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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第5章―5

 ――あの真ん中の棚……。

 一つ一つの本棚にそれぞれ一つずつ魔法の光を灯していったはずだ。用意周到に、わざわざ高さまで変えていって。

 ――あそこで何が起こっている……?

 知らずハルヒコはごくりと唾を飲み込んでいた。

 視認できる七つの本棚、その中央の棚に魔法の光が二つ灯っていたのだ。ご丁寧に高さをずらして。

 ハルヒコは注意深くその棚に向かっていった。二つの魔法の光から目をそらさず、じっと凝視したまま、どんな変化も見落とさないように。

 近づくにつれ、そこで何が起こっているのかがようやく理解できていった。いや、理解できたのはあくまでもそこで起きている現象がだ。その事象を引き起こしている理屈など分かるはずもなかったのである。

 ――離れていく……。

 くっついていた光が、ハルヒコが近づいていくにつれ、まるで仲違いをしたみたいに距離をとってちぎれていく。目の前まで来たとき、そこには分裂した書棚にはさまれた新たな通路が生み出されていたのだった。

 ――なんだ、この通路は……。

 すでに地下書庫の荷物はすべて地上に運び出し、書架には一冊の本も残ってはいない。今、ハルヒコの前にのびる通路もすっからかんの書棚に囲まれ、別の筋の通路と何ら区別はつかなかった。

 どんな理屈で、そして、どんな理由でこの通路が目の前に現れたのか――それはハルヒコにも分かりようがない。ただ尋常ならざる事態が起きていることだけは確かであった。

 ――ここを進むのか……?

 慎重を期するのは当然だ。だが、そう思うよりも先に、いやそう思っていてもなお、ハルヒコの足は勝手に前に進み出でていた。

 もちろん、この異常な状況に身体は頭から爪先まで鳥肌を立て、全身全霊で近づくなと警告を発している。だが、未知に対するハルヒコの好奇心の前では、そんなものは何の役にも立たなかったのである。

 ハルヒコはその謎の通路を進んでいった。

 ――本当にいいのか……。

 このまま進んでいったら取り返しのつかないことになるのではないか……。

 だが、ハルヒコの足は止まらない。もっと思慮深くあればと、今まで何度も後悔したはずなのに。

 いよいよ通路の終わりが見えてきた。重く黒ずんだ長い書架が途切れている。いったい、この先に何が待ち構えているというのだろうか。

 ハルヒコは書棚の端からそろそろと顔を出してみた。

 ――!

 驚愕するに充分な、あまりに予期せぬ光景がそこには広がっていた。

 ――部屋……?

 そこに地下書庫の反対側の通路はなかった。確かに広さで言えば、通路と同じ幅、高さ、奥行きを持っている。だが、その空間はハルヒコが顔をのぞかせている入り口を除き、壁も床も天井も白蠟のような滑らかな石で囲まれており、明らかに何かしらの、そして、何者かの意図を感じさせる――特別な――部屋であったのだ。

 ハルヒコは一度、頭を引っ込めてみる。ふたたび驚愕せずにはいられなかった。ハルヒコが足をつけ体を残している通路に顔を戻すと、その部屋であったはずの空間はたちまち元の通路の様相を呈する。

 ――いったい、どんなからくりが……。

 それとも魔法が仕組まれているのだろうか……。

 ハルヒコはもう一度その部屋の中をのぞいた。

 ――部屋なら、何か目的があるんじゃないのか……。

 ハルヒコは部屋を見渡した。すると、もっとも奥まった壁に何かが掛けられている。とても小さな何かが、ひっそりと誰かを待ちわびているかのように。

『遅かったじゃないか――』

 誰かに耳元で囁かれたような気がした。

 もはやハルヒコに、部屋に足を踏み入れずして立ち去る、そんな選択肢は残されてはいなかった。強制されているわけではない。自らの意志で――とめどない好奇心が――ハルヒコの行動を止めることを許さなかったのだ。

 ――部屋に入ったら入り口が消えてしまう、なんてことないだろうな……。

 閉じ込められる――罠の類いではなかろうか……。

 だが、床を確認してもゴミ一つ落ちてはいない。きれいなものだ。白骨化した死骸などどこにも転がっていない。

 ――どうする……。

 ハルヒコは思案した。それから着ていた上着を脱ぎ、それを部屋の入り口と通路の境目の床に置く。

 ――気休め程度にしかならないが……。

 何もしないよりはマシだろう。

 ハルヒコの心臓が体を揺するほど、ばくばく鼓動しだした。

 ――本当にいいのか……。

 この部屋に飛び込んでいいのか――?

 この選択は間違ってはいないのか――?

 程度の差こそあれ、今までにもこういった決断をする機会は何度もあった。たとえば壊れた電気製品を直そうとして、手探りでネジをはずしたり、配線をつなぎ変えたりと――。それらは常に理解して作業をしていたわけではなく、なんとなくこうかと直感的にやってしまう場面も多くあった。その結果、上手く直せたこともあれば、永遠にその機械を沈黙させることに成功したときもある。

 いずれにしても、その決断は一方通行で取り返しのつかないものだ。ハルヒコは今、その岐路に立たされている。

 誰かを呼んでくるべきではないか――。

 だが、その間にこの不可思議な現象は消えてしまい、もう二度と自分の前には現れてはくれないかもしれない――。

 ぐるぐると頭の中を色とりどりの思考が巡っていく。はたして、次にハルヒコがとった行動は何であったか――。

 えいや!

 部屋に飛び込んだのだ。

 まだ考えもまとまらぬうちに、あたかもその逡巡が、ああもう面倒だと言わんばかりに、ハルヒコはその体を宙に投げ出したのであった。

 ハルヒコの両足が床につく。ばっと振り向くと、入り口はそのままの姿でぱっくりとその口を開けていた。普段、ハルヒコは努めて慎重に行動いるはずだ。だが今回のように、ときどき思慮を欠いた決断をしてしまう。

 ――こういうところが自分にはあるよな……。

 それは自身も認めるところであった。ハルヒコは、はあと安堵のため息をついた。

 ――さて……。

 とりあえずは結果オーライだ。部屋に閉じ込められることもなかった。あとは、あの奥の壁に掛けられているものを確かめに行かなければ……。

 ハルヒコはゆっくりと、その細長い部屋を移動していった。何の変化も抵抗もなく、するすると壁が近づいてくる。そして、自身も拍子抜けするくらいあっけなく、ハルヒコの目の前に「それ」はその正体を露わにした。

 ――本……。

 図書室に置かれている、革で装飾された板表紙の仰々しい魔導書とは異なる。簡単に手に取れるような文庫本サイズの冊子だ。いやメモ帳と呼んでも差し支えないかもしれない。

 ハルヒコは恐る恐るその本に手をかける。すると、まるでお気に入りの単行本みたいに指に馴染んで、すっぽりとハルヒコの手の中におさまった。

 革の表紙には、こう書かれていた。

「闇に星、そして魂……」

 ハルヒコは思わず声に出して、懐かしむようにその題名を唱えていた。


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