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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
150/186

月の女神vs木星亡霊①

 実を言うと──


 正月休暇などと言うのは月文化圏と火星西部文化圏の一部にしか存在しない。


 太陽系惑星連邦政府に属する各惑星・コロニー群の冬季長期休暇は当然ながら24日、25日を中心にしたクリスマスシーズンが一般的である。無気力症に罹患して自死を選び始めた人類社会を危機から救ったカトリック教会。その影響力が色濃く反映されている。


 さて。

 月面基地に駐屯する人類最大戦力・連邦宇宙軍に勤務する者達の休暇取得についてはどうなのだろうか──月の歴史を交えて少し言及する。



 政治家に限らず軍においても地球閥は幅を効かせており大尉以上の高級将校の大多数が地球出身者か、その縁者である。

 月に宇宙軍本部ビルや士官学校がある都合上、地球閥高官は月に居を構え人生の大半を過ごさねばならない、ただその多くは地球に土地や実家を持っているため退官後に地球に戻って余生を送るケースが多い。

 このような人達は長めのクリスマス休暇を取得したがるため、ホリデーシーズンは高級将校が月を留守にしがちであり、その代わり新年は休まず本部ビルや月面基地ルナベースに詰めている。


 地球閥の次に宇宙軍将校に多い勢力は宮城家や、純子の実家である星野家のような、旧・日本領から月に大規模移民した一族の子孫である。地殻変動や度重なる自然災害で国土が崩壊して難民状態だった日本国民は月移住や火星移住など、宇宙に活路を見出して『地球からの大脱出』を行った。


 そもそも人口が目減りして民族滅亡の危機に瀕している上に、大事故や未知の宇宙病など常に命の危険がつきまとう開拓惑星暮らし──人手不足を補うために多産を奨励、産めや殖やせやをモットーにストイックに働き子育てを続けた。

 追い込まれた際の結束力と辛抱強さたるや凄まじく、月や火星西部で大繁殖。局所的ながら人口比率において最大勢力となったのである。


 宇宙軍の下士官・軍艦の乗組員の半数以上は現在『月の民』と呼ばれるようになった日系人である。


 このため宇宙軍や月陸軍ルナガードに限って12月28日に『仕事納め』なる謎の儀式が勝手に行われ、下士官や乗組員が1月3日までの『正月休暇』を取りたがるのだ。

 

 面白いもので、月の宇宙軍内部での派閥間の揉め事、いさかいで最も多いのがこの年末年始休暇の取得に起因するものである。

 些細な事にも思えるが、故郷を一度失っている月の人々にとって、故国日本の伝統に則った生活を送り儀式を守る事は何物にも代え難い──

 そして地球閥の高級将校達には月の民の頑ななまでの態度が理解できず、単に上官に対して反抗的な態度をとっているように見えるらしく、揉め事の種になるようだ……


 余談だが旧・日本人の中にも『人情に厚く』『法解釈に柔軟で』『お調子者な』『商魂たくましい』方々がいらっしゃったわけだが、そういう方々は月から火星へ、真面目な方々は火星から月へ、と移住が進み、現在のような状況にいたる。

 兄弟のような関係の月市民ルナリアン火星西部民ウエストマーチャントではあるが、昔からあまり折り合いがよろしくない──いうなれば京都と大阪、武士と町人、芋煮の味付けにおける味噌と醤油、きのことたけのこのようなものらしい。


 ◆


 3281年12月28日の午後──木星王家御一行は午前中に魚住京香への引き継ぎを済ませぎゃらくしぃ号を任せると、タクシー代わりに宇宙軍が手配した軍艦に乗り込んだ。

 ヒル少将麾下、第三艦隊の生き残り、高速巡洋艦ペガサス級アマノハシダテ。

 挨拶に来た若い艦長は『演習の帰途』『たまたま』と言ってはいるが、実際は宇宙軍を救ったユイ皇女殿下を月基地宇宙港まで送り届けるという栄誉が欲しくてこの送迎任務を希望する艦長同士20名によるクジ引きが行われた。そしてアマノハシダテが当選すると、それに合わせて第三艦隊はわざわざ艦隊総出で演習を行った。

 先の内乱で半減してはいるが第三艦隊の軍艦やサポート艦艇が居並ぶ様子は壮観の一言である。


「ヒルの馬鹿め、こんなくだらん事のために艦隊を動かすなどと──成長というものが感じられぬ」


 リタにぼやかれているとも知らずにホロスクリーン越しにユイに挨拶をするヒル少将。

 だらしなく顔が弛んでいたが途中から真剣な面持ちで何やら熱弁を振るい始め、新人政治家ばりの熱意溢れる太陽系新秩序についての持論を展開し始めた。

(暑苦しいな、嫌いじゃないけど毎日相手すると疲れそう)とこぼす雄大の横でリタが(正直、人材不足でな。問題児だ)と返した。

(──地球出身者とかコネで優遇するから組織が腐るんだよなあ)

(ワシの立てた計画において、こやつは本部ビルや連邦政府ロンドンもろとも粛清する予定。ハッキリ言うと愚劣な旧人類の象徴だ。そもそもワシはこういう地球閥の連中にヘイトを集めた上で解体して開拓惑星系移民の圧倒的な支持を得る予定だったのだ。おまえらが邪魔をするからおかしな事になったではないか)

(物騒なこと言うなよ)

 たまに忘れかけるが、リタの中身は超がつくレベルの危険人物……現在の太陽系航路を整備して飛躍的な経済成長をもたらすように連邦政府に助言してきたマグバレッジの智恵袋、リオル・カフテンスキである。

 そしてその裏の顔はキャメロットなる結社を組織して大量虐殺を画策した、人類史でも一二を争う重罪人だ。

 これぐらいの事は平気で言う。

(まったく、何十年とかけて準備した計画を冗談みたいな作戦やら偶然居合わせました、みたいないい加減さで台無しにしおって。人類が間違った方向に進んだらどう責任をとるつもりか。何がおくちぎゅうぎゅうか、ふざけるな小僧が)

(お、おくちぎゅうぎゅう作戦はユイさんの命名で俺のセンスと違うんだってば)



 雄大とリタがやり合っている間もヒルの話は続き、ハイドラ級巡洋艦の粒子砲撃戦におけるポテンシャルがどうのこうの、戦艦を新造すべきかミノタウロス級の増産をすべきか、という少し専門的な話題になってきた──どうやら雄大に意見を求めていたらしい。

 マーガレットとユイがふたりして雄大の肩や二の腕をつつく。

「えっ、俺?」

「どうでしょう宮城さん。是非とも実戦経験豊富な貴殿にご意見を賜りたく。小官、恥ずかしながら実戦らしい実戦の経験がありませんので」と豪快に笑うヒル。

「ええ? あー、困ったなあ」と雄大は考え込む。

 リタが少し大きな声で「笑うべきところではないだろうが愚図め、まともな将校ならば恥入るところだ」とつぶやくのでアマノハシダテの艦長はギョッとして皇女の連れを眺めた。

「あー、少将閣下。なんか後でまともな文章にして回答しますんで。聞きたい事とかメッセージ送ってくださいませんか」

「それは助かります! いやあ幕僚会議での艦隊再編についてよい提案が出来そうです! はっはっは!」

 社交辞令では無く、割と真剣なトーンで返答してくるヒル少将。

(幕僚会議ってこんなもん? まさか俺が書いた意見をそのまま提案したりしないだろうな?)少し呆れ顔の雄大。

(やるだろうな)

(えええええ…………まじで? 実はキレ者って事は無いのか?) 

(だからな、ヒルが特別アホなのだ、さすがに他はもう少しまともだ。ネイサンやおまえの父親を見ればわかるだろう)

(いやまあ、ねえそりゃクソ親父が地球閥に対して苛立つのもわからんでもない)

 ヒル少将の名誉のために言うが、リオルはまだ若い宇宙軍将校に100年の人生経験を持つ自分と同じレベルの研鑽を求めているし、雄大は若さ故の万能感から大人や年寄りが全員馬鹿に見えている──ヒル少将も決してコネだけの無能ではないし、伸びしろも十分にある。単にこのふたりの評価基準が高く設定され過ぎなだけだ。


 このリタと雄大の会話を聞かれてはさすがに気まずい、と判断したユイはアマノハシダテの艦長に「よい船ですね」「休暇はどれぐらい取られるのですか」などと世間話を仕掛けていた。


 長めのおしゃべりが終了。

 士官用の船室に案内される。

 アマノハシダテは巡洋艦、長期間の航海にも耐えられるよう駆逐艦などと違って居住スペースも広めに確保してある。

 雄大は訓練航海で乗った爺様軍艦シャイニーロッドと比べて「なかなか良い部屋」だと思ったが、マーガレットは巡洋艦と言えば、ぎゃらくしぃ号レベルだろうと思っていたらしく、あからさまに失望していた。

「こんなみすぼらしい部屋にユイ様をご案内するなんて──舐められたものね」

「マシな部類なんだぞ?」

「そうなの?」

「公社の豪華客船じゃないんだからさ」

「ユイ様や宮城あんたを歓待するならそれぐらいチャーターしても罰は当たらないわ、誰のおかげで宇宙軍は命拾いしたと思ってるのかしら?」

「おそらくだが、ワシらの警備のためにヒルの第三艦隊が出張って来ている」

「──不自然な演習だもんな。銀河公社の客船の何十倍もの経費と人件費がかかっていることになる」

 リタと雄大から説明を受けたマーガレットはさすがに驚いた。

「そ、それは確かに過剰ね……あのヒルって将軍は馬鹿なの?」

 コクコク、と頷くリタ。

 

「もう〜、なんか皆さん文句ばっかり。駄目ですよ? せっかくの御厚意なのですから感謝すべきところはしっかり感謝しておかないと。これだけの宇宙軍の将兵の皆様から歓待を受けるなんて光栄なことです。素直に喜びましょう」


 ユイが一同をたしなめる。


「ユイさんオトナだな〜」

「少々口が過ぎました」とマーガレット。

 場が落ち着いたのを確認するとユイが切り出した。

「──雄大さん、毒はもう出し終えましたか?」

「ん?」

「せっかくお父様と会うのですから、喧嘩はやめてくださいね?」

 聞きたくない、と言わんばかりに耳を両手で塞ぎつつ椅子から立ち上がる雄大。

「ユイさんもう一度念押ししとくけどね、俺は裕太郎と話すつもりないから。ラドクリフや母さん、そしてユイさんのために仕方無く実家に帰るわけで。この間の見舞いの時なんかもう酷くてさ……」

「仲直りの良い機会だと思うのですが……?」

「あの陰険クソ軍人の方がヘソを曲げてて、親子の縁を切るだの、二度と敷居を跨がせぬだの啖呵切ってきたんだ。向こうが折れるのが先だ」

「それは雄大さんが士官学校を自主退学したからなんでしょう? お父様は雄大さんに期待していたからこそ失望が大きかったんですよ」

「んなこたぁないね。アイツは俺の事より自分のメンツ優先、昔から俺の事が嫌いなんだからさ」

 頑なな態度を崩さない雄大を見て何事か思案するユイだが、こじれ過ぎていて説得の仕様もない。


「アンタの父親ってさっきの格好だけ一人前の将校なんかよりよほど立派な人みたいだけど? 地球閥と喧嘩しながら艦隊の最重要ポストだなんてすごいじゃない?」

 マーガレットにとってみれば地球閥と敵対しているだけでポイントが高い。

「何がすごいもんか。仕事のためなら家族をないがしろに扱う酷いヤツだからな。人間としておかしい、父親失格いや人間失格だ」

 ふん、と雄大は鼻息荒く父親の批判をするとリタもそれに続く。

「確かに宮城裕太郎は幕僚会議の中では逸材だとは思うが、如何せん性格に難があってな。融通は利かんし付き合いも悪いからまあ煙たがられておった。それに第一艦隊司令と言えば聞こえは良いが、政治のわからぬ将校など所詮は二流──有事の捨て駒、番犬に過ぎぬ。地球閥に反感を持つ勢力のガス抜きのために大将に昇進したようなものさ」

 ハン、と鼻で裕太郎を笑い飛ばすリタ。

「お〜! さすがリタ、話がわかる。俺もそういう事を言わんとしてたわけ」

「さっきから気になってたのですけど。リタ、あんたやたらと宇宙軍の内情に詳しいじゃない? どんなデータベースにアクセスしたらそんなのわかるわけ?」

 マーガレットは少し首を傾げながらリタをまじまじと眺める。

「メグちゃん。あまりリタの言う事は真に受けないでね? 事故前のメアリーさん本来の記憶も戻っていなくて、今喋っているのはデータベースが作り上げた仮の人格みたいなものだから」

 マーガレットが興味深げにリタを見るのでユイがフォローを入れる。リタのノードにリオル大将の記憶や意識が転送されている事を知っているのは今は亡きオービル元帥を除くと、ユイ、雄大、牛島実篤の三者だけである。

「ええ、わかっておりますユイ様。すごい人工知能と融合した副作用で、超天才になった代わりに誇大妄想に取り憑かれている、とお伺いしたのですけど──小憎たらしいのを通り越して最早憐れみを感じるレベルですわね」

「身から出た錆とは言え──何故レムスの仇から斯様な屈辱を受けねばならぬのか。あの時とどめを刺せなかった事が悔やまれるわ──」

 リタが舌打ちする。

「ハイハイ、勝手に仇討ちでも何でもやりなさい。逃げも隠れもしないから」

「言いおったな小娘」

 長い肩紐の付いたポーチを振り回し始めるリタ。

 ビュンビュンと空気を切る風鳴り音はなかなか迫力がある。

「おいおいリタ。やめとけって」

「敵わぬのはわかっておる。立ち向かう気概を忘れぬことが大切なのだ。全てを奪われたワシに残されたのは武人としての矜持のみ──」

 マーガレットの顔面目掛けて打撃が放たれるも、軽くスウェーしてかわされる──まあ、当たり前ではある。

「ふうん、前に見た時より上達してるわね。ねえねえ、あんたもあのキングみたいに色んな達人の戦闘データをダウンロードして闘えたりするわけ? 便利よねえ戦闘サイボーグ……スパーリングパートナーに欲しいわぁ……」

「あんな付け焼き刃と一緒にするな、ワシはこう見えても──あっ」

 ユイに腕を掴まれ雄大にポーチを取り上げられてしまう。

「くっ、離せ小娘」

「ねえリタ。雄大さんのご実家にいる間、大人しくしてちょうだいね?」

「リタ、今のはなかなか良かったぞ、ウチで暴れる時は是非とも裕太郎の顔面を狙ってくれ」

「もとよりそのつもりだ、北極ポートでのヤツとの勝負は不完全燃焼だったからな。滞在中に何らかの形で青二才に格の違いを教えてやらねばな」

「おっ、いいねえ。頼んだぞ」

「もう〜、雄大さんも焚き付けないでくださいっ!」


 ◆


 木星王家御一行は月宇宙港に到着──


 月宇宙港と言っても民間のものと月基地の駐留艦隊専用の軍港のふたつがある。当然こちらは駐留艦隊用のもので機能的だがやや殺風景だ。

 テラフォーミングした後に地表面に建造物を構築して開発を進めてきた他の惑星と違い、月開発は当初、地球の天候を支配するための巨大な潮汐コントロール装置として進められていた。ちなみに潮汐コントロールを研究・開発したのも日本を中心とした日印英豪の研究機関であり、自然災害による崩壊が秒読みの国土を何とか救おうというのがそのモチベーションになっていたらしい──まあ、結局間に合わなかったが人類社会への貢献度は計り知れない──

 難民となった日本人は今度は月に住む事を決意、国連の承認を経てオーソドックスなドーム型の居住空間から開発をスタートし、そのままのスタイルで規模を拡大していった。

 そのため、地球にあるような北極ポートや木星宇宙港のような軌道エレベーターと連結した巨大な宇宙ステーションは不要で、駐留艦隊はすぐに月面基地の軍にある軍港からの出撃が可能なのだ。

 機能美溢れる軍事基地の中にセレブリティ達の高級市街地がある、というのをイメージしてもらえば良いかと思う。 


「おーい雄大! ははは!」

 見慣れない服に身を包んだリクセン大佐が待っていた。

「あっ、リクセン大佐じゃないですか」

「艦長で──いや今は校長と呼んでもらいたいかも」

 リクセンは宇宙軍士官学校の校長職として後進の指導に力を入れている。見慣れない服装は士官学校の教官用のもの、グレーの濃淡と黒色でまとめられていた。

「へえ校長? げ、もしかして士官学校とか?」

「その通り」

「うっわ……艦長って呼びますね?」

「露骨に嫌な顔をせんでくれ」

「そんな事よりほら、仕事なんだったら俺なんかより先にユイさんに挨拶しなきゃ」

 そ、そうじゃったと慌てるリクセン。

 雄大とのやりとりを微笑ましく眺めるユイ達の前にリクセンは小走りでやってきた。外見は老け込んで見えるが実際の体力は教え子の裕太郎やモエラにも負けてはいない感じだ。

「ユイ・ファルシナ皇女殿下にマーガレット・チャン伯爵閣下、月へようこそ!」

「ご機嫌よろしゅうリクセン大佐。改めまして、わたくし木星帝国のマーガレット・ワイズでございます。先日の大変無礼なる振る舞い、ここで改めて詫びさせてくださいませ」

 マーガレットは片膝をつくとこれでもかと深く頭を下げた。ユイ以外にこうやって謝罪するなど、かなり珍しい光景で、雄大だけでなくユイも目を丸くして驚いていた。

 リクセンは慌ててマーガレットを立たせた。

「初対面の時のあれならお気になさらず。謝るのはこちらの方です、マーガレット・ワイズ伯爵閣下。いやもうワシ、お名前まで間違えておって重ね重ね本当に面目ない」

 白髪頭を掻く。

「ふふ、そそっかしいご老人だこと。では、これでおあいこね」

 多少デリカシーに欠け大雑把なところはあるが、憎めない人物だというのはマーガレットにも伝わっていたらしい。

「大佐、お出迎えありがとうございます」

「いやもう、殿下も益々ご健壮で何よりです。お美しい皆様方を見ているとこの老骨もなんというか青春がよみがえってくるようで──」

 程なくして、装甲リムジンが2台やってきて合計3台になり、その内の一台から雄大の妹、宮城由梨恵が勢い良く降りてくる。

「やっほ〜! お兄ちゃ〜んっ!」

「わっ、由梨恵! おまえ──」

「どーお? ちょっと会わない内にいい感じになったでしょ?」

 由梨恵は左半身を開き右手を耳の後ろに当ててうなじと首筋を強調する。

「変わらないなぁ! 安心したよ!」

「んがっ?」

 コントのようにわかりやすく態勢を崩しよろめく由梨恵さん22歳。

「なんだそのリアクション、月で流行ってんのか」

「かわいくなったな! とか女っぽくなったな! とか言いなさいよ! まったくもー、お兄ちゃんなんだから〜っ!」

「相変わらず意味がわからんヤツだな……」

「ネイサンくんみたくならないとモテないよ!」

「イケメンと一緒にしないでくれ」

「イケメンは心構えと気配り、顔は後からついてくるんだよ」


 そう言い放つと、由梨恵は雄大を押し退けてピシャリとユイ達に正対すると、ユイ、マーガレット、そしてリタに順々に恭しく礼をした。


「兄がいつもご迷惑をおかけして……」

「いえ、そんな! みや──お兄様に助けてもらっているのはわたくし達の方ですわ」

「まあまあ由梨恵さん、そんな他人行儀な──わたし達はお友達じゃないですか」

「そうだね〜、じゃ無礼講でユイ殿下とは友達っぽくするね。マーガレット閣下もわたしの多少馴れ馴れしい態度、ゴメンしてね? じゃ立ち話もなんだしちょっとお茶しに行こ?」

 ウインクしながら舌をちろりと出す由梨恵さん22歳。女子トークするから、とユイ、マーガレット、リタを自分が乗ってきたリムの後部座席に案内するがリタは拒否。

 雄大、リクセンと同じリムに同乗を希望した。

「おや、リタちゃんはこっちで良かったのかな?」

 リクセンは少し驚く。

「良いも悪いもワシは女子ではない。女子トークなんぞに巻き込まれてたまるか」

 そそくさとリムに乗り込むリタを不思議そうに眺めるリクセン。

「まあ確かにリクセン艦長はリタと話合いそうだもんな」と雄大。どっちも年寄りだし、と聞こえない程度の小声で続けた。

「あ、ドライバーさん居ないんなら俺運転してみんなの先導したいんだけど。いいかなあ、リム転がすの割と楽しいんだよな〜」

 雄大が自動運転の装甲リムジンの運転席を覗き込む。

「んー、なんというか。おまえさんに運転あんまし任せたくないんじゃよ……」

「そんな〜信用してくださいよ〜、俺の数少ない取り柄なんですから」

「いや、そういう意味じゃなくてな……実はわしと由梨恵ちゃんが別々に迎えに来たのはな、おまえさんに今からちょっと寄ってもらいたいところがあるからなんじゃ──少しばかり別行動になる」

「寄るってどこに?」

 へー、と雄大はリムの運転席のドアを開けてコンパネを弄り始める。


「わしの職場に行くんじゃ」


「職場って──?!」

 雄大の顔が露骨に変わり、ドアを閉めてリクセンに向き直る。

 リクセンの新しい職場とは宇宙軍士官学校──雄大にとっては名前を聞くだけでも吐き気がするような忌まわしい場所である。

「ええっ!? なんでぇ? 艦長本気で言ってるんですか? いくら艦長の頼みでも聞けない事だってあるんですからね?」

「おまえさんに運転させたら絶対士官学校には辿り着けないから……」

「当然でしょ、絶対行かないし。死んでもごめんこうむりますね。リクセン艦長がなんか用事あるなら、俺だけ外で待ってますから」

 リクセンは真面目な顔になると深々と雄大に頭を下げた。


「頼む、校長としての沽券にかかわるんじゃ。わし、約束してしまったんじゃよ。この約束破るとわし、もう立ち直れん。ただでさえキャリア組じゃないわしみたいなのがいきなり校長職についてしまって、一部教官とギクシャクしとるんよ。これ、わしの老後にとってほんと〜に大切なんじゃ。クジナとニースさんとの孫が産まれて成人するまでわしゃ現役バリバリでいたいんじゃ……う、うう」

 今にも泣き崩れそうなリクセン。

 弱々しく縮こまった肩のせいで悲壮感が増している。

「え? なんか脅迫されてるんですか俺?」

「そうそうおまえさんを脅迫しとるんじゃよ、わしの言う事を聞かないともれなくわしが不幸になる」

 先程までの鎮痛な顔は何処へやら、リクセンはケロッとした顔でピューピューと下手くそな口笛を吹く。

 心底納得行かず、がっくりと項垂れながら後部座席に座る雄大。

「ど、どういう脅迫の仕方ですかそれ……」

「断ってもいいが翌日にはわし校長やめて無職になっとるかも……」

「冗談抜きになんだか頭痛してきたんですけど?」

 胸焼けまでしてくる。

 あまり良い思い出のない場所だ。

「良いではないか士官学校。ワシも久々に様子を見てみたい。ユイ・ファルシナにくっついて幼児扱いされるより余程有意義な時間が過ごせそうだ」

 リタは装甲リムジン備え付けのシガーボックスから無煙葉巻を取り出してくるくると回してもて遊ぶ。

「ほら、リタちゃんもこう言うとるぞ。観念してわしの言う事を聞かんか雄大」

(なにこのめちゃくちゃな会話……)

「艦長、未成年が葉巻弄ってるの注意しないの?」

「大丈夫だ、この身体で吸うのは百害あって一利なし、そんな事ぐらいは理解しておる」

 リタは器用にくるくると葉巻を回して遊んでいる。

「えらいもんじゃ。おまえさんもこれぐらい聞き分けよくなってくれんかのう」


 思わぬ不意討ち、古傷をえぐられる雄大であった。

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