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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
116/186

見えない、敵

銀河標準時における12月15日。西暦3281年もいよいよ暮れようとしている頃、腕利きの賞金稼ぎ魔術師バイケンが死んだ。


 惑星連邦のグローバルネットワークにとって、それは瑣末な死亡記事に過ぎなかったがこの情報は裏社会の住人達には驚嘆と歓喜をもって迎えられた。




 バイケンはそれなりに名の売れている優れた賞金稼ぎだった。禁忌技術管理委員会すら所持していないユニークな技術を多数所持する現代の魔術師である。その彼が追っていた賞金首・菱川十鉄から思わぬ反撃を受けて突然その生涯を終えた。


 優秀な賞金稼ぎが減ればそのぶんだけ人生を楽しめる──太陽系内惑星圏(火星より内側の宙域)で活動する犯罪者達は、伝説の侠客『菱川十鉄』の復活と魔術師バイケンの死を祝って杯を干した。






 ──命の価値の安いこの業界において、実力や実績の差というものは身の安全を確約しない。油断した者、ミスをした者から順に死んでいく。今回のバイケンの死にも当然ミスが絡んでいる。




 第一のミス、生け捕りにこだわったこと。


 第ニのミス、獲物の前にその身を晒したこと。


 第三のミス、獲物の能力を低く見積もっていたこと。


 第四のミス、趣味の寿司屋のトレーラー型移動店補を仕事に持ち出したこと──




 普段のバイケンならばやらなかったミスは沢山あるが、一番手痛いミスと言えば、獲物に『バイケンが追っ手である』ことがバレてしまった第四のミスだ。このミスは一見小さいようで致命的なものであった。




 ──コンビニエンスストアのぎゃらくしぃ号でも生鮮食材を扱う事がある。中でも人気のある食材は冷凍マグロ、コロニーカウボーイ達が木星近郊の廃棄ステーション内の自然環境で育て上げた逸品だ。脂の乗り具合も良好、身が引き締まっていて噛むほどに旨味が増す。


 銀河公社に無断で旧木星帝国の建造物を占有している彼等カウボーイの商品は当然「非正規流通商品うらもの」と呼ばれてまともな業者は遠慮するが、アミノ酸の含有量や筋肉の状態が地球産のものに類似していて商品価値は高い。銀河公社をライバル視しているぎゃらくしぃグループは、カウボーイ達を支援する意味も込めてここの養殖マグロを含めた魚介類を好んで仕入れていた。




 そこに突然、賞金稼ぎが趣味で始めたという寿司屋が登場する。


 自らの連邦警察機構の捕縛人という公的立場を利用して上物のマグロを格安で買い叩く強引なやり口──饒舌になったカウボーイ達の愚痴から、謎の寿司屋の正体を類推するのはさほど難しいことではなかった。


 


 バイケンからすれば寿司屋の移動店舗トレーラーは観光地であるメガフロートシティの街並みに溶け込んでおり違和感無く獲物を追跡出来る拠点だと思っていたのだが十鉄相手には素性を隠すどころか完全に逆効果、バイケンの存在をこれでもかとアピールしてしまっていたのだ。




 バイケンは自分の関与を隠して十鉄を油断させたつもりだったが、菱川十鉄はバイケンの仕切りであると推測して慎重に対処していた。些細な油断から生まれたこの情報の差はベテラン賞金稼ぎの想像を超え、より大きく、より致命的なハンデとなって自らに襲いかかってきたのだった。




 油断禁物、自業自得──




 バイケンの死は界隈にとって概ね喜ばしいニュースだったが眉を顰める者も少なからずいた──キングと呼ばれる金星の悦楽洞主と、そのキングに雇われた女剣豪ジンバ・タチバナである。




 バイケンの遺したドローン、戦闘ロボットの運用はバイケンの管財人である弁護士の判断で一時的に女剣豪ジンバ・タチカワが引き継いだ。それにファイネックスの傭兵達を加えた賞金稼ぎチームは15億ギルダのかかった『十鉄狩り』を継続した。


 しかしながら、派手に動き回っている市警察の手前、無許可のスパイドローンを大量に放つことも出来ず賞金稼ぎ達の菱川十鉄狩りは難航していた。


 


 グスル港を出た十鉄のトレーラーは追っ手から逃げるためか狂ったように海岸線の幹線道路を逆走した。


 当然、治安維持のために市警察の警備ロボットや装甲車フロッガーがこれを止めるべく緊急出動、砲撃によって物理的にトレーラーの足を止めた。この大掛かりな捕り物のせいで、ファイネックスやキング配下の金星マフィア達は現場から締め出されてしまった。


 結果的に菱川十鉄は市警察のおかげで賞金稼ぎ達から逃げおおせる事に成功した。




◇◇◇◇◇◇






 レンタルオフィスの入ったビルを丸々、貸切状態にしたジンバは入ってくる情報が少ない事に苛立っていた。


「市警察のやつら、後からやってきて邪魔してくれちゃって! 信じらんない! あたしこの街が嫌いになりそう!」


 捜索が捗らない事に苛立つジンバはトウテツにドローンのコントローラーを投げつけて八つ当たりする。


 魔術師が持っていた高性能戦闘ドローンには未知の技術が使用されているらしいが使い方がわからない──宝の持ち腐れとはこの事だ。


「まあまあ、そんなに怒ると美人が台無したい、ちぃと落ち着かんね」


トウテツは床に落ちたドローンコントローラーを拾い上げた。


「何よ、トウテツちゃんは市警察の味方なの?」


「その市警察が張り切っとうけん、ここメガフロートシティの治安はよそと比べて良かち聞いとるばい。魚は旨い、害獣はおらん、姉ちゃんは美人、ほんにここはパラダイスばい」


 カリカリしているジンバと対照的に落ち着いているのはトウテツ、ドローンコントローラーを興味深げに眺めている。


「そういうのを『無能な働き者』っていうの。被害が拡大した上に十鉄ちゃん取り逃がしてるのがいい証拠!」


 ジンバの髪挿しがズレて止めていた髪が数条バラバラと顔の横に垂れ落ちた。


「ムキャアア!! 何なのよもう!」


 怒りに震える手で髪型を直し始める。


「ひゃ、恐ろしかぁ……」


 トウテツはこれ以上ジンバを刺激しないように帽子を深々と被り縮こまると椅子を後ろに回転させた。後ろには腕型のドローンとして漂っているアキレスに話題を振った。


「そういやアキレスさん、総督府には連絡ついたとね?」


「うむ、いつもなら総督府を通じて地元警察の情報や協力も得られるはずなのだが──」


 もう一人の賞金稼ぎ、アキレスは一声小さく唸った後でやや不満げな声を出した。


「そうよアキレスちゃん、総督府からの返事はどうだったの? 市警察に圧力かけてくれるって話」


 ジンバは忌々しそうにアキレスの腕型ドローンを眺めた。秘密主義にも程がある、とジンバは味方にも生身の姿を晒そうとしないアキレスの度を超した用心深さに苛立ちを感じていた。


「結論から言うとダメだった。エウロパの総督府はもはや有名無実の存在、地球政府の威光にも陰りが差してきたな」


 賞金稼ぎは地球政府の機関、連邦警察機構に届け出をしている登録認可制の職業である。警察機構の捜査官の手には負えない凶悪犯の取り締まりを命懸けで代行している個事業主だ。


 こういう利害関係にあるため警察はある程度、賞金稼ぎの違法行為を黙認したり、情報提供をしてくれるのだが今回は勝手が違っていた。


「弱腰の総督府では埒が開かなかったので、実はさきほど市警察に直接クレームを入れてみた……」


「それで?」


「市警察は強気でね『連邦公認の捕縛人といえどもシティで破壊活動を行う者はシティの条例で厳しく取り締まる、大人しくしておけ』と逆に脅されたよ──これが本当の、お手、上げ、だ」


「へ?」


 ジンバは目を丸くして首を前に出す。


「はい、この通り、お手上げ」


 浮遊していたアキレスの腕が更に上方にスススッと昇っていく。天井近くまで浮かび上がっていく腕型ドローンを見上げたトウテツは笑いをかみ殺し、ジンバは顔をしかめる。


「腕だけに──お手上げか、くく」


「そう、足も出ない」


「そりゃいいや」


 トウテツとアキレスはふたりしてクスクスと笑い始めた──緊張感のない仲間にジンバは顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。


「ちょっとオジサン達? バイケンちゃん殺されたのよ? 何でそんなノンキに笑えるワケ? 遊びでやってんじゃ無いのよ?」


 デスクを蹴り上げるジンバ、筆記具や地図が散乱する。


 ジンバの逆鱗に触れたふたりは、ヒッ、と軽く悲鳴を上げた。


「い、いやその……ちょ、ちょっと場が重苦しい雰囲気だったもので……チームの潤滑油になれば、と思って。面白くなかったかな?」


 思ったより性格が軽いらしい伝説の傭兵。


「俺は面白かった」


 ニカッと歯を出して笑うトウテツ、こちらは笑いのハードルが異様に低い。


「何が面白いのよ!」


 ジンバは自分だけでも真面目にやらねば、と感じたのか立ち上がり得物の錫杖を手にとり身仕度を始めた。 


「おや、ジンバ殿どちらへ?」


「ドローン飛ばせない以上、足で捜す他無いでしょうがっ!」


 ジンバは一人、部屋を飛び出していった。


「ジンバさん、迂闊に動くのは──バイケンさんの二の舞に──」


 最早トウテツの声が届かない位置にまで駆けていったらしい。


「ああ、行ってしもた」


「あのお嬢さんにも困ったものだな。闇雲に捜して見つかるのなら誰も苦労はせん。賞金稼ぎの初歩だろうに」


 アキレスは苦々しく呟くがどこか真剣味に欠ける軽い口調だった。彼の関心はもっぱら強敵との『闘争』と『勝利』だ。アキレスにとってバトルスタイルが噛み合わない十鉄はさほど興味をひく対象ではないらしい。


 うーん、と帽子を取ったトウテツは縮れた癖毛の中に指を突っ込んでボリボリと頭皮を掻いた。


「追い回したら余計に警戒されて難儀するんやけどな──よっしゃ、こうなったら仕方んなか」


 準備運動のように腰をひねり屈伸を始めるトウテツ。


「トウテツ殿?」


「なァにね、やっぱり狩りなら俺みたいな宇宙害獣ベムハンターのほうが上手うわてやな、って思うとるとこ」


「おっ、それはつまり自ら狩りに赴かれるのかな?」


「然り然り。菱川十鉄ちゆう害獣ば生け捕りにしてくるけん。まあ見とかんね」


 トウテツは不敵に笑うとゆったりとした足取りで狩りに向かった。








◇◇◇◇◇◇








 メガフロートシティ警察署の庁舎はこざっぱりとしてシンプル、華美なところがない無個性な建物だった。




 ほとんどの警察組織は各惑星の総督府が管理しているが、ここメガフロートシティではその限りではない。


 この都市だけではない、この星そのもののボスが市長その人なのだ。


 彼が運営している市警察は条令によって組織化された存在であり、法的にも給与体系的にも地球の連邦警察機構から独立している。当初は「警察ではなく市長の私兵だ、独裁を許すな」と批判する者もいたが市長の支持率の上昇とともにそんな批判もなりを潜めた。




 そんな市警察の無骨かつ威圧的なエントランスをくぐった二人組は少女と大柄な女。


「ワイズ伯爵閣下、これはこれは」


 20世紀のアメリカ映画を彷彿とさせる古風な刑事顔のディッシュ警部。彼が来庁したマーガレットとブリジットのふたりを出迎えた。


「ありがとう警部」


「奥の部屋、第二取調室にご案内します」


 市長ボスの抜き打ち査察よりも署内の空気がピリピリとしている。ブリジットはその薄汚れた男所帯に立ち込める汗の臭いと自分達に注がれた視線に居心地の悪さを覚えて顔をしかめたが師匠のほうはまったく動じることなく大股にカツカツと歩を進めていく。


「ひええ、普段ならあたしよか、伯爵このひとのほうがこういう男臭いとこ、すっごく嫌がるのになァ」


 ブリジットが首を傾げながら小声で呟き、主人のあとに付き従う。


 ブリジットの小柄な女主人は戦闘用のスカウティングアーマーの上から軍用のコートを羽織っていた。コートで美しいボディーラインは隠れ、その口元も手にした大きな扇子で覆われてはいるがそれでもマーガレットの美しさは異彩を放ち、まさしく掃き溜めに舞い降りた鶴、いや──野犬の群れの中に飛び込んだ美しい金色の若獅子ライオンであった。


 少女伯爵の黄金の頭髪から発せられる芳香フェロモンは貴人のものであるが、扇子の奥から見え隠れする鷹のような瞳──これは生粋の捕食者のそれである。武闘派の刑事達ですら怯ませる凄みがあった。


 市警察の署員達は例外なくマーガレットを見て緊張し、あたかも伝説的な将帥を目の当たりにした新兵の気分を味わっていた。マーガレットの顔の造形の美しさはこういう険しい表情をしている時には、親しみやすさとは真逆の突き放すような冷徹さを印象付けて他人を遠ざけてしまうが、日々犯罪と向き合っている警官達にはそれがむしろ頼もしい存在として好ましく迎えられていた。


 ただ、好ましく思われていたとしても身体は言うことを聞かない、生物としての圧倒的な力量差を感じ取った警官達の身体は蛇に睨まれた蛙のように強張ってガチガチに固まってしまっていた。そういう緊張感に同調してしまったのか、ブリジットまで居心地悪そうに手のひらを当てて首筋の凝りをほぐす。


「ねえ閣下──あたし役人連中って超ニガテなんだ……はやく出ましょうよこんなとこ」


「警察のほうもあんたみたいな威圧的な大女、はやく出て行って欲しいって思ってるわよ。お互い様なんだから少しは我慢しなさい」


「え~? 閣下がそれ言っちゃう? 超威圧的なオーラ出しまくってるのに? 閣下に比べたらあちしリンジーちゃんなんて小鹿バンビみたいなもんですよ」


「小鹿バンビ?」


 マーガレットが歩みを止めチラリとブリジットを見上げる。


 思わず口をついて出た軽口は師匠に対する敬意の欠片もなかった。ブリジットは師匠の強さと厳格さを十二分にわきまえていているはずなのだが、元々の性格の軽さは治しようが無いらしく、ついついこういう口を聞く事がある。


「ほら閣下、眉間の皺スゴいことになってますって。鏡見ます?」


「………」


「──ぁ」


無意識のうちに無礼を重ねるブリジット、ようやく自分の失言に気付いたのか急に慌てて防御姿勢をとる。脇腹に強烈な肘鉄を喰らわないように反射的に腕で腹をガードしたが、今回は師匠のロケット砲のような肘鉄は飛んで来なかった。


「およ?」


「ほらお馬鹿な小鹿バンビちゃん、なに固まってるの? 置いていくわよ」


 マーガレットはディッシュ警部の後ろに続いてすたすたと歩き去る。


「あれぇ」


 口より先に手がでるはずの女主人が何やら気持ち悪いほど大人しい。ブリジットはいつもと違うマーガレットの反応に困惑してひとり首を傾げた。








 署の地下、取調室にはグスル港近辺で起きた大量殺人事件の映像資料が用意されていた。ディッシュが捜査ニ課で差し止めている部外秘の情報──犯人と思しき男の映像である。


「これが……その暴走トレーラーを運転していた男です」


「ろ、六郎じゃん!?」


 ブリジットが驚いて目を白黒させながらスクリーンに投影された映像を眺める。


 マーガレットは動じてないように見えるが表情はいつになく強張っている。


 映像の中の六郎──菱川十鉄は警察官に対して発砲、怪我を負わせている。


 両手に銃を握り、凍り付くような冷たい瞳で次の獲物を捜している。


 いつもの六郎──気の抜けた炭酸水のような、虚ろな印象の中年男とは違う、眼光鋭い殺人鬼がそこにいた。無駄のない動きで立ちはだかる相手を無力化していく。


 そこにぎゃらくしぃ号で働く甲賀六郎の面影は微塵も無かった。




(──六郎、あなた──すっかり無法者アウトローの顔になっているわ──気付いているの?)




 マーガレットの表情が険しくなる、アステロイドパイレーツのトロニツカと交戦した時のような余裕は感じられない。複数の銃器を自在に操り、警官隊を圧倒した菱川十鉄。映像を見るだけで実際に現場で相対していた警官達の恐怖が伝わってくるようだ。


「この男──わたくしの部下であるこの甲賀六郎は──誰か、非武装の市民やそちらの警察の方、どなたかを死なせてしまいましたか?」


「非武装? ああ、いえ彼を捕らえようとした際に警官隊に怪我人は大勢出ましたがね? そうですね、いませんね──警官や民間人に限って言えば死んでません」


「そうだろうと思いました。しかし、お怪我なされた皆様には申し訳ないことを。お見舞い申し上げます」


 マーガレットは丁重に頭を下げた。


「いや、閣下が謝ることでは、これも我々の仕事ですので怪我ぐらいは覚悟はしていますよ? しかしまぁなんというか本当に──ラッキーです。ショックガンの麻痺モードならともかく実弾で撃たれたというのに──全員当たりどころが良くてですな……まさしく奇跡ですよ」


「いえ、それはきっと奇跡ではありません」


「え?」


 マーガレットのいうとおり撃たれた警察官が軽傷で済んでいるのは決して奇跡などではない。


「正気をなくして獣のようになった六郎あれにも殺していい相手とそうでない相手の区別はかろうじてついているということです」


 菱川十鉄と言えば、強力な金星マフィア・甲賀御前お抱えの殺し屋だった男。職業軍人ですらない一般の警察官との力量差は天と地ほどもあるだろう。


「は、はぁ……あの乱戦の中でそんな器用な? ショックガンを使わずに?」


「警官隊の皆さんの日々の鍛錬を侮るつもりはありませんが、さすがに職業軍人ほど銃撃戦のプロフェッショナルというわけでもないのでは? 両面宿儺ダブルディーラーと呼ばれた六郎あれの技量は軍の特殊部隊レンジャーすら遥かに凌駕していると思いますよ」


 ごくり、と生唾を呑み込むディッシュ警部。


 マーガレットは険しい表情のまま、苦楽を共にしてきた家臣の姿を眺めた。


「し、しかしですね、警官殺しはしちゃいませんがね? その、グスルの港で結構な数の死者が出ていまして──」


「六郎あれを襲撃した非合法組織の構成員が死んだのでしょう?」


「いえ、非合法組織ではありません。民間警備保障のファイネックス社の契約社員と連邦警察機構登録の捕縛人バイケン氏──彼等の顧問弁護士から詳細な被害届が提出されていまして。被害届が出たからには『菱川十鉄』という男の反社会的な行為について、市警察としてこれを無視するわけにはいかんのです」


ディッシュの言葉が重苦しい雰囲気を更に重くした。


「なるほど。法治国家の管轄内で連邦の捕縛人を殺してしまった、ということ……そう」


 恐れていた事態になった──マーガレットは胸の奥にキリキリと締め付けられるような痛みを感じていた。


「あのね刑事のおっちゃん? あれは甲賀六郎っていうあたし達の仲間なんだ。菱川十鉄なんて変な名前のヤツじゃないよ?」


 ブリジットが大きな声を出して話に割り込んでくる。


「いやその、話聞いてました? この人物がどういう名前を自称していようとも経歴がどうであろうとも、殺人事件の犯人なのは間違いないのですよ──」


「殺人事件? 賞金稼ぎや傭兵が殺し合いすんのは自己責任! 死んでも恨みっこ無しってのは宇宙の常識でしょうが!」


 ブリジットはディッシュに覆い被さるようにして詰め寄った。ディッシュは背の高い方では無いので身長差は大人と子供ほどある。


「じょ、常識て。そんな物騒な常識……ここは法治国家です、アラミスみたいに野蛮な治外法権じゃないんですよ」


 ブリジットはそれなりに故郷のアラミスを住み良い場所として誇りに感じている、野蛮人扱いされてそうとう気分を害したようだ。


「ああ、そう野蛮? わたしも閣下も野蛮なアラミス育ちだから都会の常識わかんなくてごめんなさいね!」


「ひえっ……」


 それなりに強面のベテラン刑事も怯むほどの大声、ビリビリと鼓膜が震える。


「だいたいさぁ! 殺し合いするのが生業なりわいの無法者どもがさ、負けたら善人面して権力に泣きつくのっておかしくない? ケーサツはその図々しい賞金稼ぎ達のほうを逮捕したらどうなのさ? 大勢で寄ってたかって六郎ひとりを襲うような卑怯なヤツらじゃん。被害者はむしろ六郎の方だよ!」


 ブリジットは大声を出してディッシュに詰め寄る。


「ま、まあそのぉ、この訴えの争点は菱川十鉄氏の反撃が過剰防衛に該当するかどうかであって、どちらが先に仕掛けたとか人数とかはそこまで問題にならないんですよ」


「なにそれ!? 役人とか法律って弱い者の味方じゃないの? そんな理不尽、アラミスのほうがまだマシじゃないのさ」


「うわ?」


 問答の末にディッシュの胸ぐらを掴み軽々と持ち上げる巨躯、マーガレットは弟子の鼻の頭を扇子で叩いてそれを制した。ブリジットは歯軋りしながらディッシュ警部を睨み付ける。


「どうぞ警部、続けてください」


「は、はい。それでその、コンピュータの推測では、このままですと八割の確率で過剰防衛にあたりこの菱川十鉄氏の罪は相当なものに──なり、ます」


 納得のいかないブリジットはますますカリカリし始めた。


「過剰も何も大勢で殺しに来てる相手に手加減なんかしてられるかってぇの!」


「わ、わかってくださいよブリジットさん。法律上は、裁判ってヤツはどうしてもそうなっちゃうんですって」


 ディッシュの言う通り、ここは危険な宇宙空間むほうちたいではなく法治下にある大都市だ、ファイネックスの傭兵を躊躇なく殺したり、バイケンの腕を切り落とすような残虐行為はおそらく裁判では不利に働く──そしてコンピュータの裁判官は、警官隊にやった手加減をなぜバイケン達におこなわなかったのか、その矛盾を追及してくるだろう。被告人には傭兵を殺さずに無力化するほどの腕前があったのにも関わらず彼等を無慈悲に殺害した、これは他に例をみないほど残忍で反社会的な行為である、という具合に。


「ブリジット、その辺にしておきなさい。あんたの気持ちはわかるけど警部さんに怒鳴っても連邦法は変わらないわ」


「で、でもォ、それじゃ六郎が──」




 民間警備保障ファイネックス、そして連邦警察機構認定捕縛人しょうきんかせぎバイケンは限り無く無法者に近い存在ではあるが公的な立場はしっかりしていて、地球政府の連邦法でその権利を守られている。


 命の危険を伴う職務遂行中の死亡、という事ではなく私人わたくしびととして殺害された場合は軍人がそうであるように連邦法に基づいて、犯人を裁判にかける事が可能だ。




「ええとですね、抜け穴が無いわけではないんですよ」


 ディッシュはブリジットに対して猛獣をなだめるようにおそるおそる声を出した。


「あくまで連邦法の枠組みの中では手も足も出ませんが幸いなことに我々、市警察は連邦法よりも市条例、議長より市長ボスの判断に従う者です、メガフロートシティで起きた事件ならどうとでも出来ます──ここだけの話ですけどね」


警部の発言を聞いたブリジットの表情がパァっと明るくなる。


「なんだよぉ、ディッちゃん! それを早く言わなきゃ!」


「でぃ、ディッちゃん?」


 ディッシュは暗に被害届の揉み消しを示唆したが、マーガレットはそれに首を振った。


「いえ、結構です。お気遣い無く」


「え? 何でよ閣下? ここの市長さんに頼んでみようよ。悪いのは向こうなんだしこれぐらいのお目こぼし許されて当然だよ」


「閣下、正直申し上げまして我々エウロパの民は皆、あなた様がた木星帝国の味方シンパです。皇女殿下の高潔なる家臣と薄汚い連邦の番犬ども、どっちが大切かなんて秤に掛けるまでもない」


 誇らしげに胸を叩くディッシュ。


 外部に味方らしい味方のいなかった木星貴族のマーガレットにとって、その言葉はとても頼もしく感じられた。


 だがしかし、事はそう単純には解決しそうにない。


「ありがとう警部さん。しかしそういう事なら尚更、その提案をきくわけにはまいりません。お気持ちだけありがたくいただきます」


「伯爵閣下?」


 


「被害届はもみ消せたとしても、疑念は残ります。かけられた疑惑は取り繕い隠蔽することで逆に深まるでしょう。六郎の処分だけで終わるはずの話が無駄に大きくなり疑惑はユイ様の身辺にまで及び、果ては木星帝国そのものの正義にまで傷をつけかねません。無理を通せばどこかで歪みが産まれます──そういう展開はむしろ、我々の敵がもっとも望むところでしょう」


「ええ? 敵? 敵って賞金稼ぎ?」


「いいえ。その後ろにいる顔の見えない厄介な敵よ、ユイ様や木星帝国を快く思っていない何千何万という連邦の一般市民が作りだす『世論』という巨大な敵──これからのわたくし達はそういう敵とも戦っていかねばなりません」


 世事に疎いブリジットには意味が分からないらしくポカーンと口をあけていた。


 いま、甲賀六郎を追っている連中のボスは狡猾な人物に違いない。軍艦の粒子砲や戦車の砲弾、装甲兵の武勇では対処出来ない『からめ手』で合法的かつ巧妙に攻めてきている。


 対処を間違うと取り返しがつかない。




(今回の件、単に六郎を消したいだけではなく、裏社会からも追われている菱川十鉄とユイ様を結びつけてユイ様に黒いイメージを植え付けようと考えているのだとしたら──今ここで不自然な形で六郎を庇うことで、小さな火種が消せない炎となっていつまでもくすぶり続ける事になる)




 かといって状況をこのまま放置してもまずい。十鉄が賞金稼ぎ達によって捕縛されるか殺害されるかすると──弁明の機会を与えられぬまま、ぎゃらくしぃグループは凶悪犯罪者・菱川十鉄を匿っていた「黒い」団体として世間から見られる可能性もある。


(こうなってしまってはダメージを受けることは避けられない──あとはいかにそのダメージを小さくするかを考えなければ)


 地球閥やユイを疎ましく感じている連中はニュース屋とつるんで面白おかしく騒ぎ立てるに違いない。


(元々ユイ様は地球閥からテロリスト予備軍として扱われてきた黒い噂の絶えぬ身──菱川十鉄という侠客を傍に置いていた事が明るみに出ればその噂に信憑性を与えてしまう)




 未解決事件である金星・三弦洞大虐殺の犯人にして逃亡者、菱川十鉄。


 上り調子にあるユイ皇女の勢いを削ぐどころか、ユイの清廉潔白なイメージを著しく損なうであろう致命的な弱点、思わぬアキレス腱だ──そこに気付いて自ら木星帝国を去ろうとした甲賀六郎の判断は正しかった。


 昔は、悪の帝国の遺児にしてテロリスト予備軍のユイ・ファルシナの臣下に金星三弦洞虐殺事件の犯人菱川十鉄が紛れ込んでいてもおかしくはなかったのだが現在のユイ・ファルシナは連邦の平和を守った救国のヒロインである、反社会的な人物とは最も縁遠い存在になってしまった───


(陽光が強くなればなるほど影の黒さもよりくっきり色濃くなり注目を浴びてしまう。六郎は、悪くない──むしろわたくしには過ぎた家臣だった──これは主あるじのわたくしの慢心が招いた危機。家臣の過去と真摯に向き合わなかったのは、伯爵家当主としてのわたくしの大きな失着ミス──わたくしの不手際でユイ様の威光に翳りがさすなど、決してあってはならぬこと)




 マーガレットは八つ当たりとは知りつつも魚住を憎らしいと思わずには居られなかった。魚住京香ほどの賢明さをもってすれば裏社会の人間である六郎の存在が、ユイのイメージにそぐわないことに気付いていてもおかしくはない。どうしてもっと早く自分にその危険性を忠告してくれなかったのか──魚住は六郎を在籍させるリスクよりもメリットを採ったのだろうか。


 確かに現在の木星帝国には人材が不足している。近々、ぎゃらくしぃグループには同ハイドラ級巡洋艦である2号店、そして同級3号店が配備されるが、誰にその船を任せるのかは決まっていない。魚住の構想ではどちらかの艦を六郎の船にするつもりだったのかも知れない。




 マーガレットは下唇を噛んだ。


 この状況を切り抜ける手っ取り早い方法をマーガレットは知っている。




(──それは、わたくしが自ら『禍根リスク』を断つこと)




 ぞわぞわ、と伯爵の全身がごくわずかに震える。この震えは不安のあらわれなのだろうか。


 目を瞑り、心を落ち着けるマーガレットにブリジットが声をかける。


「ねえさっきから怖い顔して黙り込んじゃってさ。どうすんの閣下──あたしこのまま指くわえて見てるなんてイヤだからね? 最悪、被害届出したベンゴシってヤツを殴って黙らせちゃえばいいんじゃん?」




 マーガレットは小さく首を振った。


「……いいことブリジット、そして警部もよくお聞きください。わたくし達の使命は賞金稼ぎ達よりも早く、六郎の身柄を確保すること──そして」




 ディッシュとブリジットのふたりを手招きしたマーガレットは彼らの耳に何事か囁いた。ディッシュはその提案にギョッとして思わず声にならない声を上げてマーガレットの真意を二度、三度と確認した。


「ブリジットもよろしいですか?」


「──は、はい閣下」


 ブリジットはいつになく緊張したように強張った顔でマーガレットと向かい合うと小さく頷いた。




「では早速向かいましょう、六郎──いえ金星の侠客、菱川十鉄を捜しに」


 マーガレットは軍用コートをあたかもマントのように翻すと足早に取調室をあとにした。

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