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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
153/186

士官学校にて②


 宇宙軍士官学校は15歳で成人した者の中から適性試験を突破した優秀者を10年かけて軍の中核を成す者として育成する。

 大きな戦争は無くとも海賊行為に事故対応、未開宙域探査など多岐にわたる危険な任務が待ち受けている。

 何度も何度もふるいにかけ、優秀な人材を育成していくが卒業後その人材が軍に残る訳では無い。箔付けや関連企業への就職などのために卒業証書を欲しがる者は多い──そんな中、宮城雄大の自主退学という選択に学内の誰しもが驚いていた。



「うげえ」

 講堂は立ち見が出るほど盛況だった。

 男女比は6対4と言ったところ、様々な学科やコースの生徒達がいるため服装はまばら。訓練航海中の上級生を除いてもこれだけいる──うんざりしたように雄大は溜め息を吐いた。

「こんなにいたっけ?」

「集めたらこれぐらいにはなるじゃろ」とリクセン。

「数字で見るのと実際に直面するとでは違いますね」

「なんじゃビビッとるのか、柄でもないぞ候補生」


 リクセンの教えてきた学生の中でも雄大は間違いなくナンバーワンの軍艦乗りだ。危機に直面すればするほどその思考と技術は冴え渡り、奇抜な作戦で戦術脳コンピュータですら出し抜く。

 論理的思考や発想の柔軟性ではネイサンに劣るが、こと実戦において『なにかやらかしそう』なのは雄大の方であり、その『なにか』がもたらした結果は常に最善だった。

 ただこの雄大の才能は『蛮勇』として捉えられる事が多い。とらなくても良いリスクを心穏でとる破滅的な思考は集団で行動する組織としての軍隊では最も忌み嫌われるもの──


 ネイサンと雄大の違いはこの一点、周囲との調和だ。

 味方にしたい天才がネイサン、敵に回したくない天才が雄大、とリクセンは分析している。


 そして──未曾有の危機に直面した時に必要不可欠な、唯一無二の人材だとリクセンは評価してきた。

 雄大を孫のように可愛がってきた贔屓目を多大に含めての評価だったので他の教官たちや軍上層部からは露骨な身内贔屓としてリクセンからの特待生推挙は無視されてきたが、過日のクーデターにおける活躍や海賊取締りにおける戦術脳の評価スコアが伝わるにつれ、人事部は自らの見識の甘さを悔いているようだった。


「わしゃ鼻が高い。おまえさんに最高評価つけとったのホントわしぐらいのもんじゃったから」

「なにそれ『雄大こいつはワシが育てた』ってドヤってるんですか──それならもっと在学中に過ごしやすい環境作ってくださいよ。苦痛だったんですからね……」

「おまえはわしに似て実戦向きじゃからの〜、こんなわからず屋ばかりの士官学校なんぞよりわしみたいに養成所スタートで、もっと若い内から現場で手柄立てていけば良かったんじゃ」

 結果論なんだよなあ、と雄大は顎に手をやり考え込む。インドア趣向で陰キャなのに生意気な雄大が養成所上がりの陽キャな面々と上手くやっていけたかどうか──

「しかしまあ『こんな学校なんぞ』──とか校長先生が言う? 炎上案件なのでは?」

「本当のことじゃろ。実際に不正は横行しとるし、変な派閥間抗争はあるし、挙げ句に大規模クーデターなんか起きたわけだから──月の宇宙軍そのものがいっぺん解体されても文句は言えんのじゃぞ」

 雄大は、ぐいっ、と身体を曲げてリタの顔を覗き込むがリタは平然とした表情を崩さず目線だけ逸らした。

「だからの、わしが校長として采配して少しづつ変えていくわけだ、うんうん」

「責任重大じゃないですか」

「わし思うに──堅苦しく考え過ぎなのよ、色々と。もう少しいい加減なぐらいがええんじゃ──だから自然体でいい加減にやるんじゃ。真面目なモンが多過ぎるから、それでバランスが取れる」

「そういうの、裕太郎が一番嫌いそうだなぁ」

「おまえさんも裕太郎に似て生真面目が過ぎる」

「ええ? ウソだぁ」

「それより、そろそろ時間じゃがええのか。何を話すのか決めたか」

「質疑応答にします、先生のおっしゃる通り適度に、いい加減な感じで」

「そうそう、この講演会はわしの教え子人脈自慢のために開いたようなもんじゃから。内容は別段なんでもかまわん」

「ひどくない?」

「なんつうか──軍の批判をしてもかまわんぞ」

「え? いいんですか?」

「言いたい事を言ってすっきりしてこんかい」


『これより宮城雄大氏による講演を行います、宮城さんどうぞ』

 職員のアナウンスの後、雄大は拍手に出迎えられながら登壇した。

 


「ええと──どうも。中退した宮城雄大です」

 マイクドローンに向かって大きくもなく小さくもなく、微妙なトーンで挨拶する。

「うーん、話せと言われましても、現在のわたしに何を求められているのかよくわかりません。皆さん何かありませんか」

 一瞬ざわついたが、シーンと静まり返る会場。

 ひとりの学生が挙手をしたあとで発言した。

「木星宇宙港と大型航空戦艦との衝突を回避した時の話を是非ともお聞かせください!」

「あー、キングアーサーの話ね。どこかの馬鹿が道連れを増やそうと機動要塞級の構造物をこれまた巨大な木星宇宙港にぶつけようとしてたんだから。マンガや映画みたいな話ですよね」

 アーサーのコンピュータを制御不能状態にして木星に突っ込ませたリオルに対して、雄大は電源供給を断ち、再び電源を入れ直す際に制御コンピュータとアーサーの動力システムの間の回線にロボットに繋いで割り込みすることで手動でのコントロールを可能にした。

 そして、停止させるのではなく、むしろ的確に加速させる方が、複雑に回転する編み目状に繋がった数珠繋ぎの構造体である木星宇宙港にダメージを与えないと判断し、加速しながら針で縫うように姿勢制御しながら隙間を突き抜けた経緯を説明した。


「恐怖心は無かったのですか」

「出来ると確信していましたから。ゲームみたいなものですよ──クソオヤジ──裕太郎からは批判されましたがね。俺はあれが正解だったと思います」

 おおお、という感嘆の声と共に「裕太郎」と宮城大将の事を憎々しげに話す雄大の言葉の険に戸惑っていた。

「駐留艦隊勤務希望・六回生アサールです。出回っている宮城さんの戦闘記録ログ、改装フェニックス級ガレス号との戦闘、トロニツカ・ファミリーの海賊艦隊との戦闘。その再現シミュレーションに挑戦していますが良いスコアが出ません。宮城さんのような華麗な操舵と想定外の出来事に咄嗟に対応する発想の柔軟性に憧れていますが、何か特別な自主トレーニングをやられてきたのですか。差し支えなければご教授ください」

「んー、マジレスするけど大量の知識と反復学習です。どちらかだけではいけない。それはあなた達がこの学校でやっている普段のカリキュラムの中に組み込まれています──まずは教本通りにやれば良い。教本をマスターして初めて、教本を批判して自分で再構築する事が出来ます。奇抜な発想の土台は基本の積み重ねだよ」


 つまらない事を言う、とほぼ全員が思ったが昔から変わらない真理だ。実際、雄大が航宙ライセンスAAAを取得する際に会った聖樹船学会やらの学者達もだいたい同じような事を言っていた。


「ええと──なかなかそれが上手く行かないもので」

「ああそうだ、俺はゲームが好きでゴリゴリやりましたね。究めるほどに。ゲームでもなんでも大量の知識と反復学習、これが最強です、どんな分野でも突き詰めてみると他分野に活かせる何かコツのようなものが体感できると思います。色々インプットしてみて」

「そのカリキュラム以外の課外活動に対する知識のインプットと反復学習ですが──時間をどうやって捻出していたのですか」

「ええとアサールさん、彼女とかいますか?」

「は?」

「隣の人は彼女さんですか?」

「あ、あ〜その、は、はい………」アサールと隣の女性は照れながら頷く。雄大はチッと舌打ちした後で話を続けた。

「俺は陰キャでアイドルオタクだと言うだけで女子から気持ち悪がられて暗い青春時代を過ごしてきました。アサールさん達が恋愛でキャンパスライフをエンジョイしている時間を、俺はそういう事に費やしていた──これで答えになりますか?」


 笑っていいのか何なのか、よくわからない雰囲気。

「ええと他、誰か──」


「八回生幹部候補生コース源田です。軍にはいつ復帰なさるのでしょうか。宮城雄大さん、わたしはあなたのような偉大な先輩と共に仕事をしたいと思っています。復帰後はやはり月駐留艦隊なのでしょうかそれとも土星基地に?」

「源田さん、えーとですね、宇宙軍に戻るつもりなどさらさらございません。何故なら俺は──わたしは軍人というヤツが大っ嫌いだからです」

 固まる源田候補生。

 会話が弾まない。

 シーンとしてしまう。

「あの──お父上の命を受けて一時的に軍を離脱しただけだとお聞きしていましたが」

「あー、それね。軍上層部のついたウソなのよ大嘘」

 ざわつく会場。

「落ちまくった現場の士気を高揚させて艦隊の戦闘力をさ、短時間で復活させるために都合の良い嘘をついたのよ、クソ裕太郎が──大将閣下だなんて威張り散らしてますがね、幕僚会議なんざこんなもんですよ──あ〜月の水はやっぱり美味いなあ」

 雄大は嘲るような口調で吐き捨てると、水差しからコップに水を注ぎ喉を潤した。

「うちのクソ裕太郎はね、自分じゃ何も出来なくてさ、母親と妹が旅行した時に、セキュリティの手違いで自分の家に入れなくて本部ビルの自分のオフィスに泊まろうとしたんだけど守衛からも強制的に追い出されてさ。ひと晩中家の門の前で仁王立ちしててさ。早朝に近所の人に通報されてからセキュリティ会社がやってきてロック解除してもらったんだよな。馬鹿みたいだよね」

 固まる者が大多数、ハハッと笑う者が二割ほど。

「いま笑った人は才能あると思う。軍隊に変な幻想を抱いてないからね。軍に残って改革をするもよし、外に出て別職で人生を謳歌するもよし──」

「宮城さん、あなたの意図がわかりません。実のお父上とはいえ大将閣下のイメージを悪くするような態度を我々士官学校の生徒達の前でやるなんて。皆、崇高な志を抱いてこの宇宙軍士官学校に入学したのです。軍の批判ともとれるようなことは辞めていただきたい」

「さすが幹部候補生コース、洗脳されてるね──あのね、崇高な志を抱いた成れの果ての一例が俺であり──そして別の一例がクーデターを起こしたリオル大将でもあるんですよ。多くの人が死にました、死ななくても仕事や財産を失った人もいます。その志が崇高であればあるほど一般人が無能に見えてくる、だからあんな悲劇が起こる…………ええと、源田さんに質問します、この月駐留艦隊って本当に要るんですか」


「治安維持には必要だと思いますが。海賊行為の横行に対応するだけでなく、敵対的な軍艦が一隻でも進入すれば連邦政府ロンドンが焼き払われ秩序が崩壊します。先日のクーデターで浮き彫りになったではありませんか」


「はい、そのとおりです、人類社会の最大戦力である軍艦の粒子砲は何のためについているのか、それは惑星軌道上から地表に向けて艦砲射撃を行い、市街地を火の海にするためですね」

「いやそれは──そうは言っていません。クーデターの際もそれを防ぐためにお父上の第一艦隊が」

「うーん、昔の話になりますが木星戦争イオ攻略戦において宇宙軍は木星帝国に対して実際に艦砲射撃を行いましたよね? 本当に必要な攻撃でしたか? やり過ぎだったのでは? ロンドンは駄目で、イオならやっても良い、と?」

 源田は答えられなかった。

「金星のマフィア達、無政府主義者達が表向き大人しくしているのも、連邦政府のもつ月の駐留艦隊が怖いからですイオみたいにめちゃくちゃにされますから──治安維持と言えば聞こえは良いですが見方を変えれば、艦隊とは連邦政府が開拓惑星系移民を支配するための暴力装置です。海賊を相手にするのに足の遅い戦艦や戦闘機満載の空母は必要なんでしょうか──」

「軍縮をしろ、とおっしゃるので? あなたは政治家になるおつもりですか」

「いいやそういう意図はありません。俺は士官学校の学生の皆さんにこう言いたい──軍人である自分に誇りを持ち、そんな自分に酔って気持ち良くなってる人はいませんか──そういう人は少し立ち止まって考えてみてください。大きな力を持つ軍人だからこそ、客観的な視点を持つべきです」

 いらいらした源田の額には青筋が立っていた。激怒しているのが遠目にもわかる。

「あなたの軍批判には意図があるようにしか思えません。木星帝国に随分と肩入れされているようですが、あなたこそ地球の連邦政府の力を弱体化させ、宇宙軍内部に反乱分子を募り、新たな秩序を作ろうと画策しているのでは?」

「肩入れしてます、肩どころかどっぷり全身。木星帝国のユイ第一皇女はとても聡明ですが──その実、我々と同年代の普通の女の子でもあるのです。俺はこの人が大好きです。何故かというと、この人は平和的な手段を用いて地球に復讐をしようと考えているからです」

 雄大は続けた。

「最新鋭の軍艦を商売に使う、って馬鹿みたいですけど、彼女は本気でやっています、本気で銀河公社──地球閥と商売敵として戦うために軍艦を使っています。時に小売業社長として、時に個人投資家として──得た利益で木星を買い戻そうとしています。軍艦ひとつの使い方でこうも違うのですよ。恐怖で支配するだけが軍艦の使い方ではない」

「あなたは木星帝国の手先なんですか? 聞くに堪えませんね、あなたは連邦宇宙軍に相応しくない。自主退学はテロリスト寄りの危険思想で強制退学させられそうになったのを隠すための方便だ」

 源田は声を荒らげた。

「どうぞ、聞きたくないならご自由に退出してください。俺も軍人は嫌いなんで。ただ、あなた個人のことは好きでも嫌いでもありません。だって何も知らないのだから」

「見損ないました。あなたを英雄視していた自分が恥ずかしい」

 源田の退出に合わせて五十名ほどが講堂を退出していく。それを見送りながら雄大は喋った。

「色んな人が居ていいんです。源田さんのような人達がいるから治安が守られるんです。俺はこれを否定しません。ただ、全員が全員、同じ考えでいること、そして誰かを英雄視したり軍隊に妙な幻想を抱くのは危険だな、と俺は思っています」

 

 雄大は質問に答えるというより自分自身に問いを投げ掛けて、その答えを出していた。


「──最後に、自分自身にとっての宇宙軍とは何なのか、何故士官学校に入ったのか──もう一度自身と向き合って見つめ直してみてください。俺は軍人は嫌いですが、ここで学んだスキルが今の職場で役に立ち、大切な人を守れました。そのことには感謝しています。だからここで学ぶことは無駄にはならない、それをどう使うかが大事なんです──以上、中退者からのメッセージでした。こんな拙い話に付き合ってくれてありがとう──」


 言わば自問自答、自分が宇宙軍や士官学校について考えていたことを外に出して言語化する作業──


(スッキリした──)


 唖然としている生徒達。拍手がまばらに上がる。期待していた物とは毛色の違う軍批判ともとれる内容と源田との口論に困惑している者のほうが多数なのか人数の割に音は控えめだった。


(なんか俺だけが気持ち良くなっちゃったかな)


 帰ろうとする雄大を、リクセンが止めた。

「おい宮城候補生。待たんかい、まだ講演は終わっとらんぞ」

「えっ、なんですか」

 何事か、と拍手が止む

 リクセンは何やら筒から紙を取り出した。マイクドローンは雄大から離れリクセンの喉元に移動する。

「第69期宇宙軍士官学校幹部候補生コース所属・宮城雄大。学外における治安維持活動への多大なる貢献を鑑み、本学は特別に不足単位の免除を行うものである」

 雄大はびっくりして壇上で固まった。

「ほい、卒業おめでとう。もう経歴に中退とか書かんでええぞ」

「ま、まいったな……」

「ははは、ほんとはな、これがやりたかったんじゃ」


 校長から元・学生へ──卒業証書が手渡された。


 会場の後ろの方から大きな拍手が上がる──マイナ・シタカ中佐、そして因縁深い例の教官達である。

 それを切っ掛けに祝福の拍手は次第に大きくなっていった。

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