銀河パトロールSOS 序
銀河パトロールSOS 序
ぎゃらくしぃ号の中にも娯楽室なる物があり、ピンボールや卓球台などの遊具や小さなバーカウンター、奥にはスカッシュのコートまである。
この娯楽室、設備のほとんどが有料貸出でありクルーにも無料開放されていない。店舗エリアに隣接しているのでどちらかと言うと買い物客向けの設備なのだろう。
魚住の指示なのか皇女殿下の方針なのかはわからないが、ぎゃらくしぃには社員割引は無いし福利厚生もあまり充実していない。木星帝国の王族と臣下を中心に構成された組織なのでそこまで気が回っていないのかも知れない。
奥ではブリジットとラフタがスカッシュで勝負していた。ブリジットはスカッシュ用の本格的なウェアに着替えているがラフタはどこかしら遮光器土偶を彷彿とさせる火星フライトスーツ──つまりいつもと同じだった。
「リンジー、君の負け」
「ああああ! ま、また負けた! 試合内容じゃ断然圧してるのに!」
「僕は何もしてないけど」
ブリジットはラリーが続いて興奮状態になると頭が回らなくなるのか自分が打った球を自分で返そうとする。ロボット審判からはラフタのプレーを妨害していると見なされ、そのたびに反則によるポイントが何もしなくても転がりこんでくる。ブリジットは汗だくなのにラフタは息も切らしてない、一人で二人分動くブリジットの運動量は凄いが、誰がどう見てもスカッシュはブリジットには不向きなスポーツだ。
「も、もうひと勝負!」
「いいよ、リンジーがゲーム代を出すなら」
「良くやるよなぁ、これで3ゲーム目」
雄大はその様子をバーカウンターに座って眺める。今はマーガレットが船を飛ばしているのでラフタと雄大は休憩中だ。ロボットの牛島調理長がカウンターの奥でシェイカーを振っている。
「ラフタも付き合いがいいよなぁ」
「マメな男が最終的には得をするものです、たとえブリジットさんでもレディには違いありませんからね。ラフタさんはジェントルマンの鏡ですよ」
がさつという言葉の体言者であるブリジットも淑女のカテゴリーに入るのかは是非とも審議して頂きたいところだがラフタが紳士だという評には雄大も大いに同意する。
「あ、俺はコーラで。この後ブリッジ勤務だし」
ピンボールの横にビールジョッキを持った水兵コスプレのユイ皇女殿下の等身大パネルが飾ってある、3パターンぐらいの宣伝文句で客引きをするらしく季節によってコスチュームは変化するとの事。雄大はセリフと振り付けを暗記するほど真剣に観察した。くつろぎながら皇女殿下の太腿に遠慮なくいかがわしい視線を送り続ける事が出来るこの特等席、雄大は大層気に入っている。
(リンゴにはピンボールやビデオゲームやらせとけばいつまでもやり続けるし、小うるさいマーガレットも滅多に来ない、有料ながらここは俺の心のオアシスかも知れん)
牛島は他のバーテンダーロボットも顔負けの手際でカクテルとおつまみと雄大のコーラを準備する。たっぷりとロックアイスが入ったグラスにコーラが注がれた。
「牛島さん、器用ですよね」
「いえいえそんな。自分、生来不器用な質でして。非才の身なれば、こういう裏方仕事で皆様の鋭気を養うお手伝いをするぐらいでございます。今もって修行、修行の毎日ですよ。はいコーラお待ちどうさま」
(映画俳優みたいな渋くて格好いい声してるよなぁ)
雄大はたまにレジにヘルプで入るのだが、たまに客を怒らせる事がある。
(何というか俺より牛島さんが接客した方がウケいいんじゃないの?)
「そう言えば牛島さんはどう思ってるの? 木星帝国の再興って話。こういうと失礼かも知れませんが、あんな荒唐無稽な話によく付き合ってますよね皆さん……まあ、俺も半分ぐらいは信じちゃってるんですけど」
荒唐無稽ですか、と牛島は遠くの席からオーダーが入ったカクテルをグラスに注ぎ終えてウェイター・ドローンの上に載せた。ドローンが客の席に到着したのを確認すると改まった態度で雄大に向き直る。
「実は私、皇女殿下に拾っていただく前は生活が荒んでいましてね……その頃はコロニーカウボーイやアステロイドパイレーツ、荒っぽい軍の機動歩兵連中、誰彼構わず喧嘩をふっかけては牢屋で臭い飯を食ったもんです。あ、ちなみに私は元々八脚歩行するように設計されていたんですがその時代のヤンチャで脚を2本失ってるんですよ。ほら、ここのジョイントから先のパーツが足りないでしょう?」
色々ツッコミどころはあるがこの際黙って聞いておく。牛島調理長の昔話は虚実入り乱れているので話半分に聞いておくのがちょうど良い。
「ある時、そうアレは私がアラミスの港で傭兵崩れの連中相手に大立ち回りをした時のことです。わたしの銃さばきには太刀打ち出来ぬと悟った奴らは卑怯にも人質を取る作戦に出たのです。そこにたまたま出くわした殿下……当時はまだ少女だった殿下を捕まえると、頭にヒートガンを突き付けて私に銃を捨てろと言うのです。私は笑いましてね。そんな小汚ねえ糞ガキなんざ知らねえよ、やるならやってみろ、俺の心は微塵も痛まないねと奴らを煽ったんです。私は殿下を捕らえている男だけを狙い撃つつもりでしたが成功する確率は低い、焦りましたねぇ、あの時は」
なんかこれどっかで見たようなガンマン映画風になってきたぞ、と雄大は全編ホラ話になることを覚悟した。
「そうしたら殿下、悲しそうな顔で私達を見てこう仰いました──お前達哀れだな、こんな喧嘩に我が身を巻き込んでも1ギルダにもなりはしないのに。お前達がもしも金が原因で争っておるならば良い物をやろう。そこな宝石商へ私を連れて行くがよい──」
いつの間にやら雄大の横に甲賀六郎が座って牛島の話を一緒に聞き始めた。「我々がその娘、みすぼらしい格好をした幼きユイ皇女殿下を宝石商に連れて行くと殿下は腰巻きに仕込んであった木星王家に伝わる家宝の玉帯を取り出しましてね──ご店主、ご店主はおられるか、私は木星王家に縁の者、故あってこの者達にこの玉帯を譲る事にした、皆で分けられるよう換金して彼らのPPに入金して貰えぬか。さてお前達、この玉帯が我が身を離れ、市井に流れたという事は我が身の死を意味するも同じ。木星の同志達が金子を受け取ったお前達を入金履歴から探り当て、主君の仇を地獄の果てまで追い回すであろう。どうしたご店主、この玉帯の買取準備を始めないか──その区画一帯の土地を買い占めてもお釣りがくるぐらいの玉帯の価値と、少女の朗々たる演説に驚いたのは店主だけでなく私も傭兵共も一緒でしてね。金額の大きさと殿下の凛とした態度に底知れぬ恐ろしさを感じた傭兵共はそのまま逃げ出してしまいましたよ。で、当の私は殿下の胆力に恐れ入りまして。頼み込んで舎弟にして貰ったというわけです」
水兵コスでほんわかした笑顔を振りまいているパネル上のユイ皇女殿下からは想像もつかない肝の据わり方である。
雄大は目を丸くして六郎の方を見るが彼はニヤニヤと笑うばかりで牛島の話を肯定も否定もしなかった。
「前置きが長くなりましたが……我々には木星帝国再興など荒唐無稽にしか思えないスケールの大きな話ですが、あの御方にとっては手を伸ばせば届くレベルの話なのかも知れませんねぇ」
ぎゃらくしぃの社長としてのユイ・ファルシナは業界の風雲児と噂されているらしい。現にほんの数年で軍艦……もとい最新鋭艦二隻のオーナーになって貪欲に販路拡大に努めている。アラミスの新興企業の中ではNo.1の成長率で自社株評価もどんどん上がっているようだ。
「あっという間に大企業に、銀河公社に劣らないメガ・コーポレーションになるかも知れませんよ?」
確かにそれぐらい儲けてしまえば木星の土地を買い占める話も現実味を帯びてくる。
「でも牛島さん、皇女殿下って俺にとってはこんなイメージなんですよ」
笑顔と健康的なお色気を振りまいている幼児向け番組の唄のお姉さんのイメージ、正にこの等身大パネルのように。
「こういう底抜けに明るい殿下も、牛島さんが最初に出会った時の威厳に満ちた殿下も、全部ホンモノの殿下だと思うねぇ。ま、俺は勿論、殿下の夢が叶おうが叶うまいが粉骨砕身お仕えするまでの事よ」
「そう言えば六郎さんは昔の殿下についてお詳しいんですよね?」
「まあな、魚住と俺が最古参扱いかな。長くお仕えさせてもらってるよ」
「じゃあこれ知ってますか?」
雄大は頭に手を当てて兎の耳を模して「ぴょんぴょん」と軽く踊って見せた。
今度は六郎と牛島が驚いて目を丸くした。気持ち悪いものを見せられて目がつぶれそうだ、と言わんばかりに六郎は目を覆う。
「見なかった事にしますね」
「今の気持ち悪いウサギダンスは月市民に伝わる呪術か?」
「違いますよ。これ、皇女殿下と魚住さんが面談の時に急に踊り出したんですよ。なんか株で大きな利益出した時に大騒ぎになって。俺はてっきり木星の勝利の儀式か何かだと思ったんですが」
「知らん」
「はい自分も聞き覚えがありませんね」
「ちょっと少女趣味が抜けない殿下はともかく、あの真面目な魚住女史がそんなお遊戯めいた踊りをする訳がないだろ。ホラ話にしちゃ出来が悪い」
雄大は嘘じゃないと言うが一向に信じてもらえない。
「仮に木星王家ゆかりの儀式だとしても王家秘中の秘かも知れませんね」
牛島はハハハと笑うが、さっきの皇女殿下の武勇伝紛いの話よりも現在の皇女殿下の愛らしいイメージとこのダンスは案外しっくりくる。
まったく皇女殿下は不思議な女性だと雄大は思った。
「あ、マーガレット様なら知ってるかもな。さっきのウサギダンス。おまえさっきみたいに踊ってみせてやれよ」
六郎はそう言ってニタリと意地の悪い顔で笑う。雄大がマーガレット伯爵と険悪なのを知っててけしかけているようだ。
「えー……俺、あの人はちょっと苦手で……」
「まあ、あの人は色々気難しいからな」
六郎は少し寂しそうに笑う。
「でもあんまり嫌わないでやってくれないか? 悪い人じゃないんだ」
「ユイ殿下からも仲良くしてくれ、って言われてるんですけどね。なんか俺の場合、最初から目の敵にされてて正直キツいですよ」
「まあそう言わず。キッツい顔に似合わず乙女で可愛いところもあるんだぜ?」
「えー、ホントですかぁ、あんなツンツン娘、生まれてこの方初めておあいしましたよ」
『…………ツンツンしててキッツい顔で悪かったわね』
「ゲェッ!?」
2人の後ろに話題のマーガレット伯爵が仁王立ちしていた。彼女の頭の上に浮かんでいるのはユイ皇女の使っているホログラムドローンのようだ。コイツは結構独特の浮遊音を出して飛行するので娯楽室に入ってきた瞬間に誰かが気付きそうなものなのだが、生憎と今の娯楽室はブリジットの「おっしゃあ!」やら「うわぁ!」みたいな掛け声に加えて軽妙なBGMも流れていて誰もその侵入に気付けなかったようだ。
雄大は椅子からひっくり返って強かに腰を打ち、六郎飛び上がるように椅子から立ち上がり多少ぎこちない敬礼をした。
「閣下、いつから?」
『おまえがわたくしの事を気難しいと評した辺りから、かしら? ねえ六郎?』
六郎の額から脂汗のような物が流れ落ちる。雄大はこんな緊張した顔の六郎を見るのは初めてだ。
「酒席なれど臣の身をわきまえぬ非礼、弁解のしようもございません」
『まあ、わたくしも? 自らを省みてお前や魚住に対して、過剰に厳しくあたる事がありましたから? そこはわたくしも素直に反省することにいたしましょう』
「ご寛恕いただきこの首が繋がる思いです、以後酒は控えます」
スカッシュをしていたブリジットとラフタも試合をやめて物陰から成り行きを見守る。
『いいえ。それにはおよびませぬ。酒席大いに結構。家臣同士が親睦を深めあうは喜ばしき限り』
六郎はホゥと胸を撫で下ろす。
ドローンのカメラが動きひっくり返ったままの雄大を見据える、それにあわせるようにホログラムのマーガレットも雄大を見下ろす。
六郎が素早く雄大を介助しながら土下座の姿勢を取らせる。
「閣下、こいつは元軍属でありながら未だによく君臣の礼儀のなんたるかを理解しておりません、今回の件は私に免じてどうか」
「自分からもお願いします、今時珍しい見所のある若者です、必ずや閣下のお役に立ちましょう」と牛島。
『うむ、お前たち2人がそこまで言うのなら不問とする。地球連邦の野蛮人ならば君臣の礼儀をわきまえぬとて仕方あるまい。いやしかしこの操舵士、いずれこの船を去る身なれば少し哀れでもある。牛島や六郎のお気に入りという事なら在籍中ぐらいはわたくしもこやつに優しく接してやろう』
底意地の悪そうな甲高い笑い声。
「えっ、俺いつの間にか追い出されることになってんの!? 聞いてないって!」
「宮城お前ちょっと黙ってろ! すいません、こいつ本当に馬鹿で……ハハハ」
『うむ、そやつが馬鹿なのは知っておるぞ。で、その馬鹿に少々尋ねたき議がある、六郎や、お前が責任を持ってブリッジにそやつを出頭させよ』
そう言い残すとマーガレットのホログラムはかき消え、ドローンがトゥルルトゥルルと軽快な音を立てながらブリッジの方へ飛んでいった。
「や、ヤバかった……寿命が2、3年は縮んだぞ。あー、いやな汗かいたわ」
六郎は汗を拭うと雄大を立たせた。
「あのな宮城、ぎゃらくしぃに新しい操舵士が定着しない理由、わかってるか……?」
「知りませんけど?」
「新人が来る度にマーガレット様の機嫌を損ねて追い出されるか、マーガレット様にいびられて泣いて逃げ出すかしてるからなんだぞ? そのたびに魚住がどこかから操舵士を連れてくるんだが……お前で六人目なんだよ」
「えっ、マジですかそれ!」
「こんな事冗談で言えるかよ、お前ここに残りたかったらマーガレット様の機嫌をあんまり損ねないようにしろよ? あの人、嫌いな相手はどんな汚い手を使ってでも追い出すからな?」
(魚住さんも皇女殿下も教えてくれなかったんですけど!?)
雄大は皇女殿下から期待されてるライセンス持ちの自分がクビになる事は無いだろう、と調子に乗ってマーガレットに対して反抗的な態度を取ってきた。今になって非礼の数々を思い出して急に胃の辺りがキリキリと痛みだす。雄大は暗澹たる気持ちでブリッジに向かって走っていった。ブリジットが何か大声で雄大の背に励ましの言葉を掛けてきたようだが正直、耳に入ってこなかった。騒然とした娯楽室とは裏腹にブリッジは静まり返っていた。操舵士席に座るマーガレットはドローンが戻って来るのを確認するとはぁ~と深い溜め息を吐く。ドローンの電源をオフにして充電器にセットした。
ホログラムでは余裕たっぷりで六郎を叱り飛ばした彼女だが叱られたのはまるで自分自身であるかのように暗い顔でレーダーを覗き込む。
「……今回の操舵士とも喧嘩して追い出す事になると……スカウトしてきた魚住に顔向け出来ませんわ……」
マーガレットは頬杖をついて先ほどよりも更に長く深い溜め息を吐いた。ユイの役に立とうと操舵士役を買って出たものの、ラフタ以外のブリッジクルーと上手く折り合いが付けられず衝突ばかり。まるで自分がユイの邪魔をしているようで自分の気位の高さと癇癪持ちの性格が恨めしくなってくる。変わらなければ、とマーガレットは決意をこめて唇を噛んだ。
(よし、わたくしもユイ様のような笑顔を振りまいてフレンドリーな貴族階級を目指すのよ! 頑張るのよメグ!)
ドタバタ、と慌ただしい足音と共に雄大がブリッジに入室する。
「閣下、宮城操舵士、只今出頭致しました!」
勢いよく新兵のように敬礼する雄大、踵を鳴らして直立不動の姿勢を取り上官の指示を待つ。
マーガレットは左の頬をピクピクと痙攣させながらユイのような満面の笑みを作ろうとことさらに努力していた。
「ままま、まあ、お早いお着きで。オホホ……そ、そう固くならずに此方に……い、い、いらっしゃいなさいな?」
「ひゃ!?」
(笑顔よ! フレンドリーな笑顔! どう? どうなの?)
マーガレットの引きつった笑顔は夜叉のようであり、雄大は一瞬悲鳴を上げかけた。今まさに蛇に呑まれる前のカエルのような面持ちで雄大は航海士の席に座るのだった