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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第3章―9

「そうですか……。もう馬車は出発してしまいましたか」

 チムニが悲愴な面持ちに変わっていくのは、誰の目にもあきらかであった。焦燥で今にも押しつぶされてしまいそうだ。

「大丈夫。まだキャラバンに同行させてもらえる可能性は残ってるんだ。行商人たちが集まっている広場に行ってみよう。駅馬車なんかより、もっと頻繁に出入りしているはずだよ」

 ハルヒコはそうチムニを励まし、彼の背中をぽんと叩く。待機していた学校の馬車に乗りこむと、ガボットはただちに馬を走らせた。だが、広場に向かう途中もチムニの表情は晴れない。

 ――広場に行けば何とかなるはずだ。

 もしダメだったとしても、明日の朝一番に駅馬車で出発すればいい。どうあがいたところで、無理なものは無理なのだ。人にできることは限られている。無理強いをしたところで、物事は思うようには転がっていかない。人にできるのは、ただそのとき考えうる最善の行動をとるぐらいのことしかないのだ。

 結果は後からついてくる――。

 それがハルヒコの信念だった。

 ――だが……。

 と、ハルヒコはふと思い直す。

 ――そんなふうにドライに割り切れる人間ばかりではないだろう……。

 ときどき、ハルヒコは自分がひどく冷たい人間だと思うときがある。誰かが幸せになるために汗水を流すことは嫌いではない。それでもその裏で、自分の根っこの部分には、そんな冷めて乾いた思考が地下水のごとく音もなく流れているのだ。

 ハルヒコは、それを空虚だと感じるときがある。自分の中身は空っぽなのだと……。

 ――チムニが不安を覚えるのも仕方がない。だって、身内のことだもんな……。

 そういえば、自分だって母親が亡くなったときには、ずいぶんと取り乱していたじゃないか。

 思い出してハルヒコは少し安心した。

 ――ああ、そうか……。

 自分にも人間らしいところが、ちゃんと残っている……。

 やがて、行商人がたむろする広場が見えてきた。

「手分けして、チムニの故郷に向かうキャラバンを探そう」

 ハルヒコとマルロ、チムニの三人は広場に散らばっていった。

 結論から言うと、その方面に向かうキャラバンは、出発間際のものも含め、まだまだたくさん残っていたのだ。だが、チムニの村の近くまで寄ってくれるという馬車が見つからない。

 ――もう時間がない……。

 今も続々とキャラバンは広場から出発していく。

 ――背に腹はかえられないか……。

 ハルヒコは交渉することをあきらめた。人の良さそうなキャラバンの隊長に声をかける。

「お金は余分に払いますので、どうかその村まで足を延ばしてくれませんか。彼の母親が体調を崩して、一刻も早く駆けつけてあげたいんです」

 幾ばくかのやり取りの後、商談は成立した。決して無茶な金額を要求されたわけでもない。見たところ隊長だけでなく、このキャラバンの隊員もみな温和な雰囲気をかもし出している。彼らは談笑しながら仕事に精をだしていた。

 ――悪くないキャラバンかもしれない……。

 だが、念には念を入れておくか――ハルヒコは余計な念押しをはかってしまう。

「どうかよろしくお願いします。私はマギア魔法学院の代表を務めるハルヒコと申します。我が校の学生を、どうか故郷まで安全に連れ帰ってやってください」

 ハルヒコは、あえてマギアの名を出したのだった。普段なら決してそんなことはしない。このとき、ハルヒコは自らの矜持をかなぐり捨て、世に名高いマギアの名声の威を借りようとしたのだ。

「よしてくれ。そんな念押しなんかなくったって、俺らは責任をもって仕事をするよ。おたくのところの学生は何があっても故郷に送り届けてみせるさ」

 ハルヒコは恥ずかしくなった。相手を信頼できなかった自分に対して。そして、そんな何一つ建設的にもならない駆け引きをしてしまった愚かな自分に対して。

「信頼してくれてかまわない。俺たちハセル商会の名にかけてな――」

 その瞬間、ハルヒコの脳裏にピリリと弱い電流が走る。

 ――まさか、こんなところでハセルさんの名を耳にするとは……。

 このタイミングで――とも思った。

 クーデター後も、ルアンとアクラとの間で人や物が行き来することができるのか。ハセルは元気にしているのか。聞きたいことは山ほどあった。だが、彼らのキャラバンはもう出発しなければならない。

 話を続けるのは時間的にも厳しかったし、何よりも、これ以上ハルヒコとハセルの関係を伝えてしまうことに、得体の知れない危険な香りをハルヒコの直感が嗅ぎとっていたのだ。

 ――今はやり過ごそう……。

 この少なからず平穏な生活を、家族の安全を、手放さなければならなくなるような要因は極力排除しなければならない――そんな思考がはたらいたのかもしれない。

 ――名前を名乗ったのは失敗だったか……。

 そんな後悔は残ったものの、ハルヒコは無事、チムニをキャラバンに託し故郷へと出発させることに成功したのだった。

「理事長、本当に感謝いたします。何とお礼を申し上げればいいのか……」

「そんなことはいい。しっかりと親孝行をしてくるんだよ。そして――」

 ハルヒコはチムニの顔を正面に見すえ、こう言った。

「きっと帰ってくるんだ――」

 出発したキャラバンの背中を見送りながら、ハルヒコはマルロにつぶやく。

「どうして故郷にも帰れないほど、学生達は困っているんだろう……」


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