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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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メフィスト

 ハイドラ級三番艦ミドガルズオルム。


 サターンベースほど近くのプロム工廠で建造が行われている。常に何かしらの厄介な小惑星帯やら巨大な残骸デブリやらその残骸デブリに偽装した浮遊砲台群を越える必要があるため一般の船が迷い込む言葉はほぼ無い。


 フェニックス級を整備メンテするために確保されていた専用のドックが潰され、代わりにハイドラ級建造に特化した造船ドックがふたつ確保されていた。

 今のカンダハル体制になる以前に、木星王家贔屓のオービル元帥によって承認された第一次軍備再編計画において、ハイドラ級は当初建造予定の五隻から総数十一隻への増産が予定されている。

 禁忌技術管理委員会のワープドライブコア使用承認が下り次第、建造が開始される手はずになっている。


 試作型として数年間データ取りに使われたぎゃらくしぃ号に加えて兵装を一部制限オミットしたハイドラ級当初建造予定分の残り四隻を全て木星王家へ貸与して太陽系内外の治安維持に協力させる事にしたためである。


 地球連邦政府と開拓移民との対立構造的に見ると、この貸与は地球側の『政治的敗北』の結果でハイドラ級四隻は『賠償金』代わりに払い下げられた、と言う解釈も出来るし、木星王家との関係を良好に保ってユイと開拓惑星系議員達とを結託させないためにユイへの『献上品』または『ご機嫌取り』という解釈も出来る。


 木星戦争勃発までのプロバガンダで形成されたネガティブなイメージが薄れた今、木星王家の求心力は物珍しさも手伝って増加著しい。


 木星王家と言えばユイの外見の明るく時に凛々しいイメージそのままの若年層の人気は非常に高い。一躍『時の人』となった皇女プリンセスに開拓移民議員達の旗頭として議会ロンドンで暴れられては地球閥の弱体化は避けられない。



 かつて連邦宇宙軍憲兵隊に所属していたアンドリュー・ヘンケルス少佐は37歳になる。

 長身痩躯のドイツ系男性、アスリートを多く排出する家系の出である為、遺伝的にフィジカル面に恵まれていた。成人後の最初の所属は宇宙軍ではなく地球陸軍テランガード。適性試験後に即、特殊戦コマンド部隊に配属され予備隊で三年間の再訓練を受けた。20歳から五年間、特殊戦第二部隊《ディヴィジョンB》の隊長を勤めるも、突然除隊、その後、本来疎遠な組織である宇宙軍憲兵隊に少尉待遇で採用されるという異色の経歴を持っている。

 陸軍空挺部隊ベテランと双璧を成す精鋭である特殊戦コマンドだが演習の一般公開もやっている空挺部隊と違い、こちら特殊戦はより小規模であり、秘匿性の高い任務や地味で根気のいる任務に従事する事が多い日陰の存在。


 この突然の転身には憲兵総監リオル・カフテンスキ大将の意向が深く関わっている。

 優秀で選民思想の傾向が強かったヘンケルスは秘密結社キャメロットの一員に相応しいと判断されヘッドハンティングされたのだ。


 クーデターが失敗に終わった後の捜査で、リオルと関係が深かったためキャメロットとの関与を真っ先に疑われたが、拷問に近いレベルの事情聴取に耐え、自白剤にも屈しなかったため処分を免れた。

 特殊戦コマンドで受けた忍耐力を鍛える精神訓練がヘンケルスの身を助けた。


 クーデターに関与無し、と判断されたヘンケルスは大尉から少佐に昇格したものの、本人の適性がまったく活かせない閑職、完全なる畑違いの『経理事務統括』という謎の新役職に追いやられ飼い殺し状態になってしまった。

 要するに公式記録上では無罪ながら、連邦政府の尋問官は未だにヘンケルスとキャメロットの関与を疑っていて実質的な経過観察処分にして尻尾を出すのを待っている状態なのである。


 ◆


 ヘンケルスは秘書として四六時中付きまとっていた監視者の遺体を船外に放り棄てた。

「君の望んでいた宇宙葬だぞ」

 暗闇に吸い込まれるように遠ざかる遺体に背を向けてシャトルのコクピットに戻る。

 秘匿された資材搬入ルートを使ってプロム工廠へと向かっていく。


 光短信の誘導に従い残骸の合間を縫って進むと巧妙にカモフラージュされた広大な空間が現れる。

 そこに待っていたのは淡い光でライトアップされたハイドラ級三番艦──



 宇宙船シャトルを乗り捨てて船外作業用のハッチから伸ばされたワイヤーをガッチリと掴むと宇宙服のフックに引っ掛けた。ワイヤーはゆっくりと巻き取られていく。

 ハイドラ級内部に入りシャワールームのような狭苦しい個室で除染ライトを浴びている最中に特殊戦時代の部下が顔を出した。

「お久しぶりです隊長」

「驚いたな、何年ぶりだ?」

「随分と貫禄がつきましたな」ニヤリと笑う部下。

「訓練は怠っていないつもりだが──艦内重力と酸素濃度の設定はこれで正しいのか?」

「さて──」

 除染は終了したが腰の高さにあるゲートバーが開かない。

「開けろ」

「おや『お身体が重たい』ですか?」

「フン……」

 ヘンケルスは表情を変えずに宇宙服のヘルメットを脱ぐと身体を激しく捻って力強く跳躍、ゲートバーを飛び越えた。どすん、と両足を揃えて着地する。

「高重力下で宇宙服のままでも流石の身のこなし、恐れ入ります」底意地の悪そうな顔でランチベイの重力設定を正常に戻すように制御AIに促す。

「おふざけをやる余裕があるのは良い事だが」

「特殊戦の訓練を思い出すでしょう」

「どうだ、わたしはテストに合格かね?」

「もちろんです」

「君達の方はすっかりハイドラ級を掌握したのだな」

 キョロキョロと真新しい船内を見回すヘンケルス、そして改めてかつての部下の横顔を観察する。部下と言ってもヘンケルスより一回りほど年齢は上のはずだがまだ若々しさを保っている。

「まさか君も結社の一員だったとは驚いた」

 いえいえとんでもない、と部下は首を横に振った。

「実を言うとわたしはキャメロットとは無関係で──今はこういう仕事でメシを食ってます」

 名刺代わりにPMC、民間軍事会社の取締役代表のホロカードを再生する。

「傭兵稼業か──軍艦強奪とは大胆な」

 先程までは隣り合って歩いていたが「おっと」と言って立ち止まり一歩引いた。

「わたしがお手伝いするのはここまで。あくまでこの軍艦強奪計画はヘンケルス隊長、あなたが計画し実行した事にしていただきます」

「なるほど……」

「ま、他人事だから引き止めはしませんがね。こんなのは正気の沙汰じゃありませんよ」

「ふうむ、その正気の沙汰ではない計画をわたしのためにお膳立てしてくれるとはね。君の雇用主はずいぶんと酔狂なのだな。どんな人物か興味がある」

 ヘンケルスに真顔で問われて部下は目を伏せて笑う。

「連邦と木星王家の結び付きが強くなるのを邪魔したい、という事ぐらいしか教えられません」

「誰だか知らんが感謝する──」

 ヘンケルスは宇宙軍士官用の制服に着替えると髪型を整えた。

「隊長ほどの人物ならばもっといい死に場所はあると思いますがね──ではわたしはそろそろ」

 部下はあきらめ顔で溜息を吐くと小さく首を振った。

「色々とありがとう」



 格納庫に秘密結社キャメロットの構成員が集まっていた。全員脱帽し、敬礼してヘンケルスを出迎える。


 思ったより若いな、とヘンケルスは居並ぶ顔ぶれを見て声にならないほど小さく呟いた。


「──諸君……我々の目標は人民を新たなステージに導く事だったが民衆は変化を拒絶した。残念だがこの事実は受け入れるしかない。醜い我々人類が羽化して天使の如く羽ばたくその日までは──まだまだ時間がかかる、と言う事だ」


 正気の沙汰ではない、という言葉を心中で反芻するヘンケルス。


「ただ、ひとつ受け入れられない事がある。腐りかけの地球連邦を延命させたユイ・ファルシナ──この亡霊こそ進んだ時計の針を巻き戻しにきた過去からの侵略者だ。彼奴めは言葉巧妙にファウストを誑かして堕落へ導くメフィストフェレスの黒い犬である──我が世の春の如く振舞うこの黒犬に対して我々は一人でも多く『否』を突き付けねばならない。今回の作戦は一敗地に塗れた我々に出来る最後の抵抗であろう」


 革命の熱によって火がついた若い軍人達はその身が燃え尽きるまで止まる事はない──


「見せつけてやろう我々の覚悟を!」ひとりの若者がヘンケルスの演説に感極まり、仲間に向かって檄を飛ばす。

「人類の進化のために!」

「より良い世界を!」

 感化された者達は口々に理想を叫ぶ。


(私こそが……彼等にとってのメフィストなのかも知れないな)

 ヘンケルスは目を閉じてかつての指導者リオル大将の事を思い出した。


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