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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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年末に向けて②

 激動の3281年もいよいよ暮れようとしていた。


 クーデター騒ぎで大混乱した月であったがここ月一等市街地は平静を取り戻していた。いつもの通りの、空気澄み、静謐で落ち着いた成熟した大人の町並みである。住宅地に入ると建物は平屋か二階建てまで、庭も広く開放的だ。

 宮城家は庭園まで含めて純和風の造り。どこか荘厳ささえ感じる門扉はまるで由緒ある社寺仏閣のよう。

 本宅から離れた敷地内に竹林に囲まれた池のような大きさの露天風呂まで存在する。旅館の大浴場ほどの広さがある立派な『温泉施設』である。


 雄大に似ず、とても愛くるしい顔立ちと明るい性格で誰からも好かれる宮城由利恵さん。

 現在花嫁修業中の22歳だ──こう書くとあれだが実のところ愛嬌だけで人生うまく立ち回ってきた単なる実家住みの無職である。イジメにあったりこき使われたり、ややハードモード入ってる雄大と比べて人生楽勝イージーモードである。

 イベントプランニングの会社に勤め仕事も順調にこなしていたのだが、ネイサンとの婚約が正式に決まるとサクッと退職した。旅行に出たり、長編大作漫画を何作も読破したり、好き放題に遊びまくった。


 深夜に毛の生えた程度の時間帯に起き出す。外気温が低く設定されているにも関わらずタンクトップにスパッツという軽装で美容のためのトレーニングを始める。続けて防寒着を羽織り玄関先の掃き掃除、主要な廊下の雑巾がけを終える。離れにある『宮城家のプライベート温泉』で軽く湯浴みを済ませてこざっぱりすると、和装に着替え襷掛け。朝食の準備を始めた。

 そうこうすると母の純子が起きてきて、由利恵から朝食の準備を引き継いだ。

「おはよう」

「お母さんおはよ〜」

「早起きは慣れたみたいね」

「な、なんとかね……お盆とお正月、お母さんひとりでずっとこれやってきてたんだね、大変だったでしょ」

「何言ってるの。わたしの若い時は盆暮れ正月じゃなくてほぼ毎日よ? 少し前まで親戚の叔母様方がお手伝いに来てくれてたから、お盆とお正月と家族旅行の時だけ休めていたのよ。知らなかったの?」

「ひえええ……」


「まあ、全部ひとりでやる必要は無いのよ、万が一あなたが切り盛りするような事態になった時は、お正月に出勤してくれるようなお手伝いさんを探して雇いなさいな。全自動ロボット化さえしなければ御先祖様も許してくださるわ。まあ万が一の話だけどね」

「ま、万が一……ってお母さん、まだお兄ちゃんに家督継いでもらうつもりなの?」

「当たり前じゃない。雄大は長男よ──それに」

 純子はホロカードを再生する。

 ヴァムダガン逮捕、キングアーサーの木星宇宙港衝突回避、トロニツカの海賊艦隊撃破。雄大がニュースになった時の映像を編集してるらしい。

「何をやらせても型にはまらず超一流。我が息子ながら惚れ惚れするわ。客観的にみても、これほど武門の誉れ高い宮城家の当主に相応しい人材も居ないわね」

「これ本当にお兄ちゃんがやったのかなあ」

「由利恵は身内だから感覚が麻痺してるだけ。雄大は英雄の器よ。外の世界に出てからの短期間でこれだけ活躍してるのがその証拠」


 直近ではエアレースで見せた幻のポールトゥウィン、それとボッテガ達を煽る時の憎たらしい顔の映像まで流れる。


「ははは、これはお兄ちゃんらしいなぁ。すごい屁理屈言うもんね、それでお父さんと喧嘩しちゃうし」


「わざと憎たらしい役を演じて、議長の息子の年間王者取りをサポートする──あの子はわたしたちに似て、人付き合いで不器用なところがあったのになんて世渡り上手なのかしら。真面目なだけが取り柄のどこかの頑固中年も見習って欲しいわ」

「そ、そこまで考えてやってないと思うけどなぁ……お母さんこそ身内の贔屓目になってない?」

「──雄大のようにスケールの大きな英雄には、宇宙軍や士官学校は狭過せますぎたのよ。ほんと鼻が高いわ。あの人とわたしの良いところが遺伝してるのよ」

 由利恵には純子の喧嘩っ早くて何でも首を突っ込みたがるところ、裕太郎の頑固で融通が利かない不器用なところ──が合体しためんどくさい男性にも見える。

「こ、行動力があって正義感が強い、って事?」

 一歩間違えたらテロリストにでもなりそう──と由利恵は苦笑いしながら香の物を切り、皿に盛り付けていく。

「それもあるけど、お父さんの頭の良さとわたしの運動神経を兼ね備えている、って意味よ。もはや死角は無いわ」

「う、運動神経か──ははは」

「リクセン先生から聞いたのよ『雄大の操舵士適性スコアで史上最高得点』『判断能力や反射神経がプロアスリート顔負け』だ、って」

「あ〜、お兄ちゃんゲーム超上手だもんね。そういう意味ならわかる」

「自ら先頭に立って艦隊を率いる大元帥。悪の帝国の艦隊をバッタバッタと投げ飛ばす──それが雄大よ!」

 料理そっちのけ、大興奮でジェスチャー混じりに息子愛を語り出す純子。

 鍋が吹きこぼれそうになるのを由利恵がフォローする。

「船は投げ飛ばせないと思うよ」

「そうね」

 由利恵は『悪の帝国』という言葉に多少の引っ掛かりを覚えた。なんとなく木星帝国への拒絶を感じさせる言い回し。

「あの〜お母さんさ、話変わるけど、ユイさんの苦手な食べ物とか聞いておかなくて良いかな?」

 ユイ、という単語を聞くと純子の顔色が変わる。ついさっきまで興奮気味だったのにスッ、と無我の境地にはいったかのように感情が無くなった。

「あ、あの……お母さん?」

「ああ、『由利恵のお友達』の木星のお姫様ね? どうかしら何でも喜んで食べるんじゃない? 流刑地に流されてたそうだし」

 不愉快さを隠そうともしない純子。

「ちょ、ちょっとお母さん!? もお〜! わたしの友達じゃなくて、お兄ちゃんの婚約者なんだよ?」

 純子は料理の手を止めて身体ごと由利恵に向き直る。

「婚姻、婚約というのは家と家同士でやる契約です。わたしは何の報告も受けてないし、承諾した覚えもありません。当人同士の意思だけでやりたいのなら、家を出る覚悟でやるべきよ」

「いやもうお兄ちゃんは既に家を出てるし、お父さんには報告して承諾されてるから」

「それはあの分からず屋の頑固中年──お父さんが勝手に決めた事よ、わたしは知りませんからね」

 プイッと横を向く。

「あ〜もうめんどくさいな〜! 何回も説明してるじゃん、まだ気に入らないの?! モテないお兄ちゃんが三次元の実在する超絶美人のお嫁さん見つけてきたんだからね? こんなチャンスはもう無いんだから」

「聞き捨てなりませんね、由利恵。雄大は──モテます、昔から」

「親の贔屓目キタ〜! あのね、学校じゃラド君とかと比べて明らかに女子人気無かったのよ、事実だから」

 叱りつけるように言う由利恵に少したじろぐ純子。

「わ、わたしもエビデンスに基づいた発言をしているのよ? ま、あなたにもいずれ分かります──まったくもう、士官学校にしろお父さんにしろあなたにしろ、雄大の本当の素晴らしさがわかっていないのよ」

「はいはい、わかりましたよ。お母さんも頑固なんだから……それはそれとしてお正月は一緒に過ごすんだし、仲良くしてよね?」


「ううっ──嫌よ、絶対、イヤ」

 むすくれた幼児のような表情。52歳の分別ある良家の母親がする顔ではない。

「わがまま言わないの!」

 大きな声で母を一喝する由利恵。

「な、なによ──由利恵もお父さんの味方なの? ううっ……ひどいわ。ラドクリフもネイサンくんもみんなお父さんの子分みたいだし──この家にお母さんの味方なんていないのねッ?」

 割烹着の裾を持ち上げて口にくわえる純子。泣く振りをしているが目は潤んですらいない。

(わ、わかりやすくスネてる……)

 由利恵の前の職場の先輩女子社員で若作りのアラサー女子がいたのだが、50代の純子のほうが見た目だけならより若々しい。

(前から思ってたけどお母さん歳とらないな〜……妖怪みたい)

 なんとなくだが、純子は見た目通り、精神的にもまったく成長していないのでは無いだろうか、と由利恵は推測する。

「お母さんもさ、会ってみたらわかるよ。ちょっと世間知らずなとこもあるけど、基本いい人だし、地頭もものすごくいいしお母さんと話が合うと思う」

 しばしの沈黙。

 焼き上がった魚を盛り付けながら純子は小さな声で告げた。

「────じゃあ、苦手なものとか好物とか色々聞いておいてちょうだい。ユイさんのお膳に反映させるから」

 口を尖らせて不満げな純子。

「ふう……まあいきなり仲良くなれとは言わないけど、最初から喧嘩腰は駄目だよ? わかった?」

「わかりました……」

「あ〜、良かった……じゃあわたし配膳してくるから」

 宮城家には家政婦が数名いるのだが年末年始という事で長期休暇を取ってもらっている。

「お願いね」

「は〜い」

 大きなお盆に小鉢や皿を載せて、ぱたぱたとやや急ぎ足で自らが拭き上げた板張りの廊下を歩いていく由利恵。


 ひとり料亭の厨房のように広い調理場の後片付けを行う純子。誰もいないのを確認するとぺろりと舌を出した。


「当方に迎撃の準備あり、よ──ふん、来るなら来なさい木星亡霊ジュピターゴースト 大事な跡取りを盗られてなるものですか」



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