稼ぎか。いや、こんなのは相手も当然考えるし対応してくるだろう──ガッサのオッサン、かなりやるみたいだしな)
雄大は第三艦隊があっと言う間に突破されたのを見てガッサの実力を認めざるを得なかった。
ガッサが周到に準備した急襲は今まさに成功しそうになっている。
(今必要なのは多分……『混乱』と『分断』だ。)
「宮城代理! 減速しないとあっと言う間に会敵するわよ? 突出し過ぎているわ──」
マイナと雄大を交互に見てどちらに従うか悩み困惑気味のブリッジクルー達。
我慢できなくなったマイナが大きな声で命令を下した。
「イカロス減速、ヒト戦速。出力を粒子砲にまわして砲塔露出ハーフ──準備出来次第敵艦に侵入不可警告を発報せよ。のちに威嚇射撃二連を行う……!」
「りょ、了解艦長。イカロス減速……」
「却下──!」
雄大が叫んだ。
「えっ?」
「イカロス出力エンジンに回せ! 最大戦速維持──いや、全力一杯! 出力上げろ!」
はあ? と言う声が幾重にも折り重なる。通信士、砲術士、操舵士、副長、そしてマイナ艦長は驚いて雄大の方を見た。
いたって真剣な表情の雄大。
「ちょ、駄目よ! 艦長命令! 副長、あなたそこの宮城代理と操舵代わりなさい!」
「ええっ」
副長はかつてイカロスの艦長を務めていた兵器開発部の技術少尉である。彼はマイナと雄大を交互に見て固まる。
「艦長命令っ!」
「いやそのぉ〜」現在、宮城大将から権限を任されているのは雄大である。簡単にマイナに従うわけにはいかない。
「艦内重力制御どうなるかわかんないぞ! 艦長も副長も急いで身体を固定してくれ!」
「は、はい」ベルトで身体を固定する副長。
「ちょっと誰かこの男を止めて! 保安部員! ブリッジに急行せよ!」
艦長席の下の緊急手動ペダルを踏んで保安部員招集のサインを出すマイナ。
「却下却下! 艦長代理宮城雄大よりイカロス乗員に告ぐ。総員何かに掴まるか身体を固定しろ、急げ」
指揮優先の権限を用いて制御AIに上書き命令、緊急事態の解除を行う雄大。
通信士は血の気の引いた顔でマイナと雄大の命令を艦内に通達し続けた。ブリッジも混乱しているがイカロスの乗員達はもっと驚いていることだろう。
「体当たりでもするつもり!?」
マイナは艦長席のダッシュボードからショックガンを取り出して麻痺にセットした。
「か、艦長! ここは邪魔せず彼に任せましょう!」
「あなたまでそんな事を言う」
「ここで内輪揉めをしても良い結果は出ません……! 早く固定ベルトを」
「くっ……」
マイナの唇が細かく震える。ショックガンのスイッチを切り安全装置を戻すと素早く艦長席のシートに自らの身体を固定した。
製造後の燃焼テストで出して以来のフルパワーが推進ユニットに注ぎ込まれた。




