いつもの帝国議会(ゆく年くる年大騒動編・始)
地球・火星経済圏が、間近に控えたクリスマスムードに染まる年末。
クリスマスどこ吹く風、クレメンスデーも終わって通常営業のぎゃらくしぃ号は地球航路の半ば、銀河公社が設置した備蓄倉庫のような小惑星・第24コロニーの前に停留して店舗営業を行っていた。こういうコロニーには小さな船が何か航行不能になった時の助けとしてに必要最低限の物資が備蓄されている。物資に余裕のある船は、駅の停留所代わりに利用させてもらい、不足している物資の補充をするのが宇宙船乗りのマナーである。
そこにアラミス支店号、そして神風号を含めた四隻の帝国海軍が集まり、総勢六隻の船が待機している様子は壮観である。
そしてぎゃらくしぃ号会議室では、帝国海軍をまじえた木星王家首脳部による帝国議会が開催されようとしていた。
「──ということでセレスティン大公殿下は欠席されますが、よろしいかな? えー、実はセレスティン殿下のホロメッセージがありますが、ユイ皇女殿下宛てなので、お渡ししたホロカードは後ほどご覧いただきたい」
セレスティン用のスペースがぼっかりと空いている。
もう誰も落胆しないし、追及したりもしない。
実在するかどうかで言うとイチゴ大福をお土産に持ち帰ったぐらいだからセレスティンは一応実在し、特に重病というわけでもないのだろう。
では何故かたくなに姿を見せないのか。ホログラムの中にだけ存在する虚構の人物というわけでもないのに人前に出られない理由がわからない。もやもやとしたわだかまりが残っていくだけだ。
かつてのユイのように軟禁されているわけでもあるまいに──
「はい、かしこまりました。また次の機会に──大公殿下によろしくお伝えくださいませ。早くお会いしたいものです」
ユイが軽く頭を下げる。ユイとしては遠縁とは言え現存する唯一の血縁である、会えるものなら会いたい──会って木星王家の未来のことを存分に語り尽くしたい──と願っているがガッサはなかなか会わせてくれない。神風号への乗船すら許可してくれないのだ。
「ええ、おほん。今回は帝国議会の第2回目、という事になります」
進行を務める魚住の言葉にパチパチパチ、と大げさに拍手したのは帝国海軍アラムール・ガッサ大将、本日は特に威勢が良い。
「時に宰相代理、帝国組織図の最新版はあるのかね」
「はい、これはそのままお持ち帰りいただき大公殿下にもお見せください」
ポスターのような紙に書かれた組織図を手渡されたガッサはわざとらしく首を傾げながらつぶやく。
「ふむふむ。甲賀殿が外れ、新たにそこのクラウス殿が親衛隊長となられたわけか──いやはや、甲賀殿の件、本当に災難でしたな」
チラリとマーガレットの方をうかがうガッサ。
マーガレットは部屋に入る前から相当に不機嫌で仏頂面をしている。終始、雄大とユーリが何事かつぶやいては、なだめている様子。
「まあ、なにやら素性の良くない賊だったそうなので、早い段階で組織から排除出来たのは良かった、良いご判断でしたよ伯爵閣下」
マーガレットとクラウスの顔がひきつる。
「以前の親衛隊長より品がある、新生する木星王家に相応しい若人ではないか。よろしく頼みますぞクラウス殿」
「若輩者ですが前任者『甲賀六郎』の名を汚さぬよう懸命に勤め上げる所存です──」
クラウスは額に青筋を立てつつもなんとか作り笑いをキープしている。嫌味には嫌味で返すがあくまで冷静な辺り、なかなか見どころがある。
マーガレットの方は不機嫌を隠す気はさらさら無いらしい。まあマーガレットは普段から不機嫌な事のほうが多いのでいつも通りと言えばそのとおりなのだが……
「ガッサ将軍。六郎の件はああいう残念な結果にはなりましたが、あの者の過去十年のワイズ家への忠節は本物でした。それ故、我々は心を傷めているのです──それを部外者が好き勝手に茶化すのは我が伯爵家や、あの者の部下であったこのクラウスへの挑発ととられても仕方ありませんよ? ここから叩き出されたく無いのならば、すぐにその口を閉じなさい」
「これは失礼。ただ、わたしと閣下は味方同士なのです、敵ではない──もう少し協調性を持っていただきたい──そうですな、第一皇女殿下?」
「あ、はい。それはもちろん──」
ユイは小声で「メグちゃん、少しの間の我慢だから」と呼び掛ける。まあこのマーガレットの不機嫌は木星王家に関わる問題からくる物ではなく、全体から見ればやや小さめな個人的な不満から生じたものである。
「そうそうマーガレット。今回、議題少ないから」と雄大。
「どうどう、鼻息荒過ぎ。鼻の穴ふくらんで面白い顔になってるぞ」とユーリ。
「はあ?」
ゴッ! とにわかに鈍い音がしてテーブルの下でユーリの脛が蹴られる。
「あイッ…………!?」
マーガレットは扇子を出して右手で顔を隠し、手鏡を鉄鋲だらけのバッグから出して鼻の穴を確認する。
「ふくらんでいませんが?」
「この間と同じ場所蹴りやがって──!」
「わたくし、痛みが取れずにあまり脚がうまく動かせません。だから今のはそんなに痛くはないはずよ?」
「じゅうぶん痛いって!」
マーガレットは鼻を上に向けてそしらぬふりを決め込む。
「おやおや伯爵閣下。落ち着きもなく破壊衝動が抑えられないのは未熟の証なのでは? アレキサンダー翁から笑われますぞ?」
ガッサ将軍は片肘をつき掌に顎を乗せ、椅子にななめに腰掛ける。フフン、とマーガレットに嘲りの視線を送る。
「未熟で結構──先日の事件にて自らの非力を痛感しておりますゆえ」
「まあまあ、おふたりとも。今回の議題は報告事項だけ。新しい体制になった事やわたし自身のスケジュールについて、海軍の皆様と情報を共有することが目的ですので。少しの間我慢してください……ね?」
ユイがふたりを嗜める。
「ではユイ様、早速──」
魚住京香は何やら筒状の物のフタを開けて巻物を取り出した。最近あまり出番のないユイのホログラム投影用のドローンに巻物を吊るす。
「良いものもらっちゃいました〜、ふふ」
指先だけを合わせるように小さな拍手をするユイ。
「?」
「なんなんですかこの巻物?」
一同はこの見慣れないやたら立派な賞状のような物を眺めるが、正直達筆過ぎて何が書いてあるかわからない。
給仕役として控えているソーニャだけがぽそりと「カトリック教会発行の公文書」とつぶやいた。
「ソーニャちゃんすごいね! なんて書いてあるかもわかったりする?」
黒髪ロング好きの雄大が若干鼻の下を伸ばして褒めるがソーニャは微動だにしない、ガン無視である。
ダメージを受ける雄大を尻目に同じく給仕役のリタが発声した。
「それはアレッシオのヤツが書いた免状──正確には現教皇イノケンティウス18世聖下の手書きによる禁忌技術取り扱いの許可証だ。そこのユイ・ファルシナを『一級管理人』として認定する、とある」
ほー、と全員がなんとか文字を読もうと試みる。雄大、マーガレットが禁忌技術という響きに敏感に反応した。
「──アレッシオのヤツめ、慌てて書いたのか知らんが読みにくい字で適当に書きおって」
じゃあなんでおまえは読めるんだ、と全員がリタの方を見たが、肝心のリタは茶菓子をつまみ食いし始めている。
「先日、ドイツ修道騎士団のマクシミリアンさんからいただきました。拘束されていた期間、暇に任せて各種様々な資格を取得してきましたが、何気にこんな賞状とかいただくの初めてで──とっても嬉しいですね! 手書きというのも心がこもっていて──」
「ユイ様?」
マーガレットは不機嫌、ユイは上機嫌だ。
魚住とマーガレットは、話がズレていくユイをたしなめた。
「──我々木星王家を影から支えていただいたオービル元帥がお亡くなりになった事で、ワープドライブコアなど多数の禁忌技術を扱う我々の立場が危うくなる可能性が高かったのですが、この免状をいただいた事で、その問題を気にする必要はなくなりました。後顧の憂いなく事業を進められます」
禁忌技術管理委員会の事をよく知らない者は「へえ」と軽い気持ちで聞いている。ガッサ将軍に至っては、よそ見をしているが、神風号に後付けされている装備の大半が無許可であり、本来は教会に接収されても文句は言えない。
だが、この教皇の免状があれば、人格者のユイが管理し適切に運用されていると見做されるのだ。こそこそ隠れたりモザイクのカモフラージュをする必要が無くなる──ある意味、ガッサが一番恩恵を受けると言っても良い。
「月の連邦宇宙軍上層部の宮城裕太郎大将、ヴァチカンのイノケンティウス教皇聖下、連邦議会においてはメガフロートシティのサバロエフ市長が所属する開拓移民議員団──と我々木星王家は各方面に強力な後ろ盾を順調に獲得し、しっかりとした地盤を形成しつつあります──!」
ユイは得意げに胸を張る、なかなかにご機嫌の様子。
「さすがは殿下。人徳のなせるわざですな」
ハダムが髭をさすりながら感心したように免状を眺める。
「ハダム大尉、良いでしょうこれ、ここです、ここにわたしの名前が書いてあるんですよ──」
脱線するユイ。
「はい、続きましてきゃらくしぃグループの展望を──これはわたしから」と魚住が立ち上がり四半期の業績と昨対比をホロに投影する。
「火星の通天閣グループの小売部門の一部を任せられている通天閣沙織社長とユイ様は公私共に密に連携を取られる間柄となりまして、このたび本格的な業務提携契約を締結しました。つきましては──」
「宰相代理、我々海軍には関係の無い話ですからな、手短に頼みますぞ? あんまり長いのなら帰らせてもらう」
と、ガッサは茶々を入れてくる。前回の会議でもあったやり取りだ。
「またかよ〜、いい加減にしてくれ」
またこのパターンか、と雄大は目の前に座るガッサに顔を突き出した。
「あのねえ将軍さん、国家として成り立つに当たり、兵站に関わる話を疎かにしてはならない、と思うんだけどな? 経済状況に外交関係の情報というのはいざと言うときの補給線の確保において重要だよ。聞いておいて損は無い──というか海軍大将を自称するなら聞く義務があるぞ」
「ぺらぺらとよく回りますな、その舌……」
「将軍も今日はいつにも増して突っかかってきますねえ……」
「え、ええと──近々、ハイドラ級巡洋艦のニ番艦が引き渡され、ぎゃらくしぃ号と支店合わせてグループが所有する商船は三隻体制となります。それに伴い大幅な増員を行う必要が出て来ました──」
「うん三隻? 魚住宰相代理。我等海軍の艦艇はカウントされてないのか?」
「いまは武装商船、店舗として登録する艦の数の話をしているんだよ。それとも何か? 神風号も商船として登録して欲しいのか?」
「か、勘違いしただけだ──武人が商人の真似などと出来るか、冗談は顔だけにしてもらいたいですな」
「顔は関係ないだろ!」
「いまさらですが、皇女殿下との釣り合いを考えた方が良いのでは? いっそ整形なさいますか皇配殿下?」
「将軍、あんたが茶々を入れるから会議がまったく進まないじゃないか。そもそもあんた達のためにやってる議会だぞ?」
雄大は立ち上がり指摘する。
「わたしは適切な発言をしていますぞ。茶々を入れているのは皇配殿下のほうではありませんか」
ガッサも負けじと立ち上がる、鍛え上げられた軍人の屈強な体躯。威圧感がすごいが、ここにいる面々はこの程度では怯まない。
「あわわ、ガッサどの!?」
陣馬が素早くふたりの間に立つが、挟まれて押し潰されてしまう。
角を突き合わせてバチバチ喧嘩を始める雄大とガッサ。
ハダムと陣馬がガッサを押さえ、ユーリとクラウスが雄大を押さえて無理矢理席に座らせた。
「大将も口数多いけど雄大くんも相変わらず絡むよね。なんていうか中高年男性に妙に厳しいところがある」
椅子に掛け直したハダムはコーヒーを注ぎに来たリタに話し掛ける。
「なぜそれをワシに言うのかハダムよ」
「いや、この場ではお嬢ちゃんが一番冷静で大人みたいだから──あ、砂糖はひとつで」
「はあ、こういう生活に馴染みつつある我が身が嘆かわしい──」
「大丈夫かい?」
「気にするな、ワシの悩みは凡人には理解できぬ」
「あー、いいですかみなさん、続けますね? えー、ニ番艦の就航にあたり艦長を決めなければなりません──これは当初、甲賀六郎マネージャーにお願いする予定でしたが──現実問題として艦長業務を任せられそうな人材が確保できるまでは、わたし、この魚住京香が務めようと思います」
「アラミス支店号の艦長はどうするんですか?」とクラウス。
「書類上は、わたしが引き続き艦長を兼任し、実際の運用は現在操舵を手伝ってもらっているブリッジクルーに代理を務めてもらいます。それに伴い、いままでのようにフル稼働させるのではなく、木星宇宙港近辺に待機してもらって航海に不慣れな社員の研修場所としての活用など、色々考えています」
魚住の話が終わり、ユイが引き継いだ。
「そのような形で年末年始のあれこれが落ち着いた段階で、応募のあった方々についての面接や、既に採用したクルーの研修を実施します──この場にいる皆様には手分けして面接官やトレーナーとして活躍してもらうことになります」
えっ、と会議室全体が動揺する。
マーガレットの機嫌が最初から悪かったのはこれを事前に告げられていたからだった。
「わたしやユーリは店舗のことはわからんから保安部員の訓練をやれば良いのかな?」とハダム。
「いや大尉、それがですねえ──」と言い難そうに頭を掻くユーリ。
「ガッサ将軍と陣馬さん以外、この場にいる全員に店舗クルーの面接やトレーニングを手伝ってもらう予定です」
「わたしも……?」とソーニャ。
「はい、ソーニャ。お願いしますね。あとリタも」
「まあこの中で人を見る目がありそうなのはワシぐらいだからな。やってやろう──だが、不採用が増えても知らんぞ?」
「頼りにしています」
多少の混乱があり、会議室全体のざわついた空気はなかなか収まらなかった。落ち着くのを待って今回の会議の最後の議題に入る。
「メガフロートシティで慰安旅行をしてきたばかりではありますが、このたび、わたしは雄大さんのご実家である月の宮城家で年末年始の休暇を過ごす予定です。12月29日から明けて1月3日まで、この船を離れます、留守の間は魚住にこのぎゃらくしぃ号を任せて全権を委ねますので、何事も魚住に相談してください──」
「お任せください、ユイ様どうぞごゆっくり。ぎゃらくしぃ号はだいたいこの宙域を中心に航路警備しつつお帰りを待ちます」
「頼みましたよ魚住」
ユイは話を続ける。
「雄大さんの妹の由利恵さんが是非とも『マーガレットさんとリタちゃんも』とおっしゃるのでふたりも月に来てもらいます──」
「あの、やはりわたくしは遠慮した方が良いのでは?」
マーガレットは気乗りしない感じでチラと雄大を見る。あれほど不機嫌でむすくれていた伯爵は、なにやら人が変わったようにしおらしくなっていた。
「メグちゃん、あれ以来身体が本調子ではないようですから──一緒にゆっくりしましょ? ね?」
「………そ、それはそうですが──わたくしが行くと、おふたりのお邪魔になるのでは」
雄大もチラ、チラとマーガレットの様子をうかがう。視線が合うと、どちらもやや気まずそうに顔を背ける。マーガレットの耳はかすかに充血している。
「──行っていい?」
「あんまり楽しいとこじゃないから期待するなよ」
「うん」
「じゃあ、決まりな」
マーガレットはお願いします、とか細い声でつぶやいた。
(なに雰囲気出してんだこいつら……)
付き合いはじめて日が浅い恋人同士のような初々しい空気を醸し出す雄大とマーガレット。
ユーリは呆れ返り、ハダムは好々爺のように頷く。
クラウスは焦りつつユイとマーガレットの様子を交互に確認した。
誰も、横にいたソーニャの『一瞬だけ』の顔の変化には気付かなかった。
正に鬼の形相で雄大に殺意の波動をたたきつけたので、悪寒を覚えた雄大は殺意を向けてきた相手をキョロキョロと探していた。
◆
ガッサと太刀風陣馬、そこにソーニャが加わる。
「先ずは重大報告〜わたし伯爵家の『家令』になったの。ふふふ」
「おおお!? 本当か、でかしたぞ同志ソーニャ!」
「うふふ、ぶい〜」勝利のVサインを作る。
「伯爵家の家令というなら木星王家の機密情報も一部取り扱えるというわけか」
コクコクと細かく頷く市松人形。
「マーガレット様のクローゼットまで見放題なのよ〜」
「いける、これはいけるぞ、ははは。我が事成れり。うるさい皇配も厄介な伯爵も居らぬ、加えて機密情報入手の目処も立った。同志ソーニャ、船のセキュリティシステムの掌握を頼んだぞ」
「了解〜、同志ガッサ! これでよりスムーズにケダモノ宮城を追い出せるわね」
「あの、ガッサどの、今回の計画の件で少しお話が」
「うん? 細かい話はあのうるさい皇配が居なくなってからだ、決行前に露見しては元も子もないから慎重にならねば」
「拙者思うに、この計画、やはりやめておいたほうが……」
「なに? この好機を逃す気か?」
「成功したとして、それが大公殿下のためになるとは思えぬのです」
しょんぼりとした覇気のない態度。
元気が取り柄かと思っていた少年の様子にガッサも動揺が隠せない。
「な、何を言い出すのだいまさら……」
「その──騙し討ちで実権を奪い取り、地球閥への制裁を加えたとして、この船のクルーや大多数の市民はそんな拙者達には仕えてくれないのでは……」
「そ、それは離れていく者も居るだろう。仕方の無い話だ。じっくり時間をかけてこちらの正当性を説けば、いずれ理解は得られる」
店舗クルー数名がこちらに接近してくる足音、ソーニャが解散の合図を出して物陰に消えていったのでガッサは渋々話を打ち切った。
「ではわたしは神風号に戻らねば。密談しているところを見られたくはない」
「お待ちくださいガッサどの!」
「大公殿下の期待にこたえてくれ」
ガッサは引き留める陣馬の手を払い、やや早足で立ち去っていった。




