狂騒の宴③
『どうやら相手もなかなかの悪党のようですね。我々が何もしていないのにこんなに荒れまくるレースになるとは』
通信機からターレの苦々しい声がする。自分達がレースをコントロール出来てないのが少し悔しいらしい。
まだ半分ほど周回を残しているのに周回遅れギリギリのマシンや大幅コースアウトによるリタイアが早くも出始めている。
そんなハイペースの中でハッキネンは雄大の引っ張る先頭集団になんとか踏みとどまっている状態だ。コースは基本的にG1マシンの強度の限界を考慮して設定されている。あまりやり過ぎるとマシンが空中分解しかねない。
「この破滅的なハイペース、何を考えているのか、何も考えていないのか。本部、ウィリアムの順位を教えてくれ」
『現在15位です』
ハッ、と鼻で笑うハッキネン。
「警戒するまでも無く勝手に埋没していくか。まあチーフメカニック抜きと考えればよくやっている」
『ターゲットの位置が分散していますが……どうしましょうハッキネン?』
ターレが上司に判断をあおいでくる。
宮城とボッテガはあんなに攻めていては最後まで集中力が保たないだろう、とハッキネンは分析した。マシンが保っても人間の方のパフォーマンス低下は必至だ。
「ウィリアムは無視して構わん、最終戦も残っている事だし、どうとでもなる。それより金星の不正行為に勘付いている宮城を始末する。残り周回が5を切ったところでチーム・ワイヴァーンのカーバーをピットインさせて時間調整、故意に周回遅れ状態を作って宮城の前に出させろ。そこで潰す」
『始末しますか』
「ああそうだ……よし、そうと決まればこんな速度で飛ぶのはもうやめだ」
ハッキネンの操縦技術そのものはかなり高いレベルで、本職G1レーサー上位にも引けは取らないが、ウィリアムやボッテガ、そして雄大と比較するとさすがにワンランク落ちる。
その少しの差は何処から来るのか──
「やれやれ、なんとも厄介な速度狂人どもだ。G1レーサー全員同じ病気にかかっているがヤツらは特別重症だ」
速度を上げ過ぎると、旋回出来ずに機体が失速、障害物に接触したり墜落して地面に激突したり、はたまたマシンが負荷に耐えられずに空中分解を起こす。
──最速という名誉に、どこまで命を賭けられるか──
その情熱の差がハッキネンと雄大達との決定的な差になっている。
ハッキネンは減速して安全に周回を重ねる事を選択した。目前に捉えていたボッテガのマシンの尻が瞬く間に遠ざかる。
ハッキネンは先頭集団から離れて、あからさまな「流し」飛行に入るとマーフィーに三位の位置を譲り少し遅れていたターレと合流した。
余裕があるのか、ハッキネンは色々な回線を開いてマシンの外の情報を取り入れ始めた。
公式放送の実況者は周回を重ねる毎に更新される最速記録に大興奮、雄大とボッテガの火花を散らすような一騎打ちを世紀の対決として盛り上げているようだ。
「フン、猿どもが騒々しい。キング様の手の内で踊っているとも知らずに哀れなものよ」
ハッキネンはそこで自らのボス、キングからの『最重要・緊急事態』と書かれた音声メッセージがある事に気が付いた。
(緊急? 何事だ?)
『チャ〜オ〜♪ ハッキネンさん、僕です。お忙しいところ失礼します。実は十鉄が逃走したので追っているところです。それに伴い多少、事後のプランを変更します。レース成立のタイミングを見計らって僕の兵隊をシティに放ち、菱川十鉄とその手下が起こした大規模テロとして世間に認知させます。あなたたちはアキレスさんがその騒ぎを収束させるのを連邦政府側として、あくまで堅気の人間として『お手伝い』して悪い悪い『十鉄の手下』を容赦なく皆殺しにして我々のイメージアップに尽力してください。僕はその間にランファ社長のシャトルで十鉄を三弦洞まで運ぶ予定です。これ以後の遠隔通信による連絡は禁止、しばらくの間エアレースはもちろん、Vプロと福祉事業以外の表のシノギもハッキネンさん、あなたに一任しますよ。多少のヤンチャなら解禁しますので楽しんでください──ではでは、グッドラック♪』
ハッキネンは菱川十鉄が逃走したことにまず驚いたが、何より、このシティで無差別の破壊活動を行うという、とんでもない決定を慎重派のキングが下した事に驚愕し、大歓喜していた。
ビリビリと電流が走る、脊髄が痺れるような痛快さ。
(おお、これこそ人間の本来持っている残虐性の発露! より人間らしく生きる金星人の進むべき本道! 快楽と恐怖を司る悦楽女洞主は誰よりも狂気に満ちた『理不尽な存在』『暴力的な存在』でなければならない! やはりキング様こそ我々のような快楽中毒者を統べるに相応しい御方)
この狂い方はなかなかに突き抜けている、とハッキネンは自分のスケールの矮小さを笑った。
「さすがはキング様だ……破壊のカタルシスの何たるか、最も理不尽なやり方を、理屈でなく感性で体得されていらっしゃる」
儲けがどうの、アイドルがどうの、ビジネスの効率がどうの──そんなものはクソ喰らえだ。混沌、暴力、弱者の悲鳴や嗚咽だけがハッキネン達のような異常快楽者を癒やしてくれるのだ。
『どうかしましたかハッキネン?』
「喜べターレよ! この健全で退屈なレースの裏で、阿鼻叫喚渦巻く至高の『狂騒の宴』が始まるぞ。もちろん、我らがキング様のプロデュースだ! あの御方に付き従ってきた甲斐があるというもの!」
ヒューッ! と感嘆の口笛を鳴らすような音が通信機の向こう側から聞こえてくる。
『木星皇女の目前でエウロパの民を無差別虐殺ですか! これは相当に滾りますね!』
「しかも、我々には治安維持に協力する振りをしての『トカゲの尻尾切り』をやれ、と命令してくださったぞ。用済みになった『兵隊』どもを始末しろとのお達しだ」
ゲラゲラ、と下品な笑い声が聞こえてくる。今でこそキングの部下として丁寧な言葉遣いをしているターレだが彼の育ちは卑しく本来の品性はもっと下劣である。
『そりゃおもしれえ! いや楽しみ、ですね……』




