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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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金星の圧力

「失敗した?」




 ホテルアンヌンの一室、ロイヤルスイート701号室。


 グレーのスーツを着こなした細身の男がソファーの上に腰掛けたまま左手で傍らに侍はべらせた少女の胸を左手を使ってまさぐっている。もう一方の空いた右手でPPを操作してホログラムと通話していた。


「失敗の言い訳、してみてみて?」


 スーツの男の鼻は長く唇は薄く口角は常に上がって笑みを浮かべているように見える。そして特徴的な糸のように細い目はアジア地域で見られる狐の神を模した仮面を連想させた。肌の張りからして27、8──声質は高く軽薄な印象を与えるが見た目より年齢は高いかも知れない。


『はい──予定通りに交通事故を装ってチーフメカニックを消すつもりでしたが想定外の邪魔が入りまして──』


 


「邪魔について具体的に、どうぞ?」


『木星帝国伯爵マーガレット・ワイズ。木星帝国旗艦ぎゃらくしぃ号操舵士宮城雄大の両名がチーフメカニックを工作車から救出──』


 男は木星、ワイズ伯爵と聞いてピクリと眉を動かした。


「ワイズ、ってアレキサンダー? あの爺さん、後継ぎ居たんだ」


『すいません、そこまでは調査出来ておりません』


「んー、被害の詳細よろ~」


『申し訳ございませんキング、例のチーフメカニックは顔面に軽傷、工作車はスクラップ──以上です』


「ふーん……」


 キングと呼ばれた細身の男は少女を愛撫する手を止めない。少女の太腿の間に男の手がするりと滑り込む。


「ひゃっ、あン──あぁ──」


 少女は痙攣するように身体を震わせ、切ない吐息を漏らした。


「は?」


 男の動きがピタリと止まる。


「なに今の演技? 馬鹿にしてんの?」


『は、はい? 演技ですか?』


 通話相手が素っ頓狂な声で聞き返す。


「清純派ぶっても駄目、演技なのが丸分かり。あ~、せっかくパルフェの後釜を見つけたかもって思ったのに──萎えちゃったなぁもう」


 キングと呼ばれた男は少女から手を離すと、犬でも追い払うようにシッシッと手を振った。男の気分を害したことを恐れたのか、体全体を羞恥で朱に染めた少女は着衣の乱れも直さずにソファーから離れるとその場で正座して頭を下げた。


『あの、キング? その清純派とはいったい?』


「あ~ごめんごめん、こっちの話だから気にしないで──それでええと何の話でしたっけねえ?」


『ウィリアム・マグバレッジ所属G1チームへの妨害についてです』


「そうそうジュニアのジュニア。マグバレッジJr.議長のバカ息子のウィルへの警告兼お仕置きだったね」


『メカニックの謀殺、いかがいたしましょう。別の方法でやり遂げますか』


「放置で。ま、十分な脅しにはなったでしょ。流石に辞退すると思うよ」


『ご期待に添う成果が出せず申し訳ございません』


「いいのいいの、誰の責任でも無いよ。それじゃまあ気を取り直して次の仕事に取りかかってね」


 男が通話を終えると奥からもう一人の人物が現れた。


 長身、色白の美女がソファーに寝そべるように座った。


「どうもキング、お先にシャワーいただいたわ」


 女はランファ・シン・タチバナ。民間軍事会社、航宙安全保障ファイネックス社の女社長である。




「湯上がり姿はより一層そそりますね、本当にお美しい」


「そそるなんてウソばっかり、つぼみみたいな幼い娘にしか興味無い変態のクセに」


 黒のネグリジェドレスをまとった妖艶な美女は脚を組み替えた。


「ストライクゾーンが広いだけですよ、ランファ社長の熟れた肉体も十分に僕を奮い立たせてくれますなんちゃって。さわさわ」


 男は美女の太腿を撫でた。


「私のことより、この子のほうは? あなたのお眼鏡には適わなかったの? ルックスは申し分ないし女学院育ち、間違いなく処女なんだけど」


 男は小さく首を振った。


「僕はですね、ヴァージンってカラダの問題じゃなくてココロの在り方だと思うんですよ。身体が綺麗でも、この娘のココロはもうすっかりメス──ねえキミそうだよね、男に触られるの、かなり慣れてるでしょ? 騙されないよ」


 少女は男から指摘され反論出来なかった。


「え? 話が違うじゃない貴女、恋人はいないし経験も全くない、っていうからキングに紹介してあげたのに」


 傍らでかしこまっていた少女は深々と頭を下げた。


「す、すいません、恋人とは別れます──でもどうしてもアイドルになりたいんです! 今すぐ別れますから最終面接を続けてください! なんでも、なんでもしますから!」


 少女は床に額を擦り付けるように何度も頭を下げ必死で男に食い下がる。


「そういう暑苦しくて重いの、要らないんだなぁ、完全に萎えちゃったよ」


 キングはやれやれとそっぽを向いて肩をすくめた。


「もう帰りなさい。最終面接は終わり、不合格よ」


 冷たく言い放つランファ、少女は立ち上がって大声で抗議した。


「ついさっきはデビューまでの段取りについて説明してくれてたじゃないですか! いきなり不採用だなんて納得出来ません。『あるる』の代わりがつとまるのはわたしだけなんです!」少女の目は欲にまみれて血走っていた。


 自己顕示欲という闇に呑まれて抜け出せなくなった濁った瞳──キングはこういう少女を掃いて捨てるほど見てきた。


「うーん──今のキミ、最高に暑苦しくて野暮ったい。そんなんじゃこの業界長続きしないと思うよ」


「長続きしなくても構いません、わたしあの輝くステージに立つためにずっと練習してきたんです、このまま何者にもなれずに終わるなんてイヤ!」


「あのねえキミが頑張って一人前のスターになっても、捨てられた彼氏が交際の事実を暴露する可能性だってあるわけでしょ? そんないつ爆発するかわかんない不発弾抱えた子はごめんだよ」


「キング様、どうか私にチャンスを──」


「そんなに自信があるなら別の事務所から芸能界を目指せば?」


「無理です、金星アイドルじゃなきゃ、一流じゃなきゃだめなんです!」


 何度言っても聞く耳をもたないらしい。ランファがパチンと指を鳴らすと奥の部屋から筋肉質の大柄な男が現れた。赤いインナーにカーキ色のミリタリージャケットを着たアクの強い男。


 サタジット・レイ・カン──ランファのボディーガードにしてファイネックスの傭兵団をまとめるリーダー格だ。


 サタジットは少女の腕を掴むと引きずるように部屋の外へと引っ張っていく。


「ガキを運ぶためにわざわざ待機してたわけじゃねーぞ、ったくよぉ」


 喚く少女を部屋から放り出すとドアをロックする。カメラを覗くとドアの前で取り乱してわめき散らす少女の姿が見える。


「そこまでして見世物アイドルになりたいのかね」


 サタジットはインターホンでホテルのロビーに連絡した。


「701号室、ランファ・シン・タチバナの宿泊室だ、宿泊客以外の子供が押し掛けてきて困っている。さっさとつまみ出してくれ」


 ホテルの保安員が来るまでにそう時間はかからなかった。しばらくすると「ご迷惑をおかけしました」とホテル側から謝罪のメッセージが届く。


「へっ、一流ホテルは便利がいいや」


「すいませんキング、変なの呼んじゃって」


「いえいえいえ、条件に見合う娘がいたら紹介して欲しいと頼んだのはこっちですから」


 ようやく静かになったところでキングはソファーから立ち上がり、サイドボードに置いてあるワインを開けた。


「んでんでランファ社長。今回メインの案件なんですけどぉ──マジですか? マジで十鉄、いたんです?」


 テンションが急に高くなるキング。


「ええ、金星の洞主様達が長年お捜しの極悪犯罪者──菱川十鉄。このサタジットがそれらしき人物を『ぎゃらくしぃ号』の乗組員の中に見つけました」


「顔を変えてますが、雰囲気は昔と同じですよ……まあキングさん達だったら一発で見抜けるはずです、その筋の人間特有の焦臭い雰囲気が隠しきれてないですから」


 サタジットの記憶から再現した立体のホログラムモデルが映し出された。


「そして、こいつが今まさに──我々と同じホテルの敷地内にいるわけですよ、ふふふ」


「これが、今の十鉄かぁ──なるほどこれはあの伊達男がよくもまあこんな貧相な中年男に化けたもんだ。僕なら耐えられないね」


 辛気臭く覇気のない顔つきの、人生に疲れた感じの痩せ型中年、ひょろりと伸びた手足、全体的に特徴が薄く印象に残りにくい。


「しかし、ずっと船に乗って生活していたとは──各惑星やコロニーの都市部、宇宙港の人の出入りを中心に捜索させても見つからなかったわけだ」


 ──金星マフィア、そして悦楽女洞主とは──




 金星周辺コロニー群を形作っている複数の小惑星「洞ケイブ」はひとつひとつが小さな地下迷宮を形成しており、有力な数名の悦楽女洞主ドラッグクイーンが「洞ケイブ」の長として人々を治めている。悦楽女洞主の統治の要は薬ドラッグ、性セックス、暴力ヴァイオレンスという享楽的な物で、ロンドン連邦政府及びローマ教皇の禁欲的な支配とは真っ向から対立する。行き過ぎた技術を禁忌タブーとして管理するキリスト教会の台頭に反発した自由を愛する地球の富裕層や芸術家達、パンクロッカーや肉体改造愛好者のような重度の変態達の吹き溜まりは、いつの間にか治外法権的な一大文化圏を形成した。


 金星マフィアとは複数の洞主達が集まって形成された経済的な発展を目的とした同盟の俗称である。地球連邦政府はドラッグカルテルと呼称しているが一般的には金星マフィアの方が通りがいい。




 洞主同士はライバル関係にあるため常に小競り合いが起き大規模な死傷者が出る抗争が起きることも珍しくない。当然まともな国家としては機能しておらず独自の宇宙港や艦隊を持つほどの力は無い──逆に言うと艦隊を保有するほど大きな存在になってしまうと、かつて地球連邦と対立した木星帝国と同じ運命をたどることになるだろう。


 そうやって洞の中、奥深くに引きこもっている金星の洞主達にとって、アラミス~木星間を航行しているぎゃらくしぃ号は最も縁遠い存在だった。しかもぎゃらくしぃ号は実質的にユイを軟禁するため地球連邦が監視下においている船だ。頼まれても近付きはしないし、そんな船に犯罪者の菱川十鉄が乗り込んでいるとは思わないだろう。








「野郎は今、確実にこのメガフロートシティにやってきています。何せ従業員全員、このホテルに宿を取ってますからね──俺達ファイネックス陸戦部隊はもうお手伝いする準備が出来ています、これからどうしましょうか?」


 ニヤリと笑うサタジットをキングは無表情で眺めた


「しかし──皇女のそばにずっと居られると困るな。僕達はあくまで菱川十鉄個人に用があるわけで、その仕置きのせいで洞や金星マフィア全体が木星帝国と敵対するわけにはいかない──ここは少し様子を見ましょう」


 慎重な態度をとるキングを見てランファとサタジットは互いに顔を見合わせてマズい顔をした。


「え? ちょっと意外、金星マフィアの方々ってもう少し荒っぽいのかと」


「あらら、おふたりはもしかして今すぐにでも僕達が大暴れしてこのホテルごとぶっ壊すとか思ってた?」


 ええ、と正直に答えるランファ。首を傾げて苦笑いするサタジット、彼も同じ感想のようだった。実際、つい先程も金星マフィアお抱えチームとライバル関係にあるレースチームのメカニックを事故に見せかけて殺そうとしていたのだが。


「そんなムチャクチャじゃありませんよ、何を成すにもやはり適切な手段を選ばないと。僕達のようなちっぽけな存在はこの弱肉強食の太陽系では生き残れません──あ、サタジットさん? 実際に十鉄とやりあう時は念の為我々と同行していただいてよろしいですか? 人違いで別人をやっちゃうと寝覚めが悪いので」


「ええもちろん、俺も金星の皆さんの仕事の手並みには興味ありますから。喜んでお手伝いさせていただきますよ」


「今回は僕の友達の殺し屋さん達の中でも個性的な人達に来てもらってます、きっと面白いものが見られますよ? こんな感じで──ティン、と」


 グラスの中身を飲み干すとキングは杯を指で強く弾いた。コーンという高い音が部屋に心地良く響き渡る。


「うんいい感じ。それじゃ僕も向こうの部屋に戻ってシャワー浴びて寝ますわ。じゃまた明日」


「あ、はい?」


「おやすみなさい?」


 じゃ~ね~、と軽薄なノリで701号室を後にするキングをファイネックスのふたりは見送った。


 キングの気配が消えるとサタジットは途端に悪態をつきはじめた。


「ちっ拍子抜けだな、こっちはすぐにでもドンパチおっ始める準備して待ってたのによ。キングなんて偉そうに言ってるけど案外ヘタレですね。十鉄を前にして急に怖じ気づいたとか?」


「──あ~あ、まったく。あの目障りなユイ・ファルシナと金星の洞主連中が十鉄ってヤツを火種にして大いにドンパチ──って流れを期待したんだけど」


 ふう、とランファは息を吐く。


「ねえサタジット、ワインをちょうだい。もうそのグラスに注いじゃって構わないから」


「はい社長──」


 サタジットが注いだワインが、ちょろちょろと外に零れる。ちょうどキングが指で弾いた辺りに直径2mmほどの小さな穴が空いている。


「怖じ気づいてる、ってわけでも無いか、気合いは十分そうだ」


「でも慎重派の彼には気の毒だけどこっちは火種を大きくする方法でも考えることにしましょうか」


ランファは酷薄そうな表情をすると、まるで白蛇が舌を出すように唇を軽く舌で舐めた。

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