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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
175/186

波乱の年明け①



「今回の勝負、わたしのわがままで皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。では結果を発表します。優勝は──大黒芳佳さんっ!」


 周囲の迷惑顧みず──宮城家で繰り広げられた『花嫁勝負』の正式な終了が純子によって宣言された。

 ジャッジアプリがファンファーレを鳴らし、勝者である芳佳を祝福する。精巧なホログラムのくす玉が割れて紙吹雪が舞う。


 WINNER! YOSHIKA☆OOGURO!


「光栄です〜」ふふっ、と淡い藤の色留袖を着た芳佳、顔の造作こそ一番幼く童顔に見えるが内面の自信が表出化していて、なるほど旅館の女将業を長年勤めてきた風格を感じさせる。

 点差こそ少し縮まったが最下位はユイのままだった。僅差の2位は雄大の好みの容姿の都ノ城麻里。こっそり割と高めの嫁ポイントを稼いだのはマーガレット。主君であるユイより高い点数を取って気まずかったり、キスまでした仲の雄大の心象がポッと出の麻里に負けていて軽いショックを受けるなど、側近の甲賀六郎を失った心労が癒えるどころか新たなストレスを抱えてしまったようだ。


「おめでとう芳佳さん、老舗旅館の女将の面目躍如ね」

 ぱちぱちとまばらな拍手が起こる、祝福して良いのか悪いのか……各々が隣の人間の顔色をうかがう。拍手もそこそこに雑煮を突付いているのはユイとリタのふたり。


「公表しても良い時期になったら黒門荘にこの『優勝』の結果を掲示しても良いでしょうか〜? なにぶんこういうイベントで優勝するなんて初めてで。しかもこんな素敵な皆様方と競い合っての結果だなんて、このアプリのホロを我が家の家宝にしたいぐらい」

 嬉しそうな芳佳。

「とと、と! とんでもないっ! 仮にもユイ様は木星帝国次期皇帝であらせられます──最下位の結果など公表され威光に陰りをさすような事、承服するわけにはっ!」

 呑気に雑煮のモチを咀嚼中の主君ユイに代わりマーガレットが気色ばむ。

「そ、そうなんですか〜、残念です……」と芳佳。


 コホン、とわざとらしく咳き込む純子。少し大きめの声を出す。

「ま、色々とありましたが──優勝者には約束通り、ウチの雄大の──」

 やや弛緩していた応接広間の空気が俄に緊張を取り戻す。

「!!!!?」

 純子の顔を覗き込んでごくり、と喉を鳴らす雄大と由梨恵。

 まさかこの期に及んで母親がわけのわからない駄々をこね始めやしないか、心配で気が気ではなかった。このとんでもない宮城純子トラブルメーカーの機嫌次第で木星王家の未来に暗雲が立ち込める可能性は捨てきれていないためユイとマーガレットの表情も強張る。


「──と言いたいところなんだけど……でも何と言うか……ごめんなさいね芳佳さん。モエラ君にあそこまで言われたら殿下とウチの雄大の婚約、認めないわけには行かないのよ。不本意ながら」

「…………致し方ありません。試合に勝って、勝負に負けた──という事ですね」

 観念した顔で腰を折る芳佳。

「誠に不本意ではありますけど? わたしも我を通して男のメンツを潰すほど腐った女ではありませんので? 芳佳さん本当にごめんなさいね。わたしも本当に不本意なのよ?」


 芳佳の体面を保つ為なのか、不本意、不本意と口には出してはいる。しかし、純子はどこか穏やかな表情になっていた。


 女として、母として。


 最愛の息子を取られたくない一心でユイを遠ざけようとしていた純子も遂に折れたのである。


 ハア〜! とほぼ全員が安堵の息を漏らした。


 ようやく、雄大とユイの婚約が正式に認められた事になる──


「お母様! それでは雄大さんとの婚約を正式に認めてくださるのですね」


 ユイは雑煮の椀を置いて座したまま身を前に乗り出して周囲を見回した。その場の全員がこの決定に納得し、ユイと雄大を祝福するように頷いた。


 マーガレットは安堵の溜息を漏らし、大黒芳佳はやや寂しげな面持ちでひとり、ぱちぱちとユイに向かって手を叩き、都ノ城麻里は両手の平を上にして肩をすくめ苦笑いした。


 一瞬だけヒリヒリとした緊張感に包まれた応接広間の空気は新年に相応しい和やかで目出度い雰囲気に塗り替えられた。


「おほほ……母に二言はございません。自らの醜聞を晒してまでも婚約を後押ししてくれたモエラ君に感謝する事ですね」

 純子の言葉を受けたユイはモエラに駆け寄りその右手を握った。

「ありがとうございます。これも少将閣下のおかげです──!」

「ハッハッハ、いやなあにこれぐらい……! お安い御用ですよ。これからもどうぞこの頼りになる男、モエラに万事お任せあれ!」


 さわさわ、とどさくさ紛れに左手でユイの腕をさすり始めるモエラ。少将の威厳など欠片もなく、完全に若い美女に魅了されメロメロになっている単なる中年男の表情──


「おいこら!」

 慌てて駆け寄りモエラの手を引き剥がす雄大。

「何をする!?」

「オッサンおまえどさくさ紛れに何やってんだ、手つきが嫌らしいんだよ手つきが! ユイさんは『俺の』婚約者なんだよ!」

「……いいか理解するまで何度でも言うぞ? わたしが居なかったらおまえと皇女殿下がそもそも出会う事はなかったのだ、言わばわたしはふたりの恋のキューピッド──」

「こんな気持ち悪いキューピッド要らんわ!」

「気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは!? おまえこそちっとも純子さんに似とらん! かわいくない!」

「おまえよりマシだハゲ!」

「ナチュラルエイジングと言え! 安易な増毛施術に頼る軟弱男とは違うのだ!」

 口角泡を飛ばす勢いで言い争いが始まる。


「もしかして意外と仲良しなの?」由梨恵がモエラと兄を指差す。

 ネイサンは顎に手をやり思案する。

「んー、争いは同じレベルの者同士の間で発生しやすいからねえ」

「へえ〜お兄ちゃんって少将と同レベルなのすごくない? 土星基地司令なんでしょ?」

「う、うーん……どうかなあ」

 ネイサンにとってモエラは尊敬していいのか悪いのかとても評価に苦しむ先輩である。


 場が荒れてきたのでラドクリフが雄大とモエラを力尽くで引き戻す。

「まあ雄大その辺りで抑えろって。少将も抑えて……」


 言い争いが止むと改まった態度の純子がユイに語り掛ける。

「そうそうユイさん? 姻戚関係を結ぶからには、これまでのような軽率な行動はくれぐれも慎んでくださいな……宮城の家の名前に泥を塗るような真似だけは──」


「母さん──言い方どうにかならない?」


「雄大、どうしてもユイさんとの結婚生活で耐えられない事があったらいつでも月に帰ってきていいのよ? 恥ずかしい事じゃないんだから」


「ちょ……!?」


「ユイさんの方も、雄大の事で気にいらない事があったらここを実家だと思って気軽に遊びにいらっしゃい。あの子の恥ずかしいエピソードをいくらでも聞かせてあげるから」

 嫌味たらしい口調とは裏腹にユイを見る純子の表情は柔和な笑みで溢れていた。雄大の良く知る優しい母親の顔である。


「お母様……!」感激するユイ。

「んも〜……人を振り回すだけ振り回しといてさあ、最初から素直にそうやって祝福してくれれば……」頭を掻く雄大。


 何か言いたげな裕太郎だったが、不意に懐中からPPを取り出すとソッと縁側に向かい何事か音声通話を始めた。


 大黒芳佳が手を挙げる。

「あの〜それはそれとして……万が一の話なんですが。仮に皇女殿下とゆうくんの縁談自体が破談になった際は、優勝したわたしがゆうくんを優先的にお婿さんに貰える──という事でよろしいでしょうか?」

「え?」

 すたすたと雄大に近寄るとその傍らに腰を下ろし雄大の腕にその身を寄せた。

 ざわめく一同、なんとなく冗談交じりなのはわかるがユイもマーガレットも過敏に反応した。特にマーガレットは反射的に立ち上がり、横に居た由梨恵が思わず萎縮するほどの殺気を飛ばしていた。

「も、も〜よっちゃんまでそういう悪ふざけする……!?」

「これぐらいは言わせてもらわないと〜。だって数字の上では、ゆうくんのお嫁さんに相応しいのはわたしなんですよ? ゆうくんわたしのことキライ?」

 ころころと悪戯っぽく笑った後で目を潤ませて見上げてくる芳佳。元男性とは思えないほど女らしい仕草。

「いやその、嫌いじゃないけどなんだそのええと」

「ああやっぱり悔しいなあ……」

 ここぞとばかりに身体を擦り付けるように密着させる芳佳。悪ふざけにしては度が過ぎている。

 口をパクパクさせながら声にならない怒りを表現するマーガレットをなんとか押さえ込もうとする由梨恵とネイサン。

「ま、マーガレットさん、どうどう……」

「よ、芳佳さん! あなた可愛らしいひとなのですからきっと他に良いご縁がありますよ、他に! ──ねえお義母さん」と慌て気味のネイサン。

「まあ確かにわたしがお世話しなくても芳佳さんなら引く手数多よね」

「いえお構い無く……ゆうくんがフリーになるまで独り身でいるのも悪くないかな〜と……」

 芳佳は挑発するようにユイとマーガレットを交互に横目で見る。


「あのー、純子お義母様……? よいご縁談があれば是非ともわたしに回していただければ〜……」

 都ノ城麻里が割って入ってくる。

「あ、なんてーか良ければ俺とかどうですか? 実はその俺もとくに今、恋人とか居なくてですね……こういう出会いがあったのも何かの縁……」

 ラドクリフが照れながら麻里に話し掛ける。麻里は真顔で数秒ラドクリフを眺めたあと、目を細めてうーん、と唸った。

「却下で」

「え?」

「すみませんラドクリフさん。ここ数日一緒に過ごしても特に何もピンと、来るものがなかったものですから。わたし少し前まで雄大クンと結婚するつもりで気持ちを高めて来ていまして……フラれたからご兄弟は如何ですか? というのはあまりに失礼ではありませんか?」

「あ、ええと」返答に困るラドクリフ。

「特に何もラドクリフ様からのご提案が無ければ、却下で。お互い思い付きや妥協の産物で一生を棒に振りたくはないでしょう?」

 真顔でスッパリと斬って捨てる麻里。

「ええ……? そ、そうっスか……あの、少し間があったけど、ちょびっと脈あったりします?」

「ミリ単位なら……」

「mm、ミリメートル?」

「はい」

 少なからず雄大より自分の方がモテるという自信があったラドクリフはガックリと肩を落とした。


「あら残念ね、ラドくんと麻里さんが結婚という事になればこれからも麻里さんと一緒に居られるのに」と純子。

「いえ。わたしのようなこうるさい嫁が居ては、跡を継がれる由梨恵さまが色々とやりにくいのではないかと」真顔の麻里。

 

「ええっ、そんなこと無いよ〜! 麻里さんに家のことテキパキ仕切ってもらえばわたしも助かるし!」

「いえ、月の格言で『船頭多くして船山に登る』と申します──あまり良い結果にはならないでしょう」

 麻里は堅い表情を崩さない。

「ええ〜」心底残念そうな由梨恵。

「麻里さんの心配、わかる気がするな……」と裕太郎。

「由梨ちゃん要領良く家の仕事サボる気でしょ……」とネイサン。

「信用されてない〜……!?」


「あ! あの〜俺との付き合いはそういう由梨恵との折り合いのことも考えて、却下という結論にいたったんでしょうか?」と、ラドクリフの顔がパアッと明るくなる。


「いいえ。根本的に性格ノリが合わないかなぁ、と思いまして。具体的には巨大ピザとかその他諸々……」

「ノリが、ミリ……っスか……」

「おおむねその通りですね」きっちり営業スマイルの麻里。


「非常に短いお付き合いではありましたが、純子お義母様はわたしのもう一人の母親とも言える存在です……許されるのであればまた何かの折に色々とご指導いただければ幸いです」

 三つ指を付いて純子に深く頭を垂れる麻里。

「あらまあ、嬉しい事言ってくれるわねえ……! ねえあなた達聞きましたか? うふふ!」


「なんか就職活動のノリに見えてきたなあ。麻里さんて別にお兄ちゃんの事そこまで好きそうでもないというか。『旧家の長男の嫁』というブランドが欲しいんだね」

 合点がいったように頷きながら麻里を眺める由梨恵。

「それを言うなら皇女殿下もまあ……月の旧家で第一艦隊司令官の長男なら結婚相手に相応しい、って目を付けてたのは間違いないと思うよ」

「なるほどー、ネイサンくんには麻里さんとかユイちゃんの気持ちが良く分かる〜っと……」

 わざとらしく気難しい表情をする由梨恵。

「え? なんか拗ねてるの?」

「お父さんと血縁になったら宇宙軍で出世しやすいもんね〜」

 雄大と由梨恵は宮城・星野両家の親戚一同から『鷹がトンビを産んだ』と陰口を叩かれてきた。そのためか由梨恵は自らの能力が凡庸なのは痛いほど自覚している。

「んー、由梨ちゃん全然わかってないなぁ……」

「ええ? わかってるよぉ? わたしみたいなのがネイサンくんみたいなイケメンと婚約出来るわけないでしょ〜?」

「ん、ん〜……どう説明したもんだか」

 ネイサンには、地球閥カンダハル大将の親戚の娘で雄大の同期であるマイナ・シタカとの見合い話があった。当然、宮城裕太郎を筆頭とした地球閥アンチ勢力とネイサンを分断しようという政治的な意図を含んだ縁談だ。

「ごめんごめん。ネイサンくん、変な事言って」

 女遊びを散々してきたネイサンの目に狂いが無ければ年齢を重ねて落ち着きが出て来た頃、由梨恵はどんな美女よりも得難い素敵な女性になるだろう。単に異性を惹き付けるだけの魅力に終わらず、周囲全ての幸福度を増す力を持っているに違いない。

「今この場に居る雄大君の花嫁候補の誰よりも、由梨ちゃんは将来性があるからね」

「あーハイハイ。お世辞にしか聴こえないけど一応ありがとね!」

 でへへ、っと照れる由梨恵。

「ホント可愛いねえ……」しみじみと由梨恵の瞳を見つめるネイサン。

 色気はあまり無いが大変可愛らしい。これまでのネイサンの交際相手には居なかったタイプだ。

 まじまじと見詰められた由梨恵は頬を染めると皆の前である事を忘れてネイサンとの距離を詰める。


「由梨恵、ちょっとネイサン君を借りるぞ」

 ガッと突然肩を掴まれる由梨恵。

「わっ、お父さん!?」

「うわあっ! な、何ですか?」

 ネイサンも飛び上がって驚く。

「先生──リクセン大佐からの情報だ。プロムのE3に『案件』発生」

「ミドガルズオルム、ですか?」

「ここは盗聴されている可能性がある。ロンドンはともかくマルタ騎士団には聞かれたくない。宇宙軍は失態続きだからな」

「わたしには連絡がありませんが」

「正月で危機管理が機能してない、とは考えたくないが──おい純子、ちょっと早いがネイサン君と本部ビルに『新年の挨拶』に行ってくるぞ──」

 歩き出そうとした裕太郎がよろめく。

 旧友のモエラが自分の息子に妨害行為を行っていた事を知り、酒を痛飲していた事がたたった。アルコールが残っているのか上手く身体が動かない様子の裕太郎。

「あらあなた、もう少し酔いを覚ましてからでも──」

「おう出掛けるのか裕太郎! なんならわたしがクルマで送るぞぉ! 愛車に乗せてやらんでもない! カネを積んでも手に入らん稀少なヴィンテージだぞヴィンテージカー!」

 ひとり汗臭い胴着姿のままのモエラは自宅のガレージから愛車を呼び寄せるべく、PPを操作し始めた。

「うるさいなぁ何がヴィンテージだよ。オートパイロット送迎する時点で何か違う」と雄大。

「わははこれを見ろ、我が愛車スカイラインBNR34だ!」

「げえっ、オッサンのくせに生意気にスカG」

「お〜っ? おまえ分かるのか?」

「──ど、ど、どうせレプリカ」

「残念〜正真正銘のホンモノ、電装やら内装関係こそ現代基準だがエンジンとシャーシの一部はモータースポーツ博物館に展示されていてもおかしくないレベルの当時物。1300年の刻を超えても現役バリバリ、正に走る文化遺産だ〜ワハハ!」

「えっ、えええええ!? なんでそんなガチで貴重なブツをオッサンが!?」

「わたしの顔の広さを甘く見るなよ?」

 顔が引き攣る雄大。

「で、でもそこはR32だろ。32こそ至高……!」イチャモンを付ける雄大。

「ほー、なんだおまえ裕太郎の息子にしては趣味がいいな? ふふん実はな、わたしはスカイラインには少しうるさくてなあ。32のオーナーでもあるのだ……! ククク」

「な、なにい!?」

「まあ32の方は残念ながら3200年に作られた記念レプリカだがな〜。R34こそが不敗のR三部作の集大成──両方乗ってみると34の良さがわかるんだなぁウン。人類史において最大の発明、力強さの象徴として一時代を築いたガソリンエンジン! その中でもマニアから末永く愛されたこの名作・直列6気筒ガソリンエンジン! 世代最強『RB26DETT』! このロマンがわからんガキに何を言われてもなあ」

 勝ち誇るモエラ。

 まさかこの手の話題でモエラからマウントを取られるとは予想だにしなかった雄大。本物のヴィンテージカーマニアを前にして苦戦を強いられた。

「フ、フェ、フェラーリならエウロパの市長に頼んで帰る間際に乗った事があるぞ!」

「乗った事ある、て……ぷぷぷ。良かったでちゅねー僕ちゃん。確か環境規制が厳しいエウロパでは『本物の』フェラーリ走れんだろ、確か。んでフェラーリってテスタロッサか? F40か? ディーノか?」

「ウッ……テスタロッサだよ」

「あー、テスタロッサで現存してる車体は皆無なんだよなぁ。十中八九、リバイバルか紛い物だ。直近の復刻モデル程度でイキがられても、なあ?」

「月だって環境規制厳しいんだ! んな個人所有で普段使い出来るわけ無いだろ、そっちのスカGも当時物であるわけがない!」

「へへ〜ん、わたしのR34は特別にエンジン燃焼時間制限付きで環境庁に月面走行許可とってあるからな〜、あしからず」

 ホロカードの証明書を誇らしげに提示するモエラ。

「グギギ……」

 他人にまったくわからない話を始めるモエラと雄大。

「更に更に! これを見よ、じゃーんGT-R31──! 見よ、このカッチリとした味わいのあるシルエットを!」

 ぶっちゃけ旧車マニアにしかわからない価値観で進む会話。

「えっ、激シブ……! こんなの国立博物館にも置いてない……!」

「いや〜、現在のオーナーが高齢でな、場合によってはわたしに譲っても良いと言ってくれておるのだ〜」

 三台のガソリン車のホロが映し出されるがモエラと雄大以外にはまったく同じ、カビの生えた古臭そうな玩具にしか見えない。


 ふと気付くと裕太郎とネイサンが居なくなっている、そしてラドクリフも──

 モエラと雄大は騒ぐのをやめて首を傾げる。

「おや? 裕太郎は──?」

「ラドは?」

「リクセンおじさんが迎えに来るってさ。三人揃ってとっくに出てった。お客さん沢山来てるのに失礼なんだからもー!」とふくれっ面の由梨恵。

「──妙だな」

 雄大は父親が仕事場を優先する事や空気を読まない事に特に違和感は感じなかったが、リクセンがわざわざ迎えに来るのと、ラドクリフまで一緒に出掛けるのは妙だと感じた。海兵隊の出番がありそうな、何か良からぬ事が新年早々起こっていると容易に推測できる。

「なんだも〜……どいつもこいつもせっかちな奴等め。もう少し待ってれば我が自慢の愛車が到着するのに。あ、せっかくですから裕太郎の代わりに純子さんどうです? ちょろっと乗ってドライブにでも。あ、ユイ皇女殿下もご一緒に如何? 月の名勝をご案内致しますぞ」

「ちょうどいいオッサン──俺を乗せて走れるか? クソ親父を追いかけるぞ」

「は? なんでおまえ乗せてやらにゃならんの?」

「こういうのは初動が大事だろ。早いに越した事はない」

 雄大は慌てて身支度を整え始める。

「初動ってなんの?」とモエラ、リラックスし過ぎて常以上に察しが悪い。

 マーガレットは血相を変えた雄大を見て『有事』を確信した。

「何か出来る事ある?」

「いつでも動ける準備をしておいて──ユイさんを頼む。例の無音で動くデカいの、マルタ騎士団のマースにはくれぐれも気を付けて」

「アンタに言われなくても──」

 ふふっと笑う少女伯爵、状況がわからず不安そうにしているユイを横目で見やる。

「状況が分かり次第また連絡するから」

「雄大──!」

 純子がすっくと立ち上がる。

「ごめん母さ──」

 純子は「皆まで言うな」と雄大の口に人差し指を当てて言葉を遮った。

「お父さんを頼むわよ。あの人が無茶しそうだったら張り倒してでも止めてね──その代わりユイさんの事は任せておきなさい。大事な大事な宮城家の嫁ですからね」

 コクリ、と頷く雄大。

「行くぞオッサン。立てるか?」

「そんな急ぐ必要無いだろうに。いったい何が起こってると言うんだ? ええ? 大人の男ってのはなあ、もっと泰然自若に構えてだなぁ」

 よっこらしょ、と面倒臭そうにゆっくり立ち上がるモエラ。

「あの、少将閣下──雄大さんをよろしくお願いします」

 ユイから声を掛けられ動作が機敏になる不良中年。

「あっ、ハイッ!」

「どれ、わしも見物に行くとするか」

 存分に腹を満たしたリタ。何か幕僚会議の面々が慌てるほどのトラブルが発生した事を察知してほくそ笑んでいる。

「根性悪い笑い方しやがってコイツ──」


 状況のわからない女性陣を残して男性陣とリタが宮城家を後にした。


 ◆


 空挺部隊は魚の骨より堅いスルメイカと昆布を咀嚼し、憲兵隊はチョコバーとコーヒーを楽しんでいた。

 マルタ騎士団の僧たちは何やら賛美歌のようなものをやや遠慮がちに唄い、鈴をシャンシャンと鳴らしていた。元々少人数の英国諜報部の姿は見えないが、ひとりJBが装甲リムに寄り掛かって焼菓子のような物をつまんでいた。


 月一等市街地には広めの庭園や緑地帯は点在するが、街並みは落ち着いた色合いで統一されており賑やかな火星西部と比べると味気無く無味乾燥に見える。

 そんな閑静な住宅街に不似合いな物々しい戦闘部隊が駐屯する宮城家前の通りはわざわざ検問所を設けなくとも通行人は遠ざかる。

 そこをスーッ、と自動運転でやってきたのは白のスカイライン。車道そのものが人で埋め尽くされているので停車するしか無い。

「朱雀大路から車輌接近〜」と空挺部隊員がハンドサインとともに少し大きめの声を出す。

「了解、車輌一台〜」「こちら異常ナシ〜」「異常ナシ了解〜」このやり取りを陸軍兵士のほぼ全員が復唱するのでどこからともなく「うるせえ」「見りゃわかるだろボケ」という野次が飛び、失笑が各所から起こった。

「宇宙軍モエラ少将のクルマだ、通して良し」と車輌紹介憲兵、ショックスティックを誘導棒代わりに振る。

「どかないか坊主共、シッシッ」

「また門が開くぞ」と僧侶が指差すとラフな格好の雄大とボロボロの柔道着を着込んだ中年男性がやや早足で歩いてくる。

「ゲーッ、本当にR34かよ」と雄大

「嘘ついてどうする?」

 後ろから幼女が歩きにくそうな晴れ着姿でついてきた。

「おい、ワシを置いていくな! 待て!」


 その様子を見た憲兵は首を傾げながら雄大達を指差した。

「………なあ、何かあったんじゃないか?」空挺部隊の隊長が憲兵隊の隊長に話し掛ける。

「何か、って何が?」

「何か一大事があったのでは? 我々はこんなとこにいて暇潰しをしていて良いのだろうか。待機するべき場を間違えているような……」

「──本部からもネイサン少将からも何も連絡はないぞ。本当に年始の挨拶なんだろよ」

「ううむ……」

「考え過ぎなのでは? アレだぞアレ。緊張感の欠片も感じない」

 憲兵隊長が柔道着のモエラと晴れ着のリタを指差す。

「それにな、我々はユイ皇女殿下の護衛に来たんだ。一大事が起こるならここだ」

 憲兵隊長は瞑想にふけっている大男、マースを苦々しげに指差した。

「アレから目を離すわけにもいかん」

「確かに。何を考えてるかわからん連中だよな」

「あとアッチもか」PPで音声通話中のJBを観察するふたり。

「手が早い事で有名らしいからな、皇女殿下をお守りせねば──」



 大勢の警備員に見守られながらモエラの運転で白のヴィンテージカーが発車した。ガソリンエンジンの独特な給排気音は33世紀においてはなかなか聴く機会はないため、小鳥が驚いて数羽飛び立っていく。


 事態は静かにそして着実に進行していく。関係者の焦燥をよそに月は目出度い新年特有の空気感で満ちていた。


 3282年、新春珍事の開幕である──

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