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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
149/186

年末に向けて③

 ぎゃらくしぃ号内部、社長室。


 禁忌技術による不可思議な檻と黒塗りの看守ロボットによってユイが移動を制限されていた、かつての牢獄のごとき軟禁場所である。


 カトリック教会四大騎士団・ドイツ騎士団のマクシミリアンは、社長室を訪れた際にその檻に使われていた防御フィールド発生機にPPを有線で繋いで何か弄っていた。彼の説明では安易に転用出来ないように簡易な『封』をして一旦、自らの監視対象にしたのだという。


 教皇からの禁忌技術取り扱いの免状が与えられるユイの目の前でわざわざその面倒な事をやってみせたのはユイに対して禁忌の管理者としての心構えをレクチャーする意味合いがあったのだろう。

 免状があれば大抵の事は許されるが、あくまで禁忌タブーとは安易に触れてはならぬもの、門外不出の管理対象である。厳格なる修道士、騎士団長グランドマスター・マクシミリアンとしてはユイに今一度、気を引き締めて欲しかったのだ。


 橙色や赤など暖色を基調とした目に鮮やかな晴れ着に包まれた黒髪の美女──ゆっくりとした足取りでその場を回り、同室した者達に全身を披露する。


「どうでしょう」

「すごーい! ユイ様、神様、弁天様!」

 大興奮の雄大はPPで晴れ着姿のユイを撮影しまくる。


 この弛んだ雰囲気、マクシミリアンが色々と念押ししたくなったのも無理はない──


「あの、何故いつも下から撮ろうと……?」

「上からも好きなんですけど、先ずは下から攻めます」

「ふ、ふつうに正面からとかに出来ません?」

「晴れ着ですよ? 着物の基本は帯と腰! まずはその麗しき曲線をあらゆる角度から撮影して、後の効果的なポージング研究に活かします……ねえユイさん、生半可な覚悟では月一等市街地デビューは飾れませんよ?」

「えっ、デビューですか」

「あそこのご婦人方は表立っては何も言わないけど、かなり着こなしとか礼儀作法にはうるさいから、木星王家として恥ずかしくない所作を習得する必要があるんだ──!」

 いつの間にか自分の趣味と欲望のための撮影をユイのための撮影にすり替えてしまう雄大。

「雄大さん、木星王家の名誉のために……わかりました、よろしくお願いします!」

 そしてまんまと騙されるユイ。木星王家のため、を持ち出されるとイチコロである。

「よろしい、ではちょっと軽く腰をひねって胸を少しそらす──そうその角度」

「こ、こうでしょうか先生──無事に月社交界デビューできますか?」

 照れつつもポーズを小さく取るユイ。

 真面目に雄大の酔狂に付き合っているが、やはりどこか機嫌が良いのだろう だんだんとユイ本人も楽しくなってきているようで、弾けるような笑顔で撮影に臨んでいる。

「馬鹿どもめ。浮かれておると足元をすくわれるぞ」

 と、ひとりしかめっ面のリタが大きな声で嫌味を言うが、ふたりは撮影に熱中しているらしく止まらない。

「良かった、サイズぴったりみたいで。大変お似合いですわ」

 この場に同席していたマーガレットも同じくユイの晴れ着姿を色々な角度からチェックを入れている。この晴れ着の製作者として出来映えが気になるらしい。

「メグちゃんありがとう──とっても可愛いし見た目より動きやすいです!」

「いえ既製品を切り貼りしてアレンジしただけですよ──動きやすさを重視したぶん、ちゃんとした着物とは言えないものになってしまいました」

 振り袖の着付けを行うのは想像以上に大変であり時間がかかる。木星王家を背負って立つユイのイメージや立場として着崩れした姿を衆目に晒すなど、万が一にも許されない。

「んー、でも宮城家は月の旧家なんでしょ? かえってこういう紛い物は邪道、っていうか……良く思われないかも。ねえ宮城、その辺はどうなの?」

 マーガレットが少し不安げに雄大にたずねると、雄大は撮影の手を止めて答えた。

「まあ、うちの母親の専門分野ではあるんだよな。着付けや茶道華道の講師、小笠原流だかなんだかやってるしな」

「ああやっぱり」

「でも普段は軽装だし──妹なんだけどさ、由梨恵のやつが無作法しててもうるさく言わないし──大丈夫だろ。クソ裕太郎は仕事しか興味無いしね、問題無いさ」

「気さくなお人柄なんですね、お会いするのが楽しみです」

「まあね母さんは裕太郎と違ってサバサバしてるから」

 社交辞令として「楽しみ」と言ったわけではなく、ユイはまだ見ぬ婚約者の母親・宮城純子と会うのが心底楽しみで仕方が無かった。ゆくゆくは義母となる新しい家族──幼くして父母兄妹を失くしたユイにとって、宮城家はまばゆい光を放つほどに尊い存在らしい。

 ユイだけでなくマーガレットも宮城家には興味がある。雄大がああまで嫌う裕太郎が実際にどういう人物かは興味がある。加えて宮城家は伝統ある月の古い武家。ワイズ流武術の源流を感じ取れるかも知れないからだ。斯様に開拓惑星系移民にとって『月』という場所はどこか神秘的で興味を惹く存在なのである。

「ふうん、あんたの母親……サドウ、カドウのマスターなんだ」

「うん、お弟子さんがよく挨拶に来るよ。昔から裕太郎なんぞよりよっぽど来客が多いよ。どっちが当主なんだかわかりゃしないね」

 口を開くと父親の悪口が出てくる雄大だが、久しぶりに純子に会えるのが嬉しいのか不機嫌そうではない。

「雄大さんのお母様、素敵なご職業ですね。わたしも月の伝統教えてもらいたいです」

「着付けもそうなんだけどさ、ちょっと暇があったらふたりで母さんから色々教えてもらうといいよ。マーガレットも月古来の文化に興味ありそうだし」

 一瞬、マーガレットが理解に苦しむような顔付きになり、ユイに耳打ちした。

(あの、ユイ様。お母様に気に入られようとして、あまり無理はなさらないように……ユイ様は武術未経験なのですから)

(武術?)

(いやですからサドウにカドウにオガサワラ流派のことなど、もう少し調べてからでないと……)

(知ってます。床の上に座ってから行う月社交界の礼儀作法のことでしょ?)

(え?)

「お〜いマーガレット。茶道と華道は柔道とか剣道と違うぞ。武術とかじゃない」

 小声のつもりが雄大にも聞こえていたらしく、ツッコミが入る。

「し、失礼しました……古武術の一種かと思いまして」

「もうやだメグちゃん、拳法みたいなのと勘違いしてたの? メグちゃんらしくないな〜、ふふふ!」

 小さくキャッキャと喜ぶユイ。マーガレットは羞恥で胸元まで赤くなった。マーガレットからすると『はしゃいで危なっかしい事をやりそうな主君』をいさめるつもりだったのだが、盛大な勘違いをしていたようで真逆な結果になる。

「あ、あのユイ様? 他言無用ですよ?」

 フッとユイの口角が上がる。

「ねえ、魚住には言っていいでしょ?」

 何故かわくわくしているユイ。

 この世に絶望し全てを怨んだ8歳の自分の影──

 何かの拍子に湧き出してくる怨念のようなものが消えてくれない事を恐れている彼女だが、本来の飾らぬユイ・ファルシナこそ、8歳の少女のように「活発でイタズラ好き」な性分なのだ。理知的で慈愛溢れる姿は後天的に身に着けたもの。

「ぜ、絶対駄目です──」

「何故ですか? もう〜、メグちゃんってば勘違いの仕方までとってもかわいいのですから! ふふふ!」

「か、かわいくありません! 何かの間違いで魚住からブリジットなどに漏れては伯爵家の威厳が地に落ちます!」

 割と簡単に落ちる威厳だな、と雄大は苦笑いした。

「大丈夫ですよ〜メグちゃん。かえってこういう他愛もない失敗談があるほうが親しみが──」


「本 当 に や め て く だ さ い」


 マーガレットはキッ、と眼尻を吊り上げて少し大きめの声でユイの言葉を遮った。

「──!」

 ユイは少しビクッ、と跳ねるように驚くと姿勢を正して右手で口を押さえる。ここ数日、弛んでいた口許を隠すような動き。

「──はい、すみませんでした」

「本当にもう、ユイ様……なんだか浮かれてらっしゃいますが──そこのちっこいのが言った通り、訪問先では羽目を外し過ぎないようにお願いしますね? 好事魔多し、と申しますから」

「わかりました」


「しかしなあ……ユイさん、俺の実家に泊まるのがそんなに楽しみなの? 俺は正直、憂鬱なんだけどさ……」

 少しの間、シュンと縮こまっていたユイだがまた急に勢いを取り戻す。

「ふふふふ〜、雄大さん! わたしが浮かれて見えるのはお母様に会えるからだけでは無いのです!」


 ユイがサッと手を動かすとホロ投影システムが起動して複数のグラフやニュース番組を再生し始める。自分達の真横や背後まで、せわしなく動く数字や各種棒グラフ円グラフの数々、雄大とマーガレットは面食らってホロにぶつからないように固まる。

「えっ何? どうしたの?」

 リタは歩きながらグラフを見て回り「ほー」と感心したようにつぶやいた。

「株式市場に上場しているぎゃらくしぃグループの株価だな。短期間で何度もジャンプしとるがエウロパを出てからの上がり幅が激しいな。例の放送が効いたか」

「魚住と相談して強気で増資して売り出してみたのですが、これがもうとにかく反響がすごくて──!」

 ユイは両の手首を頭の上に乗せて動物の耳に見立てるとペコペコと折りたたみながら上体ごと左右に振った。例のウサギ・ダンスである。雄大も久々に見たが、どうやら株価絡みで膨大な利益が上がった時、無意識に発動するらしい。

 雄大は専門家ではないが一般常識的に見てとんでも無い推移をしているグラフである。踊り出したくなるのも無理はない。

 新株発行で一度ガクンと落ちたはずが、ものすごい勢いで買い注文が入った為に額面が跳ね上がっている。

「まあ、ハイドラ級の貸与は前から決まっておったからもともと好材料しか無い銘柄ではある──むしろもっと早くから強気で行くべきで──」

 それは言わないで、とユイはリタに口止め料としてキャラメルキャンディーを手渡す。

「メグちゃんの大活躍のおかげですよ!」

「わたくしが株式に何かしたのですか?」

「ニュースになる、って大事なんです。メグちゃんの映像の注目度知ってますか?」

 キングそして菱川十鉄との交戦の映像に対する評価はポジティブ六割、ネガティブ四割ではあるが同種データの再生及び検索数は堂々のトップ。

 連邦政府に属する人々の関心度として表すと宇宙軍クーデターに次いで三位になっていた。

 一位からユイ・ファルシナ第一皇女の演説、宇宙軍クーデター詳報、ワイズ伯爵の順である。

 ちなみにファイネックスのランファが仕込んでいたユイを貶めるための黒い噂話が五位、Vプロのあるる関係が六位、エアレース関係が七位、ウィリアムとユイの熱愛報道が九位、復活した菱川十鉄関係が十一位と言った具合。

「ネガティブにしろポジティブにしろ、わたしたち木星王家絡みのニュースでランキング上位が埋められているんですよ! メグちゃんこわい、って人も多いみたいですけど、さっきみたいなかわいいとこをアピールしたらきっとファンになってくれますよ!」


「ネガティブ、四割……」

 喜ぶユイに対してマーガレットは若干青褪めていた。

(──何この顔、こんなのがわたくし……ワイズ伯爵だと言うの?)

 鏡に映る自分の姿は飽きるほど見てきたマーガレットだが余裕の無い時の自分をこうやって客観的に見るのは初めてである。

(ぶ、無様な──何がお祖父様の意志と技を継ぐ者か──遠く及ばぬ)

 十鉄の二丁拳銃による精確な射撃と戦闘サイボーグの猛攻があったとは言え……

 たとえ装甲服の聖鎧アクバルを着用していなかったり、得意の鞭状の武器を使える状態では無かったとは言え……


 マーガレットの脳内で思い描いていたイメージと随分差がある。美しさとは無縁の、泥臭く未熟な自己の姿がそこにあった。


 準備万端で戦場に臨んだあげくに、下手をすると敗北していたような内容である。トウテツからキングの情報はある程度聞かされていたので不意打ちというわけでもない。明らかな慢心が招いた苦戦である。


(ありえませんわ──こんな醜態が──太陽系全域で億の単位で再生ですって──!?)


 アレキサンダーと比べて未熟なのは修行年数を考えればまだ納得出来ない事も無いが自らが発したさも偉そうな大言壮語がいちいち胸に刺突剣レイピアのように突き刺さる。

(客観的に見せられるのがこれほど恥ずかしいとは──)


 しかも十鉄の弾を避けている時の必死の形相──

(う、美しくない──)

 祖父と比べてパワーはかなり低いものの技のキレや回転数そして容姿において祖父には無い華やかさがあると自負してきた。何より祖父アレキサンダー本人がマーガレットの事を手放しで「おまえの精神と容姿は太陽系の誰よりも気高く美しい。だから臣下であるおまえは主君のユイ殿下よりも美しさにおいて目立ってはならぬ」と評してきたのである。

 厳格過ぎて常軌を逸した修行を幼子に課してきたアレキサンダー翁も、普通の年寄りのように孫に激甘な一面もあったらしい。マーガレットの人格形成に若干の歪みがあるのはアレキサンダーの甘やかしのせいもあるだろう。


 マーガレットは頭をハンマーボムで殴られて吹き飛ばされたかのように力無くよろめき、かろうじて近くの椅子に持たれかかった。

「うう……」

「きゃっ!?」

「えっ? マーガレットおまえ大丈夫か!?」


「まだ体調がよくないんですね。お部屋に行きましょう」

 ユイは小田島を呼ぶと、雄大と一緒にマーガレットの身体を支えた。

「お、お構いなく──身体の方では無くて、その──自らの不甲斐なさに、改めて驚いてしまって」

 キングはメンタルを相当にやってしまったが、今回はマーガレットの方も相当な精神的ダメージを被ってしまったようだ。

「よくわからんがとにかくもうしゃべるな」


 そうこうしていると小田島と保安部員が社長室に到着、マーガレットを迎えに来た。担架代わりの四足歩行ロボットを起動させようとするがマーガレットはやんわりと拒否した。

 遅れて血相を変えて飛んできたブリジットがマーガレットに駆け寄る。

 

「閣下大丈夫? ──あっ六郎」

 室内にはまだ消されていないニュースのホロが点在していてかつての仲間、甲賀六郎が映っている。それを見て何か勘付いたようなブリジット。うぷぷ、と底意地の悪い笑みを浮かべる。

「なあんだ、心配して損した! 自分が六郎に苦戦してる無様な映像みて、勝手にダメージ受けてるだけなんじゃん。メンタル雑ッ魚──ぶぐぉアア──!!?」

 マーガレットの手がブリジットの顔面を鷲掴みにする。鼻は潰れ指先が頭皮に食い込む。

「ギニャーッ!?」

「なんでこういう時だけ察しがいいのよアンタ!?」

「いだいいだいいだいッ!? やべて閣下!? リンジーちゃんのかわいいお顔が! パワハラ! パワハラ!」

 引き剥がそうとするがマーガレットのアイアンクローはがっしりと決まっていて動かそうとするとミシミシと頭骨が軋みかえって激痛が襲う。背の低いマーガレットに顔面を掴まれているのでブリジットはしゃがみこんだり中腰になったりして少しでも痛みが和らぐ態勢を探すためにもがいていた。

「アンタなにその格好! いまトレーニングの時間でしょ? またサボってたわね!」

「いや、部屋で自主トレを、いだいだいいだい〜ッ!?」

 

 小田島はブリジットのほうが心配になり始めてマーガレットをなだめ始める。

 ブリジットへの怒りで血の気が戻りつつあるマーガレット。

「取り敢えず大丈夫そうだな」

 雄大とユイはブリジットを理不尽な暴力から救い出しながら、少女伯爵が復調しつつあることに少し安心して顔を見合わせて笑った。



 こうして騒々しくも和やかに雄大の回りの時は過ぎていき、身近でくすぶっていた揉め事の種がいよいよ芽吹こうとしていることに気が付くことはなかった──

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