引渡し
パトロール艦というのは通称で航路内の治安維持をやっているのは護衛艦という小型クラスの軍艦でナーサランはアルマジロ級五番艦である。
護衛艦のネームシップは当初哺乳動物の名前があてがわれていたが同型の弟妹艦達には技術者が適当に身近な人物の名前を付けているらしい。ナーサランは最初、技術者が尊敬する人物レオナルド・ダ・ヴィンチと名付けられる予定だったが「学術研究用の探査船に名付けるべきだ」と幕僚会議からクレームが入って登録間近で名称変更された経緯がある艦だ──
その天才ダ・ヴィンチになり損ねたナーサラン号は同型僚艦のパトリチェフと別行動を取り、時間調整しながらランデブーポイントのある航路内停留所へと向かった。
ナーサランがレーダーで確認すると四隻の船とタイフォン、並びに民間の長距離貨物船数隻が確認出来た。四隻の所属不明艦には仮にJECX1〜JECX4という仮の識別コードが割り当てられている。木星巡洋艦・詳細不明一号、二号、三号、四号という具合。
宇宙軍として、こういう詳細不明の未登録艦をのさばらせておくなどあってはならない事なのだが、なんとも歯痒い事に連邦政府は木星王家ユイ皇女の関係者だから下手に刺激するな──という政治的理由でこのJECX達への性能開示請求や立入検査を行えないでいる。
よく性能がわからない軍艦が四隻でとぐろを巻いている上に木星帝国海軍を標榜して鬱憤晴らしの相手を捜し回っているのだから海賊達は身の危険を感じて近寄ろうとしないし、民間の船などは途中でコースを変更して帝国海軍を避ける傾向にある。今も神風号が接近してきたのを察知したトラック達は法に触れるラインまで出力を上げてやや危険な速度で宙域から離脱していった。パトロール艦が近くに居るのになかなか良い度胸である。
◆
神風号の展望ブリッジでタイフォンの姿を確認するランファ達。
「ははは、来たよ来たよ。何も知らずにノコノコと」
「ほーん、配色を変えるだけでこんなにイメージが変わるもんですかね」と用心棒役のサタジット・レイ・カン。
ぎゃらくしぃ号と同じく艦底部店舗エリアを持つタイフォン、同じシルエットなのにどこか不気味さが漂う。
「どうせなら商用目的の改装がなされる前の純然たる戦闘艦としてのコイツを頂戴したかったところだねえ、ふふふ」
ランファは扇子で口元を隠しながら笑う。
マーガレットも扇子を使うがランファの方がより粋に使いこなしている。うねる白い大蛇のような妖艶な肢体を持つランファにこそ相応しい小道具だ。
「それじゃ頼んだよ、サタジット『大尉』?」
「アイアイ、マム……くっくっ……」
サタジットはサイズの合わない上着を羽織り、間に合わせの階級章のレプリカを胸に貼り付けた。
◆
タイフォンのメインビューワーに恰幅の良い壮年の男性が映し出される。
『木星帝国海軍大将、アラムール・ガッサです』
男性は、ポスロムの目から見ても大将を自称するだけの威厳を持ち合わせていた。
『木星亡霊』とはユイに対する蔑称だが、このガッサという男も五十年前の戦場からそのままやってきた亡霊なのではないか、とポスロムは感じた。
(──冷凍睡眠していたわけでもあるまいに)
連邦宇宙軍式の敬礼をする艦長代理のポスロム。
「ご苦労様です大将閣下、わたしは連邦宇宙軍中尉ポスロム。このタイフォンの引渡しにやって参りました」
帝国海軍式に返礼するガッサ。
『うむ中尉殿。急な変更、こちらの都合でご迷惑をかける』
「いえいえ。こちら側で操船クルーの方々を受け入れます、譲渡契約書の取り交わしとタイフォンの仕様についての簡単なレクチャーを……」
『了解した。ではシャトルを出しましょう。よろしく頼みますぞ』
◆
タイフォンは船体後部側面のランチベイからガイドビーコン粒子を放出して安全な着艦スペースを定義付けする。シャトルから伸びたヒゲ状のセンサーが粒子を検知するとレーザー光で進入ルートを指し示す。後は双方の船の制御AIが自動着艦シークエンスを実行する。
漁師が投げた投網に引っ掛かった小魚のようにタイフォンの内部に吸い込まれていく連絡シャトル。
ポスロムは自ら、紙の譲渡契約書各種が入ったファイルと蝋で封緘された羊皮紙の巻物が入った紙筒を携えてJECX1・神風号からやってきた使者達を出迎えた。
シャトルから降りてきた男達は見慣れぬ制服を着ていた。皆一様に覇気が無く、海軍の軍人いや船乗り適正のある人材とは思えない。
当然ながらガッサの姿は無い。
(木星帝国海軍の軍服か? どいつもこいつも着慣れてない雰囲気だ)
戦史記録館の仮装コンパニオンのように見える。
終戦から長い期間を経て尚、まともな形を保っていられる残存勢力などあり得ないのだから、違和感があって当たり前だが──
代表者と名乗る大柄で筋肉質の男サタジットから溢れる胡散臭さはこれまた異質だった。ひとりだけ眼光が違う。活力に満ちてはいるが眼の奥がどこか濁っている気がする。
欲望に忠実な視線は値踏みをするようにタイフォンの真新しさで美しく輝く内装を眺めて、軽く口笛を吹いた。立ち居振る舞いに重みという物が感じられない、どこか享楽的な雰囲気を持った男。
(──こいつは……海賊、いや違うな傭兵崩れ……?)
このタイフォン、ハイドラ級高速巡洋艦・改装型──登録上は武装商船だが、単独でもかなりの戦力になり得る事は一番艦のぎゃらくしぃ号が実証している。
一隻であれだけの活躍が出来るのであれば、二隻なら連携する事で戦力が倍増する。
この強力な兵器をこんな男に簡単に引き渡しても良いものか──ユイ皇女は信頼出来そうだが、果たしてその取り巻きは彼女ほど達観した善人なのだろうか──サタジットの人相を見るにつけ、ポスロムの不安は急激に高まった。
「契約書の写し、確かに……」
譲渡契約書に偽造などの痕跡は無く、マーガレット・ワイズ伯爵が代理で決裁、捺印された署名もある。木星王家の印では無く、あくまでぎゃらくしぃグループが商取引などに使う印章ではあるが……
(この引渡し日時の変更が、平和を脅かす目論見であるならば──これを未然に防ぐ最後の機会かも知れない、しかし──)
ポスロムは手のひらの汗を拭いながら書面をファイルに納めると、タイフォンの仕様についての説明や緊急時の注意点などのレクチャーを始めた。
(わたしの思い違いで、連邦と木星の修交に水を差してはならないが……どうにもこのサタジットという男、怪しい)
カマをかけて何か秘密を暴くような気の利いた問答が咄嗟に出て来ない。残念ながらポスロムはスパイムービーの主人公ではない、そんな都合の良いフレーズが咄嗟に浮かぶはずもない。
そうこうしている間に、ナーサラン号がランデブーポイントに到着。神風号とタイフォンから肉眼でも確認できる距離にまで接近してきた。
「お迎えが来られたようです中尉殿──後は艦内データベースにある習熟プログラムを活用しますので大丈夫ですよ」
サタジットの言葉はどうにも軽く聞こえる。
何か粗を見つけてやろうとしたが特に指摘出来る点も無かった。
(これで良かったのか?)
声にならない声で小さくひとりつぶやいた。
演習中の第三艦隊がこの場に間に合ってくれたのならば、幕僚会議のヒル提督に判断を委ねる事が出来たのだが。
ナーサランからやって来た小型の救助艇をシャトル代わりにブリッジクルーと保安員達は一ヶ月弱を過ごした巡洋艦タイフォンから退艦した。
ポスロムが名残惜しそうに救助艇の窓からタイフォンの装甲板を眺めていると不意にPPに送り主不明のメッセージが届いた。
『GOOD BYE LIEUTENANT :) BEST WISHES FOR THE NEW YEAR :)』
「なんだ?」
メッセージにはポスロム達が艦内で撮影した画像の他に、誰が撮影したかわからないスナップショットが多数添付されていた──




