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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
110/186

逃亡者

「ジンをストレートで。サラミとチーズのクラッカー、胡椒かけるの忘れんな」


 宙にふわふわと浮かぶウェイタードローンに注文を入れたあと、バーカウンターの隅っこに陣取り灰皿を探す。煙草に火を点けてまずは一服しようと上着のポケットをまさぐる間に注文の品が目前に並べられた。


『お待たせしました』


 速い、速過ぎる──嬉しいどころか作り置き商品に対する虚しさが倍増するだけだ。


「一膳飯屋じゃねえんだからもう少しゆっくりさせろよ、待つ時間まで楽しませてこその夜の店だろ、一流どころはみんなやってるぜ」ドローンに説教を始める六郎。


『ハァ──そうでございますネ』


「おっ、わかったのか?」


 ウェイタードローンと睨み合う六郎。


『追加のご注文を、どうぞ』ドローンはメニュー表を開いた。


「──駄目だこりゃまったく通じてない」




 ふらりと立ち寄ったダーツバー。


 ジンを飲みながら甲賀六郎はエウロパのローカルニュース配信に目を通していた。




『恋人の王座奪取を緊急支援。ユイ皇女×ウィリアム・マグバレッジのビッグカップル誕生か? 新時代の外交問題にまで影響大』


『皇女殿下争奪戦! 恐るべき経済波及効果──元祖小売りの姫・通天閣さおりんと提携の噂──事情通ハリマ氏が語る火星木星通商連合とは? 狭まる銀河公社包囲網』


『弱い! 弱過ぎる! 木星タイタンズついに12連敗! 客足遠退き身売りの危機』


『進む艦隊再編成、ロボット艦隊の悪夢再び? 気になる再発防止策は』


『まだ間に合う! 聖クレメンスデーを100倍楽しむ26の裏ワザ』


『「愛想笑いでファンを騙したくない」元祖お元気アイドル『あるる』がパルフェ脱退の噂。芸能界に激震走る!?』


『チェンジ節炸裂! 我らが市長、なんと主星・木星総督にダメ出し! エウロパから始める太陽系世直し戦記、堂々開幕』




 端末を操作すると面白そうな見出しが飛び込んでくるが、さすがエウロパのローカルニュース、ほとんどがユイ皇女絡みの記事だった。




『皇女殿下の船は運転手まで超一流! ボッテガが恐れるポールポジション男、宮城雄大氏はとんでもない経歴の持ち主だった!』




「なんだこりゃ──エアレースで最速タイム? 宮城のヤツ、また余計なことやり始めやがったな。つくづく面倒トラブルに自分から積極的に首を突っ込むヤツだ──次に会った時、説教してやんなきゃ──」


(いや……次なんてのは、ねえんだよ) 




 六郎はダーツバー備え付けの端末を熱心に操作してエアレースの現状について調べまくった。


(マシントラブルで棄権、レギュ違反の制裁で順位繰り下げ。ボッテガやマーフィーみたいなベテラン勢が、実力と関係無いところで表彰台を逃してる──そのおかげで今期から参戦の金星チーム・レッドドラゴンがワークス優勝ほぼ確定)




 チーム・レッドドラゴン。


 ハッキネンは良く知らないがセカンドドライバーのターレは見たことがある。


(こいつは高速艇で賭けレースやってたボルグんとこの花形レーサーだ、カタギじゃねえ。このハッキネンて奴も面構えが普通じゃない、操縦桿より銃を握ってる方が似合いそうだ、どっちも表に出て来ていい顔じゃねえぞ)




 六郎からすればどう見てもレッドドラゴンは真っ黒。


 金星周辺コロニーで行われている賭けレースチームのメンバーがそのまま持ち上がっていると考えて間違い無い。


「やべえな、宮城の奴──金星の連中がどんな奴らかわかってちょっかい出してりゃいいけど」


 六郎は苛ついて頭をボリボリと掻いた。






 しばらく酒を楽しんでいると、前触れなくテーブル席の方で食器が割れる音がした。六郎はその会話に耳を傾ける。


「くせえな、カビ臭いニオイがする。風通しの悪い地球のカビか」


「辺境の辛気臭い田舎者が紛れ込んでるな。ここは開拓惑星系移民以外お断りの店だぜ。観光客だから多目に見てやるが次見掛けたら問答無用で蹴り入れるから覚悟しとけよおのぼりさん」


 どうやら地元のスーツ姿の勤め人連中と、西部劇風のファッションで羽目を外している観光客が揉めているらしい。


「なんだと? この乞食野郎、敗戦国の分際でいい気になりやがって。俺ら地球の観光客が来なきゃこんな水ばっかりの星が発展するわきゃ無いんだ。マグロでも食って寝てろや」


「なに? いいか太陽系の寄生虫ども。ユイ皇女殿下が今におまえらに制裁を加えるから覚悟しておけよ」


 個人的な諍いから互いの出身惑星の悪口、そして政治的な思想のぶつかりあいにまで発展しそうだ。


 これは良くない──どこまでもエスカレートして落としどころが無い話題だ。


「あ? 皇女殿下だ? あんな冷凍マグロに何が出来るんだよ、コンビニのレジでケツ振ってんのがお似合いだぜ」


「皇女コンビニ、24時間年中無休で売春婦やってま~す、お客様の手でユイの肉まん温めてくださ~い!」


「ギャハハ、そりゃいいや!」


 遂に地球の観光客が触れてはいけないレベルの暴言を吐き出した


「てめえら! 殺してやる!」


 酔客同士の喧嘩はいよいよもって流血沙汰に発展しそうになってきた。


(うーん、こういう安酒場は高級リゾート地でも金星でもあんまり変わらないねえ)


六郎は場所を変えようと思い、ウェイタードローンにPPをかざして会計を済ませた。


『またのお越しを──』


「さあてな、オーナーにもっと客を選べよ、って言っとけ」


 六郎は身支度を終えてカウンターから立ち上がる、喧嘩はますます勢いを増すばかり。




「先生、十鉄先生──お願いしますぜ、この地球人どもに痛い目見せてやってくださいよ」




(は? 十鉄、先生?)


 六郎は足を止めてそちらを窺う。


 見ると、くたびれた革のジャケットに黒のパンツ、水色のシャツに黒ネクタイ双子星のマークをあしらったネクタイピン。そして白の帽子を被った男が店の奥から現れた。


(おいおいおい、これ! 昔の、10年前の菱川十鉄定番ファッション──どこで調べたんだよこいつら!?)


「な、何──なんだおめーは!?」


「金星マフィアも恐れる殺し屋、菱川十鉄さんだ……10年明けて自由の身──今はこのメガフロートシティで用心棒をやっていらっしゃる。知らねえぞ、知らねえぞ? 菱川十鉄を怒らせたら金星の悦楽女洞主もただじゃすまねえんだからな」


 地元シティの勤め人にしては柄が悪過ぎる、おそらくどこか別の惑星からの移住者だろう。


 地球からの観光客達のひとりがヒッ、と小さな悲鳴を上げる。


「う、噂っすけど──ひとりで金星の麻薬組織をぶっ潰した伝説の侠客らしいっすよ……ほら、あの『狼達への鎮魂歌』って金星マフィアを殺しまくるあの映画、あれって菱川十鉄の自伝らしいってもっぱらの噂で」


(ハア? 映画ってなんだよ、聞いてねえぞ! なんだその狼達って?)


 六郎はひとり、恥ずかしくなって頭を抱え込んだ。




 菱川十鉄と呼ばれた帽子の男はクックックとわざとらしく笑う。


「あんまりはしゃぎ過ぎたな地球のお客人──殺されたく無かったらこちらさん達に詫びを入れて宿に帰るんだな」


 レトロな火薬式のリボルバーを取り出す十鉄先生、銃口で帽子を持ち上げてメンチを切る──




(うっわ、めちゃくちゃダサい! 俺、こんなに三下ぽかったっけ?)




「は、はったりだ、そんなすげえ殺し屋ならこーんな店にいるわきゃねえ──」


 十鉄先生はドンドンドン、と三発。リボルバーをぶっ放した。


 地球の観光客の被っていたカウボーイハットが吹き飛び、テーブルの上のグラスが割れる。




「ひ、ひいいっ?」


「次は土手っ腹に風穴が空くぜ……」


 自信たっぷりの十鉄先生、自分の腕前に酔っているような潤んだ瞳。出来の悪い「なりきりコスプレイヤー」を目前で見せられるのがこれほど苦痛だったとは。これはどんな拷問よりも六郎の心を動揺させた。


(ひいいい、蕁麻疹が、蕁麻疹が出るゥ!? 違う違う違う、俺は断じてこんなかっこつけの勘違い野郎じゃなかった!)


 六郎は羞恥心で死にたくなってきた。


 地球の観光客は慌てて店から出て行こうとするがウェイタードローンに行く手を阻まれる。


『お客様、お勘定──』


 その様子があまりに滑稽だったので地元のチンピラ勤め人達はゲラゲラと笑い飛ばした。


「いやー、十鉄先生、ありがとうございました。スカッとしましたよ」


「ふ、また何かあったら呼びな」




「おい! どうせ真似るならもっとちゃんと調べろよ!」六郎は恥ずかしさのあまり、思わず声に出して叫んでしまった。


 一同が一斉に六郎──いや本物の菱川十鉄を睨みつける。


「わ、やべっ……」


「なんだオッサン?」


「あ、いえお気になさらず──」


「ビビッておかしくなっちまったのかい、まあ仕方無いな、何せあの菱川十鉄先生の殺気を前にしてたら一般人はブルっちまうのも無理はないぜ」


「は、はい……おみそれしました」




 突然──空気が変わった。


 ヒタヒタと微かな足音が聞こえる、ひとつ、ふたつ、みっつ──普通の靴ではない、特殊ゴム製の安全靴──いや特殊部隊用ブーツの足音。


「菱川十鉄──」


 三人組の黒覆面が店に入ってくる六郎は既にテーブルの下に潜り込んでいた。


「菱川十鉄はお前か」


「なんだお前たち──」


 十鉄先生は反射的に立ち上がるとリボルバーを抜いた。


 パンパンパン、と乾いた音がすると菱川十鉄の眉間と喉、心臓に小さな穴が開いた。


「──────?」


 十鉄先生は、かひゅう、かひゅうと苦しそうに喉を鳴らしながら二歩、三歩前に歩き出すとゆっくりと床に崩れ落ちた。


「──なりすましのゴロツキじゃないか。クソ、ガセネタか」


「この店に入っていった、って情報は確かな筋だ。どこかに隠れたんだ」


「面倒だ、隠れてるなら全員殺す」


 三人組の男はハンドガンとナイフで目前の酔客を殺し始めた。ひとり、ヒートガンを持っている男は血走った目で周囲を観察している。六郎はヒートガンの男に見つからないように床を滑るように這った。






「──?」


 ナイフ使いは鋭い殺気を感じた。味方のハンドガン使いの後頭部に何か筒が当たる光景を目撃する。


 注意喚起をする前にリボルバーが火を吹いた、重たい発射音。


 六郎は──本物の菱川十鉄は──ハンドガンの男の後頭部をリボルバーで撃ち抜いた。貫通する速度よりも対象を破壊する力が勝り、ハンドガンの男の顔面はスイカが破裂するように爆ぜた、血と脳漿が飛散して目潰しになる。ナイフ使いは思わず手で血が目にかかるのを避けてしまった。その隙をついて十鉄の左手に握られていたダーツがナイフ使いの腕に命中した──懐に入り込むと下からショートアッパーの要領でナイフ使いの顎にリボルバーの銃底をヒットさせ、そのまま振り抜く。


 悲鳴を上げる隙さえ与えられない──ナイフ使いの顎は完全に砕けた。


 身を屈めてヒートガンの一撃をかわすと、リボルバーを男に向けた。


「ぐぁっ──?」


 その刹那、十鉄の手に激痛──電気ショックだ。ヒートガンの男が左手に持っていた電磁警棒スタンスティックを使ったのだ。バチバチバチ、と通電し火花が起きる、十鉄の手からリボルバーが離れ床に転がった。


「丸腰だなァ──十、鉄ゥ──! 兄貴、もうすぐ地獄そっちに十鉄を送ってやれるぜ」


 昂揚状態にあるヒートガンの男は十鉄に銃口を突き付けた。観念したのか十鉄は両手を挙げたまま動かない。


「おまえは誰だ? どうして俺がここにいるとわかった?」


「うるさい、死ね」


「教えろ、お前達は何者だ」


「──あ、れ? 弾が──出ない?」


 男はヒートガンの故障を疑う。


「おい、おまえは誰だ、答えろ」


「お、れは──おまえに、殺された──カフロンの、おと、うと──」


「悪ィ、覚えてねえな……」


 十鉄は手をおろすと、既に男の胸に突き立てられていたナイフを引き抜いた。男はいつ刺されたのかすら理解していなかったようで、首を傾げながら血の噴き出している自分の右手と胸を見て驚く。ヒートガンの引き金を引くはずの人差し指は根元から切り落とされている。


「あれ──おれ、の、ゆび──」


 カフロンの弟は床に落ちた自分の人差し指を見詰めながら前につんのめってどう、と倒れた。


(まだ意識がある──軍用麻薬コンバットドラッグをやってるな)


 十鉄は、フウと息を吐いて周囲を見渡す、残っていた客数人が息をひそめてガクガク震えている。


 おおかた黒覆面三人組に解除されたのだろう、防犯装置が作動してないのは十鉄にとっても好都合だったが……ごろごろと転がっている一般人とコスプレ十鉄先生の死体──どうにも後味が悪い。


「ウェイター」


『追加のご注文でしょうか?』


「どこまでも空気読めねえAIだな。会計がまだ済んでない奴の分──俺が支払っておくぜ。おごり、ってヤツだ」


十鉄は、偽の十鉄先生の分も含め、死体の飲み代を立て替えた。


「心置きなく逝きな、殿下の名誉を守ろうとしてくれた礼だぜ」




◇◇◇◇◇




 ダーツバーの外。


 襲撃者達が乗ってきた大型車の影に、見張り役らしい男が立っていた。見張り役は時計を見ながら仲間の帰りを待っていた。


 するとダーツバーの出口からショットガンを持った黒覆面の男が路肩に蹴躓きながら此方へむかってしきりに手を動かす。


 金星マフィアの襲撃部隊がよくやるハンドサインをやっているのだ。作戦──失敗──撤収せよ──


「やられた、為すすべ無しだ」


「クソ──奇襲ならうまくいくと思ったんだが」


「逃げるぞ、殺される!」


 運転席にはキーが掛かったまま、ショットガン男は運転席に飛び乗った。


「俺が運転する! あとはお偉いさんに任せて──十鉄が追って来ないうちにずらかろうぜ。命あっての物種だ」


「あ? ああ──」


 助手席に乗り込んだ見張り役はドアを閉めようとしたが、急に手を止める。


「おいどうした、はやくしないと十鉄が──」


 少し迷った後で見張り役は首を振った。


「やっぱりここで応援を待とう──逃げたのがバレたら洞主様にどの道殺されるんだ」 


「おい、洞主ってのは誰だ」


「おい……おまえなんかおかしいぞ」


 見張り役は運転席に座った覆面のショットガン男の顔を確認しようとする。それと同時にショットガンが見張り役の腹にグリッとめり込んだ。


「答える気が無いなら降りろ」


「!?」


 男は容赦なく引き金を引いて見張り役の腹を吹き飛ばす、半開きのドアから勢い良く転がり落ちる際に見張り役はショットガン男から黒覆面を剥ぎ取った──菱川十鉄がそこにいた。


「おまえ──だ、れ──?」


「それはこっちが聞きたかったんだよチクショウめ──結局四人全員やっちまった」


 十鉄は道路でピクピクと痙攣する見張り役に吐き捨てるように告げると車を走らせた。


(くそ、誰だ──洞主の誰かの直属が来てる──どの悦楽女洞主ドラッグクイーンだ? わからん──)


 今になって心臓が早鐘を打つ。


(何人道連れに出来るか──)


 いつか甲賀六郎をやめる時が来るとは覚悟していたし、ついさっきまで自分から去ろうと思っていた。


 しかし──


「いよいよ、戻れなくなっちまった」


 ハンドルを握る十鉄の手が震える。


(怖こえぇ、寒気がする。やり残したことはねえ──そのはずなのに、なんでこんなに──死ぬのが怖いんだ? この十鉄様がよォ、死ぬのが怖いなんて有り得ねえだろ?)




 何も残ってない──もう何も。


 甲賀六郎の名前を捨ててぎゃらくしぃ号を降りた自分には何も残ってない──


(生きる価値も、帰る場所も、待ってる人も──)




 十鉄はアクセルを踏んだ。



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