勝利の栄光を君に捧ぐ
『さあ、多重ペナルティーを受けて正式な順位付けは厳しい事になりそうですが、このエウロパに嵐を巻き起こしたのは間違い無くこのふたり! どちらの意地が勝るのか! 『不遜の新星』宮城か『黒き稲妻』ボッテガか!』
ほぼ同時にゴールリングに飛び込んだ両者のマシンだが、規定によりコクピットの位置で優劣が判断される。わずかにリングを先にくぐったのは雄大のマシン。チームが設計したマシン形状の微妙な差違が明暗をわけた形となった。
『宮城だ〜! 男の意地の張り合いを征したのは初参戦の宮城雄大! ペナルティーさえ無ければポールトゥウィンにファステストラップ! ルールはさておき誰にも前を走らせていないという快挙! 最早これは伝説だ〜ッ! ボッテガ悔しい! しかしこの名勝負はベテランの熱い走りが無ければ生まれなかった! ボッテガの栄光を讃えましょう!』
『実はボッテガ、本選のトータルタイムでは僅かに宮城を上回っています。ポールポジションと2位のスタート位置の差をあと数センチ、ほんの少し詰めきる事が出来なかったんですね』
『さすがは絶対王者ですね!』
『あーっと、そうこうしている間にやってきたぞ! 意外や意外、と言うと失礼か!? 悲運のベテラン、久々の一位獲得だぁ! 永遠の三番手とはもう言わせない! メガフロートシティGPXを征したのは実力者、いぶし銀の男、マーフィーだ〜! 優勝、優勝、誰がなんと言おうと優勝したのはこの男〜!!!』
感極まり拳を突き上げる雄大とコンパネを何度も叩いて悔しがるボッテガの横で悠々とマーフィーが一位のチェッカーを受けた。
増長したマーフィーはわざと雄大とボッテガの横を低速で周回し、何事か叫んで煽り始めているようだ。
キレたボッテガがヘルメットを投げ捨ててマーフィーに向かって走り出そうとするも、チームスタッフ数名が飛びかかってそれを制止した。
『そしていま、いま正に歓喜のチェッカーフラッグ! 史上最も価値ある二位通過〜ッ! 若獅子ウィリアム・マグバレッジが大波乱のメガフロートシティGPXを圧倒的なフライトでねじ伏せたァ〜! そして──そして! まさかまさかのハッキネンが完走の1ポイントのみ! 何という大波乱!』
【メガフロートシティGPX獲得ポイントによる変動】
1位マーフィー+12 →64
2位ウィリアム+9 →87
3位ワーナー+6 →24
4位ベント+5 →8
5位ショルツ+4 →4
6位カーバー+3 →28
以下入賞外完走+1組
7位宮城→1
8位ボッテガ→66
9位ハッキネン→75
10位ターレ→46
他五名
最速周回記録+1 ウィリアム→88
『え? 現在、ハッキネンが74ポイントに完走を加えて75ポイント。仮にハッキネンが最終戦の地球で行われるモナコGPXで一位とファステストを獲得するとウィリアムの88点に並びませんか? 同点ですよ同点!?』
『ウィリアムが次回ノーポイントだった場合はこれまだハッキネンにもチャンスがあるってことなんですか? どう決着を着けるんですか?』
『いやこれがですね! 運営に問い合わせたんですが規約によりますとですね、不正行為やチーム間談合を防止する観点から、先にポイントを獲得していた方にアドバンテージを認めて優勝とするそうなんですよっ!』
『そ、それじゃあ!』
『さ、最終戦モナコの空を待たずして、ウィリアムの年間総合優勝確定だぁ〜ッ!』
『初の年間王者を自らの爆速フライトでもぎ取った! この圧巻のフライト、新王者に相応しい貫禄を身に着けたと言って良いでしょう!』
ワールドチャンピオン、ウィリアムマグバレッジの文字が浮かび上がり、ド派手な花火が打ち上がる。
『みなさまお待ちかね! 緊急でVIP席のユイ皇女殿下に中継が繋がっております! ユイ皇女殿下、ウィリアム選手のワールドチャンピオンがたったいま確定しました! おめでとうございますっ!』
ユイはニコニコと笑いながらも少し納得が行かないような口調で話しだした。
『あの〜、わたしルールをよく存じ上げないのでお尋ねしたいのですが……さきほどのレース、雄大さんが一番ではないのですか?』
『え? あー、その?』
『あ、それはそれとして、みなさん怪我なく終わったので本当に良かったです!』
『あ、えーと……』
『ドライバーの皆様方をはじめ関係者の皆様、そして会場でご一緒させていただいた観客の皆様、大変お疲れ様でした。素晴らしいレースを間近で観戦させていただき本当に幸せです』
ボケ倒すユイに痺れをきらしたレポーターが欲しいコメントを具体例を出して促した。
『で、殿下? 出来ればウィリアム選手に祝福のお言葉などお願いできますか?』
はあ、そうですか? とユイは大輪の花が咲くような心からの笑顔を見せつつコメントした。
『ウィリアムさん、年間王者ほんとうにおめでとうございます。並大抵の苦労では無かったこと、このユイも存じております。どうぞこれからも精進なさってくださいましね』
飾らない雰囲気が、彼女の本心から出た言葉だと示している。
レポーターは欲しかった絵が取れてホッと胸を撫でおろした。中継から実況席にカメラが戻る
『いや、男臭い世界に一服の清涼剤といいますか、何とも華があって良いですねえ!』
◆
タチェとモート卿を先頭に、牛島に抱えられたリタとスパゲティーの皿を持ったままのラフタが、マシンから降りてホログラムのユイに心奪われているウィリアムを祝福しようと駆け寄ってきた。
「ウィルてめえバカ野郎!」
「タチェか!?」
「心配させやがって!」
「来てくれたのか、ありがとう!」
ふたりはガッシと熱い抱擁を交わす。
「戻ってきてくれるよな!?」
「こんなデコボコ素人共に任せてられるか、ってんだ。ペンドラゴンのマシンは俺が設計したんだからな」
「よし、次はワークスチーム優勝を目指そうぜ、そんで金の話は頼むぜオーナー!」
「予算増やす! スポンサー探してくるよお!」
「それではお別れだウィル。もう会う事も無いだろう」
リタが神妙な顔で挨拶してくる。
「おい監督、つれないこと言うなよ。また一緒にやろうぜ、おまえエアレースの才能あるよ。天職なんじゃないのか?」
「当たり前だ、こんな民間の興行如き、征する事など造作もない──しかし、おまえ、ウィル。父親とは似てないな」
「おいおい、それは良い意味か、悪い意味なのか?」
「もちろん良い意味だ、おまえは自分の道を進め」
「ありがとよ! 牛島さんもありがとな、メシ旨かった! あ、えーとラフタ──ホントごめんな、ゆっくり休んでくれ……」
ラフタはスパゲティーをすすりながらコクリと頷く。
「雄大は? シャンパンファイトやる前に。俺はアイツに一番礼を言わなきゃなんねえんだよ」
ウィルがキョロキョロと見回すと牛島がヒョイ、とウィリアムを持ち上げた。
「あそこですよ」
「なにやってんだ──?」
雄大はボッテガから背中にドロップキックを受けている最中だった。派手に吹き飛ぶ雄大。
「ぐわーっ!?」
「ファックファックファック! ファッキュー、インチキボーイ! ゴートゥヘル!」
「ま、負けたら暴力かよクソドレッドヘア! 最低だなおまえ! 尊敬して損したわ!」
立ち上がると猛烈な勢いでボッテガに詰め寄る雄大。
「何を言いマスかー?! オマエのせいでこっちはたったの一ポイント──ニ位争いが厳しくなってきたんだぞ! レースぶち壊した責任を取りなサーイ!? だいたいインチキでポールポジション取ったんデショー? ユーにそのペナルティーが無いの、絶対におかしい! だから勝負はミーの勝ち!」
「勝ちは勝ちなんだよバーカ! 運営の決定は絶対なんですぅ〜、センチだろうがミリの差だろうが俺の勝ちなんですぅ〜! 負け負け負け負け参加損!」
「ガッデム!」
それを見ながら大笑いするマーフィーとチームスタッフ、かなり酷い言葉でボッテガと雄大を煽っている。
いらついたボッテガがマーフィーに噛み付く。
「だいたいなんでユーが優勝なんですかー!? どさくさ紛れの卑怯者! 正々堂々勝負しなサーイ!」
「不正行為を働いたのはあなた達なのですぞ? 当然の報いですな、カッハッハ!!」
「こんなことでもなければ三位しか取れないロートルが! ウィリアムに一位取らせる予定だったのにホント華のないフライトしか出来ないくせに余計なことしやがって! 実況の人もコメント困ってたじゃねーかこの万年三位野郎!」
ボッテガは雄大の厳しい煽りを聞いて思わず失笑する。
「そういえばホントにこのヒト三番目にフィニッシュしてたネー! フフフ! 華のないフライトってのも確かに。だからベテランの割にファンが少ないんだネ!」
「だ、だまれえ〜! おまえら暴走野郎共に紳士の堅実なフライト技術の何がわかる!?」
カチン、と来たマーフィーが巨漢を揺らし、レースで疲労困憊した二人に体当たりをかます。
ヘルメットを取りマシンから降りるとプロレスラーにしか見えないマーフィーから突撃されたのだからたまらない。たまらず吹き飛ぶ二人だったが今度は協力してマーフィーに反撃し始める。スタッフ達も巻き込んで乱闘が始まった。
「楽しそうにやってますね」と牛島。
「仲良し」とラフタ。
(そうなのか?)
ウィリアムは雄大に礼を言うのを諦めると、晴れやかな顔で自分への歓声が鳴り止まぬエアレース会場の上空を見上げた。
優しく笑いかけるユイのホログラム映像に向かってウィリアムは手を伸ばす。
『俺の勝利は、すべて君のために』
片想いで終わってもいい、ただ、この純粋な気持ちをいつか愛しい人に伝えられればそれでいい。
ウィリアムは久しぶりに心の奥底から、生きている喜びを感じる事ができた──




