第二部 第4章―6
夕刻近く、バラディンの大通りを下ってくる一団があった。揃いの黒いローブに身を包んだ若者達が馬車の上で揺られている。最初、町の住民達は彼らを日常の景色の一部として気にもとめていなかった。
「さあ、ここから、お前さんらの出番じゃぞい」
ガボット爺さんが馬車を停めて振り向いた。
「よし、じゃあまずは俺がやってみるよ」
若者は全員で六名。先頭で地面に降り立ったのは、いかにも聡明そうな顔立ちの青年、シリウスであった。
「ランプを下ろさなくても大丈夫でしょうか?」
マルロが自分の背丈の二倍はあろうかという長いポールの先を見上げる。そこには、角ばったオイルランプが二つ、深いフックに引っ掛けられ吊るされていた。
「点灯夫さん達はランプを下ろす竿を持ってますよね。一応それらしいものは持ってきていますけど」
「いや、これくらいなら下ろすまでもないだろう。届く、と思うよ」
そう言うと、シリウスは手をランプに向けて掲げ、つぶやくように呪文を唱えはじめた。一般の人々には、若者がただ手を上げただけの光景にしか見えなかっただろう。だが、マギアの学生達にははっきりと見えていた。シリウスの手に周囲から魔法の源、フォントが集まってきているのを。
それは見えるというよりは、感じるといった方が正確であったかもしれない。
「――ルーモ!」
長くはない詠唱の最後に、シリウスは光の魔法の名を唱えた。その瞬間、ランプの内部にやわらかな光が灯りはじめ、徐々にその光度を増していく。
「いい感じじゃないか」
「普段より明るいかもしれないですね。でも、街灯としてはこちらの方がいいですよ」
マルロは、私もやってみますねと、対のまだ灯されていないもう片方のランプに向かって呪文を唱えた。
「――ルーモ!」
サイアスの灯した明かりの横で、マルロの魔法の光が双星のように輝きだす。
「少し色合いが違うかな」
「明るさも微妙に違ってますね」
シリウスとマルロは淡々と事実を述べ合っていく。
「俺達もやってみるか」
他の学生達も大通りの両側の歩道に設置された街灯に散らばっていった。
「少し急ごう。思ったより時間がかかりそうだ。城壁まで、全部でニ百本はあるんだからな」
つまり、灯さなくてはならないランプはその倍、四百個あるということだ。
宰相サイアスが紹介してくれた仕事、それは大通りの街灯を魔法の光で灯すことであった。
バラディンの町には丘陵を南北に貫く大通りが二本ある。そのどちらもが、町の守りの要でもある東西に延びた長大な城壁の門につながっていた。
大通りの長さは約二キロ。二台の馬車が余裕をもってすれ違える幅を持ち、歩道も整備されている。街灯は二十メートル間隔で道路の両側に設置されていた。
当然、昨日までは点灯夫と呼ばれる職人が、ランプを竿に引っ掛けて下ろし、油を補充し、火をつけて、そして、また街灯にランプを引っ掛ける――そんな作業をいちいち行なっていたのだ。
毎日、どれほどの労力と油が費やされるか、想像するに難くない。その仕事を大通り一筋分ではあるが、とりあえずマギアに任されたのだった。
もちろん、その報酬は点灯夫に支払われていた従来通りの給与と同額というわけにはいかない。油代も含めて必要なコストが変わらなければ、城にとってその仕事をマギアに任せるメリットは何一つないのだ。それゆえ、ハルヒコはサイアスと協議し、当面は消費されるはずであった油の費用分を報酬として受け取ることに合意した。要はお試し期間である。
「実際にマギアの学生達が動きだして、その対価が割に合わないというなら再協議にも応じよう。適切な範囲で報酬は拡充してもよい」
サイアスの言葉は信頼できるものだとハルヒコは判断した。そして、本日に至る。
「お前さんら、次の場所に向かうぞ。さあ、乗った乗った」
ガボットに呼ばれ、学生達はふたたび馬車の荷台に上がる。だが、ほとんど進まないうちに馬車は停車し、今度はほら降りろ降りろと追い立てられる。
「なあ、これってわざわざ馬車に乗り降りする意味ってあるのか……」
「いや、歩いた方が早いだろう」
小さな声で学生達がもらす。
当初は距離もあることから馬車を利用すべきと彼らは考えた。だが、実際にやってみて、それが逆に自分達の足を引っ張ることに気づく。
「やってみないと分からないもんだな」
「本当にそうですね。とりあえず馬車は並走してもらって、歩きながら明かりをつけていきましょう」
シリウスにマルロが提案する。学生達は歩きながら幾つかの街灯に魔法の光を灯していった。
「歩きながら詠唱を始めたら、次のランプをすぐにつけれるぞ」
学生の一人が気づいた。
「これじゃ、本当に馬車なんか乗ってる暇ないな」
みな笑いながら、なごやかな雰囲気で仕事をこなしていく。やがて、町の人々も彼らのことに気づき始めた。最初は、目の前で唐突に天に手をかざす若者達を、いったい何事だろうかと奇異の目で眺めていたが、街灯に光が灯ると、人々はああ……とひどく納得した様子を浮かべた。いや、思わず感嘆したというべきであろうか。
――これが魔法か……。
すぐに彼らがマギアの関係者だと理解し、今まさに手の届く場所で繰り広げられる奇跡に目を奪われていく。この時代、一般の人々が魔法を見る機会などほとんどなかったのだ。逆説的ではあるが、魔王が世界を蹂躙していた戦乱の時代の方が、魔法は日常にありふれていた。もちろん絶えない争いの中で、悲しいことにその奇跡は人々を傷つけるために使われていたのであった。
マギアの学生達は、知らず大通りを行き交う人々の心を魅了していった。結局、シリウスとマルロの一団は城壁まで歩くことになる。
「足がぱんぱんだ――」
「こんなに歩いたのはいつぶりだ……」
城門にたどり着くや、学生達は思い思いに疲れたーとこぼしていく。だが、その表情は明るかった。心地よい疲労感、達成感、そういったものを感じているのが伝わってくる。
「いつも学校の中しか行き来してませんからね」
「これは俺たちにとっても、ちょうどいい運動になるよ。頭ばかり大きくなっても仕方がない」
シリウスとマルロは互いに笑みを浮かべた。
「馬車に乗りながら灯りをつけていってもよかったんじゃないか」
学生の一人がそんな意見を出す。
「いえ、それだと効率が悪そうです。一度に光を灯せる場所が限定されてしまう。馬車が複数台あればいいのでしょうが、今はそれも難しい」
マルロが冷静に分析する。
「なあに、まだまだ初日じゃないか。振り返って見てみろよ」
シリウスは下ってきた大通りを眺める。
「ほら、こんなに街灯の色も明るさも不揃いで不細工だ。なんだか悔しいよ。マギアの力はこんなものかって……」
「明るければいいってもんじゃないですよね。私もどこか納得はいきません」
「だからさ、これからみんなでいろいろ試していこう。相談して、もっといい方法を見つけていこう」
シリウスは汗の浮いた顔で爽やかに笑ってみせた。
――すごいな……。
どんなときも前向きだ。
それは自分にはない資質だとマルロは思った。シリウスのように誰からも慕われ信頼され、常に皆の中心で輝く存在になってみたい――そう憧れたことも少しはあった。
――でも、自分は違うんだ……。
自分はそんな日向に咲く花にはなれない。眩しすぎる地面では、すぐに乾いて枯れていってしまうだろう。
――自分は日陰に咲くささやかな花でいい……。
ただ――。
――地面には太い根っこを張っていよう。足下が崩れないように、皆が落ちていかないように……。
支えていこう――そう思った。




