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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第5章―2

「届かないな……」

「届きませんね……」

 最初の頃は、おもしろいように崩れた塀やひびの入った壁を直していった。それにあわせて土魔法の練度も上がっていく。だが、同時に課題も見えてきた。

「あそこまでハシゴで上がらないといけないな」

「窓から身を乗り出して済む場所ならいいんですけどね」

 要は修復箇所に近づかなければ魔法の効果が届かないのだ。それだけではない。塀が崩れたところでは自力でレンガを積み直す必要もあった。修復するための素材をまず補充しなければならない。

「きっと大魔導師とか呼ばれてる人なら、動かなくたって遠くまで直せるんだろうし、わざわざレンガを積み上げる必要もないんだろうな」

「それでも、余程の魔法使いでなければ難しいと思いますよ。学校の先生方の中にも土魔法の専門家はいらっしゃいますが、そこまでのことができる方は見たことがありません」

 つまりは土魔法の原理から来る限界、現時点でのハルヒコの魔法を扱う技術の限界、その両方が同時に目の前に立ちふさがっているということだ。

 ――とりあえずは、直せるところから、こつこつやっていくしかないか……。

 この先、土魔法を日常的に使っていけば、もちろん魔法の練度も上がっていくし、上手く応用する方法も見つけられるかもしれない。

 ――それに魔法にこだわる必要もないしな……。

 要は塀や壁を修復できさえすればいいのだ。一人でレンガを積むのが大変なら、他の誰かに手伝ってもらえばいい。一人でハシゴを上るのが不安なら、誰かに支えてもらえばいい。

 目的を見誤ってはいけない。魔法は手段で、それを高めていくことが目的ではないのだ。

 ――手段がいつのまにか目的に変わってしまってるってことはよくあることだからな……。

「まあ、こつこつやっていくさ。それに、本来の目的にはもう充分すぎるほど、この魔法は使えるだろうしね」

「それでは、いよいよあれに取りかかるんですね――」

 らしくもなく、マルロは興奮の色を隠せないでいた。

「そうだね。いったい、どんなお宝が眠ってるんだろうか……」

 ハルヒコは図書室の地下に広がる、闇に覆われた書庫を思い浮かべた。人が寄りつかなくなってよりこのかた、どれほどの月日が経過したのだろうか。そこにはマギア黎明期の、もはや誰からも見向きもされなくなった書物が眠っている。ふたたび陽光を浴びる日を静かに待ちわびながら。


「まずはこの水をどうにかしないといけないな……」

 いよいよ図書室の地下、書物庫の再整備に取りかかる。だが、階段を下りたところで、さっそくハルヒコとマルロは先の見えぬ闇と黒い水に行く手を阻まれていた。

「ルーモ!」

 二人は光の魔法を唱え、暗い水面を照らした。ハルヒコがしゃがんで水をすくう。

「すごくきれいな水だ。ぜんぜん濁ってないな……」

「とても冷たいですね」

 マルロもハルヒコにならって水をすくってみる。ルーモの光を近づけると、書物庫の床が水面の向こうに透き通って見えた。

「それほど深くはないか。水が冷たいおかげで、微生物も繁殖できないでいるのかもしれないな……」

「どこから水がしみ出しているんでしょうね?」

 ハルヒコは思案した。

 ――さて、どんな手順でやっていってやろうか……。

 とはいえ、まず最初にやらなければならないことは決まっている。

 ――腹をくくるか……。

 ハルヒコは覚悟を決めて靴を脱ぎ始めた。ズボンの裾をまくり上げる。

「理事長、やはり行くのですか……」

「マルロはここで待っていてくれていいよ。ちょっと様子を見てくるだけだから」

 ハルヒコが足を踏み出そうとすると、マルロも慌てて靴を脱ぎ捨てる。

「そういうわけにはいきませんよ。理事長お一人で行かせるなんて――」

 そう言うと、マルロはハルヒコより先に足の指先を水に浸した。マルロの顔が分かりやすく、やせ我慢の表情に変わる。ハルヒコも追いかけるように片足を水の中に突っ込んだ。

「これは……」

 ハルヒコも苦悶の表情を浮かべ絶句する。季節はもう晩秋だ。凍えるような水温は容赦なく彼らの痛覚を切り刻んできた。

 ――やるべき時季を間違えたか……。

 だが、目の前に新しい魔法というおもちゃを突きつけられ、我慢などできるはずがない。

「変な生き物が潜んでたりしないよな……」

 ハルヒコとマルロは書架の所々に魔法の光を灯しながら慎重に奥へと進んでいった。

「本棚もそんなに傷んではいないようですね」

「そうだね。腐っている様子もないみたいだ。これも水の温度が低いおかげなんだろうか。それとも、本棚を作っている木材に、腐食に強いものを使っているんだろうか……」

「ああ……でも本の方はかなり傷んでいるかもしれませんね。表紙もぼろぼろになってるし、中のページも少し湿っているようです」

 ハルヒコも近くにあった本に手をのばす。

「虫干ししてやらないといけないな。でも……」

 ハルヒコは書棚に囲まれた暗い通路の先を見据えた。

「まずは、この水をどうにかしてやらないとな――」


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