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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
160/186

あゝ月の夜は静かに更けて

「副団長──近くで未登録の『禁忌技術タブー』が使用されています!」

「わたしも把握している──!」

「携帯形、同一種の装備がふたつ──解析中」

「未知なる禁忌技術タブーかも知れぬ。特定を急いでくれ」


 念のため『栄光グロウリイ』を起動させる──


 ここは戦場ではない、月一等市街地だ──冷静沈着な副団長をここまで大胆にさせるのは宮城の家に滞在する『黄金の獅子』の存在。


(先のクーデターで危機管理意識が向上した宇宙軍ならいざ知らず、年末休暇の隙を突けば一人で平和慣れした月の行政府ぐらいは楽に占拠できる──)


 データに拠れば『フェンリル狼』はレンジャー28部隊のエグザス突入をひとりで食い止めた、とある。

 ルナ・ドローンを庭石で狙撃し、ヴェルデ・アルマデュラを装着した修道騎士3名相手にほぼ互角の戦闘をする──今、宮城家の中にいるのはその化け物の『師匠』である。


 僧衣を脱ぎアンダースーツ姿になり強化装甲服を装着する準備を進めるマース。

 胸の十字架をコンテナに挿し込むと外壁が展開し座姿の金剛力士像のようなエグザスが姿を見せた。

 戦術脳にアレキサンダーの孫が『聖鎧アクバル』を装着した場合の戦闘力を推測させ、自らが装着する『栄光グロウリイ』と近接戦闘した時の推移をシミュレートさせる。

 戦術脳は即答する──一対一戦闘勝率12%以下。

 模擬戦闘時間30〜600sec


 一分すら保たず倒される事があるのか、と驚く。


(エンディミオン、わたしにも聴こえたぞ。これが天啓か)


 ──東のかた、邪淫妖魔の巣窟となり果てぬ。阿鼻叫喚の地獄なれど人に抗う術なし。耳を塞ぎ、嵐が過ぎるのを待て──




 ドイツ騎士団長マクシミリアン、マルタ騎士団長エンディミオンのような騎士団長クラスの修道士になると『神のお告げ』のように霊的な何かの声が聴こえてくるという。

 自分だけに聴こえる声。

 神の使徒としてのステージが上がり神の奇跡を体験している、と教会内では解釈されている現象。


 おそらくそれは五感とは別の第六感、現在の科学では説明が難しいがいずれシステムが解明されるであろう人体の拡張機能アドバンス

 本来人間の脳に元から備わっていた能力、鋭敏化した感覚センサーとコンピュータ並の演算能力がもたらす内なる警報アラートである。


 いわゆる神のお告げ・天啓のように上から降ってくるのではない。自らの進化──解放された能力。


 数多くの禁忌タブー聖遺物オーバーテクノロジーに晒される事で退化した脳が活性化され、断絶していた神経が繋がる。

 そうして感覚が研ぎ澄まされ常態化していくと、ニンゲンがかつて備わっていた予知能力とも言える一種の危機察知能力を取り戻す事が出来るらしい。


 これを神の奇跡と呼ぶのなら──人類の進化の到達目標とは失った機能の回復リハビリであり、宗教家とは病人がベッドから起き出して脱走しないように見張る看護士のようなものだ。


 巨人マースの感覚の覚醒を促した禁忌技術による『阿鼻叫喚地獄ハザード』とは何なのか……


 宮城家の中央部から立ち昇る嘆きと憎しみのオーラ──怨念のような物が渦巻いている──身の毛もよだつ悪魔の儀式が行われているのだろうか


「我が身の破滅を恐れず宮城家の内部に踏み込むべきなのか──それとも天啓を信じて事態の沈静化を待つべきか」


 マースは『栄光グロウリイ』に手をかけたまま成り行きを見守った


 ◆


「なんなのこれえええ!?」

 宮城家茶室──悪魔の儀式、宮城雄大の公開処刑が執り行われていた──


 J.Bやネイサンのような女の子大好き色男達は、本能、いや煩悩のおもむくままに振る舞い、散々良い思いをしまくった挙げ句に人間関係のこじれから痛い目に遭い「他人の心をもてあそぶのは良くない」「本能に負けるのは人間的に未熟な証し」という真理に辿り着く。


 しかし。


 宮城雄大は良い思いをする前に何故かモテまくり、美女や母親の前で性癖を晒され、男子の尊厳を破壊されまくっていた。


「モテたいモテたいとはおもっていたけど一度に来ちゃだめ! 交通渋滞してるでしょおおお?」


 雄大を求める美女達と、順番にひとりずつ、ゆっくり時間をかけて心ゆくまで愛を育めたのなら。

 王侯貴族も真っ青な特濃の人生だった事だろう。


 ユイのポイントはダントツの最下位。

 麻里と芳佳が激しく競り合い、少し離れてマーガレット、という状況。

 月の武家の古いしきたり、月市民や太陽系内環の地球圏寄りの生活様式が基本となっているだけでなく、武家を標榜するだけあって、純子の提示する勝負事にはある程度の基礎体力が要求された。


 積極さや色仕掛けでは麻里に及ばず


 家事全般旧家の習わし細かい気配りでは芳佳に及ばず


 気力体力面、そして雄大を慕う気持ちの強さではマーガレットに及ばず


 ある意味、当然の結果だと言える。



 ◆



 日中、純子に振り回されて疲弊しきった宮城の家に所縁ある方々は交替で邸宅内にある立派な温泉設備で労を洗い流した。

 食事の豪華さも謎の『勝負』の題材にされてはいまひとつ楽しめず、唯一の癒やしと呼べるのがこの露天風呂だ。


 12月31日、午前二時──四時起き五時起き当たり前の純子に付き合うためにほぼ全員が早寝早起きを強制されている。苦もなく付き合えるのは海兵隊隊長ラドクリフと旅館業の大黒芳佳ぐらい。

 さすがのマーガレットや麻里も泥のように眠っていた。マーガレットは意図的に深い睡眠をとろうとして自己暗示をかけているらしい。麻里は純子や由梨恵、特に芳佳より早く起きねばならぬ、と意気込んではいたものの、あどけない表情で幸せそうに涎を垂らしながら眠り込んでいる。


 そんな中──

 心労で寝付けなかった男、宮城雄大が年代物の板張りの廊下を物音を立てぬようにこっそり歩く。部屋が足りずに雄大の部屋で寝ているラドクリフが豪快にいびきをかいているので多少の足音ぐらいは誰にも気付かれることは無いだろう。

「ラドのやつ、人の気も知らずに幸せそうな寝顔しやがって」


(しかし、いくら客間が足りんとは言え由梨恵がネイサン少将と一緒の寝室、ってのはちょっとショックだったな──婚約する前から何度も何度もデートしてたのは知ってたけど)

 童顔かつ言動が子供じみた由梨恵はまだまだ未成年でも通用する外見をしている。幼年学校の黄色い帽子を被っていた頃の印象が強くて未だに雄大はそのイメージをひきずっている。

(そ、想像できんなぁ)

 美男子で何人もの美女と浮き名を流したネイサンが最終的に選んだのが、男子に混じって川に飛び込んで沢蟹を捕まえていた洟垂れ妹、というのがどうにもしっくり来ない。

(まあ、可愛いと言えば可愛いが──女性的な魅力は薄い気がする)


 由梨恵と結婚しなくてもラドクリフと同じく養子縁組で宮城家と血縁関係を結ぶことも出来たはず。

 由梨恵本人は「家に持ち込まないなら浮気してもかまわないよ」とは言ってるらしいがネイサンは女性関係をきっちり清算してきたらしい──それこそ凄惨な修羅場もあって由梨恵も刺されそうになったり暴走車が突っ込んできたり、身の危険を感じる事件に遭遇した事があるらしい。


「え? そうだよ? ネイサンくんのほうからだよ? 何度も口説かれたんだ。結構しつこかったからついオッケーしちゃった。なんでわたしなんだろ、不思議だね?」とは由梨恵の言。


(誰もが羨む大物を射止めたのに、何事も無かったかのようにケロッとしてるよな)

 大物なのか馬鹿なのかよくわからないが──美男子の正妻におさまるにはこれぐらい常人離れしたメンタルを持ってないと駄目なのか。

(ネイサン少将、案外とロリコンなのかもな)


 雄大は由梨恵達の寝室の前を耳を塞ぎながら早足で通り過ぎる。

(い、妹と婚約者がふすまの奥で一緒に寝てるかと思うと生々しくていかん。うっかり変な声でも聴いちゃったらトラウマになりそう──)


 雄大は最近できた妹分、鏑木林檎の事を思い出す。

(そういえば林檎も何故かモテるよな……あ、アイツそういや年越しライブで──そ、そうか! よく考えればエウロパでナンパしてきた相手とデートしてんだよなぁ〜。なんかいまさらになって陣馬の気持ちが理解出来るようになってきたぞ、林檎大丈夫か?)


 自分を慕ってくれていた妹分が男と付き合うようになって疎遠になる──無性に虚しい気分になる雄大。

 ふっ、と母親の事が頭をよぎる。


 純子目線で考えてみる。

 跡継ぎに、と考えて目一杯甘やかして育ててきた長男が自分を捨てて別の家の婿養子になる──


「け、結婚ってなんなんだろうな……」

 ポツリとつぶやく。


 家族が増えるんじゃなくて、よく知らない他人に大切な家族を奪われる──それが結婚なのではないか。


 そんなことを考えながら裏口から出て脱衣所へ。

 雄大は露天風呂に入りに来たのだった。


(はー、なんかホッとするなぁ。サークルクラッシャーを付けていたら人に会うのが怖くなる)


「まあでもなんだ、その──」


 雄大は簡易的な暖簾をくぐりつつ、よっちゃんこと大黒芳佳と温泉の前で鉢合わせする妄想をし始めた。

(ちょっと複雑な気分だけども──アリだよなぁ。さすがの未亡人、色気ある。由梨恵の変な声は聞きたくないけど芳佳ちゃんきっとえっちな声出すんだろうな、たまらん──あのよっちゃんが俺と結ばれるためにあんなかわいい女の子になるなんて。なんか期待に応えてあげたくなっちゃう)

 ニヤける雄大。

(背中とか流してもらっちゃったり──いやむしろ俺が背中を──)


「きゃっ──」

「えっ!? お、おうわああ!?」


 いた。

 温泉の前で雄大は花嫁候補と鉢合わせした。


 しかし、そこにいたのは大黒芳佳ではなく、ユイ・ファルシナ第一皇女。雄大の婚約者だった。


 ウェーブのかかった艶々、黒々とした美しい黒髪。光が反射して宝石が散りばめられたよう。


 ユイの肩口に乗っていた小鳥が雄大の声を聞いて飛び立ち桜の樹の枝にうつった。


 柱の影から顔を出すユイ。

「雄大さん?」

 陶磁器のような美しく滑らかな首筋から肩口の曲線、手で覆われた豊かな胸のふくらみ、髪はまだ濡れていないところを見ると、雄大と同じように今から入浴するに違いない。


「わ、たたたた! すいませんすいません!? すぐに向こう行きますから!」

「あの──雄大さん。いいんですよ……その」

「よ、良くない良くない!」

「あの、よろしければ一緒に入りませんか、もう朝までそんなに時間がありませんよ。雄大さんも少しでも寝る時間を作ってください」

「いやいやいや」

「わたし達は一応、婚約者ですけど──今のところ、ですが……婚約者同士ならそんなに悪い事ではない、と──思いますけど──」

「いやいやいや!」

「そんなにイヤ、なんですか……」

 消え入りそうなユイの声、寂しそうな表情。

「あ、そういう意味じゃなくて! お、恐れ多いというかその! ええと、ご、ご一緒させていただきます!」

「はい! よろしくお願いします!」

 ユイが笑顔になると辺り一帯も照明が点いたように明るく感じる。




「と、ところでユイさん。ぜ、全裸──なんですよね? ほんとにそっち行っていいんですか」

「温泉は裸のお付き合いがしきたりだと教わりましたが──」

「えええ、まじ、マジですかぁあ!?」

「え──?」

「い、行きますよお!? ほんとにそっち側行きますからぁ」

 雄大は期待に胸膨らませてユイの前に出た。


 全裸、では無く大きめのバスタオルを身体に巻いたユイ。


 本来はタオルを湯に浸けるのは禁止されているが由梨恵が頼み込んで純子と裕太郎の許可を得たようだ。


「ああ──ば、バスタオル………はあ」

 ホッとしたようながっかりしたような──

 バスタオル姿でも十分に目の保養になるはずだが全裸を期待していた雄大は激しく落ち込んだ。

「ご、ごめんなさい──こういうとこ、ですよね。わたしがダメなのは……雄大さんと感覚のずれが大きくて……期待に添えなくて申し訳ありません。今からバスタオル外しますね」

 意を決したようにタオルに手をかける。

「あああ! だ、大丈夫、大丈夫! いや、これは俺が悪いのであってユイさんは悪くない、悪くないからストップ!」

「んー、変な雄大さん……」

「お、男心というのは、その複雑なんです……」

「は、はい。勉強になります……?」



 ふたり、微妙な距離感。

 一緒に湯船に浸かって同じ方向、庭の立派な桜の樹を眺める。

 ユイの吐息、髪の匂い──これがフェロモンというものだろうか。

(よ、酔いそう──すごい。とろける……)


「あの、ユイさんとこうして温泉にはいれて良かった。なんか慌ただしくて──本当は、こういう感じでゆっくりして欲しかった」


「そうですね、わたし温泉って好きです、ふふふ」

「そう? 気に入ってくれて良かった」

「本当の地球の温泉にも入ってみたいものですが──でもわたしはここの、月の温泉の方が良いです」

 ユイが見上げると大きな天体がポッカリ夜空に浮かんでいる。それはもちろん地球である。

 はらはら、と季節外れの桜の花弁が舞い、湯に落ちる。

「わたしの本当のお母様も──こうして地球を見ていたのかも知れません」


 ユイは立ち上がり中央に進む。

 軽い水飛沫とともにふわっとしたフェロモンのかたまりが流れてくる。


 アロマテラピーでもやってる気分。

(ユイさんの周囲の空気の缶詰め、って──売れそう。俺は買う、いや待て他の連中に嗅がせるなんて勿体無いぞ?)

 馬鹿なことを考える雄大。


 水面に映る地球の周りを花びらが回り、地球のど真ん中に入ったユイが楽しそうに地球の陸地をなぞる。

「あ〜、俺もそれやったなぁ。巨大宇宙害獣ガルガンチュアになって暴れてる気分になって遊んでた」

「がお〜、ふふふ」

 ふざけてぱちゃぱちゃ水面を叩くユイ。

「はは、可愛過ぎる害獣だなあ」

「迫力無いですか?」

 激しく叩くが、すぐに元に戻る。

「うーん、地球手強いです」

 ユイが言うとなかなかヒヤリとさせられるセリフである。

 

「わたし、他にも温泉が好きな理由があるんですよ、わかりますか?」

「ええ? ん〜なんだろう? ひんやり夜風が気持ち良い、とかですか?」

「はずれ〜、ふふふ」

 鈴が鳴るようなユイの笑い声、澄んだ空気のせいだろうか、いつもより弾むように響き渡る。


「答えはですね〜、PPが持ち込み禁止だから──でした!」

「へえ?」

「PPがあると、雄大さんはすぐに撮影とか始めちゃうから」

 ああ、と雄大は側頭部に手をやって頭を掻いた。

「あ〜それはその、参ったなぁ」

「たまにはレンズ越しじゃなくて、雄大さんの眼で直接、わたしをじっくり見て欲しいんです」

「えっ、ちゃんと見てますけど」

「そ、その──か、身体の、ラインとか。メグちゃんや麻里さん達と比べて、どうですか?」

「ええとその──」


 雄大の傍らに戻って来て、今度は岩の上に腰掛けるユイ。

 いつもは恥ずかしがって身体のラインや服装の乱れを隠したり、逃げたりするユイが、今は大人しく雄大に見られるがままになっている。


「綺麗──です、本当に──ユイさんが、一番」

「ありがとうございます」


 布一枚向こう側に、愛しい人の柔肌がある。

 そんな脳が灼けるような状況にもかかわらず、雄大はやましい気分にはならなかった。


 性的な魅力よりも、気品が、芸術的な美しさが勝った。


 雄大は皇女の常世ならざる至上の美に見惚れていた。


 桜の花びらがゆっくりと落ちる。

 ユイもそれに気付いて手のひらの上に乗せようと手を出した。

 月明かりならぬ『地球光』に照らされた水辺でくつろぐ美女。伝承の湖の妖精に優るとも劣らぬ美しさ。


「すごい──こんな美しい光景、見たことない」

 雄大は湯で温められたユイの身体から発せられるフェロモンに包まれ一種の催眠状態になっていた。

 ボーッとしながら無意識に言葉を発した。言葉にならないが、言葉にせずにはいられない

「言い過ぎですよ」

 照れ臭そうにユイは婚約者からの賛辞を喜んだ。

「言い過ぎじゃないですよ。俺にもっとボキャブラリーがあればなぁ」

「自信をもって良いのでしょうか──」

「そういう謙遜ってユイさんが言うと嫌味になっちゃうかも。自信持っていいよ」


 加点をなかなか思うようにもらえない、そんな状況に自信をなくしていたのだろう。


「は、はい──でも。このままだと──わたし雄大さんと結婚、出来ませんね。芳佳さんか麻里さんのどちらかに決まりそう」

「馬鹿なこと言わないでよ──ポイントがどうのこうのって、母さんが勝手に決めてることなんだから」


「いえ駄目ですよ。勝負する。とわたしはお母様と約束をしました。口約束といえどもこれは契約ですよ。ぎゃらくしぃの社長としても木星王家としても──契約破りなんてとんでもない」

「固いなぁ、ユイさん……」

「でも、出来れば──負けるならメグちゃんに勝たせてあげたかったなぁ……でもそうしたら、メグちゃんもわたしの傍から居なくなるんですよね……難しいです」

 うつむくユイ。

「ああほんと家とか、親とか──そういうの。面倒臭いなホント……帰ってこなけりゃ良かった」

「……すいません、わたしが行こう行こうって無理を言ったせいで大変なことに──」

「謝るのは俺の方だよ! 母さんがこんな底意地悪いことしてユイさんをいじめるなんて思わなかった。ごめん、本当に申し訳ない」



「お母様はそんなに異常な事をやっているとは思えません──ポイントを取れないわたしが不甲斐ないだけで。わたしは皇女や社長の肩書きだけで『お嫁さん』としては無能なんです──あのう、雄大さん。何も肩書きがないわたし──皇女ではないわたしを、どう、思われますか?」

「素敵ですよ、お世辞抜きに」

「でも、わたしと雄大さん、趣味とか味覚とか合わないし──月の生活様式と木星王家のそれは合わないのかも知れません。一緒になっても仲良く出来ないかも」

「関係無いよ、趣味が合わない夫婦なんていくらでもいるよ──ユイさんが必死に頑張ってるの見て──言葉にうまく出来ないけど、その。俺もユイさんのために努力しなきゃ、って──あれ、ちょっと待てよ?」

「はい?」

「木星帝国の皇后陛下、ユイさんのお母さんって──月の出身なんでしょう?」

「はい──」

「合わないわけが無い、ユイさんは月の民と木星の民のハーフなんだ、月市民の俺とは相性抜群のはずだよ?」

「あっ、そ、そうですよねっ! 自信をもっていいんですね!?」

「もちろんだよ!」


「元気が出てきました! よーし──なんとか、お母様に気に入られてポイントを稼ぎますね!」

 ぐっ、と拳を握るユイ。


「逃げよっか」

「え?」

「なんかもう──面倒になっちゃった。なんで母さんに俺の結婚相手まで決められなきゃなんないんだ。母さんとユイさんが結婚するわけじゃないんだから。明日の朝もまた変な勝負とか言い出したら──俺、正式に抗議するよ。それでも母さんが聞き入れてくれないのなら──ふたりで脱走しよう」


「脱走──そんな」

「大丈夫、ゆっくり時間をかけて母さんを説得しよう。ちょっと過激なとこがあるだけで裕太郎みたいに偏屈じゃないから。きっといつかわかってくれるよ」

 ありがとう──とユイは呟いた。

 自分のために、母親すらも捨てる覚悟の雄大の姿

 感激で涙腺が弛んだのか瞳が潤む。

 立ったまま泣き出したユイを慰めるために近くに寄る雄大。

 自然と肩を寄せ合い、目を瞑る。

 湯の中で、ふたりの身体が溶け合うような錯覚。

「不思議だなぁ──あんなにユイさんの裸が見たかったのに」

「そうなんですか、ふふ」

「見ない方が──ドキドキする」

「わたしも──いつもより近くに感じます」

「ずっとそばにいたいな」

「はい──ここにいますよ」

「うん」

 ふたりは手を握り合い、背中合わせに重なり美しく手入れされた庭園を眺める。

「季節外れの桜かぁ──綺麗だな」

「植物って、いいですね──安らぎます。そういえば桜の季節っていつなんですか?」

「春だよ──」

「梅は?」

「これも春かな、同じ桜でも遅咲き早咲き、品種によって微妙に差があるんだけど──PPがないから正式には調べられないなぁ──うーん、思い出してみるね」

 ふふふ、とユイは笑う。

「え、何かあった?」

「やっぱり、PPが無いとお話が楽しい気がします」

「そうかなあ」 

「そうですよ、ふふ」


 他愛も無い話を続けるが不意にユイがぶるっ、と肩を震わせた。


「あんまり入ってると逆に身体に良くないかも。そろそろ出ようか」

「はい──その、雄大さんのお部屋にいってもいいですか? もっと、ふたりでお話したい……」

「だ、だめ──これ以上はその、我慢の限界」と雄大。

「そ、そうですか……」

 頬を赤らめ、残念そうなユイ。

「ユイさん、自覚無さすぎるよ──自分がどれだけ魅力的かわかってない」

「……雄大さんもご自分のこと低く見ていらっしゃると思います……」

 ユイのほうから雄大の腰に手を回してくる。


「雄大さんといると──すごく、毎日が──充実しているんです。ヒヤヒヤ、ドキドキすることのほうが多いですけど──雄大さんのことを考えると、その。いやなことを、忘れてしまうんです──雄大さんと会う前は眠るのが怖かった──明日が不安で、怖い夢を見るから──雄大さんみたいなはっきり言ってくれる人が、傍にいてくれたら──わたしは暗闇でも道を間違えないと思います」


 暗闇とは何だろう。

 雄大は考えた。

 それは世の全てを呪った8歳の皇女の仄暗い復讐の心なのだろうか。

(この人は──ヒトという種族そのもの──を信用していなかったのかも知れない)


 他人のみならず、自分自身でさえも。

 


「わたしの妹は残念でしたが──わたし、眠っていて、冷凍刑になって良かったのかも知れませんね」

「え?」

「あのまま、あの時代に生きていたら──たとえば木星が地球との戦争に勝ったり、勝てないまでも停戦したりして──そんな状態だったらわたし──今みたいに楽しく無かった」

「ユイさんはいま楽しいの?」

「はい──苦しいし悔しいしお母様からは認められていないですけど──嫌われてるわけではない、と思えます。こんなに他の人と区別なく平等に扱ってくれたのはお母様が初めてなのかも知れません。忖度も蔑視もなく──ひとりの人間として正当に扱われた気がしているのです」


(相当に入念な意地悪をされていたような気がするけどなぁ……)


「芳佳さんも、麻里さんも──本気でわたしと向き合って、雄大さんを取り合ってくれてますし、メグちゃんもなんだかんだで負けず嫌いだから手が抜けないみたいだし、ふふふ。学校とか、こんな感じだったのかなぁと思っています。お友達と喧嘩して、競走して──ふふふ。リタにもこんな生活をさせてあげたかった──」


 彼女の心を覆っていた氷は少しでも溶けたのだろうか

 雄大はユイの心の奥底を探ろうとするがまだまだこの不可思議な女性の感情を完全には把握できていない。


 だが、本来のユイ・ファルシナに近付きつつある。



「あたたかい──雄大さんの、鼓動──」

「うん──」

 不思議と落ち着いている。

「──このまま逃げるのも、悪くはない。わたしにもそう思えてきました──魚住には悪いですが木星王家の事を忘れて、わたし個人、なんの肩書きも持たない、ひとりの女の子として、男の子をめぐって頑張ってみたのですが──今、すごく清々しい気分なのです。こんな気持ちは初めて。こういうのを肩の荷が下りる、というのですね」

「それは良かった! たまには忘れなきゃ。ユイさんひとりで帝国再建の重責を背負うのはやっぱり大変だよ。セレスティンとかにも色々仕事やらせなきゃ割に合わない」

「でも──皇帝の座を取られちゃうかも知れません」

 苦笑いするユイ。


「くれてやればいいさ。皇后になれ、なんて言ってきたらそれこそ逃げよう──ふたりで。俺はユイさんさえいればそれでいいや」


 ユイは頬を染め上げ、頷いた。

 なんとなく雄大なりのプロポーズの言葉のように感じた。


 指と指を絡め合う。

 誓いの儀式のように。


「雄大さんの速い車や宇宙船で、どこまでも」


「誰にもつかまらないよ」


「何処へ行くんですか?」


「それはユイさんが決めてよ」


「では、どこか考えておきますね」


 ふたりはしばらく抱き合った後で指を絡めて見つめ合う。

 永遠とも思えた時間はちょうど一時間。

 濃密な一時間だった。

 脱衣所の置き時計の鐘が鳴り午前三時を告げる。


 それを合図に、どちらからとももなく名残惜しそうに指を解くとそれぞれの寝室に戻っていくのだった。



 宮城家の門の外。


 煙草の代わりに万年筆をもて遊びガムを噛んでいる英国諜報部J.Bは、ユイと雄大のむつみごとを聴いて青春時代を思い出していた。

 流石は英国諜報部のトップエージェント。盗聴はお手の物らしい。

 普通の小鳥に混じって宮城家の中に鳥を侵入させたのか。


「良いもんだな、こういう甘酸っぱい感じのやりとりも」

 一服したいのを我慢して噛んでいたガムを捨てるとコーヒーを飲む。

 イヤホンが不意に外された。

「──!?」

 J.Bは振り返らずに両手をあげた。

「英国紳士が出歯亀の真似事ですか」

「紳士である前に『諜報部員スパイ』なもので」

「あらあら──」

 宮城純子とJ.Bは、左と右のイヤホンを分け合い、ふたり並んでユイと雄大のやりとりを黙って聴いていた。

「ロマンチックな夜ですね。異性を口説くには最適だ」

「さすがは皇女殿下、お風呂場で意中の相手とバッタリ出会うなんて豪運の持ち主ね──息子が取られちゃいそうよ。本当に偶然なのかしら」

 観念したように笑う純子。

 少し寂しそうな横顔。

「いえいえ、我々の話ですよマダム。こんな美しい人が月にこもってひっそりとお過ごしになられているなんて人類の損失ですよ。麗しの月の姫君、あなたこそ本当の淑女だ。是非とも地球に降りて我々ロンドンの男性達の心の渇きを癒やしてもらいたい」

 自然に手を握ってくるJ.B。

「あら大胆ね」

「あなたは今、焦っている。息子さんが他の女性に取られそうで不安で仕方が無い」

 肩を寄せ、腰に左手を回す色男。

「確かにその通り」

「その喪失感を埋めるにはあなたも新しい恋をする事です。互いに潤いが必要なのですよ」

「まあ素敵──」

 J.Bが右手で純子の顎を持とうとしたその刹那、純子はJ.Bのスーツの襟と袖を掴んで回転、臀部をJ.Bの腰に当て、軽く押す。

 目にも止まらぬ手の動きに驚いているといつの間にか足が宙に跳ね上がる。


(柔道? 背負い──いや、払い腰!?)


 純子はJ.Bを優しく尻から落とした。呆気に取られて固まる諜報部員。

 純子は親子ほど歳の離れた伊達男の顎を持ち上げた。

「心の渇き云々はさておき、受け身が下手ね。お望みならばこの後、離れの錬武場においでなさいな。地球の軟弱な殿方に体術の稽古を付けてさしあげます」

 イヤホンをJ.Bの口につっこみおしゃぶりのように咥えさせる純子。余裕の笑みを浮かべるとすたすたと門の方へ向かった。

「ベッドの上でならあなたを満足させる自信があるのですけど」

 後ろ姿を見送りながら声をかける。

「あらいやだわ。うちに泊まっている花嫁候補達に悪さできないように畳の上で胃液が逆流するまで受け身の練習をしていただかないと──」

「ご遠慮します」

 やれやれ、とズボンの埃を払い身なりを整えると盗聴器を収納した。



 ◆



 12月31日 午前七時──

「楽しみ過ぎて眠れなかった──!」

 こんな事はいつ以来だろう、とモエラはレトロな自家用タイヤ車で宮城家に向かっていた。


 モエラお気に入り、ピュアホワイトのニッサンスカイラインR34GTR──を模した復刻モデル。


「こんな朝早く押し掛けるのは無作法極まり無い気もするが──」

 宮城の家では餅つき、飾り付け、年越しの準備あれこれをするはずだ。昔、裕太郎と友人付き合いをやっていた頃に手伝いに行った記憶がある。

 モエラの自宅も月一等市街地ではあるが区画は違い、東と西の端と端。どちらとも高級住宅地だがモエラの住まいは月でしかなかなかお目にかかれない「タイショウモダン」と名付けられた独特のスタイルの和洋折衷洋館だ。これはこれで人気があり、由梨恵はこれに憧れている。

「学生時代から変わらず頼れる男だ、と純子さんにアピールせんとなぁ、ハハハ──皇女殿下にもあれこれ月の作法を説明したりしてな! 『まあ少将閣下は何でもご存知なのですね!』とかなんとか!? まあついでにポップコーンでも食いながら裕太郎とスーパーボウルの決勝でも見るとするか、あー、楽しみ楽しみ!」


『交通規制──特別警戒中──車両進入禁止』


「おお、やっとるな? 厳重警戒けっこうけっこう、殿下をお守りするのにやり過ぎということはないぞ、ハハハ」


 モエラは口笛を吹きながら車を降りる、自動運転システムを作動させ近くのパーキングに移動させようとするが見当たらない。

 少し口を尖らせるモエラ。

「まあ仕方無い、家の車庫に戻すとするか。あー、こいつで純子さんや殿下と一緒にドライブ出来たらなあ、まあそりゃ無理かあハハハ。じゃあオマエ、気を付けて帰れよ〜、帰ったら洗車してやるからな〜」


 ニッコニコのモエラ、愛車に手を振る。

 たまの休みなんだし家族を乗せてやれよ、とGTRの制御AIから突っ込まれそうである。


 上機嫌で街並みの風情を楽しみながら歩く。

 そこらの観光地とは大違い、やや鄙びた風情だがシンプルにまとめられた自然と調和する開放的な平屋住宅。侘び寂びも楽しめる大人のための街並みという感じ。

「あー、気持ち良いなあ。早く俺も幕僚会議入りして自宅から職場に通いたい」

 土星基地はコンクリ打ちっ放し上等、自動運転システム極力排除、有線電話に扇風機など、質実剛健、機能重視、情報統制重視の殺風景な景観だ。

「あんなのは本来、わたしのような都会育ちの違いのわかる大人がいるべき場所では無いのだ。筋トレやら模擬戦やらで楽しめる脳筋ヒルのアホにピッタリの職場だろうに──あ、いかんいかん、せっかく純子さんと逢えるんだ。楽しまなければなぁ〜」


 遠目に人集り。

 なんだろう、屋外で餅つきのイベントでもやっているのかとモエラは興味深げに眺める。

 最初は他人事のように、感じていたが近付くにつれその場所が自分の目的地と被ることにだんだんと不安が増す。


 勘違いではない、どうも宮城家の前に大量の人──いや部隊単位で人員が集まっている。


「なんだこれ……」


 モエラの眼前には死屍累々、疲れ切った表情で気力だけで歩哨をしている陸軍兵士と死んだ目をして天幕内に座り込んでいる修道士達といびきをかいて寝ているアンダースーツ姿の大男がいた。固まって食事をとっていた憲兵隊の中から隊長がモエラに気付いて出迎えにやってくる。


「これは閣下──」

「あのキミ──これどうなってるの」

「いやもう色々と──昨日はそのフットボールの試合をやらされまして」

「は? ここで?」

「いえ、市営グラウンドで──我々は大黒芳佳+純子チームとして──」

「??? な、何やってんのキミら──」

「わたしも何がなんだかわからんのですが、宮城大将が言うには……『外交問題に発展しかねないデリケートな事案が発生している』と」

「???」

 呆けた顔で首を傾げるモエラ。

「大の大人が何人も集まって──いやその軍人というかセキュリティのプロフェッショナルの連中が、同士討ちして疲弊してるのか──?」

「は、はあその、水着審査ありのミスコンとか運動会とか炊き出し勝負とか諸々──」

 集団をまとめる統率力、コミュニケーション能力、カリスマ性などを測る指標として木星王家の警護に集まった四団体が四人の花嫁候補の手足となって激突したらしい。

 いまここには居ない英国諜報部員達は過度に疲弊して全員ホテルに引っ込んでいるとかなんとか……。

「花嫁候補? なんだそれは。誰の花嫁の話だ」

「わ、わかりません……」

「キミ!? 何かね、キミ達は揃いも揃って状況も何もわからずに、ユイ殿下の警備をサボって遊興に興じとるわけか」

 心底呆れたような表情をするモエラ。

「そうおっしゃいますが、なんというか警備より過酷というか──」

 やや涙目の憲兵隊長。リオル大将に騙されたナカムラもある意味可哀想だったがこの憲兵隊長もなかなかの不運だ。

「ば、バカバカしい。こんな時に例のキャメロットがどうこういう秘密結社やら金星マフィアのはみ出しものなんかが殿下を狙って破壊活動してきたらイチコロじゃないか? そもそもこんながちゃがちゃと大勢集まって効率悪いことこの上ない……経費の無駄遣いだろうが──もっと真面目にやりなさいよ、真面目に!」

「ご、ごもっともです──」

「まあそのキミに怒っても仕方無いな、すまん。誰だほんとこんな指示だしたのは」

「ああいえなんていうかそのぉ……」

 奥歯に何か挟まったかのような歯切れの悪さ。

「あの堅物の裕太郎がこんなことやるわきゃないしなぁ。この意味不明の同士討ち、どこの誰がけしかけてきたんだ。カトリック教会か? あ、そうか連邦政府──連中の嫌がらせだな? 地球の連中は正月休みの重要さを軽視しとるからな──どれ、俺が正式に月行政を通じて抗議を申し込んでやろう」せっかくのいい気分が台無しだ、と舌打ちしながらPPを取り出すモエラ。

「いえそのう……あの。取り仕切っておられるのは宮城大将──の奥様──だ、と聞いていますが」


「えっ、純子さんが?」

 なんとなく嫌な予感がするモエラ。


 その予感、たぶん当たる──

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― 新着の感想 ―
[良い点] やってることはちょっとしたイベントみたいなのに禁忌技術使ったやべぇ機械を使ってるせいでドロドロにさせてると言う、普通にやったらキャッキャウフフイベントのはずなのにここまで一気に展開させてワ…
[良い点] 花嫁勝負はちゃめちゃで楽しい
[一言] モエラくんの車のイメージは34より32かなって思った
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