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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
124/186

キングと呼ばれる理由②

 甲賀狭霧に足抜けを勧めたのは二度目だ。


 確かに甲賀狭霧という哀れな女を救いたい気持ちはある。しかし、それ以上にぎゃらくしぃ号ゆかりの者たちを自分の都合で不幸にしたくない。

 菱川十鉄は今更ながらに感じる。十年そこそこの短い付き合いながら堅気の暮らしを共に過ごした仲間のことを。逃亡生活を華やかに彩ってくれた木星帝国残党の面々への感謝を。

 そしてとりわけ鮮烈に印象に残る高潔なる魂の持ち主を思い出す。

(大の男が、命を賭して仕える価値のある唯一の女──マーガレット・ワイズ。あの人を、あの高潔な魂を、俺は守らなければならない)

 十鉄から見れば遥かに歳下の小娘、血縁関係があるわけでも、情欲の対象でもない。


 ──忠誠。


(閣下は──あのマーガレットって小娘は──忠誠心ってのは、綺麗事じゃなく本当にあるもんだ、ってわからせてくれた──悪いな狭霧、俺はおまえを殺さなきゃならねえ。許してくれ)


 スクリーンに投影されるホロ映像の音声が盛り上がるのに合わせてトウテツから手渡された違法改造の解除キーを使って電子錠のロックを外す。ずり落ちる電子錠を間一髪キャッチして、慎重に床にそれを下ろす。

 カチャリと金属音がするが、キングはまったく気付いた様子がない。

 じわり、と十鉄の手が汗ばむ。


 後頭部に一発、至近距離から──

 痛みも疑問も無く、すんなりと黄泉路へ旅立つ事が出来る。昔馴染の妹のような存在に向けて十鉄は後方から銃弾を放った。

 狭霧の頭が軽く揺れる、頭は揺れるが首から下は微動だにしない。人間の頭を火薬式の銃で撃った時の動きとまるで違う音と反応。

 頭蓋骨が砕ける音の代わりに合金に銃弾が弾き返されるガコンというノック音。

 突如として十鉄の背筋に悪寒──

(──戦闘サイボーグ、なのか──!?)

 キングは何事が起こったのか困惑している様子で後頭部を押さえながらゆっくりと首を動かして周囲を確認し始めた。

「──な、何ですか? リンクが切れたじゃないですか」

(不味い、こんな隠し武器みたいなオモチャじゃ戦闘サイボーグの内部装甲は破壊できねえ、ヒートガンでも無いと)


 十鉄は素早く動くとレトロな円筒状の消火器をキングに投げつけ、追い撃ちで射撃する。激しい破裂音と共にボンベが爆発し、衝撃波が部屋中を襲う。

 小さな調度品やガラスが割れる細かい音がそこらかしこで連鎖する。


「何が、起こって……?」


『放送を再開しますか?』

「続けろ、ボリューム最大だ」

 ホロ投影機の電子音声に十鉄が応答する。

 室内外でセキュリティ警報が鳴り始めたのと同時に、衝撃で止まっていたホロ投影機までもがグレードワンの中継を大音量で再開したため、室内の状況は混沌を極めた。


 混乱に乗じて十鉄は部屋を出ると低い姿勢で駆け出した。

 ホテル側のセキュリティ二名と、キングの護衛の黒服数名が視界に飛び込んでくる。

「いいとこに来たな!」

 十鉄は銃を取り出した黒服目掛けて跳んだ。高速で正面からこちらへ向かってくる相手への射撃は想像以上に困難なのか黒服達の弾丸は尽く狙いを外す。

 陸上競技の走り幅跳びの選手ですらかくや、という跳躍。身体ごとのしかかられた黒服はほぼ無抵抗のまま押し倒される。

「借りるぞ!」

 倒した黒服からハンドガンを奪い取ると、十鉄は流れるような無駄のない動きで再び駆け出した。

 止まりなさい、などと悠長な事を言うセキュリティを押し退けて、黒服達が十鉄の背中目掛けてハンドガンを乱射する。

 十鉄はろくに振り向きもせずに後ろ手に構えた銃で一発、牽制を入れた。

(洞主の直属にしちゃあ、トロくさいんじゃないのか)

 まあ、確かにこんな観光地のホテルに戦闘ドラッグで強化された戦闘員が入れるわけも無いか、と苦笑いする。

 突き当りを曲がって避難経路の順路に従い外に出る。

 地球で言う南国に近い気候に調整されたリゾート惑星の熱気、新鮮な空気を肺に入れる十鉄。


 何故だか、自然と口角が上がりくたびれた中年男の顔に不釣り合いな不敵な邪笑を作り上げる。


(いい感じだ、この肺にも少し慣れてきた。十分、やれる)


 ホテル三階の大きな窓が開き、どやどやと黒服達が現れ高い位置から景気よく銃撃される。ハンドガンをセミオート化する連射アタッチメントを付けて簡易なサブマシンガンを用意したのだろう。大量の弾丸が十鉄目掛けて降り注ぐ。

「制圧用の装備でまともに当たるかよ、素人以下だな」

 そういうなり、十鉄は敵に正対して狙いを定めて一発、発射すると弾丸は吸い込まれるように黒服の柔らかい肉にめり込んでいった。

 黒服達は十鉄との技量の差におののくものの、たったの一人に怯むわけにも行かず懸命に打ち返してくる。牽制にすらならなかった。

(くそ、調子に乗って無駄な時間使っちまった)

 本来、十鉄はキングから逃げ遂せるために一分一秒も惜しいはずの身である。

(何をやってるんだ俺は)

 身を翻して再び駆け出すと逃亡するための算段を取る。先ず距離を稼ぐために小回りの効くエアカーを捜すか、このまま雑踏に紛れ込んで迂闊に銃を使わせないか──いや、本当に逃げるべきなのか?


(わからねえ、どうしたらいい?)


 十鉄の思考は支離滅裂になっていた。

 

 闘いたいのはやまやまだが、こんな装備ではなんらかのサイボーグ化を果たしている狭霧を倒して因縁に決着をつける事も出来ない。

 ただ生存本能に従って逃げるしかない。


(それでいいのか? おい、菱川十鉄よ)


 自分が逃げている間に、レース中の事故として雄大が死に、犯罪者の自分を匿っていたとしてユイの評判に傷が付き──


(何か──何か俺に出来ることを、考えるんだ)





 キングの後頭部は焼けて頭髪が無くなっていた。爛れた皮膚の隙間から特殊合金で出来た脳機能保護外殻が見え隠れする。

 手鏡でその円形脱毛症のような禿げを苦々しく眺める。消火器が破裂して諸々吹き飛び悲惨な有様の部屋の中、美容キット一式を鏡台の上にズラリと並べていた。

「屈辱……屈辱ですよこれは」

 皮膚再生ジェルを塗り、地毛に近い色の毛を植え込むと器用にカットしていく。

「あの、キング? 十鉄は、その、追わなくて良いので?」

 美容キットを持ってキングの頭髪ケアを手伝う黒服。

 ソワソワしている黒服に対して当の本人は、恨みに恨み抜いた仇敵を逃した割に、悠長に身支度を整えている。彼にはボスの姿が不思議でならない。元々、キングには常識外れの度し難いところがあるのは理解していたがここまでとは……

「こんな抜け毛のあるみっともない頭のままで過ごせ、とでも言っちゃうわけ?」

「いいえ、そんなコイン禿げなんて見えませんよ、大丈夫です。いつものようにお美しいです」

「は、ハゲ……」

 サッ、とキングの顔が青ざめる。部下は、あっやばっ、と小さく漏らす。手鏡を置く手が細かく震えているのを緊張感を持って見守る黒服達。

「み、身だしなみというのは、見えなければ良いという物では無いのですよ──いいからほら、ペンライトを貸しなさい」

 定着促進用のライトを当てて応急処置を終える。

「もっとクレバーにおさめるつもりでしたが、どうにも気持ちが抑えられません」

 すっくと立ち上がるとオールバックにした髪に整髪料を撫でつける。

「僕が出ますよ──」

「えっ、よろしいので?」

「エウロパの市警察やら地元のガードごときに所在が知れたからとて、どれほどだと言うのです。こうまで恥をかかされたからには──エウロパの市民諸共に不幸になっていただきます」

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