第二部 第4章―4
「君の名前は?」
「シリウスと申します、理事長――」
予想通りというか、学生自治のリーダーはハルヒコに代表で質問をしてきた、あの聡明な青年で決まりであった。誰一人として反対する者はいなかった。それはもう必然と言ってもよかっただろう。
きっとまだまだ優秀な人材が学生達の中から出てくるはずだ――そんな新たな出会いが将来もあることをハルヒコは切に願った。
ちなみに、投票でマルロも自治会のメンバーに選ばれている。
「うーん……どうして自分が選ばれたんですかね。みんな、人を見る目がないのかなあ……」
謙遜などではなく、本人はいたって本気で自分をそう評価しているのだ。
――誠実で裏表もない。それに世話好きだ。目立たなくても、そういうところが皆に信頼されているんだろう。
ハルヒコは我が子のことのように、マルロが評価されているのが嬉しかった。
結論から言うと、当初さまざまな問題が生じたものの、皆が協力、試行錯誤することで自治会の活動――学生への仕事の斡旋、給与の管理など――は上手く回っていくことになる。いや、それどころではない。これから何百年と続くマギアの歴史の中で、学生自治は新たな伝統へと成長していくのだ。
学生達にあてがわれた仕事は、ハルヒコが提案した通り、最初は学内の照明を灯すことと、厨房のかまどに火を入れることであった。もちろん魔法で、である。ちなみに、火を入れるという表現はあまり正しくない。むしろ熱量を加えると言った方がより的確だろう。ハルヒコ達がルアンから逃亡する際、大森林を越えたところで休息をとった。そのとき、蓄熱性のある石にフラーモで熱を加え調理に利用したことがある。その方式である。厨房では、そのように石に蓄熱する方法と、鍋などの調理器具に直接フラーモで熱を加える方法とを使い分けていた。
「他に仕事はありませんか?」
学生達の仕事が軌道にのってくると、シリウスとマルロがそんな要望をたずさえ理事長室の扉を叩いた。
「他の仕事か……」
学生達のその申し出は、ハルヒコにとっては喜ばしいものであった。彼らが主体的に活動しはじめた証しなのだ。そのやる気を潰したくはなかった。
だが、学内には彼らに斡旋する仕事はもう残っていなかった。魔法を使わない労働なら山ほどあったが、それはマギアで学ぶ学生達にはふさわしくないもののように感じられる。むしろ、そのような仕事を紹介することは失礼にあたるとハルヒコは判断したのだ。
「心当たりを探してみるよ――」
そうは言ったものの、本当に当てがあるわけではない。
――しかたない、あまり気は進まないが……。
ハルヒコは自分がもつ、ささやかな特権を行使することにした。それはみずからの矜持を捨てることを意味していたが、学生達の願いを――彼らが成長することを――思えば、そんなものはかなぐり捨ててもかまわない些末なことであった。
はたして、ハルヒコはどのような行動をとったのか――。
――確か、自分は王族の命を助けた恩人……英雄だったよな……。
自分でもとっくに忘れてしまっていたくらい、もう本当にどうでもいい、気にもとめていないことではあったが、周囲の人間はそういうわけにはいかない。クイール王子を助けた事実、すなわち王族への恩は未来永劫失われることはないのだ。ハルヒコがこの国に反旗を翻さないかぎりは……。
「すみません、ちょっとご相談があるのですが……」
ハルヒコは王城を訪れていた。
「え? いえいえ、バナム王に謁見するほどのことではないのです。もう本当に、大したことではないので……。どなたか、誰でも結構なので、ささやかな相談にのってくださる方はいらっしゃいませんかね――」
ハルヒコとしても必死であった。表情には出さなかったが、何としてでも王との謁見は避けたかったのだ。
――あんな胃がきりきりするような緊張は、もうごめんだ……。
ハルヒコは待合室に通され、ドアに近い側のソファーに腰をおろした。
――さて、誰が相談にのってくれるのやら……。
ハルヒコは、自分が城の大部分の人間に歓迎されていないことを自覚している。英雄などともてはやされてはいるものの、実際には皆その扱いに苦慮しているのだ。できれば関わりたくない、そんな声が聞こえてきそうだ。
学生達の仕事をどう上手く獲得できるか――その持っていき方を思案しながら、ハルヒコは待合室で決して短くない時間待つことになった。
――忘れられてないか……?
しっかりしていない組織や、どうでもいい事案の場合、伝達の過程で報告はうやむやにされ、最悪消えてしまうこともある。ハルヒコが不安を覚えはじめた頃、タイミングを見計らったようにガチャと背後の扉が開いた。
ハルヒコは立ち上がって扉の方を振り向く。
「待たせたな――」
「えっ……」
あまりに予想外の人物が現れ、ハルヒコは困惑の表情を隠せなかった。
「なんだ、私で不服だったか?」
不機嫌そうに、その人物はハルヒコの横を通り抜け、奥のソファーへと腰を下ろした。
「いえ、そんな不服など……」
王への謁見はなんとか免れた。だが、まさかこれほどの人物に対応されるとは思ってもみなかったのである。
「サイアス様……」
バナム国宰相――この国のナンバー2であった。




