閑話休題 『宮城雄大排除同盟』
少年剣士、太刀風陣馬は人影もまばらになったビーチにいた。椅子の上にあぐらをかき、お茶をすすりながら夜の海を眺めていた。耳を澄ますと潮の満ち引き、鳥の囀り、風に揺られて木々が囁く音
が微かに聞こえてくる。
「静かで、穏やかで。本当に良いところでござる、そこはかとなくわびさびを感じるのう。大公殿下もお連れしたかった。ガッサ殿は──まあいいかハハハ」
リアリストのガッサにはこういう風流を解する気持ちはわかるまい、と陣馬は苦笑いする。
「しかし、なんだ──この、平和な静けさを掻き乱す者どもがちらほら視界に入ってきて──誠に」
たまに通り過ぎる水着の女性達をチラチラと盗み見る。
(な、何という発育──けしからん、年頃の娘がなんと破廉恥な)
するとその女性達のうちでも群を抜いて官能的な肉体をした三人組が近付いてくる。
「ねえボク、何やってるの」
「え? せ、拙者でござるか?」
「やだ何この子、眼帯してるの? コスプレ?」
「でも顔は女の子みたい、超カワイイ~」
(この状況、拙者このむちむちとした肉付きの良いおねえさん達に『なんぱ』されてるのでは? ──ど、どうしよう)
「──この子の連れが来ないうちに部屋に連れ込んじゃお」
「順番どうする?」
他のふたりが小声でひそひそ話し合ってるのが聞こえる。
「あわわわ……こ、これわもしかして、もしかすると」
陣馬は胸の鼓動を抑える。
(落ち着くでござる、へ、平常心、平常心。拙者こんな綺麗で肉感的なおねえさん達──しかも粒選りの美女三人と──こ、高級リゾート地では常にこのような破廉恥な行いが? これは修行を妨げるあやかしの罠──け、けしからん! 誠にけしからんが──据え膳食わぬは男の恥と申すわけで)
「ボクがさっきからずうっと女の子のカラダを眺めてたのおねえさん達しってるんだゾ? そんなにエッチなことに興味あるんならおねえさん達と一緒にエッチのお勉強しよ?」
栗毛の巻髪の娘は陣馬の手をとると自分の豊かな胸へと誘導する。
「あわ、はあわ」
陣馬の口元がだらしなくとろける。
(こ、高級リゾート地、本当に良いところでござる──)
「どーお? お部屋の中でもっといいことしてあげるから、ほら」
「と、桃源郷……」
娘は陣馬の手を握るとホテルの方へと促した。陣馬も促されるままにふらふらとついていく
「──んがっ?」
だらしなく弛んだ顔で娘に引っ張られる陣馬の顔面に勢い良く水が掛かる。水は辺りに飛び散って水着ギャル三人組も髪を濡らした。
「きゃっ?」
「な、何!?」
植え込みの陰から何者かが出力の高いウォーターガンで陣馬と水着ギャル三人組を狙っていた。水着ギャルの身体にも数発命中する。
「あ、あれ? ちょ! ヤバいってこれ、なんか普通の水じゃ無いぞ?」
「まさかメイク剥がし用の──」
流水で泥がはがれ落ちるように水着ギャルの身体を覆っていた膜が溶けていく。
「ふざけやがって! 誰だ──」
リーダー格の巻髪の娘が植え込みの方向にいるであろう何者かを睨み付けてすごむ。全て言い終わらない内にウォーターガンの一撃が顔面にヒットした。
「どわっ?」
水着娘のふっくらとした頬がどろどろと溶けていき、下から色の違う別人のような皮膚が覗いた。
「すわ何事! も、も、もしや妖怪変化?」
陣馬は思わず腰の刀を手繰ろうとするが刀はさすがに物騒過ぎるためロビーで保管されている。慌てて娘の手を払うと砂浜に尻餅をついた。
「せっかくの獲物が──くそ!」
三人組は表面の剥がれ落ちた部分からのぞいている本当の皮膚を隠しながら植え込みから遠ざかるように逃げ出していった。
植え込みから現れた人影は軍用ステルスコートの光学迷彩を解除した。
コートで全身を覆った細身でのっぽの女の子が姿を現す。ロングストレートの髪の毛は腰まで伸び、真っ直ぐ切りそろえられた前髪は市松人形を連想させる。
「………危機一髪だったわね同志」
「あ、そこもとは確か……」
「秘密結社『宮城雄大排除同盟』のソーニャよ……同志ジンバ。いい加減名前覚えて……」
(あ、相変わらず気配を感じさせない女性でござるなぁ)
「も、申し訳無い──そ、それにしてもソーニャ殿はそんな格好でいったい何を?」
「当然、ミッションに励んでいたのよ、宮城雄大を尾行してマーガレット様を泣かせるような事をしないか監視していたの──不埒にもマーガレット様のお可愛らしい唇を奪ったからいいところで邪魔してやったわ、フフフ………マーガレット様の貞操は私が守る………!」
◇◇◇◇◇
ふたりは裏手の茂みの中、誰も近寄らないような場所で『排除同盟』の緊急ミーティングを行っていた。
「ああ、それにしてもなかなか帰って来なくて……心配だわ」
ソーニャはすこし気落ちしたようにうつむく。
「へえ、伯爵閣下と皇配殿、デエトしていたのでござるか? 羨ましい限りで」
「!」
ライフルを突き付けられる陣馬。
「な、何でござるかいきなり!?」
「同志ジンバ、あなたちゃんと活動する気あるの?」
「へ? 活動?」
「『宮城雄大排除同盟』の活動よ。元々あなたはジェネラル・ガッサが潜入させた木星の大公殿下の家臣なんでしょう? 普通に休暇を楽しむつもり? こうしているうちにもタイムリミットが迫っているのよ。婚約を公式に発表されたら大公の逆転勝利がますます難しくなる──」
「いやまあその──皇配殿を排除だなんて物騒なこと、本気でやるつもりでござるか?」
「ねえ、あなたさっきから宮城のこと皇配、って呼んでるけどそれ、認めたってことなの? 結婚させちゃっていいの? 大公一派的に……」
「いや、それは」
「ジェネラル・ガッサは宮城雄大とユイ皇女が結婚したら、大公殿下とユイ皇女が結婚出来ないから困るって言ってたけど………」
「せ、拙者その、実はその点についてはもう半分諦めてるのでござる。ガッサ殿も内心では観念しておられるはず」
「何よそれ」
「そもそも大公殿下は──あ、今の無し」
「そもそも──なに?」
陣馬はわざとらしくゲフンゲフンと咳き込んで失言を誤魔化した。
「いや、拙者……宮城雄大どののほうがユイ皇女を幸せに出来るのでは無いかと」
「呆れた。大公殿下もかわいそう、家臣に裏切られて。だいたい大公ひとりだけ除け者みたいな扱いじゃない? おかしいわ……」
「それはその、深い事情があって今は表に出てこられないわけで」
ソーニャは訝しげに陣馬の周囲を周りながら色んな角度から観察する。
「あやしい……同志ジンバもジェネラル・ガッサも私に何か重大な隠し事をしている……」
「し、してないしてない隠し事してない!」
陣馬は大袈裟に首をぶるぶると横に振って否定する。オーバーアクションをすればするほどソーニャの目が細く鋭くなる。
「まあいいわよ別に。そんなことよりあの宮城雄大を追い出す手はずを考えなければ! あんなのは乙女心をもてあそぶ女の敵よ。あんなのに居座られたら皇女殿下もマーガレット様もきっと不幸になる。木星帝国のピンチなのだわ」
「ですからソーニャ殿、そんなに決め付けてはなりませんぞ。拙者からみて宮城殿はそんないい加減な男ではごさらぬ。立派な男子でござるよ」
「仮に今はまともだとして、結婚してからあの男が本性を出したとしたら? そうならない保証なんて無いじゃない……現にあの男はユイ皇女殿下と婚約しておきながら今日もマーガレット様とあんな──私が邪魔しなかったら今頃大変なことになっていた」
「た、大変なこと?」
ソーニャは熱したヤカンのようにふるふると震える。
「そ、その──お、男の汚らわしいオシベがこう──ジャキーンとなって、め、メシベを……その」
だんだんとソーニャの眼が血走ってくる。
「だめ! 絶対だめ! 許せない!」
ソーニャの振り回すライフルをどうにかかわす陣馬。
「なんというかその~……ソーニャ殿は宮城殿のことを誤解してるでござるよ、宮城殿はマーガレット殿をとても大切に思ってらっしゃる。皇女殿下もマーガレット殿を気遣って──」
「私にはあのふたりがマーガレット様を道化にしてからかってるようにしか見えない──大切に思うなら皇女殿下は身を引いてマーガレット様に宮城を譲るべきだし、宮城はそもそもマーガレット様を選んでいれば良かったのよ」
マーガレットと雄大はぎゃらくしぃ号船内の通路などで抱きあっている姿、仲むつまじい姿を何度か目撃されている。店舗クルーの間ではふたりが交際しているというのは噂ではなく事実として認識されていた。魚住女史も大公一派が現れるまではマーガレットを雄大に任せたいと考えていたぐらいである。
ソーニャも、敬愛するマーガレットが幸せになるのであれば、と渋々ながら雄大との交際を黙認したわけで──それなのに、手のひらを返したようにユイと婚約するなんて──万死に値する裏切り行為、潔癖症で男嫌いのソーニャには到底許せなかった。
「皇帝陛下の遺言にあったように大公殿下のもとにユイ皇女が嫁げばジェネラル・ガッサも喜ぶ。大公一派とぎゃらくしぃ号の対立状態も解消──なによ、八方丸くおさまって合理的じゃないの」
「うっ、まあそれは合理的でござろう。しかし男女の関係、いや人と人の縁えにしというのは、利と天秤にかけることが出来ましょうか──?」
「難しい言葉を使って煙にまくつもり? どう擁護しても結局のところ事態をややこしくしてる根源は宮城雄大よ。もう一度いうわよ? あの男がいなくなれば皇女殿下とマーガレット様がぎくしゃくする必要もなくなるし、皇帝陛下が昔書いた約定通り大公と皇女のこどもが次期皇帝ということにすれば皇女殿下はお父上の遺言に逆らわなくても良くなる。ほらどうなの? 互いの恋愛感情なんかより利をとる価値のほうが高いんじゃなくて? 反論してみてよ同志ジンバ?」
「む、むうう……宮城殿と皇女殿下の婚姻はその、木星帝国と月の架け橋、もとい開拓惑星系移民と地球閥との融和、平和の象徴になるのでは……これが皇女殿下と皇配殿の婚姻がもつ大きな利でござるよ……」
「詭弁よそんなの。そんな建前で民衆が急に仲良くできるわけがないじゃない。現にここエウロパの議会では地球閥議員やその取り巻きだった連中を排斥してる──差別して弾圧した相手から同じことをやり返される──融和なんて夢のまた夢よ」
「そ、そんな事が起きているのでござるか──」
「おお、世間知らずのあわれな同志ジンバ。あなたもあの男に騙されているのよ、さっきの三人組にすっかり騙されたみたいに」
完全にいい負かされてしまった。
陣馬はソーニャやガッサを説得して雄大の決意を正しく理解してもらおうと思っていたが、説得する自信を急速に失いつつあった。
(拙者の弁舌では押しが弱い──やはりここは一度、大公殿下御本人のご意向を確かめねば──うむ、武人たるもの何より主君の意向を第一に考えるべきでござる)
「あっ、そう言えば──さきほどのソーニャ殿からお助けいただいたあやしき娘妖怪たちの皮膚、あれはいったいどういうカラクリで?」
「同志ジンバ、あれは娘じゃないわよ」
「──ぇ?」
「そ、その……普通のアレじゃ満足出来ないお金持ち……男の子でジャキーンとしちゃう変態集団」
ソーニャはPPで該当のニュース記事を検索して陣馬に見せた。
『──映画撮影用の特殊メーキャップジェルで女性に化けて男性客に悪戯をする三人組の中年男性が出没中……ホテルのロビーで人体に無害な剥離液をボトルに入れて配布中──水鉄砲か霧吹きスプレーで疑わしい人物に吹きかけ撃退してください──』
「んぐうわあああああ!!!?」
陣馬は卒倒して倒れ込んだ、世間知らずの彼にはショックが大き過ぎたのだ───
高級リゾート地、割と怖いところである。
「おーい、起きろー………」
ソーニャが気付けに水を掛けても陣馬はしばらく起き上がる事が出来なかった




