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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第5章―4

 数日後、地下書庫の水はずいぶんと引いていた。あと何日か放置しておけば、おそらく水位はもっと下がっていくことだろう。すでに水が抜けていく箇所の目星もつけている。

 マルロ達学生に手伝ってもらい、書庫の本を地上に持ち出す。最初は外で陰干しをしようと考えていたが、そのあまりの蔵書数から雨天時には対応が難しくなるのではないかと、急遽使用していない講義室を利用することにした。窓と扉を全開にし通気を確保する。

 書庫から運び出した本は、革の貼られた木製の表紙と裏表紙を垂直に開き、自立させるように机の上に置いていった。中のページは破れないように注意深く開いていき、それぞれのページの間にはすき間をつくっておく。

「理事長、くっついてしまったページはどうしますか?」

「とりあえず今はそのままにしておいてくれたらいい。上手い方法をまた考えるよ」

 試行錯誤にはなるだろうが――ハルヒコは終わりの見えない仕事に一瞬うんざりとした。

 ――優先順位をつけないといけないな……。

 取り組むべき仕事に躊躇いの感情が芽生えたときは、その仕事を小さな部品に細分化していくのだ。そして、分けられたパーツをやるべき順番に並べていく。そうすると、自分がまず最初に手をつけるべき目標が自然と浮かびあがってくる。結局、取りかかろうとする仕事にうんざりとする理由は、何から手をつけたらいいのか、ただ迷っているだけのことが多い。

 ハルヒコは陰干しのやり方を学生達に指示すると、マルロを責任者としてその場を彼らに任せ、自分は一人、地下の書庫へと向かっていった。


 ――もう、これ以上は無理かな……。

 裾をまくり上げなければ、まだズボンを濡らしてしまうだけの水が地下書庫には残っていた。ハルヒコは足先を刺す凍てついた感触に耐えながら、ただひたすらに壁の隙間を魔法で埋めていっていた。くるぶしより先の感覚が怪しくなってきていた。

 ――ずいぶんと減ってはきたけど、この先どこまでこの水は抜けてくれるんだろう……。

 最悪、みんなでバケツリレーをして――。

 雑巾で床と水に浸かっていた本棚をふいて――。

 ――水が無くなったら、床にフラーモを放って乾燥させていくのも手だな……。

 ハルヒコはこの先の手順を頭の中で思い描く。そのとき、ぶるると足元で生まれた小さな悪寒が一つ、ハルヒコの体を上ってきて肩を揺らした。

 ――ちょっと今日はもう限界か……。

 鏡に顔を映したら、もしかすると唇はもう真っ青になっているかもしれない。

 今日の作業はここまでにしよう――ハルヒコは図書室に上がる階段の方へと感覚の鈍くなった足を動かした。

 ――はあ……遠いな……。

 ハルヒコが作業していた場所は長方形の地下室の角にあたる。階段はその対角に位置していた。要はもっとも離れた場所から、ハルヒコは自分のものかどうかも疑わしくなってしまった重たい足を引きずっていかなければならなかったのだ。

 ――ようやく、半分……。

 角を曲がると、前方、遠くに図書室からもれ落ちた光に照らされ、ぼんやりと浮かび上がる階段が見えた。ハルヒコはふうと深い溜め息をつくと、また足を動かす。

 ――ひとつ、ふたつ……。

 無意識に並んだ書架の数を数えていく。そして、ようやく階段に到着して、やれやれとその一段目に足をかけようとした――そのとき、

 ――?

 あれ、何かおかしくないか……?

 ハルヒコは今来た通路を振り返る。だが、目に見えておかしな箇所はどこにも見当たらない。

 ――気のせいか……?

 些細な勘違いということもありえる。さっさとこの地下室を後にして、冷え切った足を温めてやらなければ――。

 しかし、ハルヒコの難儀な性格はそれを許さなかった。何か引っ掛かることがあれば、それを放っておくことなど到底できるはずがない。今ここで、その違和感の正体を突き止めなければ、この胸のもやもやをいつまでも抱え続けてしまうことになる。要は、気がすまないのだ。

 ハルヒコは通路を戻っていった。足が凍えていることなど、もうとっくに忘れてしまっていた。

 ――ひとつ、ふたつ……。

 また無意識に黒ずんだ重厚な本棚の数を数えてしまう。そして、通路の端までたどり着くと、ハルヒコは、あっと今来た道を振り返った。

 ――棚の数が……。

 本棚の列は、確か七つではなかったか?

 ハルヒコは目で数え直してみる。間違いない、確かに棚は七列しかない。

 ――だけど、こっちに来るまでに数えた数は……。

 八列――。

 ――どういうことだ?

 目で何度確かめてみても、やはり書棚は七列しかない。ハルヒコはもう一度階段に向けて進んだ。今度は明確に本棚の列を数えながら。

 ――ひとつ、ふたつ……。

 階段が目の前にせまってきた。

 ――七つ……。

 ハルヒコは驚愕した。なぜなら、階段のすぐ側に八つ目の書棚が、さもありなんといった風情で平然と立っていたからだ。振り返り、棚の列を目で追いかける。間違いない、棚は七列しかない。

 ――どういうことだ……。

 数え間違えるはずがない。一列一列、タッチしながら確実に数えていったのだから。

 ――どう確かめればいい……?

 この不可解な現象をどう解明すればよいのか、じっと通路をにらみつけながらハルヒコは思案した。そして、ふたたび通路を進みながら、今度はその書棚一つ一つにルーモの光を宿らせてみることにする。

 詠唱したルーモの数は八つ。だが、振り向いた通路で視認できる魔法の光はやはり七つしかなかった。

 ――これでは確認できないか……。

 ハルヒコはまた考える。

 ――それなら、これはどうだ……。

 ハルヒコはまた通路を戻りながら、今度は光の強さを変えそれぞれの棚にルーモを付与していく。しかも、念のため光を灯す高さも変えておく。

 階段のところまで戻ってきて、ハルヒコは三度目の正直だと言わんばかりに勢いよく振り向いた。

 ――さあどうだ!

 次の瞬間、ハルヒコは絶句する。驚愕の光景がそこに広がっていた。

 ――何が起きている……?

 視認できる棚の数はやはり七つ。だが、ちょうど真ん中に位置する棚には、ハルヒコの想像を超えた事態が起こっていたのである。


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