第二部 第3章―8
「故郷から手紙が届きました。母の体調がすぐれないみたいなんです……」
ハルヒコはマルロと共に、食堂の片隅でチムニの事情を親身になって聞いていた。
「それは心配だよね。早く帰ってあげないと――」
そう口にしかけて、ハルヒコは先ほどのチムニの申し出を思い出す。帰省するにも、先立つものがないのだ。
「どれくらい旅費がかかるの?」
チムニは遠慮がちに額を告げる。だがすぐに「いえ、やっぱり、これぐらいで大丈夫です」と、金額を下げて言い直す。
「それで本当に帰れるの?」
チムニは「何とかします」と、少し混乱気味につぶやく。
正直なところ、急な申し出に身構えてはいたが、提示された金額がそれほど高額ではなかったため、少しほっとしたのも事実だ。
故郷といっても、馬車で二日ほどの距離らしい。定期運行されている駅馬車を利用するか、その方面に向かう行商人と交渉しキャラバンに同行させてもらう、そのどちらかになるだろう。
ハルヒコはすぐに決断した。
「今からすぐに荷物をまとめなさい。お金のことは心配しなくていい。とにかく、今は急いで故郷に帰ることだけを考えるんだ」
チムニは今にも泣いてしまいそうな表情になった。そんな暇はないよと、早く寮の部屋に戻るようにうながす。彼の姿が食堂から見えなくなったのを確認してから、ハルヒコは旅費のことをマルロに相談した。
「さっき、彼が申し出た金額なんだけど……。実際のところ、どうなんだろうか?」
「そうですね……。どう見積もっても片道分ぐらいでしょうね」
ハルヒコは驚きの表情を隠せないでいた。
「え、それじゃあ……」
「とりあえず、故郷に帰れることを優先したんでしょう。こちらに戻ってくる手段は、向こうで考えるつもりだったのだと思いますよ」
聞きたいことは山ほどあった。だが、今は時間がそれを許してはくれない。それでも、ハルヒコは一つだけ質問をせずにはいられなかった。
「彼みたいに、お金に困っている学生は他にもいるんだろうか……」
マルロの口から、すぐに答えが返ってくる。
「ええ、ほとんどの学生が……」
そこには、マルロ自身もご多分にもれず、当事者であるようなニュアンスが含まれているように感じられた。
――どうして、そんなことになるんだろう……。
もっと詳しく聞きたかった。だが、もうそのための時間は残されてはいない。
「マルロさん、また後で詳しく教えてください。とりあえず今は、急いでガボットさんに馬車を用意してもらわないと――。申し訳ないけど、ガボットさんのところまで走って、事情を話して馬車を玄関までまわしてもらってください」
「分かりました」
マルロはそう言うと、すぐに席を立ち食堂を後にした。
ハルヒコはカウンターに近づき、一連のやり取りを見守っていたアマンダに声をかける。
「すみません。急な話で申し訳ないですが、今から学生の一人が急いで田舎に帰ることになりました。日持ちのする、何かお弁当のようなものを用意してもらえないでしょうか」
アマンダは「あいよ、まかしときな」と、二つ返事でにこやかに快諾してくれた。
「それと駅馬車の乗り場か、行商人達が集まっている場所はご存知ないですか?」
これにも、すぐに答えが返ってきた。町の中腹に駅馬車の乗り場が、そして、城門から西に少しそれた所に卸問屋が軒を連ねる界隈があり、そこの広場に各地から訪れた行商人達のキャラバンが集合しているとのことであった。
「今からなら、どちらに行けば早く出発できそうですかね?」
「まずは駅馬車の発車時刻を聞くことだろうね。向かう方面によって出発する時間がまちまちなんだよ。もう出てしまっているかもしれない。そこがダメなら、あとはキャラバンの行商人達に交渉するしかないね」
でも――とアマンダはすぐに付け足す。
「急いだ方がいい。昼前には、ほとんどのキャラバンが別の町に向けて出発してしまうだろうからね」
――ともかく、できるだけのことをするしかないか……。
ハルヒコは理事長室に向かった。金庫の中からチムニの帰省に必要な――もちろん往復できる――費用を準備する。ふたたび食堂に戻ってくると、すでにマルロの姿がそこにはあった。
「すぐにでもガボットさんは来てくれるそうです」
「本当にありがとう。ご苦労さんだったね」
そこにアマンダが声をかける。
「理事長さん、お弁当もできてるよ。日持ちのするパンも多めに入れてある。明日の朝ご飯にも困らないだろうよ」
「アマンダさんも、本当にありがとうございます」
ハルヒコは食料の入った袋を受け取る。
「じゃあ、玄関でチムニを待っておこう」
「気をつけて行っといで――」
ハルヒコはアマンダに軽く礼をすると、マルロと共に食堂を後にした。




