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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
178/186

誤算


 第三艦隊はランデブーポイントに到着したが、既にタイフォンの引き渡しは終了していたようでパトロール艦ナーサラン号の姿は無かった。


 現在の第三艦隊は


タイダルウェーブ級戦艦メイルシュトロム

ミノタウロス級重巡洋艦オルトロス

改ジャガード級防空巡洋艦マオ・マオ

改フェニックス級巡洋艦べディヴィエール

ペガサス級巡洋艦アマノハシダテ

メトロポリス級駆逐艦ブエノスアイレス、レイキャビク、ルクソール

特殊工作シールド艦マッドスカラプ

ホエール級空母レッドクイーン


 以上で構成されていて、この場にはアマノハシダテとレイキャビクが不在だった。


 べディヴィエールをサポートに付けたオルトロス、そしてマオマオを従えたメイルシュトロムがそれぞれ左翼と右翼から迫ってくる。遅れて中軍に空母と駆逐艦二隻、シールド艦のマッドスカラプを先頭にして接近してくる。

 マッドスカラプは複数ある補助動力サブエンジンをフル稼働させて粒子シールドを広域展開しており待機するレッドクイーンと駆逐艦達をガッチリと保護、堅固な防衛ラインを構築、遥か後方にありながらも実戦さながらの威圧感を出していた。


 艦齢45年の貫禄なのか、戦艦メイルシュトロムの威容はビューワー越しであっても生命の危機を感じる。この見た目で実戦経験に乏しい艦だとは信じられないほどに。


 オフホワイトの艦体色、各所の通信用ライトは左上部から順に反時計回りに明滅して行く為、光が渦を巻いているように見える。


 巨大な艦砲は総数10門、艦体上部前方・左右両舷に三連装砲塔、艦体上部中央に二連装砲塔ニ基が剥き出しで配備されており、副砲は16門で中口径ニ連装粒子速射砲塔が艦体上部後方に八基配備されている。メイルシュトロムはタイダルウェーブ級戦艦二番艦だが姉のタイダルよりも砲撃戦を重視していて、フルパワーでの艦体上部への苛烈な砲撃は正にメイルシュトロム、と呼ぶに相応しく射軸上の敵艦隊を重金属粒子の『大渦』に巻き込む事だろう。


 一方で対艦長距離ミサイルや魚雷の発射機構は無く、艦底部のランチ・ベイを兼ねた拡張用スペースに外付けせねばならない。


 ──収納できずに剥き出しとなった武装は常に故障や接触事故のリスクに晒されているため、高速巡洋艦のように未整備の航路を突き進んだり、超光速推進ワープドライブを使用するには不向きである。


 この特徴のため単艦運用の際の柔軟性はかなり低いとも言われているが『戦後の抑止力』が求められる現代の戦艦の設計思想コンセプトで大事なのは見た目の威圧感だ。

 これみよがしな大量の連装粒子砲塔群は戦闘前から敵の戦意を削ぐのが目的なので、乱戦に持ち込まれた際の取り回しの悪さの事などはまったく考えていない。

 

 強力過ぎて試射が禁じられているレールガンや熱核弾頭など軍縮前の強力装備を持つ採算度外視・保守点検の手間かかり過ぎの増築怪物フランケンシュタインであった超級戦艦レイジング・ブル──そして機動要塞規模の巨大さを誇り空母顔負けの艦載機を搭載可能であるにも関わらず戦闘スタイルが『強襲近接格闘型』の超級航空戦艦キング・アーサーなどの常識の枠から外れた超絶外道戦艦ゲテモノ達と比べるとタイダルウェーブ級戦艦は非力で無個性に見えてしまうが、それらバケモノが居なくなった現状では、この砲台オバケのメイルシュトロムや姉のタイダルウェーブこそが太陽系一番の脅威と言って良い。


 


 ◆


 神風号のブリッジはピリピリとした緊張感に包まれていた──

「どうすんのこれ」

 女剣士ジンバこと足柄桃子は、キューブ状のデザートをかじりながら他人事のようにつぶやく。

「聞いてないわよ! だ、第三艦隊は演習で出払っているはずなのにっ!?」

 慌てふためくのはランファ・シン・タチバナ。

 彼女とは対照的にガッサ将軍は予想外の難敵の出現に動揺するどころか逆に緊張を解きリラックスし始めていた。

「なるほど。あれが戦艦メイルシュトロム」制御AIが提示する資料に目を通すガッサ。

「…………」

 そして冷ややかな目でビューワーに映るいかめしい姿を見つめる足柄桃子。

「まともにやり合っちゃ、ただじゃ済まないねえ……」チョコケーキ味の合成食ミールを食べ終わると船外活動用の宇宙服を準備し始める。

「あなた達! 何を落ち着いてるの?」

「いやー、あんなの専門外だし。錫杖コイツで叩いてなんとかなる相手じゃないからね〜」

「やりようはある」

 ガッサ将軍の表情には油断も焦りも無い。冷静に相手方の戦闘力を分析している。

「ちょっと将軍、どうするつもりなのなのか聞かせてもらえます?」

「まあそう慌てず──楽な相手とは言いませんが、未だ状況はこちらに有利ですからな」

 メモ帳代わりのホロカードを開いたガッサは左手の薬指をスライドさせて宙空に浮かんだページをめくるとぶつぶつと何かつぶやき始めた。


「ここがわたしの軍人生活の正念場──陽の当たらぬ場所で恥辱に耐え復讐の牙を磨いてきた我が半生。その是非を問う審判の時、今こそ来たれり……」


(まさか呑気に日記つけてるワケ? 緊急時になにひたってるのよこのオッサン!?)

(代表、どうしますか)

(どうもこうも無いわよ、隙を見てワイルドローズに戻って後ろから木星海軍こいつらのほうをズドン……よ!)

(えっあっさり裏切りッスか? さすが代表、しびれるほどの日和見主義ですね)

(人聞きが悪いわね。立ち回りが上手いと言いなさい)


「聞こえてんだよなぁ……」

 桃子は溜息を吐きながらランファたちファイネックスの会話を聞いた。感覚が鋭敏な彼女は聞きたくなくても身体が勝手に内密話も拾い上げてしまう。


「まあ落ち着きなさいランファ社長。まだ始まってすらいないのだから」

 帝国議会で雄大と罵り合いをやっている時とは違い妙に冷静なガッサ。結果はどうあれやり遂げる──覚悟して腹を括った男の表情である。


 メッセージで『臨検』の要請が通達され、メイルシュトロムの艦首が明滅して光短信を送ってくる。こちらも『停船して臨検を受け入れよ』という内容だ。


「どんどん近付いてくるじゃないの!?」

「いやこれでいい。むしろ距離を詰めてくれた方が助かる。メイルシュトロムを相手に正面から長距離で艦砲の撃ち合いをするのは馬鹿げている。敵は自らの有利な状況を放棄しつつある」

「〜〜!!!」

 声にならないヒステリックな無声音がランファのセクシーな口端から漏れる。

「無策で追い詰められてるのよ、わからないの?」

「そう思われるのであればランファ社長は早めにワイルドローズに戻られては如何かな。ご助力願いたい」

「言われなくとも!」

 ランファは部下を連れて慌ててブリッジから退出した。


「メイルシュトロムからスキャンウェーブが出されています、ブロックしますか──」

「スキャンウェーブはブロック。その代わりにメインエンジン以外の情報──魚雷残弾、艦載機の有無、艦砲の口径、乗員数、小火器スモールアームズ及び機動歩兵エグゾスーツ保有数を開示しろ。四隻分な──」ガッサ。

「メイルシュトロムから通信。つなぎますか?」

「もちろんだ」


『帝国海軍ガッサ大将ですね。こちら連邦宇宙軍第三艦隊司令官ヒル少将です。小官はとある一報の真偽を確かめるべくおごそかな年始の静寂の中をやって参りました』


「物々しい布陣で臨戦態勢のようですなヒル提督。どこぞに不逞の輩でも徘徊しているのですか」

 ヒルの圧にもガッサは屈せず動揺の欠片も見せない。



 メイルシュトロムのブリッジ──ビューワーに映るガッサ大将はなかなか骨のある人物らしい、メイルシュトロムの砲門による威圧の効果は感じられない。

(ウッ、開き直られてしまった……)

 困った、とヒルは内心焦った。慌てふためく相手を問いただしたりする激しく詰めるつもりでいた少将は予想と違う反応に困惑した。

「……ビューワー・オフ。JECX1からの情報を精査、分かる範囲で」

「推進機関の構造は妨害されて不明ですが、艦載機らしきものやまとまった数の機動歩兵は見当たりませんね。魚雷が数発──報告にある残弾数と一致します」

「う、うーむ……」

 戦術脳の判断は『警戒』戦力差は『同等』と表示される。

「ん、ん〜、同等……なのか? 第三艦隊とこいつらが?」

 混乱するヒル。いくらこちらの魚雷やミサイルの弾頭が演習用の弱装弾であったとしても艦載機シュライクは装備換装すれば模擬弾頭ではない対艦魚雷を搭載可能だ。

「取り敢えずレッドクイーンに入電、シュライクを実弾換装。続いてマオマオに入電、隊列中央に後退して待機──」

 ヒルは近隣宙域の三次元立体図を呼び出すと宙空にホログラム投影される。その中のマオマオらしき小さな艦影シルエットを指でつまみ、そのまま大きな艦影シルエットのメイルシュトロムの後方に大きく移動させた。この立体図の予定進路はマオマオだけでなく艦隊所属の各艦長と共有される。ゲームの駒を動かしているようにも見えるが、この立体図通りに実際に艦隊が動く事になっている。

 提督の判断が艦隊の命運を左右することになる。

 そうこうしていると神風号から小型のシャトルが離脱した。相手方も何か準備を整えつつある。何かの証拠隠滅をやっている可能性もあるのでまごまごしている時間は無い。

「うう、そろそろ時間切れか……」

 ヒルは迷いを抱えたまま不自然な沈黙を解除した。

「交信再開、ビューワー・オンしてくれ」

了解提督イエスサー

 帽子を取り軽く頭を掻いた後で深く被り直す。


「失礼した。出来れば失礼ついでにこちらの臨検要請を許諾してはいただけないだろうか。協力関係にある木星王家に対して失礼なのは承知の上なのだが、あくまで規則は規則なので……」

 ヒルは自分でも気付かぬ内に、無意識的に口調を少し変えていた。ガッサより上の立場である事を誇示するためだろうか。

 客観的に見ればヒルの方が圧倒的に立場が上のはずである。太陽系を支配する地球連邦の治安を預かる第三艦隊と比べて、ガッサの言う木星帝国海軍は単なる自称、野良の賊軍に過ぎない。

 覚悟の差か年齢の差かはわからないがこの初手の『舌戦』においてはガッサが有利のようだ。


『よろしいでしょう。木星王家セレスティン・ファルシナ大公殿下が提督と直々にお会いしたいと申されております──ビューワー越しでは何ですから臨検がてらどうぞ提督もこちらへ。ぜひ歓待させていただきたい』

 堅苦しい表情を崩し、にっこりと柔和な笑みを浮かべるガッサ。


「えっ──?」

 臨検要請をあっさり受け入れるとは。ヒルはまったく想定していなかった。それどころかなんともふんわりとした友好ムード。


「し、しばし待たれよ──ビューワー・オフ」


 またも通信は途切れた。ヒルは軽く首を傾げて「ええ?」と一声唸る。

「JECX1から順に帝国海軍巡洋艦およびタイフォンの粒子シールドが解除。砲塔近辺を滞留していたエネルギー量が低下」通信士からの冷静な報告。


 露出していた神風号の粒子砲搭が格納されていく。この距離で砲を引っ込めるのは実質的な武装解除に近い。よく考えてみれば近くにいたタイフォンは最初から砲塔を格納したままだった。

「な、なにィ……」

 汚名返上の機会と意気込んでやってきたヒルは、その威勢のやり場を見失ってしまった。

「提督どうしましょうか」メイルシュトロム艦長も困り顔である。

「わたしはてっきり、こやつらは木星王家の中でも過激派で、皇女殿下不在の折に手薄となった月を急襲して宇宙港を占拠する気だとばかり……」

「あくまで木星王家内部での権力争いという事でしょうか」

 木星王家にはユイ皇女だけでなくセレスティン大公という人物がいるらしい。

「タイフォンの所有権を皇女派か大公派のどちらが持つか……的な揉め事なのか? ううむ、地球連邦に直接危害が及ばないのであれば我々は手が出せない話になるな──」

「提督、取り敢えずセレスティンとやらに会われますか?」

「ええ? わたしがか?」

「いや先ほど相手方が歓待する、と」

「うわ」

 自分の顔を手で覆うヒル。

「参ったな、これではまるで外交交渉ではないか。政治家の領分だろう」

「しかし提督、御自身のお立場ならばこういう事もこなさねば──」

「う、うーむ。いやしかし。あまりこういうのは経験が」

「確かに……」

 階層構造になっているメイルシュトロムのブリッジ内部、艦隊本営の置かれた二階席ではいい歳をした軍高官達が予想外の展開に対応できず右往左往していた──

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