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心地よい眠りから覚めたくなくて寝返りを打つ。

いつも使っている潰れた布団よりふわふわでずっとこの中にいたいと願ってしまう。


(昨日布団干したんだっけ? いやけど昨日雨が降ってたはず)


もう一度寝返りを打つと、夢うつつだった意識がだんだん現実に引き寄せられる。


(というか、うちの布団が干しただけでこんなにふかふかになるなんてありえない!)


そこでようやくなぜ自分の家ではない毛布に包まれているのか、と気づく。


「はっ」


ガバリ、と体を起こして辺りを見渡す。

まるで宮殿の一室のような高級感あふれる部屋に雨璃はいた。

いつも目を覚ますと見慣れていた四畳半ひと間の雨璃の部屋とまったく違う景色に開いた口が塞がらない。

着ている服も着まわしてくたくたのスウェットではなく、かわいらしいフリルがついたネグリジェに着替えさせられていた。

雨璃が着ても似合わない服だ。

けれど、部屋の隅に置かれたドレッサーに映る人物は雨璃ではない。

流れるような黒い髪は寝起きだというのに寝癖ひとつついていない。

化粧もしていないというのに肌はシミひとつなく、唇もまるで口紅を塗ったかのようにほんのりピンクに色付いていた。


(……夢じゃなかったんだ)


昨日の出来事はまるで夢のようなことばかりだった。

まさか乙女ゲームの中に自分が入り込むなんて思ってもみなかった。


昨日雷に打たれたとき、水月 雨璃は死んだのだろう。

そしてこの世界の悪役令嬢であるアメリーが生まれた。


雨璃の知っているアメリーは『フェアリー★ラブパニック』略してフェアラブに出てくる登場人物だ。

十数年前にその業界で大流行し、乙女ゲームを知らなかった雨璃も夢中になって攻略した記憶がある。

登場人物が全員かっこよくて誰を攻略するか悩んだものだ。

プレイしたのが遠い過去すぎてストーリーの記憶が朧気だ。

断片的にあるのは、異世界からやってきたヒロインが主人公で、遠い昔に滅んだ光の国の末裔の生まれ変わりで、この世界を救うため攻略キャラたちと妖精や精霊たちと協力し合いこの世界を救っていく。

そんなような設定だった気がする。

昨日いたこの国の王子、アシャリアもこのゲームの攻略対象だった。

見た目が雨璃のドストライクではあったが、俺様な性格が少し、というよりだいぶ、気に入らなかった記憶がある。


(というよりも……)


だんだん少しずつ思い出してきたが、登場人物のイラストは雨璃の好みだったが、キャラやストーリーはあんまり雨璃の性には合わなかったのだ。

最後の方はスチルほしさに攻略していった記憶しかない。


(あああああ……。こんなことになるなら真面目に攻略していけばよかった!)


雨璃がなっているのはこのゲームのヒロインではなくのちのちヒロインをいじめて断罪される悪役令嬢なのだ。

確かどのルートを選んでもアメリーが出てきては主人公をいじめていた記憶しかない。

ストーリーを知っていた方が今後生きていくには対策がしやすい。

それなのに何故アメリーが断罪されたのか、全く思い出せない。

まさかこんなことになるなんて、露ほども思わなかったのだ。


(今がどのくらいの時期なのかしら。確か設定では十六歳から入る学園が舞台だったはず)


貴族が通う学園で様々なイベントが発生するのだ。

見た目からしてそのぐらいに見えなくもないが、もしかしたらもう学園も卒業している可能性だってある。


(何故アメリーは断罪されたんだっけ)


確か攻略キャラによって国外追放ルートと断罪ルートがあったはずだ。

国外追放も嫌だが断罪ルートより断然マシだ。

打首コースなんてまっぴらごめんだった。


雷に打たれたあと、もっと愛される人生を歩んでみたかったと望んだ。

それなのになぜまた、こんな世界中から嫌われるキャラクターに生まれ変わらなければならないのだろうか。


どうにかルートを思い出して変えなければと、必死にゲームの内容を思い出していると控えめに扉を叩く音が聞こえた。

少し逡巡して「ハイ」と返事をする。

顔を覗かせたのは昨日少しだけ話すことができた緑色の髪のシュベニアだった。


『アメリ様、お目覚めになられたのですね』


心底ホッとした顔をしたシュベニアは、持っていた水のたっぷり入った手桶をベッド横のサイドテーブルに置いた。

起きた時には気づかなかったが、枕の横には濡れたタオルが落ちている。


『もう三日も目を覚まさなかったのですよ』

『三日!』


まさかそんなに寝ているなんて夢にも思わなかった。


(言われてみれば確かに……)


その瞬間、ぐううううううう。と盛大な音を立ててお腹が鳴った。



『すぐに食事の用意をさせていただきますね』

『……お願いします』


お腹が鳴ったことに笑うというよりも、食欲があることに安心したかのように笑みを浮かべたシュベニアはそそくさと部屋を出ていく。

少ししか話していないがとてもいい子そうだ。

見た目幼いというのにとてもしっかりしている。


すぐに顔を出したシュベニアは消化に良さそうな食事をいくつもカートにのせて現れた。

その後ろには先日雨璃のことを支えてくれていた青色の髪の彼がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。


「あ……昨日の……」

「XXXXX」

『お食事中に申し訳ありませんと申しています』


食事をしながらで構いません、と言われて遠慮なく食事に口をつける。

異世界のご飯なんて未知の世界過ぎてどんな味なのかドキドキしたが、普通に美味しい。

ご飯のようなものを塩のようなしょっぱい何か煮込んだ味だった。

スープもいろんな具材の味がして美味しい。

ピンク色の丸い食べ物がデザートか何かだろうかと口に含むと酸っぱい味がした。

これは日本で言う梅干し的存在だ。


『この方はレインハルト・フー……あ、いえ、レインハルト・クラシャン公爵。この国の騎士団長を務めております』

『騎士団長……』


その言葉を聞いてはっ、と思い出す。


(そうだ! アメリーの兄が騎士団長だった! それなのにシルエットくらいでしか出てこなくて公爵で騎士団長なんて美味しすぎる設定なのに! と思ってたんだ!)


赤い髪が多いこの国で唯一青い髪を持ち、この国の危機を救い、若いながらも公爵位をもらった謎多き英雄。という設定にこの人はシークレット攻略キャラなんじゃないかと思ったものだが、全員攻略してもこのキャラが出てくることはなかった。


(こんなにイケメンなら絶対攻略キャラになりそうなのに、なんで……?)


不躾に見つめる雨璃の視線にレインハルトがにこり、と微笑む。

快活そうなその笑みに雨璃がぼっ、と顔が赤くなったのがわかった。


(こんなイケメンに微笑まれる人生歩んだことなさすぎてどんな反応すればいいのかわかんないよ〜)


『それであの……』


赤くなった頬を両の手で冷ますように包んでいると、シュベニアがどこか意を決したように口を開いた。


『私の力では全員と意思疎通を図るのは無理なのですが、あと一人アメリー様と意思疎通を図ることができます』

『え! そうなの?』

『はい。……それであの、レインハルト公爵がぜひ自分が立候補したいと仰っているのですがいかがでしょうか』


じっとシュベルトが雨璃を見つめるその瞳はぜひそうしてほしいと物語っている。

しかし雨璃はレインハルトという人を知らない。

断罪ルートという最悪な結末を知っているからこそ信じる人を見極めなければならない。


(だからと言ってあのアシャルドっていう王子も嫌なんだよな〜)


ゲームをプレイしていたときもアシャルドにいい思い出はない。

俺様強引男子と騒がれていたが雨璃にはただの傲慢わがまま男にしか見えなかった。

他の攻略対象もあまり記憶にないがいい印象はなかった。

しかしレインハルトの情報はほぼない。

しばらく様子を見てから決めるのもありだ。


(……けど)


ここで目を覚ましたときに雨璃の元に最初に駆け寄って背中を支えてくれたのはレインハルトだ。

あの安心させるように雨璃を支えてくれたあの手の温もりが、嘘偽りとは思えなかった。


『アメリー様?』

『……うん。よろしくお願いします』


その言葉にシュベリアがパアと笑みを浮かべる。

その表情を見てレインハルトも雨璃が了承したとわかったのだろう。

雨璃を見て嬉しそうに微笑む。何を言ったかはわからなかったが、きっとありがとうと言ってくれたような気がした。



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