三文芝居②
十鉄は饒舌になっていた。
ユイの後ろに回り後頭部に銃を突き付けながら、この十年の生活の不満をつらつらと語る。
事実七割、嘘三割、の配分で語り始める──クレメンス翁の遺産目当てで潜入したは良いが散々酷い目にあった、と。
いかに堅気の仕事が自分に合わなかったか、木星帝国残党の女幹部どもにいかに奴隷のようにこき使われたか、ブリジットという怪力女の壊した備品の被害総額がいかに想像を絶するレベルか、などなどエトセトラ──ベラベラと喋りまくる。宮城雄大の屁理屈・煽りも大概長いものだが、菱川十鉄は『甲賀六郎』時代に、たまりまくったストレスをこの時とばかりに長々と吐き出した。
冷徹なる守銭奴──魚住京香
基本アホだが一皮剥けば腹黒──ユイ・ファルシナ
傲慢、暴虐、陰険の三拍子──マーガレット・ワイズ
「クレメンス翁の遺産が手に入らねえのに、こんな身勝手な小娘共のご機嫌取りなんて、好き好んでやるアホが何処にいる──皇女でござい、てな感じですましてやがるがコイツがホンッットにボケ過ぎでな、コッチの身がもたねえよ。くだらねえ事に遺産のほぼ全部、何百兆ギルダも使いやがって、小売業やってるクセに金銭感覚無さ過ぎだろアホか! ──良い機会だからクレメンス翁に無駄遣いを詫びろ!」
ウッ、とユイが胸を押さえた。多少自覚があるのか、十鉄の煽りに動揺が隠せない木星帝国第一皇女。
(阿呆で、腹黒……)
(え、演技なんでご容赦を──)
(そんな事より六郎、これからどうしましょう?)
(このまま、マーガレット閣下が来るのを待ちます。俺の処分はあの人にお任せするつもりです──)
(メグちゃんとは打ち合わせを?)
「へっ、そんな暇なんざねーよ! なにごちゃごちゃぬかしてやがるコイツ! そんな説得がこの十鉄様に通用するとでも? しかしどうしたよワイズ伯爵遅いじゃねえか!」
十鉄がそのセリフを言い終える寸前、何かの固まりがVIPルームに突っ込んでくる。
「──!」
その何かに反応した十鉄がハンドガンを連発する。ガゴン、ガゴン、と床面に当たった弾丸が跳ね返る。
不規則な小さな跳躍を繰り返しながら十鉄に接近を試みている、何か──スカウティングアーマーを着込んだマーガレット・ワイズ伯爵である。
美しい金髪をたなびかせながら弾丸をさばく少女。身体をしならせ紙一重で銃弾をかわしていく。
あまりの高速。人間が動いていると認識出来ている者は、この映像を視聴している中に何名いるだろうか。
ハンドガンが弾切れした瞬間を狙って高速ステップにブレーキをかけると、布製の何かで十鉄の顔面をしたたかに打つ。
羽織っていたマントらしい、まるで石柱で殴打されたかのような衝撃。十鉄の体勢が崩れた瞬間に右脚を高く上げる少女伯爵。バレエダンサーのような華麗さで180度、垂直に脚が上がる、トドメの一撃だ。
マーガレットは一瞬のタメ動作の後で剣の一振りのように勢い良くそれを振り下ろした。迎撃として十鉄の持ち出した「ハンマーボム」が真っ二つに斬れる。回避する方向を間違えていたら十鉄の腕が切断されていただろう。
脚が高速で触れたのにハンマーボムは起爆する事なく2つに分かれて床にカランカランと転げ落ちた。
ダメージを負った十鉄は、ユイを諦めてその背中を蹴り飛ばした。
手にしたマントがサッと拡がり、十鉄とユイの間に差し込まれたかと思うと、マーガレットは自らより大きな主君を抱えて飛ぶように走った。
「クソッタレが!」
十鉄が吠える。最も価値の高い人質を奪還され、歯噛みする。
電光石火とは正に今の攻防の事だろう。
折れた鼻をむりやり元の位置に戻し、血の塊と一緒に折れた歯を吐き出す十鉄。
「待ってたぜ──陰険金髪」
「随分と威勢が良いわね──ま、出向いてくれて捜す手間が省けましたわ──ユイ様、ご無事で? 遅参をお許しください」
マーガレットはユイの身の安全を確認すると通路から出てきた市警察に委ねる。十鉄の取り出した新しい銃から放たれた弾丸は、完全防備の警官隊が構えた合金製の防盾に弾かれた。盾が幾重にも重なりユイをガードしていくと市長が「イエス!」と大きな声でユイの救助を喜んだ。
「市警察の諸君の日頃の訓練に感謝!」
「だまってろ三下」
「黙らんぞ、こうなればコッチのもの、観念しろ菱川十鉄、メガフロートシティの市警察を舐めるなよ、もう逃げられん」
苛立っている十鉄から恫喝された市長だが気圧されずに言い返す、なかなか肝が据わっている。
「取り敢えずコイツでいいか」
舌打ちすると市長の襟首を掴む。新たな人質らしい。
「えっ、わたしか!?」
ホラ調子に乗って挑発するから……とボソリと警官隊の方から愚痴る声がする。市長はうぐぐ、と唸るがどうしようもない。
マーガレットの顔が不意に弛む。
「まさかアンタみたいな人畜無害そうなのが大罪人だったなんて。まんまと騙されたわ──それはそれとして、そのまま逃げなかったのは何故? 自殺願望でも?」
「クソみたいな逃亡生活からオサラバする前によ、どうしてもテメエとの因縁に決着をつけたくてな」
「決着?」
「一度、本気で殺りあって見たかったのさ」
「そう」
マーガレットはチラリと窓の外を見る。十鉄も後ろのガラス張りの向こう側が気になるようだ。
「先程の手合わせでわかったでしょう。伝説の俠客、菱川十鉄は老いた……伝説も終わりね。そんな事より一宿一飯の恩義ある殿下を足蹴にするなどと──犬畜生にも劣るわ。俠客などと粋がっても所詮は生まれ卑しき下郎」
「ほざけ、この十年というもの奴隷同然の扱いでこき使いやがって──積年の怨み思い知らせてやる」
「奴隷同然? そう言えば、高山での修行の折、凍てつく寸前の低温の河でわたくしが落とした髪留めを探させた事があったわね」
これは十鉄が勝手に探し出してきたものだが、それはここでは伏せておく。
このふたりが主従として過ごした時間は、いま思えばとても尊いものだった──
「思い出したぞあん時か! クソ、それもあったな」
「あらいやですわ、他に何かありまして?」
「──逆らえないのを良いことに好き放題命令しやがって! いま十倍にして返して──」
ズドドッ──!
ふたりの会話が轟音で遮られた。
加速したG1マシンが窓ガラスを割って入ってきたのである。
気配を感じていたふたりは動じずにそのマシンからゆっくりと距離を取る。鉄の塊はちょうど十鉄とマーガレットの間に滑り込む。強化ガラスなど様々な破片を辺りに振りまくと煙を吹いて停止した。ガバッとコクピットのハッチが勢い良く斜め上に吹き飛び、ひとりの長身の男性が現れる。
あまりに突拍子もない出来事の連続に他の人質達や警官隊はどう反応していいかわからず声も出せなかった。
主従の問答に割って入ってきたのはグレーのスーツに身を包んだ中性的な美男子、甲賀狭霧その人である。
「十鉄そしてアレキサンダーの孫! 薄ら寒い芝居はその辺りで幕にしてもらおうかッ」
キングは朗々とした良く通る声で語りだした。
「皆さん、騙されてはいけませんよ。これは菱川十鉄と木星の連中が仕組んだ芝居なんです。素性を隠して潜伏していたなんて言ってますがね、木星の連中は三弦洞大虐殺の大罪人と知りながらこの男を匿うだけでなく、殺しや脅迫などの汚れ仕事をやらせていたんです。ヤツラの正体は連邦政府打倒を目論むテロリストなんですよ! 連中の黒い関係について詳しい情報はここに──」
PPをかざすだけで情報にアクセスが可能になるホログラム・キーを投影する。
「これを見てじっくり考えてください。いまこの場で繰り広げられている人質事件は邪悪な木星帝国の連中が仕掛けた茶番なんですよ──そこの貴女、ちゃんと撮ってますよね? ホロ・キー部分をもっと拡大して、ホラ」
キングはカメラを持ったレポーターを指差す。
「は、はいっ」
「よろしい!」
公式配信に自分が映っているのを確認したキングはフウ〜と安堵の溜息を漏らす。連邦政府の捜査官に居場所を知られるのを恐れ、慎重に行動してきた今までと正反対のことをやってしまっている──
いつの間にか警官隊がVIPルームに大勢入り込んでいて人質をひとりひとり確保して盾の後ろに隠しながら脱出させていく。
キングを挟んでじりじりと牽制し合う十鉄とマーガレット。不意に十鉄が片眼を閉じてわざとらしくとぼけた。
「おやコイツは驚きだな、金星ドラッグカルテルの代表、キングさまじゃねえか。今日はオーナーやってる金星チームの観戦かい?」
「あらそうなの……菱川十鉄のお知り合いの人?」
「ああ、昔馴染のな。あの狭霧が出世したもんだぜ」
キングは今更ながらに自分の失態に気が付いた、たまらずチーム・ワイヴァーンのG1マシンを使って突っ込んでしまったがよくよく考えてみると──
(墓穴を掘ってしまっているような?)
ニタァ、とマーガレットと十鉄の口角が上がるのを見たキングの顔がひきつる。
(こいつら……!)
キングはストレスをコントロールしようとする。
三者が牽制しあって出来た隙に警官隊のひとりがレポーターに手招きをする。
(今の内にこちらへ──)
撮影を中断してそちらに向かおうとするが……
「カメラを止めるなっ!」
レポーターの女性スタッフはキングから恫喝されて軽く悲鳴を上げた。
「死にたくなければ、そのままカメラを回しなさい!」
「か、カメラが必要ならちゃんと自律型のドローンを呼びますから〜……」
「どちらの言い分が正しいか、視聴者や、裁判で陪審員に判断してもらうためには! 第三者による公正な記録が必要不可欠! この場に最初からいて利害関係に無縁な一般人に近い存在はあなたです。あなたには証言者としての資格がある」
キングは考える、外から改めて飛んでくるカメラドローンが本当に信用出来るのかどうか──確かめる暇などない。現在、十鉄と一緒にいるメガフロートシティの市長はユイの信奉者、どんな事をしてでも木星を擁護するだろう。中継映像への妨害や加工をされる可能性もある──
「助け──」
レポーターは三者の中で一番まともそうな皇女殿下の信頼が厚そうなマーガレットに助けを求めようとする、しかし、キングほど威圧的ではないにしろ冷酷な視線を向けられた。自分にまったく興味を持ってくれていないのがわかる。
「下手にわたくしや警官が動いて貴女をこの場から逃がそうとすると危険だわ──助かりたければ彼の望みの通り撮影を続けることね」
マーガレットにとっても、このレポーターの存在は都合が良い。キングが彼女を必要とする限り、戦闘力未知数の存在であるキングに対しての『付け入る隙』となる。
こうして捏造脚色vs事実歪曲の不毛な争いが始まったが、双方が出した決着方法は──『物理的に相手を黙らせること』だった──




