新年合同演習
「──という『設定』でなんとか押し通します。皆さんの協力と理解、そして相手との力量差があって初めて成立するパワープレイです……くれぐれも油断の無きようお願いします!」
改ミノタウロス級四番艦・重巡洋艦パアンのブリッジ──第一艦隊首脳部による作戦会議が行われていた。ネイサン少将が海図上のコマを動かしながら熱弁を振るう。
「いいですか皆さん? あくまで今回起こっている敵対的な軍事行動は反乱などではなく『大規模軍事演習』です! はい復唱──!」
各艦に散らばった第一艦隊の艦長副長は各々の乗艦のブリッジ内から返事をする。
「「「 大規模軍事演習ですっ! 」」」
「そこ! 声小さいですよもう一度!」
「なに? もしかしてわたしに言ってるのかね?」
ビューワー越しに人差し指を向けられて驚く宮城裕太郎大将。
「他に誰がいますか提督のことですよ! はい復唱して!」
臨時の旗艦・重巡ゴルゴンにいる直属の上司を画面越しに指差して叱りつけるネイサン。裕太郎は怒りをこらえてヤケクソ気味に少し大きな声を出した。
「……こ、これは『演習』だ──です!」
「はい、その通りですありがとうございました! という具合に模擬訓練を目的とした軍事行動という事でさきほどの音声ファイルによるデータを定時連絡に添えて幕僚会議に提出しておきました……申請完了です。一応、事前申請というアリバイ作りが出来ましたよ」
「まったく君というヤツは……高速通信でカンダハル大将に内密に協力を仰ぐという選択肢もあっただろうに」ぶつぶつと愚痴る裕太郎。
「カンダハル大将はぼくなんかと違ってお上品で生真面目な御方ですからね。イレギュラーな作戦には不向きな人材です。不用意に戦術脳にログを残したりしそうでしょ」
「彼の事をみくびり過ぎだ。この程度の状況判断ぐらい──」
「提督はカンダハル大将の事を買い被り過ぎていますよ。オービル元帥があの人のこと何てアダ名で呼んでいたか知ってます?」
「提督も少将もその辺で。時間が勿体無いですよ」
ムナカタ少佐に促されてネイサンと裕太郎は不毛な言い争いをやめる。
ネイサンとカンダハルは同郷、地球産まれ旧インド領出身者なのだが生来の気質や価値観はまったく異なる。
虚々実々──本音と建前が入り乱れる政治の世界では人工知能である『戦術脳』に助言を求められない案件というのが多く存在する。
今回のケースなどは戦術脳に都合の悪い記録を残さないために出来るだけ自前の頭脳と機転で勝負する必要がある。カンダハル大将は性格的に不向きでAIの助言無しに事を進められない、とネイサンは判断した。
「えー、それでは今からこのミーガン曹長に手書きの演習スケジュールを即興で作成してもらいます。要するに記録係です。曹長、よろしく」
「はいっ!」
つい最近までネイサンの『交際相手のひとり』だった娘、小柄でむちむちとした太ももが印象的な女性下士官ミーガンが敬礼する。ちなみに彼女のあだ名は「こぶたちゃん」である。
特に有能というわけではなく、どちらかというと「お荷物」の部類に入る娘で、天然ボケな性格に見合ったボヤッとした幼子のようなかわいらしい外見をしている。
近くに居ると場が和むので老若男女問わず人気がある。正直、軍隊ではとても役に立ちそうにない人材で菓子店や保育施設が適任そうなのだが、戦術脳の見立てでは第一艦隊に必要不可欠な人材としての適性数値が異様に高い。
愛嬌や他愛もないドジで船員のメンタルを安定させるための人材、要するにマスコット的な役割らしい。
なおかつ轟沈したレイジングブルの生き残りであるなどラッキーガール的な側面もある。
由梨恵との婚約を機にネイサンとの不適切な関係は清算され、現在のところ曹長は別の男性と結婚を前提とした交際をしているらしいのだが、ミーガンは未だにネイサンに未練が残っているらしく、傍らで仕事が出来て嬉しいのか妙に張り切っている。
熱っぽい瞳でネイサンをチラ見しているミーガン。
裕太郎は会議のオープンチャンネルをパアンとゴルゴンブリッジとの個別通話に切り替えた。
「ちょっと待てネイサン君、その娘は……」
「わざとやってます、この場で最も適任とは程遠くて緊張感を感じさせない者を選びました。演習ならではのお遊び感を演出できると思います──」
「いやそういう意味ではなく……お互い気まずくなるとは思わんのかね。ミーガン君とは少し前まで交際していたのだろう?」
「いやだわ提督もご存知だったのですね」ポッと頬を染めて照れるミーガン。なんとも調子の狂う娘だな、と裕太郎は呆れた。
「提督、そんな事をいちいち気にしていたら僕は家から一歩も出られません。変に意識して避けてる方が逆に気まずくなるんですよ」
うんうん、と後ろでミーガン曹長がネイサンの言葉を肯定している。
ネイサンは美人や可愛い娘に限らず近場の女性達に無差別に優しく振る舞うので宇宙軍内部や月市街地に元カノやかつての不倫相手、一晩だけの相手などが多数存在する。
最早それは避けるべき危険な地雷ではなく、彼にとっての貴重な『人脈』にまで昇華していた。ここまで開けっぴろげに多人数と交際していると女性のほうも火遊びと理解しているので、失恋のダメージとして残りにくいようだ。
堅物の裕太郎とは完全に真逆の価値観である。
「そんなものか?」
「そうなんですよ!」自信満々のネイサン。ミーガンも小さく「そうなんです」とつぶやいている。
「まさかまだ不適切な交際が続いているということは……」
「ありませんよ、僕が由梨ちゃんを選んだ事はミーガン君も納得しています」
「納得しています!」力強く答えるミーガン。
「相変わらずよくわからんし倫理的にどうかと思うが……今回はネイサン君に任せる」
「おまかせください自信があります」
「ほお……根拠は?」
「そりゃあもちろん、こちらには雄大君がいますからね」
ニコッと笑顔を見せるネイサン。
「…………」
裕太郎は表情を一層堅く強張らせると通信チャンネルを閉じた。
司令部は旗艦ゴルゴンに置かれているが実質的な作戦本部は作戦の発案者であるネイサンの乗艦パアンになってしまっていた。
ネイサンは雄大の乗艦である試験運用航巡イカロスとの個別チャンネルを開いた
「えーと、雄大君も準備いいかな?」
イカロスの本来の艦長と臨時艦長兼操舵士の雄大のふたりの顔がビューワーに拡大表示される。ふたりは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
雄大が乗り込んだイカロスの艦長は同期のマイナ・シタカであった。雄大と彼女の間には士官学校時代の因縁がある。
「なんで俺がイカロスに乗るんです?」
「そりゃマイナ君の監視──」
マイナの親戚はカンダハル大将でポジション的には地球閥寄りの人材だから余計なことしないように見張っておけ──と言いたいのをネイサンはグッとこらえた。
「──じゃなくて、実戦経験の少ない彼女のためになると考えての事だよ。それにね、雄大君には航空巡洋艦イカロスの性能を限界ギリギリまで引き出して、制御AIとマイナ君に実戦ってやつを教えてあげて欲しい」
「うーん」口を歪めて心底嫌そうな表情を作り目だけ動かしてマイナをチラ見する雄大。雄大にとって自分を陥れて特待生首席の座を奪った憎たらしい相手である、謝罪されてもわだかまりは消えない。
「宮城提督もネイサン少将もわたしの能力をお疑いなのですね」
不服そうなマイナ。自分の艦を因縁の相手である雄大に好き勝手にされるのはプライドの高い彼女にとってかなりの屈辱だろう。
「君は間近で雄大君の操船技術や柔軟な思考を見て参考にするといい。本当に演習をやってる気分で気楽に。得るものが多いと思うよ」
「……」
無言で略式敬礼して承服の意思を示してからチャンネルを閉じるマイナ。将帥であるネイサンに対してやや無作法だ。
気まずそうに互いを見る雄大とマイナ。
雄大がやりにくそうに突っ立っているとイカロス本来の操舵士が「どうぞこちらに」とにこやかに席を譲ってきた。操舵士の方は第一艦隊司令官の息子である雄大に好意的で、その手腕に興味津々のようだ。
雄大はさっそくコンパネをいじってイカロスのスペックを表示、じっくり吟味し始める。
航空巡洋艦イカロス級は俊速で広範囲の宙域をカバーして敵陣の防御が手薄な箇所に艦載機による打撃力を素早く適確に叩き込む事を想定して設計された。
従来の空母は艦隊同士の大規模戦闘において雌雄を決するための切り札として運用されており『護衛の随伴艦』が多数必要だった。
このように既存の空母は単体で行動するのには不向きで運用効率が非常に悪いため、艦載機の数を必要最低限に減らした航空巡洋艦を開発してはどうか、と戦術脳から提案がなされた事が開発のきっかけになっている。
「ふうん、シールド出力がこの程度なのはいただけないよな。ペガサス級より高コストな高性能艦てのは理解できるけど……強襲するのが得意そうなのにこのシールドじゃ裏周りしたり暗礁宙域に突入したりするのは不安だな。やっぱりワープドライブコアが無いのなら重巡みたいな装甲板と竜骨一本の頑丈な構造か駆逐レベルにコンパクトにして小回り重視にしないと。ぎゃらくしぃ号が如何に高コストなハイスペック艦なのかを再認識させられるな……」
と、ひとりぶつぶつとつぶやく。
「そうなんですか」つぶやきに反応した操舵士、通信士が雄大の傍らによってきてイカロス級とハイドラ級の違い、というか亜光速フォトンエンジンとワープドライブコアの出力の差について語り始める。
「この船、海賊相手とかで実戦は経験してるんです?」
「いえ残念ながら。試験運用艦としてアラミス宇宙港の周りで艦載機の発進と格納の習熟、データ取りをやっているだけでした」
「あー、その辺りの艦載機発着訓練がしっかりしていれば何も問題はないですね。俺もちゃんとした艦載機運用は経験が無いので……そこは皆さんにサポートいただけると助かります」
「ええもちろん──ええと、どうお呼びすれば?」
「雄大、で構わないですよ。あなた方より若僧なのは間違いないので」
「いやそれはちょっと。仮にも艦長代理ですし提督の御子息──」
「それでは! 宮城雄大さんの事は『代理』!──わたしのことは従来通り『艦長』でお願いします!」
むすくれた表情のマイナが割って入ってきて通信士の言葉をさえぎった。
「あ、はい艦長」
「じゃあ俺は代理、で……」
マイナは取っ付きにくそうなオーラを身にまとっているが身奇麗で華のある顔立ちをしている。ふだん若くて美人の女性艦長としてブリッジクルーからチヤホヤされていたので自分の居場所をまるごと雄大に盗られたような気分になっているのだろう、すこぶる機嫌が悪い。
ブリッジクルー達は雄大が思っていたより気さくそうだ、とひと安心したがあまり雄大を持ち上げるとマイナの心象を悪くして今後に差しつかえが出そうである。
(おいこれ、どっちの命令を優先すりゃいいんだ?)
(いや一応提督からは宮城雄大氏に指揮権がある、と聞いてるが)
(でもなあウチの姫……艦長無視したら後が怖そうだ)
(貧乏くじ引いたなぁ……)
「何をコソコソと話していますか、意見があれば大きな声で」
「あ、いえすいません艦長……!」
「形はどうあれ初の実戦ですよ、緊張感を持ちなさい」
マイナは早口でまくし立てる。
ブリッジクルーを萎縮させてどうする、と雄大は少し呆れた。
(ヒステリーか? 新任艦長、って感じ丸出しだな)
そうこうしている内に駆逐艦が先行していくのが肉眼で目視できる。最初はゆったりと移動しているように感じるが突然ぐにゃりと船体が伸びたかと思うと視界から消える。視界から掻き消える様子はまるで本当に消失したかのように肉眼には映る。
第一艦隊各艦はすでに格納庫を出て月基地宇宙港前面に展開していた。基地周辺の宙空に足場代わりとして定点固定されている浮島のような鉱物塊に係留錨を引っ掛ける事で定位置を保っている。
重巡ゴルゴンの位置する方からチカチカと光短信が送られてくる。『イカロスが先行しろ』との合図らしい。
裕太郎からの出港催促に舌打ちする雄大。
「うるさいなぁ──イカロス出……」
「イカロス抜錨っ!」
マイナが噛み付くような勢いで被せてくる。
(わっ……?)
マイナの剣幕に驚いて操作に手間取る雄大。係留アンカーを外すタイミングと加速を始めるタイミングが少しズレてやや乱暴な滑り出し。
「おっと」
姿勢制御表示盤に軽いアラートが表示されたのを見たマイナは勝ち誇ったような顔で「フッ」とほくそ笑んでいた。自分の表情の変化が雄大の席のパネルに写り込んでいて丸分かりなのをマイナは気付いていないらしい。
(まあ自分の艦を他人に好き勝手に使われるのは確かに気分悪いのはわかるんだけど……敵意とか不機嫌なの隠そうともしないなコイツ。)
自分の事は棚上げしてマイナの態度に文句をつける雄大。
取り敢えず外野は一旦無視して、このイカロスで出来る事を最速で習得しようと色々試してみる事にした。




