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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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鬼の居ぬ間に悪巧み②


 ハイドラ級高速巡洋艦の二番艦『タイフォン』


 彩度の高い塗装を施された綺麗な姉貴分のハイドラとは異なり宵闇色ミッドナイトブルーと船底部の灰白色ライトグレイの地味目のツートンカラー。ゴールドの多頭竜のエンブレムがアクセントとして艦首と右舷左舷のウエポンベイの粒子副砲の遮蔽装甲板の上に貼り付けられている。

 ハイドラと比較して、シュライクやワスプのような艦載機から身を守るための弾幕張りに適した小口径対空砲を排してその部分に中程度の威力を持つ粒子副砲を増設した形。ちなみに砲塔を露出した状態ではドッキングベイが使用不可になるという位置関係。


 これは雄大のもたらした交戦記録ログやこのタイフォンの今後の使用用途、そして連邦政府の思惑など、諸々を反映した結果だ。


 ハイドラ級の主砲は重巡洋艦や戦艦との中距離砲撃戦闘を想定したもので、その威力や連装砲の砲身数は『治安維持目的で貸与する艦』としてはやや過剰に映るだろう。

 タイフォンの仮想敵である『海賊』や『反体制派』勢力が運用及び維持可能なのは軽巡洋艦や駆逐艦などの軽量級の船である。シールド出力も装甲も艦体強度も低い軽量級の相手を無力化するのに主砲を使うのは『無駄が多い』という考えらしい。威力や有効射程距離よりも速射、連射性能の高い副砲を使えば思わぬ二次被害も発生しにくい。


 この出来たてホヤホヤ、やや強面こわもてのタイフォンの艦長を臨時で務める壮年の男性は連邦宇宙軍のポスロム中尉である。

 特に適性が高い男ではなかったが真面目に勤め上げてパトロール艦の艦長まで出世した。

 しかし彼の船は北極ポート沖海戦において流れ弾を受けて小破してしまった。修理に出したところ宇宙軍の再編計画の都合上そのまま解体される運びとなったが彼が次に乗る船はなかなか決まらなかった。このままずーっと内勤で定年を迎えるのか、と思い眠れぬ夜も過ごした。


 そんな時に試運転がてらハイドラ級の管理をしてみないか、と宇宙軍兵器開発部管財課から極秘扱いの仰々しい打診があったためポスロムはふたつ返事で快諾した。

 尉官かつ航宙ライセンス中級程度のポスロムでは一生お目にかかれないはずだった禁忌技術管理委員会の僧侶兼技術者テックプリースト達からワープドライブコア取扱いの特別講習などを受け、土星基地近くのプロモ兵器工廠まで極秘で受け取りに行かねばならないなどの雑多な手続きは多かったがその面倒な過程すら彼は楽しんだ。プロモの精確な位置情報は秘匿されており、移動する間、目隠しさせられるなど、憧れのスパイムービーの主役にでもなったようで昂揚感で顔がニヤつくのを抑えるのに必死だった。


 たとえ短い期間、臨時であったとしても最新鋭艦の艦長を任されるというのはとても光栄なことだ。本来なら佐官以上のエリートに任されていたとしてもおかしくない任務。


 戦闘機の格納庫及びランチベイ、そして長距離ミサイルも積める多目的サイロがオミットされているとはいえ、そこはそれ、軍の次期。主力艦として設計された船である、小型のパトロール艦とは比べ物にならない交戦性能を持つタイフォンに乗っていると自分自身も大きく強くなったように感じる。


 ポスロム中尉は嬉々として家族や友人に自慢するための私的な映像記録を撮りまくり、制御コンピュータに記録させた。検閲で持ち出し許可が出ない画像もあるだろうから、数撃ちゃ当たるの精神で撮りまくった。

 そしてこのタイフォン、制御コンピュータも中々に話の分かるAIで所謂『える』画像補正やアングルでポスロムの画像を保存してくれているようだった。しかもプロモ工廠内部の画像なども含め、検閲に引っ掛かるギリギリのラインでポスロム達のスナップショットを撮影してくれている、頼んでもいないのに。

 これには一同、AIのくせに中々小粋な事をするなあ、と思わずほくそ笑んだ。


 ポスロムだけでなく彼の部下達もまるで新任の頃に戻った時のようにワクワクを抑えられない、といったところ。


「やっぱり新造艦ってのは胸が踊るな。こいつでアラミスの更に外側へ冒険航海とかに出られたら──くぅ〜、たまらんな!」


 長年連れ添ったパトロール艦が解体される時に流した涙、その感情に偽りは無いが……ピカピカの最高の玩具を前にしたポスロムはかつての相棒の事など忘れていた。人類とは──いや男とはまあ、こういう物なのかも知れない。


「しかし、不思議な話ではあるわなあ。貸与レンタリースというより譲渡みたいなもんだろ」


 ハイドラ級は遠洋航海・長期探索任務まで視野に入れて贅沢に設計された久々のワープドライブコア搭載新造艦である。高機動力とシールド性能のおかげで運用次第では大出力重装甲の重巡洋艦ミノタウロス級を凌駕する戦闘スコアを出せる優秀な軍艦だ。特に粒子砲と粒子シールドによる中距離砲撃戦は戦艦のそれに匹敵する。

 それでいて遠距離航海向きの快適な居住空間と娯楽施設も複数置けそうな共有スペースの充実。


「ハイドラ級は航路内治安維持なんかに使うにゃ、ちとオーバースペックじゃありませんかね? それをわざわざ戦闘能力を下げて店舗スペースまで設けて民間に下ろすなんて──なんかこうちぐはぐというか──」


 操舵士が苦笑いする。


「ついこの間も我々のパトロール艦程度の出力パワーでは対処出来ない事案が発生したばかりじゃないか。外部の同盟勢力にまとまった戦力を保有してもらう方が、抑止力になる」


内乱騒クーデターぎの再発防止策──うーん、リスク分散って事ですか」


「そういうこと。でも宇宙軍としては外部にフルスペックでは渡したくない事情もある」

 兵器開発部の技術大尉からの受け売りをさも自分の見解のように話すポスロム。

「木星王家はいまは単なる民間軍事会社的な弱小勢力だが、今後はかつてのような勢いを取り戻すだろう。敵対するのではなく今から恩を売っておけば地球の最大の友となる──ま、兵器を共有するということは同盟を結ぶ上で最低条件みたいなもんだからな」


 数十年後に独立した製造ラインでスペックの詳細が秘匿された『ドナ級』みたいな厄介な軍艦を作られるよりはマシ、という考え──戦争時だけでなく現在も海賊の主力艦として連邦を苦しめているのだから、連邦上層部や戦術AIが木星が独自路線に走るのを過剰に警戒して当然。


「へえ、随分と高く評価されているんですね、木星王家。昔々みたいに大きな勢力になる、って?」


「ほら、艦長はミーハーだからさあ」


「いいじゃないかミーハーで。やっかみ抜きでユイ皇女嫌いなヤツなんておるのかね。あ〜あ、あんな優しそうな娘がウチの嫁だったらなぁ〜この頃はウチのカミさんと顔付きまで似てきやがって……ダブルで小言言われて家に居づらくてかなわんよ」


 一同、苦笑する。クリスマス休暇も取らずに仕事に熱心なのは単に家に帰りたくないだけらしい。


「ユイ皇女いいですね。嫁に〜、とは言いませんが贅沢言わないので一晩お相手を……うしし……」


「なんだ、あんな清純そうな娘さんをそういういやらしい目で見とるのかキミは」


「いやそらそうでしょ、ほら! これもんですよ! これ! むしゃぶりつきたい!」

 ホロカードを取り出してミルドナット社が配信していたユイの水着画像を再生する操舵士。

 ユイは食に関して不自由をした事が無いだけでなく生来、人一倍丈夫な歯に加えて咬合力こうごうりょく──つまり噛む力が異様に強い。ゆえに何でもよく食べる。

 そのため宇宙生活者にありがちなビタミン不足とは無縁である。母親のメア皇后の家系・鷹司家の血統なのだろうか、胃や腸などの内臓はとりわけ丈夫らしい──悲愴な経歴とは裏腹に、身体の方は芸術品のような輝きを放つ優良健康体に育った。


「年齢が離れ過ぎてるからな、わたしには娘のようにしか見えん」


「またまた紳士ぶっちゃって……!」


「そうかなあ? なんか俺も逆にそういう性的な目線では見れねえなあ。整い過ぎて別次元の存在、ってえか現実感が無いというか……」


「つまらん事言うなって──なんか噂じゃ生着替えみたいな盗撮映像が流出してたらしいんだけど……そういうの目の前にあったら絶対見るだろ、なんだかんだ言ってさ」


「ん? 軟禁中の監視カメラ映像という事か」とポスロム。


「ほら艦長〜、なんだかんだ食い付いてきたじゃないですか。若い娘が嫌いな男なんていないんですよ。恥ずかしがる事は無いんです」


「こ、こらこらやめんか、我々はこの船をユイ皇女に引き渡す前の試運転、不具合チェックをやっているのだぞ」


「いいじゃないですか別に。ログに残るわけでも無し」


「…………ログ?」

 一同が沈黙する。ハイドラ級のみならず軍艦には俗に言うブラックボックスと呼ばれる機密情報の塊のような装置が各所に点在している。本来は箱の中の機密を守るための物だがもしかすると事故調査などのためにブリッジ内での発言はすべて録音もしくはどこかに送信されるような仕組みになっていてもおかしくはない。

 その辺は本当の機密扱いなので尉官程度のポスロム達は知る由もないがワープドライブコアのような禁忌技術タブーが搭載されている船だ、何があってもおかしくはない。


 制御コンピュータは「分かってるヤツ」だから密告チクったりはしないだろうが……仮にもこの船は今からその『ユイ皇女』の元に引き渡されるのだ。


「まあなんだ、その……この辺にしておくか」

 コホン、とわざとらしく咳払いをするポスロム。


「そ、そうッスね。ユイ皇女殿下に失礼に当たりますから」

 シートの上で身を正したのは操舵士、ホロカードを懐にしまった。


「おまえが言うか〜?」


 ◆


 通信士の元に一報が入った。


 ぎゃらくしぃ号からの連絡、発信者識別コードはマーガレット・ワイズ伯爵となっている。


「おっ?」

 思わず緊張から声が出る。

 マーガレットと言えば先日のエウロパで戦闘サイボーグをまっぷたつにした怪物女、ユイ皇女の腹心でユイの代理を務めることも多いと聞いている。

 年末はユイ皇女が不在のため引き渡し予定日は年明けになっていたが予定が変更になり早目に受け取りたいとの事。


「木星帝国海軍のアラムール・ガッサ大将が代理としてこの船を受け取りに来るそうです」


「金髪の少女伯爵は同席──しないんだな? よし」

 一同、安堵の溜息を漏らす。

 にわかに走った緊張がほぐれる。


 四隻の巡洋艦及び帝国海軍という名前の旧木星帝国残党がユイ達に合流していることについてはポスロムもレクチャーを受けている。

 ポスロムのような軍人からすればハイドラ級は店舗エリアを有した武装商船というより、ちゃんとした軍事組織が運用するほうが自然に感じる。


「そ、そうか〜……こいつで年越しを迎えたかったんだがなあ」

 シュンとするポスロム。


「ユイ皇女とは会えないのか〜、残念」操舵士。


「引き渡し場所近くのパトロール艦は──第二艦隊所属パトロール艦ナーサラン号でどうか、との提案がなされています」と通信士。

 引き渡しを完了した後のポスロム達が月に帰るための迎えの船まで提案してくれているらしい。


「ナーサランの現在位置は?」


「ああ、ランデブーポイントはちょうどナーサランの周回コースですね」


「では、ランデブーポイントに向かいつつ宇宙軍本部に先方の予定変更申し出を通達。間に合うのであれば幕僚会議の指示を仰ごう」


 他のブリッジクルーは何の疑いもなくこのメッセージを文面通りに受け取っていたが、人生経験の長いポスロムだけは、なんとなく違和感のような物を察知していた。


(急な予定変更の割に、ナーサランとの合流がここまでスムーズに行くのは出来過ぎだ。周到に計算されたタイミングだぞこれは──そもそもこういう雑務は伯爵ではなくウオズミ宰相代理がやっている、と聞いている……)


 木星帝国の内部でもハイドラ級の運用を巡って色々と意見の対立などあるのかも知れない、とポスロムは察知した。


(──これは後々、火種になりそうな気がするな。予定変更がワイズ伯爵の独断という事もあり得る──)


 ポスロムは艦長席のコンパネで火器管制《FCS》の項目を呼び出して現状の確認を行った。不意の戦闘に備えて対艦魚雷の封を切るかどうか、少し逡巡する。


 そして──この船には最低限の保安員が乗っているだけでまともな白兵戦部隊は同乗していない──


(いかんいかん、わたしの早合点で連邦政府と木星王家の関係に亀裂が出来ることにでもなったら先祖に顔向け出来んぞ……)

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