悪魔の禁忌技術
大混乱のため乾杯の音頭など特になく不穏な感じで始まった宴席ではあったが、いざ箸が進むと皆、芳佳の料理の完成度の高さに舌鼓をうった。
「これは美味──若いのに大したものだ。さすがは老舗旅館の娘さん」
「美味いのう、こりゃ本格的じゃ」
「おそまつさまですお父様。一献どうぞ」
裕太郎が素直な感想を述べると、大黒芳佳はスススッと裕太郎の席に寄るとお銚子から日本酒を注いだ。
「おや、これは──いただこう」
可愛らしい若女将にお酌をしてもらい上機嫌の裕太郎。
「ふん、わたしのお酌はなんだかんだで断るくせに。やっぱりあなたも若い娘が好きなのねっ、いやらしい」
頬をふくらせて拗ねる純子。
「おまえ、こういう場でそういう身内のあれこれをだなあ──」
「ねえあなた、芳佳さん、いい子だと思わない?」
「ああ、良い娘さんだ」
「ありがとうございます」
ころころと笑う芳佳。
「さあさ、皆さんもどうぞ」
リクセン、ネイサンに日本酒、ラドクリフにはビールを注ぐ。
やはりおもてなしのプロフェッショナル。
さすがの所作である。
「ゆうくんは何をお飲みになりますか?」
「え? あ、お、俺はそのアルコールは」
「じゃあ緑茶で──」
「はい、どーぞ。うふふ」
「あ、ど、どーも……」
ぴろりん。
『料理おいしい』(雄大ポイント+1)
『かわいい』(雄大ポイント+1)
『完璧なおもてなし。高いコミュ力』(純子ポイント+1)
「由梨恵、おまえもこれぐらい出来るようにならんとな。ははは」
クーデターに続きオービル元帥の逝去、混乱していた宇宙軍上層部・幕僚会議だったが、地球閥議員の言いなりだと思っていたカンダハル大将がリーダーシップを発揮して調整役を務めてくれるようになった。裕太郎達の意見も採り入れられより強固な組織として宇宙軍を建て直す目処が立った。
リクセンも出世して後進育成プログラムに深く携わり、組織の体質改善に希望が持てるようになった。
つまり、今の裕太郎は上機嫌、クーデターで失った仲間のぶんまで祝杯をあげたい気分。
「お、お父さん〜、芳佳さんはユイちゃんのライバルなんだからさあ……」
「ん? あっ」
裕太郎はユイと雄大の仲を祝福しているのだから大黒芳佳を応援すると絶縁したはずの雄大が家に帰ってきて宇宙軍を救った大恩人のユイに大恥をかかせる事になる。
その様子を見てリタはくっくっ、と笑った。裕太郎が困る姿を見るのが痛快らしい。
平静を装い完食し終わると、ホッと胸を撫で下ろすユイ。
(ユイ様、完食お見事です──!)
(ありがとうメグちゃん……)
(大丈夫です?)
(え、ええ。食べられはしましたけど、こういうのを毎日は絶対に無理だと──特に生の魚……と酢味噌? ぬめぬめしたお湯とか)
マーガレットの膳はほぼラドクリフと同じものだったので特に何もなく食事を終えたが話を聞くだにゾッとする。
和食──まったく味がしないかと思えば妙にしょっぱかったり、酸っぱかったり変な臭いがしたり──何が美味しいのかユイにはさっぱりわからなかった。
「あ、あの──こちらの手違いで食べ慣れないお料理をお出しして申し訳ありませんでした」
心配そうにユイに寄って来る芳佳。
「大変美味しゅうございました」
にこり、と何事も無かったかのように微笑むユイ。
『見上げた根性』(純子ポイント+1)
『ユイさん頑張れ』(雄大ポイント+1)
◆
食後。
都ノ城麻里、大黒芳佳、ユイ・ファルシナ、そして宮城雄大は広間から離れ、小さめの別室に通される。茶道具が置いてある部屋──
由梨恵はユイに付き添おうとするが純子から咎められ、食事の後片付けを命じられる。仕方無しにネイサン、ラドクリフと一緒に、洗い場にお膳一式を運んでいく。
由梨恵達の後ろ姿を確認すると純子は茶室の襖を閉める。
「芳佳さんお疲れ様、良かったですよ」
「ありがとうございますお母様」
芳佳と会話しつつ自分用のサークルクラッシャーのフィット具合を確認している純子。
落ち着き払った純子とは対照的に雄大はそわそわして落ち着かない様子。
「母さん、ちゃんと説明してくれる? この人達について」
「あらわからないかしら? ふたりともあなたと面識があるはずよ」
都ノ城麻里はわかる。
雄大がここ最近いじり倒して存分にいやらしい妄想を楽しんできたホログラム──その素体となった木星宇宙港の受付嬢。いわゆるオリジナルだ。
とてつもないほどの罪悪感──
この大黒芳佳、という謎の女性の正体がわからない───
「あの、どこかでお会いしました?」
「ゆうくんは覚えてない? わたしたち、昔、一緒に遊んでたことがあるんだよ」
こんな可愛らしい女の子の知り合いなどいない。
雄大が喉から手が出るほど欲しかった『かわいい幼馴染』である。こんな子が傍にいたら雄大の青春はもっと輝いていた事だろう。
「え? 何して遊んだっけ?」
「家にお泊りに来てくれたこともあったよね。覚えてないかな、一緒にお風呂入ったり、セバスと散歩したり──」
「おっ──?」
「ふ、風呂っ?」
ざわつく一同。まさかの裸のお付き合いである。
ぴろりん。
『かわいい』(+1)
『芳佳とお風呂はいりたい』(+1)
「ちょっ!?」
「宮城アンタ!?」
「いやいやいや、これ、この機械! この機械が勝手に! でたらめ! このコメントでたらめだから!」
麻里とマーガレットが突然の加点に狼狽えつつジャッジアプリが表示する『雄大の心の声』に抗議の声を上げた。ユイが不安そうに弱々しくつぶやく
「やっぱり雄大さんは女たらし……」
「いやいやいや、濡れ衣だ事実無根!」
女の子とお風呂に入るような嬉し恥ずかしのイベントを忘れる雄大ではない──それにこんな可愛らしい幼馴染を忘れるなんて有り得ない──雄大は少女漫画のラブコメ恋愛物を読むとき必ず幼馴染属性の子を応援するぐらいには幼馴染贔屓だ。
(ん? セバス? そういや友達の家にそんな名前の犬がいたような? 人懐っこ過ぎてぴょんぴょん飛び掛かってきてあしらうのが大変だったやつ──確か──よしお、よっちゃん家の犬──)
「えっ、キミ──いや待って? まさか──お、お、おまえ、よ、よっちゃんか?」
「そうだよ! レトリバーのセバスを飼ってた『よしお』だよ! やっと思い出してくれたんだね、ゆうくん!」
しばし感涙にむせぶ芳佳──
いや芳雄。
大黒、芳雄。
「ま、マジか」
受け入れ難いが事実は事実──
たおやか、慎ましやか、という項目において芳佳はこの中の誰よりも優れている。おそらく料理の腕前も。
「ええええ……」
脳が混乱する雄大。
「よ、よっちゃん……なの?」
「はい♪ よっちゃんだよ、ゆうくん♪」
確かに大黒芳雄は身体の線も細く、内向的な子だった。幼年学校時代にインドア嗜好の雄大とあぶれ者同士でよく一緒につるんでいた。ラドクリフが家にやってくる前に引っ越ししていったものだと思っていたが実はずっと近所にいたらしい。
「わたし──男の子になるか、女の子になるかすごく悩んでた時期があって」
「ええ……?」
「女の子になるなら早いほうが良い、とカウンセラーに言われて決心しました。両親からは、旅館の跡取りになって欲しいのに、と反対されたのですが──」
女将になって婿をとるから、と学校を辞めて家業に専念してきたらしい。
「小さい時はよく、わかってなかったんですが──15歳ぐらいになるとゆうくんと遊んでいた頃の事をよく思い出すようになって……胸がこう、キュンと──ゆうくんを慕う気持ちが、わたしの心を『女の子』にしたのかも知れませんね」
ここまで可愛いと、元男性と言われても俄には信じられない。ある意味、この集まりの中で一番女性らしく見える。
「ええと、いずれ知られてしまう事なので、包み隠さずに申し上げます──実はわたし、他の男性と結婚していた時期がありまして」
「えっ!?」
衝撃発言の連発、純子を除いて理解が追い付かない一同。
「俗に言う未亡人なんです──」
如何にも清純そうな雰囲気の芳佳、いや、芳雄──とても元・人妻には見えない。
15の時に旅館の宿泊客だった年上の資産家男性に見初められ結婚したのだが、二年と経たない内に宇宙船事故でこの男性とは死別した。
『親子ほど歳の離れた男性だったので、結婚前にはかなり悩みました。でも結局、親から勧められるままに流されてしまって──今思えば、あの時勇気を出してゆうくんに告白しておけば良かったのかな、って──」
『よっちゃん懐かしい』(雄大ポイント+1)
『俺の真の理解者』(雄大ポイント+1)
『苦労人だから世間知らずの雄大を助けてくれそう』(純子ポイント+1)
『長年思い続けてくれて感激』(雄大ポイント+1)
『息子を想い続けてくれてありがとう』(純子ポイント+1)
『男性と女性、両方の気持ちがわかる子』(純子ポイント+1)
『人妻めっちゃエロい』(雄大ポイント+1)
『どんなエッチしてたのか気になる』(雄大ポイント+1)
ものすごい勢いで加点されていく芳佳。
元男性、元人妻、という一見マイナスに作用しそうな要素だが雄大の幼馴染かつ、長年にわたり雄大を密かに想い続けてきたという事実と組み合わせると印象が反転、逆に大きな加点要素になった。
「ど、どんなエッチって──ゆうくんのバカ……知らない」
芳佳は羞恥で頬を朱に染め上げる。
「ユイ様に求愛しておきながら──な、なんたる破廉恥!」
マーガレットは雄大に詰め寄りバシバシとハンドバッグで容赦無く打ち据える。
「ぐわああ!?」
この大量加点に焦ったのか、芳佳に詰め寄る麻里。
「ちょっと芳佳さん! け、経験豊富だからって、未亡人だからっていい気にならないで! わたしだって負けてないわよ!」
「えっ? 麻里さんどうしたんですか。いい気になんてなってませんよ。むしろ初婚のゆうくんのお嫁さんになるには不利な要素じゃないですかぁ……?」
半泣きの芳佳。なんの勝ち負けかわからないが対抗意識を燃やす麻里。
「麻里さんお友達になれると思ってたのに……」
「わ、わたしだって男の人と付き合った事ぐらいあるんだから! 早々と結婚出来たからっていい気にならない事ね! 不幸アピールとか未亡人アピールとか卑怯な手には負けないわ!」
エキサイトする麻里。何故か必死である。
「あらまあ可愛らしいこと、ふふ──キャラに似合わず、汚れなき処女なのね」
すこし意地の悪そうな顔で笑う純子。
「奥手の雄大には麻里さんみたいにぐいぐい引っ張る強引な娘がお似合いだと思っていましたけど──麻里さんも案外と奥手なのかしら」
マーガレットと雄大もエキサイトする麻里を見てなんとなく察する。
(こんなに美人で押しが強そうでモテそうなのに──もしかして──交際経験が無いのか──?)
『ツンギレかわいい』(雄大ポイント+1)
「あ、え? ち、違います。あ、遊びまくりのモテまくりの恋愛マスターですけどっ!? しょ、しょしょ処女ちゃうわ!」
「麻里さん、そういう遊び上手、恋愛功者みたいなのは旧家の嫁のアピールポイントにはならないと思いますけど……あなたの公式設定はそういうことでよろしくて?」と純子。
「えっ、いやそのっ、なんていうかっ」
「それ以上喋らない方がいいですよ」と芳佳。
『残念美人、嫌いじゃない』(雄大ポイント+1)
『暴走気味なところ、わたしの若い頃によく似てるわ、良いわねえ』(純子ポイント+1)
加点はされているが確実に麻里のプライドは傷付けられ、演じてきた『強キャラ』に早くも綻びが出始めている。
「ぐ、ぐぬぬう……」
「ねえ雄大、あなたこういう子、好きでしょ? 麻里さんみたいな黒髪ロングの勝ち気なお姉さん系」
「えっ」
突然母から話を振られて狼狽する雄大。
「な、なんで?」
「あなたが昔から収集してる画像──こういう感じの子の水着グラビアとかヌードが大量に──」
「ワーッ! ワアアアア!?」
「この子、制服とか好きで──」
「母さん黙ってえええええ!?」
発狂したように半狂乱で純子の口を塞ごうとする雄大。
しかし純子は機敏な動きで息子をいなして背後に回ると華麗にチョークスリーパーを極めて逆に息子を黙らせた。
「ほーら雄大、じっくり、麻里さんを眺めなさい。あなたの好みのタイプでしょ? お母さん知ってるんだから」
「むがむごごご!?」
『目の保養、華やか』
『身体が反応する』
『マイクロビキニ着て欲しい』
『外見だけなら一番タイプ』
『銀河公社の制服エロい』
『エッチしたい』
「芳佳さんには悪いけど、ぶっちゃけわたし個人としては麻里さんがお気に入りなのよね」と純子。
そんなぁ〜、と落胆する芳佳。
「よ、よォーし! くうぅ〜風向きが変わったわよ!」
麻里への大量加点。
喜びを噛み締めるように拳を握り肘を後ろに引いてガッツポーズを取る婚活戦士。
節制と鍛錬の末に磨き上げてきたプロポーション、そして美容への投資は無駄にならなかった。
「雄大クン! お姉さんが色々教えてあげるわ! 絶対わたしを選んでね!」
まあ、雄大の方が年上なのだが──
『夜の個人授業をお願いしたい』
「ああああ、俺の馬鹿! なんて妄想を──」
正座に四苦八苦していたユイ、なんとか立ち上がり麻里を指差す。
「や、やはり真の敵はあなたでしたか。雄大さんのPPにデータが沢山保管されていた本命、ミヤコノジョー・マリさん──あなたとはいつか決着を着けなければ、と思っていましたが──性的な魅力で男性をたぶらかそうとする方に、わたしは絶対に負けたくありません!」
麻里に対する宣戦布告である。
「ふふふ、皇女殿下には悪いですが雄大クンと先に出会っていたのはわたしの方。しかも好みのタイプらしいですわよ? そりゃ〜殿下のほうが美しいのは承知してますけど?」
バチバチと火花を散らすユイと麻里。
足の痺れがとれず、未だにぷるぷるとして産まれたての子鹿状態のユイ。宣戦布告するために立ち上がったのではなく、単に足が痺れて辛かったから立ち上がったのだろう。
「あのユイさん、もう足を崩しても構いませんけど?」と純子。
「いえ! 負けません! 勝負ですから!」
言い終わる前にすってんころりんと前につんのめり無様なに倒れ込むユイ。
「あわわっ──?」
「ユイさまっ!」
なんとかマーガレットが滑り込み畳への激突を回避、ユイを安全に抱きかかえた。
『ユイのドジっ子ムーブかわいい』(雄大ポイント+1)
『マーガレット、やはり只者ではない』(純子ポイント+1)
『マーガレット頼りになる』(雄大ポイント+1)
『ワイズ伯爵家の血を受け継いだ孫が見てみたい』(純子ポイント+1)
『宮城家から銀河最強王者を輩出するチャンス』(純子ポイント+1)
マーガレットは自分に花嫁ポイントが加点されたのを見て「ひゃっ?」と小さいが狼狽した悲鳴を上げる。
めっちゃ純子に気に入られているマーガレット──
「め、メグちゃん、お母様に好かれてる…………」
涙目で羨ましそうにマーガレットを見るユイ。
「わわわわわわ──!? ち、違います、なんというかそのっ」
「ねえ雄大、あなたこの娘、マーガレットさんと結婚しなさいな」
突如として爆弾発言をぶっ込んでくる純子。
「は、はあ!? な、なななな! 何言ってんだよ!?」
「ちょ! お、お母様!?」
「ずっと注意して見ていたのだけど──あなた達、なんか結構イイ雰囲気じゃない? ユイさんにはどこかまだよそよそしい感じだけど──マーガレットさんとは親しい間柄に感じるわ。隠し立て出来ないんだからさっさと白状しちゃいなさいな。ねえ雄大、マーガレットさんのどういうとこが好きなの?」
促されるとついつい頭で考えてしまい、サークルクラッシャーに脳波を読み取られる──
『裏表ない気持ちの良い性格』
『気心が知れた仲間』
『頼りになる戦友』
『支えてあげたい』
『また濃厚なキスをしたい』
『特に尻がいい、撫で回したい』
「ああああああ!? ちょ、ちょ、宮城!?」
「────!?」
まさかの伏兵。
少女伯爵への大量加点を見て絶望で固まるユイ。
かつて『雄大を奪っても良い』と妹分のように可愛がってきた少女伯爵に懐の深いところを見せつけたわけだが──今更になって自分自身の後先考えてない発言に後悔するユイ・ファルシナさん21歳。
婚約者も親友も、両方とも失いたくない欲張りムーブをかましてきたツケが──不発弾が、この大勝負の時に炸裂した。
「あらあ、ここでもクーデター勃発?」
他人事のように笑う純子。
「いやあのそのユイさん〜!? 俺が一番愛してるの、ユイさんだから〜!?」
「で、でもポイントが──」
「ほほほ、建前で生きてるからこんな機械ごときに振り回されて人間関係が壊れるのよ。大切な人なら本音で向き合わなきゃだめ──」
面白がる純子。
恐るべしサークルクラッシャー&ジャッジアプリ。
さすがの禁忌技術である……




