冬が来た
また、この季節がやって来た。冬がおとずれる度に、私は忌々しい気分になる。
今、私がストーブにあたっている隣で、『冬』もストーブにあたり、暖をとっている。
「いやあ~まいったよ」白い肌に似合わず、快活な調子で『冬』が笑う。
「いったいどうしたんだい?」私は両手をストーブにかざしながら、冬にたずねる。
「いやあ今年はね、僕の仕事が忙しいんだよ。なんでも、お上の方々、とくに『大旦那さま』が、今年はめいっぱい雪を降らせて、人間界を白一色に染めるように、と言っているらしくてね。今年は忙しくなりそうなんだ。いやあまいったよ」冬は両手をこすり合わせながら、ふーふーと息を吹きかけている。
「それが、君の仕事なのかい?」冬の横顔を眺めながら、私はたずねる。
「まあ、それだけじゃないんだけどさ。他にも色々あるよ。でも、一番の仕事はやっぱり、雪を降らせることかな。だって君たちも、雪が降らないとつまらないだろう?」
「俺は、そんなことないけどな」私も冬の動きにつられて、両手をこすり合わせる。
「またまた、そんなことないだろう」冬がなれなれしく、私の肩を叩く。
「そんなこと言ったって正直、雪が降ってくれないと困ると思っているんだろう? だって、雪が降らないとスキーやスノボーもできないし、せっかく恋人と過ごすクリスマスも、雪がなかったらいまいち興がそがれる。人間はみんな寒いのが嫌だとか、雪なんて降らなくていいよとか言うけれど、結局は降ってほしいと思っているんだろう?」
「俺はスキーもスノボーもやらない。それに、クリスマスを一緒に過ごす恋人もいない」
冬の顔が凍りついた。何か、触れてはいけない話題に触れてしまったと勘違いしているようだ。申し訳なさそうな、憐みのような表情を浮かべている。
「大丈夫だよ。きっと、来年には良い人が見つかって、素敵なクリスマスを過ごせるよ」冬が、そっと私の肩に手を置く。
「いや、それはべつにどうでもいいんだけど、とりあえず手をどけてくれないか。君の手は異様に冷たい」
つれないなあ、という表情で冬が私の肩から手を放す。
「そういえば君は、しばらく恋人がいないよな? どのくらいいないんだ? 何で彼女を作らないんだ?」冬がにやにやしながら、私の顔を覗き込む。
「うるさいよ・・・。というか、なんで君は毎年この時期になると、俺の家に来るんだ?」
冬が私の家に来るようになって、はや四年が経つ。忘れもしない四年前の今ごろ、冬は突然、私の家をおとずれた。まるで、旧い友人に会うような気軽さで私の家に上がり込み、そして居座った。こたつに入り、勝手にみかんを食べる冬を見つめながら、私は呆然とするしかなかった。それ以来、冬の時期になると毎年、冬は私の家をおとずれ、そして冬が終わると帰っていった。
「どうしたもこうしたも、だってここしか来るところがないじゃないか」冬はまだ両手をこすり合わせている。よほど寒いのだろう。
「他に行くところはないのかい?」私は穏やかにたずねた。
「だって『大旦那さま』から、仕事をしている間はここで過ごすようにって、直々に言われているんだ」
「その大旦那さまってのは、いったい何者なんだい?」
「僕もよく分からないよ。白い着物をきて、地面につくぐらいの長い白ひげをはやしている。老人なんだけれど、えらく貫禄がある。前に、『春』や『夏』に何者かたずねてみたことがあるんだけど、『天上の主』としか教えてくれなかったよ」
「神様なのかな?」純朴な私は素直にたずねる。
「そうかもしれない。とにかく偉い人らしくて、みんなペコペコしているよ」
「なんで神様が、よりによって俺なんかの家を指名するんだ?」
「知らないよ。本人に聞いてくれよ」耳の穴に小指を突っ込みながら、冬が答える。
「俺みたいな貧乏サラリーマンの家に居候させるなんて、神様のやることとは思えないね。毎年この時期になると、君のせいで食費や光熱費がかさむんだよ。知ってたかい?」
「知らないね」冬はパーカーのポケットからみかんを取りだし、むしゃむしゃと食べている。
「ほら、それだよそれ! 君はいったい、一日に何個のみかんを食べるんだ? 買ってきたその日に全部食べるじゃないか! 君は、俺の給料がどれだけ少ないか、知っているのか?」
「だって、人間界にいる間にしか食べられないんだから、仕方がないじゃないか」
「君が何者か知らないけど、冬っていうぐらいなんだから、もっとこう、霞を食べたりとか、人間らしくないことをしたりしないのか?」
「無理だよ。仙人じゃあるまいし」冬はポケットから二個目のみかんを取りだす。
みかんを美味しそうに頬張る冬を眺めながら、私は諦めの境地にいたっていた。仕方がない。冬が終わるまでの辛抱だ。追いだしたところで、どうせ毎日やって来る。今年はこのまま帰るまで我慢して、来年はこっそり引っ越ししよう。少ない給料だけれど、何とかやりくりして、引っ越し資金を貯めよう。暢気な冬の横顔を見ながら、私の脳内はせわしなく算盤をはじいていた。
「あれ、もうみかんないの? まあいいや。ところでアイス食べたくなってきたな。アイスないの? ちょっと買って来て」
「いい加減にしろよ」
さっきまで両手をこすり合わせて寒そうにしていたじゃないか、それなのにアイスを食べるのか? アイスを食べたら余計に寒くなるぞ、というか、君は冬のくせに寒がりだな、本当に冬なのか? 春や夏の間違いじゃないのか? 来る時期を間違えてないか? そんなことはこの際どうでもいいが、せめて大旦那さまから居候中の食費ぐらいは、預かってきてくれよ、そうしたらみかんもアイスも好きなだけ買ってやる、というか、自分で買いに行けよ。
怒涛のようにこれらの言葉が私の脳内を駆け巡ったが、口には出さないでおいた。そのかわり、私は軽蔑の眼差しを向けながらジャンパーを羽織り、外へ出て行った。冬は「いってらっしゃい」とニコニコしながら手を振っている。
外へ出ると、小さな雪が遠慮がちにパラパラと降っていた。今のところ、私の家に来てから冬が仕事をしている素振りは見えない。本当に雪を降らせるのが仕事なのか? 君が何もしていなくても、雪は勝手に降っているじゃないか。
そんな考えがまた脳裏をよぎる。私は頭を左右に振り、不快な気分を追い払った。空を見ると重い雲がどこまでも続き、あたり一面を灰色の世界にしていた。冷たい風が頬を打ち、鼻の奥にツーンとした痛みがはしる。
しばらく漫画喫茶あたりで時間を潰して、適当な時間になったら帰ろう。何も買わないで帰ったら冬が大騒ぎすることは目に見えていたので、仕方なくアイスは買って帰ることにした。
我ながら、こういうお人好しな性格にうんざりする。しかし、それも今年までの辛抱だ。来年になったら、さよならだ。私は先ほど立てた秘密の計画のことを考え、新しい生活に対する期待と、冬の鼻を明かしてやる喜びにほくそ笑みながら、うっすらと雪の積もった道を歩きだした。