第二部 第4章―5
以前、王との謁見の際、ハルヒコが発した言葉はサイアスにずいぶんと不興を買った覚えがある。端的に言えば、自分はサイアスに嫌われている――それがハルヒコの認識だ。そんな人物と、学生達に何かできる仕事はないかと今から相談しなければならない。
――キレられるかもしれないな……。
だが、今さら何もありませんでしたと、この場を去るわけにもいかない。ハルヒコは覚悟を決めた。
――どうせキレられるのなら……。
当初の目的通り、尋ねるべきことを尋ねるまでだ。
「実は今、学内でこんな取り組みをしていまして――」
サイアスは急かすこともなく、さりとて興味を示すわけでもなく、ただ淡々とハルヒコの話を聞いていた。
「それでですね……」
いよいよ要件を伝えねばならない。企業のプレゼンなら、要は何なのだと、ここまで引っ張ってきたことに大顰蹙を買うかもしれない。本来なら、要点は最初に伝えるべきなのだ。だが、サイアスに対して、ハルヒコは到底そんな切り出し方をすることはできなかった。
「――それで?」
なかなか次の言葉を発しないハルヒコに、表情も変えずサイアスが催促する。
「それでですね……学生達に協力できるような仕事はないものかと……お尋ねしたかったのです」
言い終わってしまうのが恐ろしかった。
『そんなことで私を呼び立てるな!』
そのような叱責が飛んでくるものとハルヒコは身構えた。だが、いつまでもたってもサイアスの口から怒声がこぼれ出る気配はない。
まともにサイアスと視線を合わせられなかったハルヒコは、おそるおそる顔を上げ、厳格だけで成り立っているような宰相の様子をうかがい見た。
「ふむ……」
その光景はあまりに意外で、ハルヒコは驚きを隠せなかった。
――真剣に考えてくれている……?
あっけに取られているハルヒコにサイアスが尋ねてきた。
「ハルヒコ、今の話に出てきた油や燃料をマギアはどこから仕入れているか、そなたは知っておるか?」
「いえ……もうそれほど必要のないものなので、在庫の分があれば充分かと仕入れ先までは確認しておりませんでした……」
「あれは城から卸していたのだ――」
ハルヒコは愕然とした。失敗したと早合点した。
――つまり、城の利益を減らしてしまったということだ……。
「それは……もう本当に申し訳ないことを……」
ハルヒコの口からは、しどろもどろにそんな言葉しか出てこなかった。これから、ねちねちとこの件について嫌味のひとつでも言われるのだろうか……。
「何を言っておる。謝ることなど何もない。むしろ、城にとっては、ありがたいことなのだ」
「それは、どういうことでしょうか……」
「ハルヒコ、町で売られている油の価格を知っておるか?」
「はい、自宅でも使用するので何となくは……」
「それではマギアが購入している油の価格は?」
「全体でいくらというのは把握しいてますが、単価までは気にしていませんでした……」
ハルヒコが譲り受けた帳簿には油とだけ書かれており、その量までは確認していなかったのだ。サイアスは非難するような気配もなく説明を続けた。
「ずいぶんと安いはずだ。国が税として集めた油を、利益をのせず市場の卸価格でマギアに融通しておるからな」
「だから、マギアにまわす分を販売すれば国は儲かると――」
話が早いと、サイアスは「その通りだ」と告げた。
「国の施設にはどこもそのようにしておる」
「つまり、その油を節約できれば、それだけアクラ国は利益を得ることができるのですね」
念には念を入れ、ハルヒコは再確認する。サイアスはうなずいた。もしかすると、二人は今、同じアイデアを頭の中に思い浮かべているのかもしれない。
「それでは、どこかに――学生達が自由に出入りができて、大量の油を消費する施設はありませんか。きっとお役に立てると思います」
サイアスの目が光る。
「……ある。なかなかに大変ではあるがな。望むなら、その仕事をマギアに任せてもよい」
ハルヒコはその提案に食いついた。知らないうちに、体は前のめりになっていた。
「それはどのような――」
「それはな……」
サイアスが提案してくれた仕事、それは確かに大変なものではあったが、とても理にかなった、ハルヒコにも納得のいくものであった。
やがて、その仕事はマギアのみならず、このバラディンという町の伝統へと昇華していく。だがそれは、まだまだ先の話。ハルヒコがこの地を去り、魔法王国を統べる頃の話である。




