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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
165/186

禁忌を超えて②

 年越し蕎麦をすする面々。


 ザルに盛られた冷たい盛りそばである。

 音を立てて蕎麦をすする宮城家の人達に驚愕の視線を送るマーガレット。

 マーガレットには見えている。

 すすった勢いでピンとハネた麺の端から飛び散る飛沫が。

「????」


「あー、マーガレット閣下には厳しいかなあ、でもこれが作法だから。気にしないでズルズルッといっちゃった方が美味しいから!」

 何故か隣に座ったラドクリフは豪快にズルズルと蕎麦をすする。


(──食べ方が汚い、ソースがしょっぱい、麺に味が無い──予習はしていましたけど、想像を超えてますわね)


 ユイはもうすするのを完全に諦めてフォークで巻き取ったものを口に運んでいた。ツユに浸けるのも諦めてスプーンで少しだけすくったものを口に運び舐める。

 一瞬、自分もフォークとスプーンを用意してもらおうと思ったが目の前に座る麻里と視線がぶつかる。

 雄大と由梨恵は苦笑いしながらユイのフォローをしていて、麻里も子供を見守るような生暖かい目でユイの様子を微笑ましく観察していた。

「フッ──」

 謎の勝ち誇ったような笑い。

(何いまの笑いは。この銀河公社の女──)

 ちら、と麻里の視線に誘導されるように芳佳の方を見る。さすがは若女将、上品にスルスルとすすっていた。ツユがまったく飛び散っていないし、そこそこ速度もある。

(なるほど、参考になるわね)


 麻里は長い髪をたくし上げてズゾゾッと小気味良い音を立ててすすった。多少の飛び散りはあるものの許容範囲。髪を掻き上げるしぐさがちょっとセクシーでもある。

(うっ──)

 これぞ小粋な食べ方、という見本のような所作だ。

 おお〜、とほぼ全員が一瞬麻里の方を見る。

「ぎ、銀河公社の人、あなた──」

 豪快かつ綺麗。麻里の堂々たる食べっぷりにごくり、と生唾を飲むマーガレット。

「ふふふ、ラーメンつけ麺、立ち食いそばに冷や素麺、庶民の食べ物に作法も何もありはしない──しかし、現地の人に好まれる食べ方というのは存在するのです。リサーチ不足ですね、閣下」


「しょ、勝負じゃなくて良かったです……」と芳佳。

「わたしはね、白いブラウスを着てきた時も、ランチにカレーうどんを躊躇なく選択出来る女なんですよ。命拾いしましたね、皆さん」

 謎マウントをとってくる麻里。


 マーガレットは純子の方を見る。

 純子は麺をたっぷりと持ち上げツユにどっぷり浸すとちゅるちゅるちゅるちゅると幸せそうにだらだらとゆっくりすすっていた。

(えっ──)

「えっ?」

 見てはいけないものを見たような驚愕の表情で純子の独特な食べ方を見る花嫁候補達。

「えっ? 何か?」と咀嚼を終えた純子。

「お母さん、蕎麦大好きだから……」苦笑いする由梨恵。雄大もやや赤面している。

「そ、そうですね! 好きに食べるのが一番です!」苦しげにフォローにはいる麻里。



 蕎麦の食器を片付け終わると、オードブルを囲んでだらだらと宴会のような物が始まる。


 第一艦隊司令官に土星基地司令官、最強の海兵隊員、木星王家の皇女、老舗旅館の若女将、銀河最強闘士チャンピオンオブギャラクシーの孫にエウロパコースの最速記録保持者レコードホルダーなどなどVIPが集う酒席にしてはささやかで、絢爛豪華とは言い難い。


 メガフロートシティの夕食ディナーの方が豪華さでは上だったが、さすがは裕太郎達が選ぶだけあって味の方は確かなものだった。

「はいモエラくん。虎天小伝の串焼き、どうぞ。好きだったでしょこれ──鶏皮のタレ!」楽しそうな純子。

「いやあ、ははは。ここの焼き鳥のタレは絶品でしたよねえ」

「懐かしいわぁ、打ち上げは必ず虎天で──」

「右奥の座席でしたねえ!」

 純子の生家、星野家では串打ちの焼き鳥を居酒屋で食べるなどとんでもなくはしたない行為だった。

「あなたにも何かとりましょうか?」

「──」黙りこくってスーパーボウルのホロを見上げビールを飲む裕太郎。

「あなた?」

「あ、うむ。わたしはその、つまみは何でもかまわん」

「?」

 酒を互いに注ぎ合うモエラと裕太郎。

 ボソボソと何かを話している。

「あらあらそんな、お酌ならわたしが──ねえ芳佳さんもちょっとこっちへ」

 会話は弾んではいないが、何か邪魔をするような空気に無いのを敏感に感じ取ったネイサンが純子を制してふたりから引き離すと耳打ちをした。

(少しふたりで飲ませておきましょう)

(いやだわ、あの人ったら。モエラくんを独り占めにして。何なのよもう──わたしだってお話したいのに)

(お義母さんが思うより、男って言うのはデリケートでセンチメンタルな生き物でしてね。そっとしておいた方が)

(それじゃあまるでわたしだけ、繊細さに欠けるメンタルモンスターみたいじゃない)

(ご自分のことをよく理解していらっしゃる)

(まあ酷い──それにしても男同士でヒソヒソ、なんだかいやらしいわ)

(別にいやらしくは無いと思いますが?)


「じゃ、こっちはこっちで楽しくやらせてもらいます──」


 純子はカウントダウンライブを眺めている面々に混ざる。

「どうですか殿下、居酒屋のお食事はお口に合いますか?」

 ちら、と足元を見るとユイはしっかりと正座をしていた。

「はい、とても美味しくいただいております」

 居酒屋料理は、純子や芳佳が作った和食膳よりも味付けも濃く食べ易い。そして料亭青木のお弁当はぎゃらくしぃ号でも取り扱いがあるのでユイ達にも馴染みがある品が多い。

「あなた、お酒は?」

「はい。ワインなら」


 何かあるのか、と身構えた雄大がユイのすぐ傍らに移動してくる。

 自然な動き。

 その息子の様子を見ながら純子は再認識した。

(いまのこの子にとって、わたしは母親ではなく──『敵』なのね)

「いいのよ雄大、別に無理難題テストを吹っ掛けるつもりはありません」

「本当に?」

「ええそうよ安心しなさい」にっこりと満面の笑顔を最愛の息子へと向ける純子。


「ちょっと由梨恵、あなた確か良いワインを持っていたわね。殿下にお出ししなさい」

「え?」

 グラタンを突っつきながらカウントダウンライブを満喫していた由梨恵が純子の傍にいたネイサンの方を指差す。

「あれはネイサンくんのだけど──」


「丁度良いわ、取って来て」


「あ、いやアレはですね……そんな思い付きで飲むような物では──しかもこんな身内の宴席で」顔が曇るネイサン。


「身内の宴席? 今の私達は『木星帝国の皇女』をおもてなししているのよ? 今取っておきを出さないでいつお出しするのですか? ほらほら殿下をお待たせしてはいけませんよ」

 パンパン、と手を叩く純子。

 天才や不死身の異名を持つ名うての宇宙軍少将も純子の前ではただの婿養子(いや、それ以下かも……)



「ご、ご用意しました〜」

 不本意そうな顔でワインを並べるネイサン。下唇が引き攣っている。コレクションの中でも比較的希少性が低いものをふたつ。

 それでも相当な価値がある逸品だ。

 PPで温度を測りながらソワソワするネイサン。


「まあ綺麗──!」

 ユイは美麗な装飾が施されたボトルの曲面が光を乱反射するのを眺めていた。


「あの、つかぬことを伺いますがね、殿下……ワインはよく嗜まれるのですか」


「……エウロパで、ちょうど半月前に初めて飲みました」


「えっ」固まるネイサン。


「あの、これ……わかります?」一本のワインを見せるネイサン。


「鳥さんの絵が描いてありますね」


「と、とりさん……」

「もう、何をごちゃごちゃとやっているの……!」

 目眩を起こしそうになるネイサンから純子がボトルをひったくる。


「なんだと!」

 半分眠りこけていたリタが起き上がってふたつのワインボトルを指差した。


 地球の旧アメリカ領カリフォルニア産のワイン『スクリーミングイーグル』そして……説明不要の人気希少ワイン、ロマネ・コンティの3200


「ちょっと待てまさかとは思うが──ロマネコンティの……3200だと!?」

 バタバタと血相を変えてユイに駆け寄るリタ。

 

「あら、起きたのですか?」

「御母堂、この味覚音痴にこんな高級なワインを出す事は要らぬぞ!」

 目を丸くしたリタは純子にNGサインを送る。ネイサンもコクコクと素早く頷く。

「あらこの娘は本当に利発なのね」

 ネイサンとリタを完全に無視して手際よくスクリーミングイーグルの栓を抜く純子。

「どうぞどうぞ」

 トクトク、と心地好い音と共にユイのワイングラスに真紅の薔薇色の液体が注がれた。

「では──」

 ネイサンとリタは鼻を近付けて芳醇な薫りを逃すまいと必死だったがユイはスンスン、と軽く嗅いだ後でひと息に飲み干した。

「あああああ!?」

 ネイサンとリタの声がシンクロする。

「あら殿下、意外ですね。お酒はお強い方ですか?」

「さあどうなのでしょうか。よくわかりません」

 ケロッとした表情のユイ。

 無駄にアルコール耐性が高い。

「ど、どうだったんですか! その、味の方は!?」

 グラスを持って駆け寄るネイサン。

「うーん……そうですね、これは……」


「──ワインの味がしますね」


「は?」


「たぶん、美味しいお酒だと思います。この間飲んだカシローシャより少し濃い感じでしょうか」

 

「は?」ネイサンの褐色の肌から血の気が引き見るからに具合いが悪そうな色合いになる。

「何そのテイスティング?」


「カシローシャを無駄にした時から微塵も進歩してない! 駄目だ! こんなやつに飲ませるな!」

 騒ぎ立てるリタ。カシローシャ、という単語を聞いて更に顔色が変わるネイサン。


「いやちょっとお義母さん、やっぱりダメ! ダメダメダメ! なんか大変な事になりそう!」


 ネイサンは半ば半狂乱状態で由梨恵にロマネコンティを手渡し収納するよう指示を出すと、自らは純子からイーグルのボトルを取り上げた。

「何なのもう、殿下が美味しいとおっしゃってるんだから……不粋ねえ。たかだかワインじゃないの」

「いやいやいや! これの価値わかって言ってます? いま開けちゃったこれ僕のコレクションの中でも一番安いのなんですけどそれでも──」

「イーグルは最低でも80万ギルダだぞ」

 リタの言葉にブンブンと力強く首を縦に振るネイサン。

「良かったロマネコンティ開けないで!」

「あら何、良いじゃないそのぐらい」

「いやその何て言うか値段じゃないんです、って! 価値のわかる人に飲んでもらいたいだけです!」

「80万ギルダのお味、覚えましたよ。ご馳走様でした」

 ぺこりと頭を下げるユイ。


 金銭感覚がズレている、というかお金に無頓着な純子と、普段、社長業や株取引で扱っている金額の桁が違うユイはケロッとしている。

「高級ウイスキーは取り扱いがありますけどワインも面白そうですね、ふふふ」


「悪魔のような女共だな」

 苦虫を噛み潰したような顔になるリタと、供養するようにワインを飲み始めるネイサン。



 結局、日本酒を飲む事になったらしい。

 互いにさしつさされつ、盃を交わしていく。

「あら本当に……殿下はお酒が」

 純子も流石に、まったく顔色が変わらないユイの事を訝しく思い始め、マーガレットと雄大がそれぞれユイの左右に待機して様子を伺う。

 ほろ酔いになりつつある純子に対してまったく普段と変わらないユイ。

「皇女殿下はお強いんですねえ」

 心底感心しているのは大黒芳佳、純子の横にちょこんと座る。

「お好きなんです?」と芳佳。

 ややグロッキー気味の純子に代わってユイの盃に燗の付いた日本酒を注ぐ。選手交代だ。

「さあ、どうでしょう。そこまで美味しいとは思いませんが。お水だとこんなに飲めませんがお酒だとスイスイ身体に入っていくのは面白いですね」


 物凄い速度でアルコールが分解されているのだろうか。


 相当な量が入っているはずだが少し頬が上気している程度。足の痺れからかもぞもぞと足を動かしポジションを変えるほどには平静を保っている。


 こう見えて大黒芳佳は酔客の相手が得意。決して潰れた事が無い。未亡人の芳佳を部屋に呼び付けメロメロに酔わせていかがわしい事をしようとたくらむ宿泊客を何十人と吐瀉物塗れの返り討ちにしてきた猛者うわばみである。


「よっちゃん強いな……」驚く雄大。


「まさか──わたしと五分に渡り合える、いえそれ以上の女性がいらっしゃるなんて」

 芳佳の方が先に酔いが回りつつある。



 マーガレットですらとんでもない怪物を見るような目でユイの横顔を眺め始める。

「あの、ユイ様? ちょっと失礼します」

 マーガレットがユイの額に手をやり、脈拍を測り始める。確かに心拍数は上がっているし身体も熱っぽいが、ユイの健康状態に異常は検知出来なかった。続けて雄大がPPのアプリ、ラドクリフが機動歩兵用の簡易メディカルチェックキットを持ち出してユイの健康状態や血中アルコール濃度をチェックする。 


「あっ──」

 火照った顔で水を飲んでいた純子は大事な事を思い出したように叫んだ。


「殿下のお母様──皇后陛下って確か!」


 地球と木星の仲を取り持つべく月から木星王家に嫁いだものの、悲運にも見せしめとして皇帝ビルフラムと共に処刑された良家の子女──メア・ファルシナ──旧姓・鷹司たかつかさ


鷹司芽愛たかつかさめあさん!」


「はい──メア皇后陛下はわたしの母です。鷹司家というのも聞いた事があります。かつては浅からぬ親交があったようですが、ちょうどわたしが産まれた頃、当時の情勢から疎遠に……そうそう、元々は魚住の家も鷹司家に縁のある家の子女だったと記憶しています」


「そうなんだ」とマーガレット。彼女も魚住の生家と皇后との関係については初耳らしい。


「それ、鷹司家の血よ! 星野の家は木星戦争以降鷹司家とは疎遠になったらしくてよく知らないのだけど──凄かったらしいわよ」


 鷹司の家系には酒豪が多かったらしく星野家親戚一同の宴席でお酒に強い弱い、などの酒量についての話があると必ず話題に上る人々だった。

 一旦、話題には上るものの星野家にとってみれば遠い親戚にあたる鷹司家は星間戦争の末に裁かれた戦争犯罪人・メア皇后を排出した忌むべき家系。誰もそれ以上のことは語りたがらなかった。

 それこそ禁忌扱いされていた名前である。


「そうなのですか!」

 ユイがパンと、柏手を打って喜ぶ。

「殿下のお母様もお酒、お強かったのかも知れませんね」

 芳佳は優しく笑い掛ける。

「ユイさん何か覚えてる?」と雄大。

「ああいえ……父も母もあまりお酒は」


 ビルフラムを誑かして勝ち目のない戦争に突入させた魔性。大国を滅亡に導いた九尾の狐の伝承になぞらえて『女狐』と蔑まれてきたメア皇后。


 生家である鷹司家はもちろん遠縁の星野家も風評被害に苦しんだようだ。


 純子は幼心の折に木星帝国に対する悪口雑言を数限りなく聞いてきた。

 ニュース屋が煽らずとも人々は戦争の責任をメア皇后に押し付けた。彼女は『女狐』と呼ばれ中には『祟り神』扱いする者までいた。女狐呼びといい、ユイに対する『木星亡霊ジュピターゴースト』呼びといい……戦争の敗者は正当な評価を受ける機会を与えられぬまま徹底的に貶められる。


「優しくて物知りな母でした。こんなわたしにも、母の血が受け継がれている事を感じられて嬉しいです」


「大酒飲みの味音痴なところがか?」歯を見せて笑うリタ。


「おいこらリタおまえなあ」雄大がリタを軽く小突く。


「味音痴なわけがありません。お母様はお料理が上手でしたよ」少し不機嫌そうに頰をふくらませるユイ。


「贔屓目だな。メア皇后はかなりの才女だが家庭的なスキルは凡庸だったはず」とリタ。


「あらそう? 鷹司さんのところは星野の家並に厳格ですよ? 少なくとも芽愛さんはお料理に関してもひと通り仕込まれていらっしゃったはず」と純子。


 皇后の話を膨らませようとする周囲に対してマーガレットの表情がやや険しくなってくる。

 雄大は様子のおかしなマーガレットを見て近付いて耳打ちする。


(どうした?)


(わたくしの事は良いから……何か話題を変えなさい)


 少女伯爵は左手に持った扇子で口元を隠しながら右手で雄大の二の腕をべちぺちと叩いてくる。


(え?)


(もう鈍いわねえ……なんでもいいからこの場の雰囲気変えなさい)


(いや意味がわからん、自分でやれよ)


 木星王家に向けられる悪意はビルフラムとメア、そしてホラス皇太子の処刑、そして財産の没収で随分と小さくなったが、裕太郎や純子の世代はメアにあまり良い感情を抱いてはいないだろう。マーガレットは月で評判の悪いメア皇后のことを思い出した純子がユイへの心象を更に悪くしかねない。ただでさえ苦戦している「花嫁点数ポイント」勝負に悪影響を与えるのではないか……と心配していた。


(もう〜アンタって頼りになるのかならないのか……)


 ユイのサッと行動に移すマーガレット。


「あの失礼ですが純子様はメア皇后陛下の事をどう思われておられますか──ユイ様は皇后陛下の事となると平静を保てなくなる節がありまして──どうぞこの話題についてはこの辺りで切り上げていただければ……」

 マーガレットはそのまま純子の傍に寄ると先程と同じように扇子で口元を隠して耳打ちをした。


「ああ、マーガレットさん。その事を心配していらっしゃるのね」

 しかし純子の方は意外にもメア皇后に対しては好意的だったようだ。内密の話とはせずに、マーガレットではなくむしろユイに向かって大きな声で喋りだす。


「芽愛さんの事をわたしがどう思っているか──さあて、お会いした事も無いですし一世代も前の世界に生きた御方の事をどうこう語るのは──ただまあ、先程も言いましたが鷹司の家が自信を持って送り出したのだからそれはもう、ユイ殿下が言うように素晴らしい御方だったのでしょう、これだけは断言できますよ」


 少女伯爵から見てもわかるほど、純子の顔は弛んでいた。初対面時にユイに見せていた挑発的な態度はかなり薄れている。

 飲酒の効果なのか純子の口角は上がり、更に若々しく見える。


「ありがとうございます!」

 純子の言を聞いたユイの顔は急にアルコールが回ったかのように上気した。反対にリタは面白くなさそうに嘆息し、クッションに身を沈めるとわざとらしく大きな欠伸をして不貞寝し始める。


「月の方にそう言っていただけると母も喜びます!」


「まあ昔は──芽愛さんの事を『女狐』だなんだ、と陰で口汚く罵る『小物』がこの月にも大勢いましたがね、ふふふ──芽愛さん、いえ鷹司家の子女を悪く言うなど由緒正しき星野家や五摂家への侮辱に他なりませんからね」


 手酌でお猪口に日本酒を注ごうとする純子の手を制してユイが素早くお銚子を持ちお酌をする。

「あらまあ」


「ありがとうございますお母様!」


「殿下? 『お母様』などと余裕ですね、最下位なのに」にやりと笑う純子。

「芽愛さんは素晴らしい方かも知れませんが、その娘である殿下御本人は果たして──どうでしょうね。数日殿下の人となりを見させていただいた限りでは、正直、芽愛さんの域に到達しているとは思えませんが──」


 やや厳しげな顔付きに戻る。


「ふえ──」

 上げて落とす──一気に顔色が悪くなるユイ。


「親は親、子は子。あくまで独立した個人です」

 お猪口に注がれた酒を眺めながら自分に言い聞かせるようにつぶやく純子。


「どうぞ殿下御自身のお話をお聞かせくださいな。わたしたちは互いの事をもう少し知る必要があります」

「は、はい!」


 ◆


 遂に──怪物に思えたユイの底が見え始める。

 純子、芳佳のふたりと返盃を繰り返していく内に段々と上機嫌に──いや正気を失くしていくユイ・ファルシナ皇女殿下。

 しんみりと飲んでいたはずの裕太郎とモエラも固唾をのんでユイの様子を伺う。

 ふんふんふん、と鼻唄でリズムを刻み始め、頭をゆっくりと左右に傾ける。

「ゆ、ユイさん大丈夫?」

「はぁーい! だぴょん♪」

 どこかで聞いた事のあるメロディーを口ずさみ始める次期皇帝。

「あっ」

 雄大は例のアレが飛び出すのを察知した。

「──ぴょんぴょんぴょん♪」

 両手を米咬みに当てうさぎの耳に見立て、パタパタと四本の指を何度も折畳む。

 出会った当初の魚住とユイが踊っていた、やや恥ずかしいウサギ・ダンスだ。

 突然、何を思ったか前方にジャンプしようとするユイ。

 足の先がまったく動いていない──

「うわあ──!?」

 座っていた雄大とマーガレットは文字通り飛び上がってすっ転びそうになるユイを抱える。

 きゃっきゃっ、と幼児のように普段よりも高い声で笑い出すユイ。普段ユイの声から滲み出ている慈愛や知性、そして何より──気品が感じられない。


 一同呆気に取られていると今度は純子がユイと同じメロディーの歌を歌いながら両手を頭に当てた。


『──月のウサギが跳ねるのは〜♪』純子。


『楽しい楽しい祭りの日〜♪』ユイ。


「えええっ?」

 雄大とマーガレットは抱え上げたユイが身体をバタバタしながら歌い出したので純子とユイを交互に見ながら口を開いて呆気に取られ固まっていた。


『みんなでヨイショ! おもちつき〜♪』純子。


『ぺったんぺったん♪ ぴょんぴょんぴょん♪』ユイ。


「か、母さんこれ知ってるの!?」と雄大。


「懐かしいわねえ! 『みんなで☆ぴょんぴょん』よ──小さい頃物凄く流行ったの! 殿下もご存知だなんて驚きね!芽愛さんから教わったの?」と純子。


「いえ〜、これは魚住という月から来た教育係から……ふふふ」ユイ。


「魚住さん?」

 呆気に取られていると由梨恵がPPを操作してカウントダウンライブのホロを縮小、代わりに検索候補に出た古い人気児童番組のホロを再生する。


「お、同じだ……」


「ええ? ……お母さんとユイちゃん──割と世代が近いとは思うけど10年ぐらい違わない?」と由梨恵。


「昔からある定番のダンスなのよ」と踊りながら答える純子。


「俺こんなの知らないけど!?」と雄大。


「当然よ、宮城家の家風とは合わないもの。星野家でも禁止されてたわよ」

 確かに武家や旧家では敬遠されそうなダンスである。


「な、納得……しかしこれ、こんな歌詞があったのか」婚約者と母親の痴態にドン引きする雄大。

 魚住京香がユイをあやすために教えたのだろうか……

 ふたりの女神の凛々しい姿しか知らない者が見たら卒倒しそうな豹変ぶり。


「こ、これはさすがに他所様には見せられないなぁ──」と羞恥で顔色が変わるネイサンや頭痛を堪えるようなポーズで目を覆っている裕太郎とは対照的に、ラドクリフは嬉々としてPPで動画を撮影をしている。


「ら、ラド何やってんだ!?」

「怒るなよ、酔ってる皇女殿下かわいいからさ。おまえにあとで見せてやろうと……」

「母さんも映ってんだろ! 痛いだけだ、消せ!」

「あ、それもそうだな」と一瞬げんなりして正気に戻るラドクリフ。


「ちょっと何!? 今の聞き捨てならないわね! 母さん、若い子にはまだまだ負けないわよ!? ねえモエラくん!?」


「その通りです!」大声を張り上げるモエラ。


「ユイも負けないぴょん!」笑い上戸らしいこちらの皇女も見ようによってはかなり痛い。


 割と静かだった宴席がぎゃあぎゃあと大騒ぎになっていく。ユイは雄大達に抱えられたままバタバタと暴れるため、座卓の上に置かれた空の銚子を蹴飛ばしてしまう。

「メグちゃん痛い! 大丈夫だからそろそろ放してください〜!」

「だ駄目です、今のユイ様は正気ではありません!」

 見た事のない主君の痴態に動揺して何も出来ないマーガレット。

 勢い良く飛んだ銚子は他の食器にあたり盛大に割れて外にも聞こえるほどの大きな音がする。

「ああああ!?」悲鳴を上げる由梨恵。

「う、魚住ぃ〜! 恨むわよ!」マーガレット。

「わたしが行きます──!」芳佳。

「ええ? ちょっと! お怪我とか無いんです!?」麻里。

 こういうトラブルに言葉と同時にササッと身体が動くのはさすがサービス業のふたり。


 スーパーボウルの決勝もカウントダウンライブも最早誰も見ていない。純子とユイ、ふたりの元気な酩酊女を扱いかねてそれどころではないのだ。


 門の外で待機している4団体。英国諜報部がざわつき始め、マルタ騎士団のマースが巨体を起こし、月陸軍ルナガード空挺部隊が緊張の面持ちでショックライフルを準備し始めた。

 憲兵隊の隊長がネイサンからの緊急ボタンによる『オールグリーン』のサインを受け取ると他団体にショックスティックをゆっくりと回して円を描いて何事も無い旨を伝えた。


 


 

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[良い点] お酒でわちゃわちゃしてるの楽しげで良い お母さんの話でちょっとしんみりするのも
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